「ほーらみんな、ご飯よ~!」
「ワフッ!」
「アオーン!」
ああ、なんて素敵な世界。
あの子達と離れてからも、こうして動物にご飯をあげる行為が出来るなんて……。
それもこれも、アレクサンダーが私を認めてくれたからである。
ボスに気に入られた時点で群れでは「仲間だと認められた」ことになるそうで、あれから庭に戻った私は盛大な歓迎を受けた。
あわや圧しつぶされるという中、グレン様が助けてくれたが。
そして、それを見た彼がこう提案してくれたのだ!
『お前もたまには飯を与えてみたりするか?』と……!!
そんな素敵な提案によって、それ以降、時たま彼らの住んでいる所……狼の庭に訪れるようになった。
この時間の至福さったら、そりゃあもう!
「あっこら、ズィース、それはメラニーのものよ!」
「アウ?」
「こらこら、喧嘩せずに。みんな仲良く平等にね」
毎回お肉の取り合いで戦争になるので、要らぬ喧嘩を生まぬよう、注意深く観察しながらやっている。
まるで狼の飼育員になったかのよう。いや、お世話係だからそれに近いのか?
「妃殿下、今日も来てくださりありがとうございます」
そう言って眉を下げながらへらりと笑ったのは、狼達を教育しているダニエルだ。
優しげな風貌を持つ彼だけど、そこは教育係。怒ると超~怖いらしい。
「こちらこそ! 仕事場に何度も来てしまって大変申し訳ないわ……」
「いえいえ、そんな! 人間の方、しかも妃殿下にこんな所にまでおいでいただけて……! 僕は嬉しい限りです!」
でもその見た目と同じように、とっても優しい性格をしていて。
「良ければ自分もやってみたい」と、ある日唐突に登場してきた異国の令嬢を、嫌な顔せずに笑顔で迎え入れてくれた。
おかげで今、私とっても幸せです!
……ふとした時に、ホームシックになったりするけれどね。ああ、あの四匹は元気にしているのかしら……。
「エリン、やっぱりここに居たのか」
「グレン様!」
すると後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、笑顔でそちらを振り向く。
ただ何故か名を呼ばれたグレン様は目を丸くしていて……。
「あの……、どうされました?」
疑問に思って尋ねると、彼はどこか不思議そうな顔をしてこう言った。
「ああいや……、お前は俺の顔に興味が無いと思っていたからな。心底楽しそうな笑顔を向けられて、少々驚いた」
別にグレン様のお顔に興味が無いわけではないのだが。
まぁ、狼になった時と人間体の今とではどちらの方が嬉しいか? と問われると、そりゃあ勿論狼時の方が興奮してしまうけれども。
元々私はあまり人の美醜に興味が無い女なのである。そんなことより動物見たい。
「グレン様のお顔は素敵ですよ?」
「一般論として、だろう?」
「ええまぁ、私の美的感覚がおかしくなければの話ですけれど……。それがどうかしまして?」
「……」
「?」
突然ずずいっと顔を近づけられた。何事ですか殿下。
「……どうだ?」
「え?」
「胸がときめいたりはしないか」
「胸が……? いえ、特に」
素直に答える。
勿論とてもとてもお綺麗な顔立ちをされているが、特にそれ以外の感想が出てこない。
「…………、まぁいい」
何の時間だったんだろう、これ。
「ところでなんだが、エリン」
「はい?」
「兄上がお前を呼んでいる」
「へ?」
目が点になった。
えっと……、今、この方はなんと?
そんな私の顔を見て、念を押すかのようにグレン様が再度告げてくる。
「この国の皇帝、ギルバート・ディ・ジュードがお呼びだ」
改めて言われた言葉に、砂になりそうでした、私。
サラサラサラ…………。
*
「やぁ、君がエリンだね」
「は、はははい……!!」
ガッチガチに固まっている私を見て、その御方────ギルバート・ディ・ジュード皇帝陛下は苦笑いをした。
「そんなに緊張しないでおくれ。弟の嫁になる人なのだから、私達はもう家族だ。楽にしていてほしい」
「は、はいぃっ」
わーこの方も狼だぁしかも金髪の狼だーグレン様と並んで素晴らしい毛並みですねあー触りたいあー!
