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第8話 狼達の庭

 着いた先は楽園でした(また楽園って言っちゃってる)


 いえ仕方がないの。許してほしい。これは、これは仕方がない────!!


「は、はわわわっ……!!」


 溢れんばかりの大きな、狼、狼、狼!!


「ワフッ」

「グルル……」


 連れてこられたのは城の周りにある大きな庭だった。

 そこでは多数の狼達が思い思いに過ごしており、動物大好き人間にとってはたまらない空間となっている。


(かっ、かわいい…………!!!!)


 感動のあまり言葉が出ず、両手で口を塞いでしまった。

 皆可愛すぎる。狼は犬の祖先という話だけれど、やっぱりうちの子達とは丸っきり雰囲気や面持ちが違うのだ。


 その違いが、これまたイイっ!!


「予想通りの反応だな」


 その様が面白いのか何なのかは分からないが、グレン様が微笑みながらそう言ってくる。


「ぐ、グレン様っ! こ、ここは……?!」

「ここは城で飼育している狼達の庭だ。まぁ、所謂城を守っている番犬というやつだな」

「番犬……!」


 なるほど、皆凛々しい顔をしている筈だわ。

 触りたくてうずうずとするが、ここは歴戦の猛者達が集う庭。ジュード帝国の守りの一端を担っている、戦士様の集い!


 動物好きの勘が告げる。……ここは、迂闊に手を出してはならないと。


「ううう~~……!」


 でもやっぱり触りたいいいい!!


 そんな私の様子を見ながら、グレン様はくつくつと笑いを漏らして、こう言った。


「ここの奴らに認められたいなら、まずボスの所へ挨拶に行かないとならない」

「ボス? ……はっ、そうですよね、狼ですもの。群れを率いるボスが居るはずだわ!

 是非ともお目通りをお願いしたく存じます!!」

「わかってるさ。ええっと、アイツはどこへ行ったかな……?」


 グレン様がきょろきょろと辺りを見渡す。ここには居ないのだろうか?


「おい、アレクサンダーは? どこに居る」

「ワゥ」

「えっ何ですかその能力」

「言っただろ、俺達は同じ種族同士で意志を交わせると」

「そうでしたっ! んぐうう、いつか私も……!」


 悔しさと羨ましさで思わず唇を噛んでしまったわ。

 じゅ、獣人族、恐ろしい子っ! グレン様の前でなければ、ハンカチもお噛み遊ばしていたところよっ!


 ……え? どこから得た知識なんだそれはって? それは勿論、巷で大人気の本からですわ。


 何はともあれ、とにかく。


(教えてくださったあの本を駆使し、動物と会話が出来る令嬢になってみせる!!)


 決意を新たにしたところで、ボス……アレクサンダーの居場所が分かったらしく、「こっちだ」と言ったグレン様にまたついていく形となった。



 *



 庭で見た狼達とは一線を画すことが、の醸し出す雰囲気でありありと分かった。


「あいつがアレクサンダーだ」

「はい……!」


 思わず息を呑む。

 すごい迫力である。さすが群れのボス……!


 アレクサンダーは、庭から少し離れた所にある森の中の岩に座っていた。

 灰色の身体と、何者をも射貫く、力強い蒼い瞳。


 …………かっ。


「カッコイイ~~……!!」

「おい、俺にはカッコイイの一言も無かったのにあいつには言うのか?」


 つい溢れ出してしまった思いを口にすると、頭上からグレン様の苦々しい声が聞こえてきた。

 何を仰いますやら。


「グレン様もとても素敵なお姿でしてよ? 私、あの時の感動はこの先一生忘れられないと思います」


 この言葉は嘘なんかではない。

 青々とした毛並みと、確かな輝きを持った金の瞳を持った美しい大狼と、生まれて初めて対面した時の興奮と喜びといったら。

 まるで神様にでも会ったかのような衝撃だった。

 文字通り、一生分の宝物になるであろう。


「……そうか」

「?」


 あれ。何で急に向こう向いたんだろ。謎です。


「ゴホンッ! あー、とりあえず、アレクサンダーの近くに行くぞ。どうせもう気付かれてるしな」

「はいっ! 行きましょう!!」


 もう誰が見てもウキウキるんるんの声で叫んでしまった。いけないいけない、淑女たるもの……。

 でもやっぱり、ああ! どうしましょう、興奮が抑えきれないわ!!



 ゆっくりと近付けば、アレクサンダーはゆるりと伏せていた顔を上げ、こちらをじっと見つめてくる。


「アレクサンダー。調子はどうだ」

「グル……」


 アレクサンダーから低い声が出た。おお、さすが群れのボス……。渋さも人一倍、いえ、犬一倍?だ。


 グレン様はさすが、彼に臆することもなく私の肩を持ち、ぐいっと自らの方に引っ張りながら言った。


「俺の妻になる女性だ。

 仲良くなれるかどうか、お前自身の目で見てみろ」

「…………」


 じぃっ、と、アレクサンダーの瞳が私を射抜く。

 ……こ、これは、普段愛する子達と接する時よりも断然、圧がすごいわ……!


