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第6話 厨房の料理人は強面である

「とてもお綺麗です、エリン妃殿下~!」


 フィリスの腕は確かなようで、私は実家に居た頃よりも格段に良いお品物を着せてもらっていた。淡いレモンイエローの綺麗なドレス。きらきらとした髪飾り。

 そう言ってもらえると、心なしか少し美人になった気がするわ。……なーんてね!


「では! 本日の予定をお伝えします!」

「はい!」

「ふふふ、お元気で何よりです。

 まずは食堂でご飯を食べて~、その後は……、エリン妃殿下はこのお城に来たばかりなのでぇ、このお城の中を歩いてみましょう! 色々とご案内しますよ~!」

「まぁ、有り難いわ。じゃあ今日はよろしくね、フィリス」

「まっかせてください!」


 そう元気よく言ってくれた彼女に連れられ自室を後にする。


 こんなに大きなお城なんだもの。きっと、楽しい場所がたくさんあるに違いないわ!

 そう思い、私はこれからの冒険に胸を弾ませた。



 *


 とっても美味しい朝食でした。幸せとはこのことか。


 あ、ちなみに今日の朝食、グレン様とは別々だったわ。今朝は忙しかったみたいで。

 何せ皇弟殿下ですものね。きっと、お仕事がたくさん積まれているのでしょう。お可哀想に……。

 ……その内私も携わらなければならないのでしょうね。今から憂鬱だわ。



 さて、気を取り直して。

 本日のお城案内、一番目の場所は~?


「ねえフィリス、何故一番にここなのかしら……?」


 料理人達が切磋琢磨しながら働いている厨房でした。


 そう尋ねると、フィリスはむっふん、と胸を張って笑顔で答える。


「ふふふ、それはですねぇ……、美味しいご飯を食べられる場所を、フィリスが一番に紹介したいと思ったからです!」


 あっ、そういう理由なんだ。カワイイ。


「でも、お邪魔じゃないかしら?」

「妃殿下に来てもらえて喜ばない場所は無いですよぉ~! あっ居た居た、料理長~!」


 元気いっぱいなフィリスの声が厨房内に響き渡る。

 そこに居た職員の全員が「何だ?」と振り返るが、その顔もまた皆獣人なので、心の中で「ありがとうございます」と呟いておいた。


 そして……。


「あ゛あん?」

「ぴょっ」


 小さく声を上げてしまう。

 何故なら、料理長と思しきお方の人相……獣相?が、とても悪かったからである。

 まるで街で見かける輩者か何かってくらいの怖さだ。


「大丈夫、怖がらなくても平気ですよぉ~。あの人はあんな感じが基本デフォなんで」

「ええ、そうなの……?」


 まぁ、それが彼の標準装備というのなら……、仕方ないよね! 生まれつき顔の怖い人ってまぁ、居るし!


 自分を納得させるようにうんうん頷いていると、羊の獣人らしい彼はフィリスと私のことを交互に見つめて。


「……チッ」

「えっ、何で舌打ちするんですか料理長~?! 今日はおすそ分けを貰いに来たとかじゃありませんから!」

「そういうことじゃねえよ。そこの、後ろの……、人間じゃねえか」


 その言葉にハッとする。いけないいけない、初対面の方にはまず名乗らないとね。


「初めまして。エリン・アディンセルと申します。この度、グレン・ディ・ジュード皇弟殿下の婚約者として、ジュード帝国に参りました。

 不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 小さなころから何度も訓練して覚えた(私こういうの本当に苦手なのよね……)カーテシーをして挨拶をする。隣のフィリスからは「あわわっ、妃殿下ぁ~!」と慌てたような声が聞こえてきた。


 対して、挨拶を受けた料理長はポカン、と口を開けて固まっている。

 ……な、何か変なことしたかしら、私?!


