私、エリン・アディンセル侯爵令嬢の世界一愛するもの。
それは“動物”である。
家では昔から複数の犬を飼い、また動物を育てている家にもしょっちゅう出向きそのお世話を買って出ていた。幼い私の瞳に映る動物達は、いつもキラキラと輝いていたのだ。
ああ、なんてかわいいのだろう!
この子達は世界の宝だ!!
やはり人間よりも断然動物が好きである。というか、人間は別に好きでも嫌いでもない。ただそこに在るというだけ。
私が心動かされるのは基本動物に関することのみなのだ。特に犬。いぬ。
「うーーむ……、なるほど……」
父が難しい顔をしながら何やら呟いているのを聞きつつ、私は飼い犬達と戯れる時間を過ごしていた。
「今日もかわいいわね皆~っ!!」
「ワフッ」
主にこの子達のお世話をしているのは私なので、家に帰れば総出でお迎えをしてくれる。
今日もみんな可愛すぎる。この世に舞い降りた神様の遣い。
「あははっ! ジョンったら、そんなに乗り上げたら重いわよ~! でも許しちゃう!! 何故ならかわいいから!!」
「きゅ~ん」
「ああ、ヘンリエッタ。あなたもなんて可愛さなの……? もう顔面が国宝……」
「ワンワン!」
「ああ~~ありがとうございます! ベニーのこの重さ! ありがとうございますふががが」
ここでかわいいかわいい我が子達を紹介しましょう!!
ジョンは茶色のラブラドール・レトリーバーの男の子! 4人の中だと一番やんちゃで甘えたちゃん!
ヘンリエッタは黒いスタンダードダックスの女の子。わがままお嬢様だけどそこがかわいいのよ。
ベニーはシェルティーの男の子。普段は寝てばかりな子だけど、穏やかで優しい性格。
最後はララ! ジョンと同じラブラドールだけど、こっちは色が黒なの! 大人しい性格だけど正義感が強くて、誰かが喧嘩を始めたりすればすぐさま止めに行ってくれる。
みんなみんな、私の大事な子達。
小さい頃から4人一緒に暮らしてきて。本当の兄妹みたいに仲良しさんなのよ!
「エリン、犬達と遊んでないでお前も考えなさい」
「ふが?」
あらら。天上界から急に現実へ引き戻されたわ。
犬達の熱い抱擁に溺れていると、父からそんな言葉が聞こえてきた。
むくりと起き上がって「考えるって……」と呟く。
「考えるも何も、私、ジュード帝国に行きますからね」
「お前はダミアン殿下に婚約を破棄されたのだぞ?! しかも、親友であったシンディーに奪われた形で! 悔しくはないのか?!」
「いいえ別に。ダミアン殿下のことを好きだったわけじゃないし、貴族令嬢のプライドとかも知りませんし」
「んなっ……」
固まる父には悪いが、ダミアン殿下とのことなどもう私の脳内の容量からははみ出しつつある。つまりどうでもいいので忘れようというアレだ。
「それよりジュード帝国ですよ、ジュード帝国!! あの人口の過半数が獣人であると言われている国!!
ああ~、いつか必ず行ってみようと思っていたあの憧れの国がわざわざ私の方へ来てくれるなんて……!」
うっとりと宙を見上げた。
ジュード帝国とは、我が国から海を挟んだ向こう側にある巨大な帝国である。
先程から再三言っているように、そこは獣と人の混合種である獣人の住まう国。人間も住んでいるらしいが、人口の殆どは獣人が占めているとのこと。
動物が大好きな私が、この国に惚れないわけがなかった。
どこを見ても動物! 動物! 動物!!
私の愛するもののパラダイスである!!
だが、獣人は人間からしてみれば「野蛮であり、家畜と同等の存在」なんていわれているらしい。
だからジュード帝国に行くことをひどく嫌がる人も居るのだとか!
(信じられない……、何が嫌だっていうのよ……?)
まぁ、私も動物を愛する者の端くれ。生理的に動物を受け入れられないという気持ちも、一応理解を示している。
だが野蛮だの家畜同然だのと罵り、蔑むのはいかがなものか。実際に接してみてから言ってみろってんじゃい!!
「こうなると、ダミアン殿下に本当に感謝ね! つくづく性格が合わないから将来は地獄だなーなんて思っていたけれど、こんなにもナイスな縁談を持ってきてくれるとは! 初めて彼に感謝したい気分だわ!」
「おいおいおい、エリン?! お前が動物を好きなのは昔から嫌というほど知っているがね?!
相手がとんでもなく凶暴な野獣だったりしたらどうするんだ!」
「凶暴な野獣……、熊とか?」
「いや種類は何だっていいけれども」
「大丈夫よ。私は全ての動物を等しく愛する身。
死ぬなら動物に食べられて死にたいわ」
「縁起でもないことを言うんじゃない!!」
父が顔を真っ青にして叫ぶ。事実なんだけどな。
きっと飢えた野獣を前にしたら恐怖は出てくるのでしょうけど、結果的にその子の栄養になるのなら、私、本望です。
でも、父の気持ちもちゃんと分かっている。
ダミアン殿下とシンディーの行った行為は私、ひいてはこのアディンセル家を馬鹿にするようなもの。本当なら私も含め、家の方からきちんと抗議しなくてはならないのだろう。
「お願い、お父様!! 殿下やシンディーに怒って抗議するのは構わないから、私の新しい縁談だけは破談にしないで!!」
「エリン、お前な……」
だがこちらにとっても絶対譲れないものがある。お願いだからそこだけは取り上げないでほしい!
「ジュード帝国に行くのは私の一生の夢なの~~!! お願いよお父様ぁ~~!!」
父に抱きついて泣き真似をすれば、父は「分かった分かった!」と慌てて言った。
……フッ、ちょろいものね。
「……まぁ、陛下には改めて私から話をしてみるが。とりあえず、張本人であるお前の希望は通るようにしよう。
そもそも、エリンは殿下の有責で破棄された側なのだから、その希望を聞いてやらないわけにはいかないしな……」
「やった!」
思わずガッツポーズ。
令嬢らしくないと言われても、今の私にはちっとも響かないわよ!
「でも、本当にいいのか? 真意はどうあれ、お前をコケにした奴らの思い通りになる形なのだぞ?」
「そんなことはどうでもいいのよ。大事なのは、私の長年の夢がとうとう叶うというその1点のみ!
それに、曲がりなりにも陛下が承諾してしまったのだから、彼らの婚約はもう取り消せないでしょう?」
「……まぁ、それもそうだな」
父がため息をつく。多分色んな意味で諦めたんだろうな。
けれど、私は相変わらずワクワクしていた。
これで憧れの国に行ける。しかも、旅行などの限られた日数だけでなく、永住権までもらえるのだ。
喜ばないわけがない!
そうして私は、婚約破棄をされたり、結果的に信じていた親友に裏切られたような形になったことも全て忘れ、夢の国に行くまでの日にちを指折り数えて待っていたのだった。