……現実逃避の妄想はそこまでにして。
さすがにこのオーラを目の前にしたらそんな不遜なこと言えなくなるわ。
「兄上、さすがにこの国の皇帝を前にして緊張しない者はおりませんよ」
「ううん、私はもっとこう……、新しく来たお嫁さんと気安い関係になりたいのだがな」
えっ、グレン様と初めて出会った時とは態度が違うんじゃないかって?
そりゃあ勿論! 彼はこの国のトップに立つお人だもの。放つ雰囲気が近寄りがたいそれになっているし、というかまずあの時みたいな完全狼の姿じゃないし!!
…………すみません言い訳です。あの時はグレン様のあまりの美しさに耐えきれなかっただけです。
「まずは、婚約おめでとう。君達が末永く仲良くしてくれることを祈っているよ」
「は、はい。ありがとうございます……」
仲良くって、夫婦としてってことよね。
うーん、まだあんまり想像がつかないわ。グレン様と夫婦、夫婦……。
「俺からしてみれば、兄上達の仲の方が心配ですけれどね」
ため息をつきながらグレン様が言った。え? と一瞬疑問に思ったが、そこでとあることを思い出した。
そういえば、この国の皇后様って……。
「そうなんだよ。今日は軽い挨拶も兼ねてだけど、エリンに折り入ってお願いがあってね」
なんだか渋い顔をしているギルバート陛下。何だろう、お願いって。
この国の皇帝陛下からのお願いとあれば断れまい。心なしか居住まいを直して、背筋をピンと張った。
「実は……、うちの奥さんは、大の獣人嫌いなんだ」
(あっ、やっぱり)
「それで、結婚当初からもう数年は経つんだけれど、未だに心を開いてくれなくてね……。
何度歩み寄ろうとしても逃げられるから、私としても困ったもので」
「は、はぁ」
「そこに君が来た。人間で、かつ獣人を全く恐れないという、無類の動物好きの君が!」
ガタン、とギルバート陛下は席を立ち、私の目の前へと歩みを進めてきた。
そしてソファーに座っている私の前に膝をついて、両手をぎゅっと握ってくる。
「お願いだ、エリン。是非とも私の皇后と仲良くなって、もっとこの城の者達と打ち解けられるよう、協力してほしい!」
キラキラ輝く皇帝様のお顔が眩しくて、目を開けられなくなりそうです。私。
「エリンは俺の妻ですよ、兄上。あまり軽々に触れませんよう」
皇帝オーラに圧倒されていたら、横に座っていたグレン様が繋がれている私達の手をべりっ! と剥がした。
ギルバート陛下は面白く無さげな顔で「んもー、頭が固いぞグレン」と口を尖らせる。
兄弟仲はどうやら良好らしい。
……で、私と皇后様、つまり義理の姉妹仲をこれから深めて来いと……。
「頼むよ、エリン! もう私達ではお手上げなんだ!」
「……え、ええっと」
「同じ人間である君になら、あの子も心を開いてくれるかもしれない! だから、お願い!」
パン! と両手を顔の前で合わせて頼み込んでくる陛下。
皇帝がそんな頼み方をしていいのかしら……? もっとこう、命令とかするものなのでは……。
しかし、そこまで乞われているのならば! やり遂げるしかないでしょう!
「分かりました。精一杯努めさせていただきます!」
私の答えに、ギルバート陛下は顔をぱぁぁっと明るくして「ありがとう!! 本当に!!」とお礼を言ってくれた。
なんだか、とんでもなく荷が重い仕事を請け負っちゃった気がするけれど……。
やってみるしかない、わよね! うん!
「やー、エリンはいい子だなぁ! あっ、私の事は好きに呼んでくれていいからね。義兄上でも、お兄様でも!」
「は、はい。ありがとうございます」
「お兄ちゃんでもいいよ! グレンは昔っから固い呼び方しかしてくれなかったからなぁー。
あ、それはそうと、折角だしグレンの小さい頃の話でも聞いてく? 面白くて笑える話がいっぱいあ」
「兄上!! その辺りで勘弁してください!!」
本当に兄弟仲は良いようである。よかったなあ。