 しかし。私はこの国の皇弟の妻になるのだから、狼に気圧されてばかりではいられない。

 敬意を評して。されど、出来るだけ対等な友人となれるよう挑もう。


 一歩、前に出る。


「初めまして、アレクサンダー。私はエリン。エリン、アディンセルというの」

「…………」

「狼達を統べるボスだそうね。すごいわ。そんなあなたに、心からの敬意を表します。

 対する私は、ここに来たばかりで、まだ右も左も分からない若輩者だけれど……」


 その場にしゃがみ込み、彼と目線を合わせながら。


「是非とも、これから仲良くしてほしいと、思っているの。……どう、かしら?」


 私には、こうやって真摯に伝えることしかできない。

 敵ではありません。あなたと仲良くなりたいのです。そんな思いを込めて。


 犬が相手なら、目を合わせるのは敵意を示す行動に入る……のだけれど。

 彼の目からは、逸らさない方がいいように思えたから。その直感に従う。


「…………」


 私の言葉を分かっているのだろうか。アレクサンダーは少しの間、黙って私を見つめるだけだった。

 ドキドキと心臓が跳ねる時間が続く。

 きっと私のことを今、見定めているのだろう。仲間とするか、敵とするか。はたまた別の何かにカテゴライズされるのかも。


 最初から仲良くなれずともよい。動物を相手にするのだから、一筋縄で行くはずがないのだ。

 そんな気持ちで、ただただ彼と見つめ合っていたのだけれど────。


「!」


 ゆらり、とアレクサンダーが身体を起こし、こちらへ向かってくる。

 一瞬身構えてしまうが、いえ、と心の中でそれを抑え込んだ。


 彼はボスだ。誇り高き群れの王者であり、この城を守る戦士の一人。

 そんな彼が無抵抗の人間をいきなり傷つけることはないだろう、という、合っているかどうなのかも不明な考えのもと、私は彼の次の動作を黙って待つことにしたのだ。


 そうして、アレクサンダーが私に近寄り────。




『ぺろっ』


「…………えっ」


 頬に濡れた感触を感じた私は、思わず驚きの声を上げてしまった。


「クゥン」


 さっきの声とは比べ物にならない可愛らしい声が聞こえ、思わずアレクサンダーの顔を見る。

 相変わらず凛々しいお顔だ。しかし……心なしか、先程の鋭さが消えているような……?


「これは……驚いた」


 グレン様もびっくりされたようで、二人で顔を見合わせる。

 そして更には!


「きゃっ、え……? い、今のは……、頬ずり……?!」


 なんとなんと! アレクサンダーが私の頬にすりすりをしてくれたのである!!

 なんということでしょう。あれ程重苦しい空気を放っていたボス様が、私のお膝の隣で丸くなり始めましたのよ。こんなことがあっていいのかしら。


「ぐ、グレン様、これは……」

「……アレクサンダーがこんなにもすぐ、しかも人間に懐くことは今まで無かったことだ。

 お前、何か餌でも隠し持ってるんじゃないだろうな」

「ええ?! も、持ってませんよ、冤罪です!!」

「じゃあ何だ、雰囲気? それとも態度が良かった……?」


 グレン様にもこの現象はよく分からないらしい。

 私もさっぱり。何がなんだか。


 でも、これだけは分かる。


(狼さんに懐かれるの、すっっっ……ごく嬉しいーー!!!!)


 思わずガッツポーズをしてしまった。それを見ていたグレン様から「何だそのポーズは」とツッコミを受けてしまう。


「知らないのですかグレン様。これは勝利の歓喜に震えるポーズです」

「いや意味を聞いてるんではないんだがな。

 ……アレクサンダー?」


 話しかけられたアレクサンダーは「何だ」とでも言いたげに閉じていた目を片方開ける。


「確かにエリンは初対面から色々ブッ飛ばしてきたし、俺の顔にも頓着しないような不思議……個性的な女だが」


 また言われた! そんなにもふし……個性的なのか、グレン様から見た私は!!


「お前がそんなにもすぐ懐いた要因は何だ? 気になるから教えてくれ」


 その言葉に、アレクサンダーが顔を上げて、私とグレン様を交互に見る。

 ふむ、と顎に手を当てるグレン様。


「グレン様、彼は何と?」


 今目と目で通じ合ってた気がしますよ!

 くそう、つくづく羨ましいわ。私なんて愛犬達とのアイコンタクトで分かるのは「飯くれ」ぐらいだもの!!


「────自分でもよく分からんが、何となくだそうだ」


 その答えにずるっと転けそうになった。

 完全にフィーリングである。


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