着いた先は楽園でした(また楽園って言っちゃってる)
いえ仕方がないの。許してほしい。これは、これは仕方がない────!!
「は、はわわわっ……!!」
溢れんばかりの大きな、狼、狼、狼!!
「ワフッ」
「グルル……」
連れてこられたのは城の周りにある大きな庭だった。
そこでは多数の狼達が思い思いに過ごしており、動物大好き人間にとってはたまらない空間となっている。
(かっ、かわいい…………!!!!)
感動のあまり言葉が出ず、両手で口を塞いでしまった。
皆可愛すぎる。狼は犬の祖先という話だけれど、やっぱりうちの子達とは丸っきり雰囲気や面持ちが違うのだ。
その違いが、これまたイイっ!!
「予想通りの反応だな」
その様が面白いのか何なのかは分からないが、グレン様が微笑みながらそう言ってくる。
「ぐ、グレン様っ! こ、ここは……?!」
「ここは城で飼育している狼達の庭だ。まぁ、所謂城を守っている番犬というやつだな」
「番犬……!」
なるほど、皆凛々しい顔をしている筈だわ。
触りたくてうずうずとするが、ここは歴戦の猛者達が集う庭。ジュード帝国の守りの一端を担っている、戦士様の集い!
動物好きの勘が告げる。……ここは、迂闊に手を出してはならないと。
「ううう~~……!」
でもやっぱり触りたいいいい!!
そんな私の様子を見ながら、グレン様はくつくつと笑いを漏らして、こう言った。
「ここの奴らに認められたいなら、まずボスの所へ挨拶に行かないとならない」
「ボス? ……はっ、そうですよね、狼ですもの。群れを率いるボスが居るはずだわ!
是非ともお目通りをお願いしたく存じます!!」
「わかってるさ。ええっと、アイツはどこへ行ったかな……?」
グレン様がきょろきょろと辺りを見渡す。ここには居ないのだろうか?
「おい、アレクサンダーは? どこに居る」
「ワゥ」
「えっ何ですかその能力」
「言っただろ、俺達は同じ種族同士で意志を交わせると」
「そうでしたっ! んぐうう、いつか私も……!」
悔しさと羨ましさで思わず唇を噛んでしまったわ。
じゅ、獣人族、恐ろしい子っ! グレン様の前でなければ、ハンカチもお噛み遊ばしていたところよっ!
……え? どこから得た知識なんだそれはって? それは勿論、巷で大人気の本からですわ。
何はともあれ、とにかく。
(教えてくださったあの本を駆使し、動物と会話が出来る令嬢になってみせる!!)
決意を新たにしたところで、ボス……アレクサンダーの居場所が分かったらしく、「こっちだ」と言ったグレン様にまたついていく形となった。
*
庭で見た狼達とは一線を画すことが、
「あいつがアレクサンダーだ」
「はい……!」
思わず息を呑む。
すごい迫力である。さすが群れのボス……!
アレクサンダーは、庭から少し離れた所にある森の中の岩に座っていた。
灰色の身体と、何者をも射貫く、力強い蒼い瞳。
…………かっ。
「カッコイイ~~……!!」
「おい、俺にはカッコイイの一言も無かったのにあいつには言うのか?」
つい溢れ出してしまった思いを口にすると、頭上からグレン様の苦々しい声が聞こえてきた。
何を仰いますやら。
「グレン様もとても素敵なお姿でしてよ? 私、あの時の感動はこの先一生忘れられないと思います」
この言葉は嘘なんかではない。
青々とした毛並みと、確かな輝きを持った金の瞳を持った美しい大狼と、生まれて初めて対面した時の興奮と喜びといったら。
まるで神様にでも会ったかのような衝撃だった。
文字通り、一生分の宝物になるであろう。
「……そうか」
「?」
あれ。何で急に向こう向いたんだろ。謎です。
「ゴホンッ! あー、とりあえず、アレクサンダーの近くに行くぞ。どうせもう気付かれてるしな」
「はいっ! 行きましょう!!」
もう誰が見てもウキウキるんるんの声で叫んでしまった。いけないいけない、淑女たるもの……。
でもやっぱり、ああ! どうしましょう、興奮が抑えきれないわ!!
ゆっくりと近付けば、アレクサンダーはゆるりと伏せていた顔を上げ、こちらをじっと見つめてくる。
「アレクサンダー。調子はどうだ」
「グル……」
アレクサンダーから低い声が出た。おお、さすが群れのボス……。渋さも人一倍、いえ、犬一倍?だ。
グレン様はさすが、彼に臆することもなく私の肩を持ち、ぐいっと自らの方に引っ張りながら言った。
「俺の妻になる女性だ。
仲良くなれるかどうか、お前自身の目で見てみろ」
「…………」
じぃっ、と、アレクサンダーの瞳が私を射抜く。
……こ、これは、普段愛する子達と接する時よりも断然、圧がすごいわ……!
