「騙していて、ごめんなさい」
──罵倒されても仕方ないと思った。
部屋付きにしていたとしても、私が賤民である以上、今現在常識だと思われている立場をなんとかしない限り、いつかは放逐される。楽観的に考えていた頃はそれも含めてなんとかしようと思っていたけれど、今となってはリリーを騙そうとしたととられても反論できなかった。
それでも、リリーの怒りを受け止める自分でいたい。
唇を噛み締めたまま向き合う私に、リリーはほんの少し目を見開いて──ああ、と眉尻を下げた。
「まさか、そのことまで話してくださるなんて」
「──え?」
「気付いていました、ティアナお嬢様が魔法をご使用になれないこと」
「……嘘」
「嘘じゃありません。私、お嬢様が考えていらっしゃるよりもずっとずっと、お嬢様のことが大好きなんですから」
ふふと笑うリリーの言葉に嘘は感じられない。
だけど、賤民だと知っていてずっと私に仕えてくれていたなんて、信じられない言葉だった。
「どうして。だってみんな、魔法が使えない賤民のことなんて」
「ティアナお嬢様は魔法なんか使えなくても、私の肌を綺麗にしてくださったじゃないですか。治癒師にかかるお金もなかった私を、町中に生えている雑草だけで救ってくださったんです。私にとっては、魔法が使えることよりずっとずっと凄いことだったんですよ」
リリーの手が私の手を取る。
「何度でも申し上げます。私はいつだって、ジェンティアーナお嬢様のご命令に沿います。侯爵家を出奔されてもその気持ちは変わりません。もし私の力が必要になれば、いつでも頼っていただきたいと思っています。おばあ様との橋渡しでも、なんでも使ってください。リリーはあなたの侍女なんですから。ねえお嬢様、だからそんなに」
目の前で、リリーの顔がくしゃっと笑った。
「そんなに泣かなくていいんですよ」
──そんなの、無理だ。
泣きやもうと思っても、あとからあとから涙が出てくる。握りしめていたナイトドレスも、勝手にこぼれていく涙のせいでもうすっかりビショビショになっていた。
だけどそれも、ふわっとそよぐ温かな風で、見る間に乾いていく。リリーの得意な風魔法だ。
「さあ、もう心配事はなくなりましたか? じゃあおめめが腫れてしまわないように、早くお休みになってください。不安でしたら、私が隣についていますから」
「……そこまで子どもじゃないわ、大丈夫よ。それにリリーは明日だって朝早いんでしょう?」
「お嬢様は侍女に気を遣いすぎなんです」
リリーは私をベッドに寝かせたあと、最後にもう一度満面の笑顔を見せて退室していった。
……天蓋を見上げながら、まだ信じられない思いだ。家を出ても頼っていいなんて、そんなことを言ってくれるとは思ってもいなかったから。
正直、おばあ様には頼る気でいた。だけどその繋ぎを頼める人間を探すのは、もう少し先になるだろうと思っていたのに。
「リリーが私の味方のままでいてくれるなら、こんなに心強いことはないわ」
まだツンと痛む鼻の奥に気づかないふりで、目を閉じる。
庭園の植物も、あとは本宅の庭園のものを調べるだけだ。それもおばあ様の庭園よりずっと種類が少ないから、きっと数日もあれば終わるだろう。
「そうなったら、もうここに用がなくなってしまう。──あの人たちに、家を出ることを直接話さなきゃならないのね」
前の人生で、私のことを領民たちの前で暴露し、悪し様に罵って追放した両親。時間が巻き戻ってから二人に面会したことはないけれど、だからこそ気が重い。
二人が、どれだけ私のことを疎んでいるのか、もう知ってしまっているから。
どれだけ私のことを汚らわしいと考えているのか──知ってしまっている。
「だけど今この人生では、前回のようなみじめな追放はされてやらないわ。ソフォーラ同様慈悲深い侯爵夫妻として慕われているお父様たちの外面を、全力で利用してやるんだから」
自分たちの虚栄心を掻きむしって、それでも手放せないまま、私に有利な言動を取らせてみせる。そのために必要な行動はなにか、私は考えながら、やがて眠りに落ちた。
□ ■ □
翌日、私はおばあ様の部屋を訪ねた。
テーブルにはたっぷりのお茶と、溢れんばかりのお菓子やケーキ。それを前に、たった一口分しか口にしないまま、おばあ様は真面目な顔で指を組む。
美しい眉間にしわを寄せ、重い息を吐きだしたおばあ様は、とても悔しそうに肩を落とした。
「……素晴らしい方法だと思うわ。あなたが得た神の恩恵によって、あなたの未来で起こるはずだった私の死はきっと回避されるでしょうけれど──なにが起こるかはわからない。それならいっそ早々に、という気持ちも分かるわ。ただ、ただね」
もう一度息を吐き出すと、おばあ様は私に、困ったように笑う。
「ティアナ、あなたこんなに大胆な子になったのねぇ」
その褒め言葉に、私は満面の笑顔を見せた。