その後も色々と城の中を案内されていき。
そして、その中で出会ったのは、膨大な書物の並んだ図書館だった。
「図書館……!」
「ハイ! ここではジュード帝国だけでなく、あらゆる国から取り寄せたたっくさんの書物がありますよぉ~!」
ぐるぐると辺りを見回してみる。フィリスの言う通り、視界が本、本、本の山だ。
こんなにも立派な図書館はうちの国にも無いかもしれない。何度か自国の王立図書館に通う機会はあったが、それよりも規模が大きい気がする。
まるでこここそがお城のようだ、と思える。
その多さと広大さに少しの間目を眩ませていたが、ハッ! と正気を取り戻し、私はフィリスに詰め寄った。
「フィリス!! 動物語の本はある?!」
「へっ? ど、動物語ですかぁ?」
「そう!! ジュード帝国に来たら絶っっ対習得しなきゃと思って!!」
彼女の手を握り、力強く言う。
そして実家で私を今も想ってくれているであろう、四匹の愛犬達が頭に浮かんだ。
ジョン、ベニー、ヘンリエッタ、ララ。
待ってて皆……! お姉ちゃんはここで見事、動物語を会得して、帰ったら皆と更に心を通わせるわよ……!!
しかし、そんな私の熱さに反してフィリスは冷静に。
「あの……、一応言っておきますけど、ジュード帝国の公用語は人間と変わりませんよ?」
「へっ」
「私達は獣人族として動物と意志を交わせるだけで、特に動物語としての学問? が秀でているわけではありませんし……」
「え……」
それを聞いた瞬間、ショックのあまりフィリスの手から自分のそれをはらり、と落としてしまった。
何……、だと……?
そして、次に来たのはとてつもない絶望。
心なしか鼻がツンとする。あらやだ風邪かしら。おほほ、はは……。
「ああっひ、妃殿下! 泣かないでくださいぃ~!」
「だい、だいじょうぶよ、泣いてないわ……。ただちょっと、そうほんのちょっとだけ残念で……」
「全然ほんのちょっとって感じじゃないですがぁ?!」
焦った様子のフィリスが私の背中を必死に撫でてくれている。申し訳ない。
だが、この帝国に嫁ぎたい理由の一つだった動物語の本が無いのだという事実を思うと……、少しくらい、落ち込むのを許してほしいのである……。
そうやってわぁわぁと図書館で騒いでいると、コツン、と靴音がどこかから聞こえてきた。
ちょっぴり涙目になりながらそちらを見る。
隣のフィリスが「ピッ……!!」と声にならない声を上げた。
「ぐ、ぐぐグレン皇弟殿下……?!」
あら、ほんとだわ。グレン様だ。
残念ながら今は狼の姿も顔もしていない。ほんとに残念。
でもお耳と尻尾が付いているのはデフォルトらしい。それだけでも少し心が癒されるのを感じた。
「……随分と楽しそうだな。さて、我が妃は侍従と何を騒いでいた?」
「こ、ここれはですねぇ……っ」
「えっと、その……、……あっ、ぐ、グレン様、お仕事はもういいのですか?」
言い淀んでいる間に、そういえば今朝はお仕事で居なかったんだったということを思い出し尋ねてみる。
「終わったから大丈夫だ。……ん?」
そこで、グレン様が何かに気が付いたように片眉を上げる。
「お前、今日のその服装は……」
「え? ああ……フィリスがやってくれたんです! こんなに素敵に仕上げてくれて」
笑顔でそう返すと、彼は「ふむ……」と一言だけ呟いた。
「侍女との仲は今の所良好、と」
「?」
「ああいや、こっちの話だからいい。……よく似合っているぞ」
なんだかはぐらかされた気がするけど、褒められたわ。素直に喜んでおきましょう。やったー。
「……それで? お前達は何について盛り上がっていたんだ?」
「うぐっ」
ギクリと肩を跳ねさせた。
やはり、逃がしてはくれないと……。
ええい、ままよ。
まだ嫁いできて一日も経ってないのに、こんなことを皇弟殿下にお話するのは申し訳なさが募るけれども! 背に腹は代えられないわ!
だって、愛しの我が子達の為だもの!!
「恐れながら、グレン様」
「うん、言ってみろ。お前なら何か面白いことを言い出しそうだしな」
謎の期待やめてください!
「では、……動物語を学べる本は、ございませんでしょうか」
「…………は?」
意を決して口を開けば、グレン様の目が大きく開かれる。
「……動物語?」
「はい。正確に言えば動物語でなくとも、動物の言葉や気持ちがより深く学べるようになるご本は無いものか、と」
「……何故?」
「何故って、我が子達の為ですよ!!」
「我が子?! お前、子供が既に居るのか?!」
目の前にある端正なお顔が驚愕に満ち溢れた。
あああ、すみません誤解です! ついいつもそう呼んでいる癖がっ!
「いえ違います!! 飼い犬達の話です!!」
「飼い犬……?! ……お前は飼い犬のことまでそんな風に呼んでいると」
「正確に言えば子供でないのは重々調子しておりますですがあの子たちにかける愛情は最早母性と言っても過言でないくらいでついいつもの呼び方が出てしま」
「……わかった。分かったからもういい……」
顔を手で抑えて私の言葉を制止するグレン様。心なしか小刻みに震えているような気が。
……ちょっぴり笑ってらっしゃる??
「ク……ッ、で、お前は動物語、ひいては俺達により近づけるような本を探しているのだな?」
「はい。でも、フィリスには「ジュード帝国の公用語に動物語は無い」と言われていて……」
「ふむ。まあ、そうだな。俺達は獣人族だからこそ、他の動物たちとも意志が通じ合っているわけだし」
「ですよね……」
やはり望みは絶たれたか……と意気消沈する私に対し、やっぱり笑ってるグレン様は「待て待て。そう落ち込むな」と声をかけてくれた。
「公用語とは少し違うが……、動物の言葉や意志表示を分かりやすく記した本ならあったはずだ」
「?! ほっ、ほほ本当ですか?!」
「ああ。持ってきてやるから少し待っていろ」
「いえ私も行きます! 是非行かせてください!」
「何故そこで待てないのだろうな、お前は……」
「ならついてこい」と仰ったグレン様の背に小走りでついていく。グレン様、おみ足が長すぎるせいで歩幅も大きいらしいのよね。
でもそれにすぐ気が付いてくれて、歩く速度を緩めてくれた。おお、なんとお優しい。
そして迷路のような図書館の中を何度か曲がり、ようやく目的のものに辿り着いた。
「ほら、これだ」
上の方に置いてあった一冊の本をグレン様が手に取り、こちらへ渡してくれる。
「っっありがとうございます……!!」
やった! お姉ちゃんはやったよ皆!!
感動のあまり思わず手渡された本を胸の中でぎゅうっと抱きしめながら、心からの感謝を口にすると。
フ、と小さな笑みが上から聞こえてきた。
「全く。不思議な人間だな、お前は」
「えっ、そうでしょうか……?」
「自覚無しか」
ぷっとおかしそうに吹き出される。私ってそんなに変なのかしら。
でも、個性があるのはいいこと! ……よね、皆?
「その本はお前が持っているといい。どうせうちの者は読まないだろうし」
「えっ、いいんですか?! ありがとうございます!」
「ああ、あと……」
グレン殿下が思い出したように呟く。
小首を傾げると、彼は更に笑みを深くして言った。
「良い場所があるんだ。少なくとも、お前にとってはそうだろうな」
「はい??」
「今から連れて行ってやる」