しかし。私はこの国の皇弟の妻になるのだから、狼に気圧されてばかりではいられない。
敬意を評して。されど、出来るだけ対等な友人となれるよう挑もう。
一歩、前に出る。
「初めまして、アレクサンダー。私はエリン。エリン、アディンセルというの」
「…………」
「狼達を統べるボスだそうね。すごいわ。そんなあなたに、心からの敬意を表します。
対する私は、ここに来たばかりで、まだ右も左も分からない若輩者だけれど……」
その場にしゃがみ込み、彼と目線を合わせながら。
「是非とも、これから仲良くしてほしいと、思っているの。……どう、かしら?」
私には、こうやって真摯に伝えることしかできない。
敵ではありません。あなたと仲良くなりたいのです。そんな思いを込めて。
犬が相手なら、目を合わせるのは敵意を示す行動に入る……のだけれど。
彼の目からは、逸らさない方がいいように思えたから。その直感に従う。
「…………」
私の言葉を分かっているのだろうか。アレクサンダーは少しの間、黙って私を見つめるだけだった。
ドキドキと心臓が跳ねる時間が続く。
きっと私のことを今、見定めているのだろう。仲間とするか、敵とするか。はたまた別の何かにカテゴライズされるのかも。
最初から仲良くなれずともよい。動物を相手にするのだから、一筋縄で行くはずがないのだ。
そんな気持ちで、ただただ彼と見つめ合っていたのだけれど────。
「!」
ゆらり、とアレクサンダーが身体を起こし、こちらへ向かってくる。
一瞬身構えてしまうが、いえ、と心の中でそれを抑え込んだ。
彼はボスだ。誇り高き群れの王者であり、この城を守る戦士の一人。
そんな彼が無抵抗の人間をいきなり傷つけることはないだろう、という、合っているかどうなのかも不明な考えのもと、私は彼の次の動作を黙って待つことにしたのだ。
そうして、アレクサンダーが私に近寄り────。
『ぺろっ』
「…………えっ」
頬に濡れた感触を感じた私は、思わず驚きの声を上げてしまった。
「クゥン」
さっきの声とは比べ物にならない可愛らしい声が聞こえ、思わずアレクサンダーの顔を見る。
相変わらず凛々しいお顔だ。しかし……心なしか、先程の鋭さが消えているような……?
「これは……驚いた」
グレン様もびっくりされたようで、二人で顔を見合わせる。
そして更には!
「きゃっ、え……? い、今のは……、頬ずり……?!」
なんとなんと! アレクサンダーが私の頬にすりすりをしてくれたのである!!
なんということでしょう。あれ程重苦しい空気を放っていたボス様が、私のお膝の隣で丸くなり始めましたのよ。こんなことがあっていいのかしら。
「ぐ、グレン様、これは……」
「……アレクサンダーがこんなにもすぐ、しかも人間に懐くことは今まで無かったことだ。
お前、何か餌でも隠し持ってるんじゃないだろうな」
「ええ?! も、持ってませんよ、冤罪です!!」
「じゃあ何だ、雰囲気? それとも態度が良かった……?」
グレン様にもこの現象はよく分からないらしい。
私もさっぱり。何がなんだか。
でも、これだけは分かる。
(狼さんに懐かれるの、すっっっ……ごく嬉しいーー!!!!)
思わずガッツポーズをしてしまった。それを見ていたグレン様から「何だそのポーズは」とツッコミを受けてしまう。
「知らないのですかグレン様。これは勝利の歓喜に震えるポーズです」
「いや意味を聞いてるんではないんだがな。
……アレクサンダー?」
話しかけられたアレクサンダーは「何だ」とでも言いたげに閉じていた目を片方開ける。
「確かにエリンは初対面から色々ブッ飛ばしてきたし、俺の顔にも頓着しないような不思議……個性的な女だが」
また言われた! そんなにもふし……個性的なのか、グレン様から見た私は!!
「お前がそんなにもすぐ懐いた要因は何だ? 気になるから教えてくれ」
その言葉に、アレクサンダーが顔を上げて、私とグレン様を交互に見る。
ふむ、と顎に手を当てるグレン様。
「グレン様、彼は何と?」
今目と目で通じ合ってた気がしますよ!
くそう、つくづく羨ましいわ。私なんて愛犬達とのアイコンタクトで分かるのは「飯くれ」ぐらいだもの!!
「────自分でもよく分からんが、何となくだそうだ」
その答えにずるっと転けそうになった。
完全にフィーリングである。