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第5話 私の侍女は、尻尾がモフふわなお狐ちゃんでした。

 大きな大きなベッドの上で天井を見上げてみる。

 いつも見ているそれとはまた違った景色に、何となく息をついた。


(本当に私、他国に嫁いできたのね……)


 なんだか怒涛の日々だった気がする。

 自国から船を使い数日かかる道程を旅し、着いた先では盛大なお出迎えパレードを受け。その後は婚約者様とのドッキドキな初対面。


 それらを全て終え床についた今、改めて自分の生まれ育った国から出てきたのだと深く感じた。


 …………あの子達は、もう傍には居ない。

 4人一緒に寝る部屋を作ってあるというのに、夜にしばしば私の部屋を訪れては、布団に入れてくれと急かすジョンやベニー。

 念の為置いてある犬用ベッドで眠っているものの、朝になれば、侍女よりも余程早く、「ご飯をくれ!」と言わんばかりにベッドに上がり込んで主張してくるヘンリエッタ、その隣でじっと同じ気持ちを訴えてくるララ。


「…………」


 あの子達、元気にしているかしら。

 大切な大切な4人を想うと涙が出てくる。


 思い出すのが親兄妹ではなく飼い犬だというのはどうかと自分でも思うけれど。でもしょうがないの、あの子達は私にとって命よりも大事な存在なんだから。


 寂しくて鳴いてはいないだろうか。

 いつも自分達の周りを楽しそうにうろついていた飼い主の一人がぽつんと居なくなって、どうしたのかな、って思ってたりもするのかな。


「……ぐすっ」


 あらやだ、鼻を啜るなんて淑女らしくありませんわよ。

 でも一応噛んでおこう。


 やさしいあの子達。大好きな4人の子。


 どうかあの子達が、これからも毎日楽しく生きられますように。

 健康を害したりせず、寂しい思いもひもじい思いもしていませんように。

 私が心から望むのはそれだけよ。


「……でも、やっぱり。連れてきたかったなぁ」


 無限に湧き上がる寂しさを感じながら、そっと瞼を閉じた。



 *



「エリン妃殿下、おはようございます!」


 元気なそれに目を開ける。聞き覚えのない声だ、誰だろう……。


 むくりと身体を起こしてそちらを見る。

 そこに居たのは────。


「……あらまぁ、かわいらしい……」


 ぴょこん! と凛々しく立った長い耳。

 耳と同じ色をした茶褐色の髪の毛。ちょっと私と似ているかも。


 そして垂れた感じの真ん丸なおめめが私を見つめた。


「お初にお目にかかります! この度、妃殿下のお付きの侍女として任命されたフィリスです! これからどうぞ宜しくお願いしますっ!」


 バッ! と勢い良く下げられた頭の後ろで、陽気に茶色の尻尾がぱたぱた振られている。

 そのふわふわ尻尾を見て、ハッ! と気付く私。


「あなた……、狐ちゃんね?!」


 叫んだ私にフィリスが顔を上げ、「ええ、そうです!」と元気よく答えた。

 ニコニコと笑った顔が可愛らしい。性格はどうやら陽気、元気なタイプのようだ。


「あたしは狐と人をミックスした獣人なのです! 妃殿下は動物がお好きとお聞きいたしましたので、普段のスタイルでお会いしてみようと思いまして」

「ええ、ええ! とっても嬉しい! ありがとう、フィリス! ……と、お呼びしてもよろしいかしら?」

「何とでもお呼びください! 狐野郎でもいいですよ、なんてったってあたしは妃殿下の侍女ですもの!」

「い、いや、そんな呼び方はしないけど……」


 それにしても。

 さっきからとーーっても、気になる。


 その、横でぶんぶん振られている、随分ふわふわそうな尻尾が……!!


「…………フィリス」

「はいっ! 何でしょう」

「あの、初対面で悪いのだけれど、失礼かもしれないのだけど」

「ええ、どうかしましたか?」

「……その可愛らしい尻尾を、触らせてくれないかしら……!!」


 きょとんと黒目がちなそれが丸く見開かれる。

 ドキドキしながら返答を待つと、少しもしない内にぱやーっ! と明るい表情でフィリスが笑顔になった。


「よいですよ! どうぞどうぞ! あっ、後ろ向いた方がやりやすいですかね?」

「ほ、本当?! じゃあひとまず後ろを向いてもらってもいい?」

「分かりました!」


 嬉しそうにこちらに歩を進め、くるりと後ろを向くフィリス。

 同時に顔にそのもふふわが当たって「ああ……」とちょっと魂が天に昇りそうになった。なんて素晴らしい感触。


 手でそっと触れてみれば、我が家の子達とはまた違ったふわふわの手触りが感じられて、とても嬉しくなった。

 そのまま優しく揉んでみる。


「大丈夫? 痛かったりしないかしら。あと気持ち悪かったり……」

「大丈夫ですよぉ! ただちょっと、普段あまり触られない所なのでくすぐったいと言いますか……あははっ」

「あら、やっぱり獣人でも尻尾とかはデリケートなのね」

「ですねぇ。あたしはあんまり気にしないですけど、触られると嫌な人は嫌なんじゃないですかぁ? まぁ妃殿下にお願いされたら大抵の方は聞いてくださると思いますが」

「なるほど……」


 ちなみにヘンリエッタも尻尾は嫌いなタイプだった。やっぱり、動物はこういったデリケートな部分や大切な場所を触られるのは嫌いな人も多いわよね。勉強になります。


 そうして暫くもっふもっふと尻尾を楽しんだ後、ありがとうとお礼を言いつつ手を離した。


「んふふ、まさか初対面で尻尾を触らせてほしい~だなんて言われるとは思いませんでした」

「あ、ごめんね! 私ったら突然……」

「全然いいですよぉ! むしろ、獣人は嫌だーとか言って物投げつけられたりするより断然嬉しいです」

「え、……まさか、そんなことする人間が居るの……?」

「んえーっとぉ……。……そのお話はまた今度でぇ」


 今誤魔化されたわね。


(でも、こんな話するってことは……、そういうことをされた経験があるか、そんな仕打ちをしてくる輩がこの城に居たりするか……)


 まぁともかく、今の話はあながち嘘でもないのだろう。でも私は他国の令嬢な上にまだ来て間もないから、そんな話をするのはあまり良くないと考えて避けたと。

 ……その内、詳細を聞かせてもらいたいなと思う。強要はしないから、いつか機会があればだけど。


「さて! もふもふタイムはこのくらいにして、身支度をいたしましょう! ふふ、腕が鳴りますね~」

「ありがとう。宜しくね」


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