「妃殿下が使用人に対してそんなに畏まっちゃだめですよぉー!」

「えっ、そう? ダメだった?」

「だめっていうかなんていうか……」


 ごにょごにょ口ごもるフィリス。カワイイ。それしか言うことがないんかいって感じだけど、やっぱりかわいい。


 そんなやり取りをしていると、料理長から「……あ゛ーー……」と苦々しそうな声が聞こえた。


「申し訳ありません、妃殿下。ご無礼をお許しください」

「えっ」


 急に言葉が固くなり、獣相も緩まって逆に困った表情を浮かべている。

 その突然の変わりように私は呆気に取られてしまった。


「そ、そんな急に畏まらないでください?! 突然来た私も悪かったんですし……」

「妃殿下、俺たちのような使用人なんかに敬語を使わないでくだせえ」

「ええっ、……わ、わかったわ。でも、それならあなたもいつも通りの態度で私とも接してほしいの。

 いいかしら……?」


 おそるおそる、ねだるような言い方で彼を見上げると、ますます眉間に皺を寄せて頭をがしがし搔きながら、「わかりましたよ……」と呟いた。


「それでですね、さっきの態度は完全に俺が悪いんで……、妃殿下は何にも悪くないです」

「そ、そうなの? よければ、話を聞かせてくれない?」

「……ええっと」


 チラ、と料理長がフィリスを見る。

 それを受けたフィリスは「ここまで来たら仕方がありません。お話しましょう」と返す。


「……分かった」


 そうして料理長は、数年前ここに嫁いできた、「人間の他国の王女様」について話し始めた。


 曰く、皇帝に嫁ぐために我が国へ来たはずのその王女様は、大層獣人がお嫌いなのだそう。

 料理を運べば「獣人の作ったものなど……」と嫌悪感を示し、お城の中を歩くのも嫌がるのだとか。

 勿論お付きの従者も、獣人だと「今すぐ変えて頂戴!!」と喚き散らすらしい。


 なので、このお城に居る獣人の方達は、人間と聞くとつい身構えてしまう……、と、いうことだった。


「妃殿下がこちらに嫁いでこられたことは俺達みんな知ってたんですが、まさか厨房に来られるとは思わなくて……。もしかすると、食事に関する文句でも言いに来たのかと」

「えっ、そ、そんなことしないわ! というか出来ない!」

「今ならそう分かりやす。でも俺は、相手をよく知らずに敵意を持っちまって……。

 だから、こんなにも丁寧なご挨拶をされるなんてと驚いちまいやした。礼がなってねえのは俺の方だった」


 料理長が申し訳なさげに呟く。


 一方、それらの話を聞いた私は。


「信じられない……。この国ほどのエデンは他に存在しないというのに……!」


 動物好きの自分からすればあり得ない現象に恐れ慄いていた。

 ここに来る前も思っていたが、私にとっての楽園でも、他の人間にとってはそうでないことの方が多いようだ。信じられないが。本当に、信じがたきことだが。


「まあ、妃殿下からすればそうでしょうね……」


 フィリスがどこか呆れた声色で呟く。あれっ? 何でちょっと遠い所を見てる顔なの??


(というか、……フィリスが朝に言ってた「獣人だと嫌がって物を投げつける人」って、もしかしてこの話に出てきた皇后様……?)


 詳しく聞こうかとも思ったが、朝の彼女の様子を思い出す。

 ……今はまだ置いておこう。


「……ってことですよ、アレックス。エリン妃殿下は動物が大の大好物で獣人も何のそのな、ある意味奇特なお方なので、安心してくださぁい」

「ちょっと待ってフィリス? 私のどこが奇特なのかしら。このまま数時間あなたのお顔やそのお耳についての愛らしさを語ってもいいのよ」

「そういう所ですよぉ」

「はは……、こりゃまた珍しいタイプが来たもんだ」


 そう言って、アレックス……料理長はまた頭を掻いて。

 今度は深々と頭を下げながら挨拶をしてくれた。


「申し遅れました。私、ここの料理長をしております、アレックス・ベイカーと申します。

 以後お見知りおきを。エリン妃殿下」

「──ええ、よろしくね。アレックス」



 話が一段落ついた所でハッと思い至る。

 そうだ、厨房に来たなら伝えないといけないことがあるのだったわ。


「ところで、料理長。今日の朝食のお味、とても美味しかったわ! 他の料理人の皆様にもお伝え願えますでしょうか?!」

「おっ、ありがとうございやす。そう言っていただけると、腕を奮った甲斐がありますぜ」


 にこっと微笑んだアレックス。笑顔は意外とかわいらしいことが分かり、その表情を見れたことの嬉しさが募る。

 強面の笑顔はギャップが最高よ。


「うふふ……」


(やっぱり天国だわ、この国は)


 この国に来た喜びを今一度噛み締め、私は優雅に微笑んだ。

 ……優雅に微笑めているわよね? 嬉しさのあまり、気持ち悪い笑顔になってたりはしないわよね?




「あ、……ねぇ、ところで……フィリス?」

「ハイ? 何ですか妃殿下? 内緒話ですか?」

「アレックスは羊の獣人だとお見受けするのだけれど……、その、お料理に羊肉は出ないとか……?」

「いえ、普通に出ますよ?」

「えっ、あっ出るんだ」

「料理長のプライドにかけて、美味しく調理できないものは無いとしていたいみたいですねぇ~。まぁ、命を戴くという点では同じですしね!」

「ま、まぁ確かに……。いえ、気にしないのならいいのよ……」


 今後うっかり「今夜のラムのお味は最高だったわ」とか言っちゃって嫌な空気にしちゃったら悪いしな……とか考えてたし。


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