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第10話 皇帝陛下、それって私には荷が重すぎませんか

「ほーらみんな、ご飯よ~!」

「ワフッ!」

「アオーン!」


 ああ、なんて素敵な世界。

 あの子達と離れてからも、こうして動物にご飯をあげる行為が出来るなんて……。

 それもこれも、アレクサンダーが私を認めてくれたからである。




 ボスに気に入られた時点で群れでは「仲間だと認められた」ことになるそうで、あれから庭に戻った私は盛大な歓迎を受けた。

 あわや圧しつぶされるという中、グレン様が助けてくれたが。


 そして、それを見た彼がこう提案してくれたのだ!


『お前もたまには飯を与えてみたりするか?』と……!!


 そんな素敵な提案によって、それ以降、時たま彼らの住んでいる所……狼の庭に訪れるようになった。

 この時間の至福さったら、そりゃあもう!


「あっこら、ズィース、それはメラニーのものよ!」

「アウ?」

「こらこら、喧嘩せずに。みんな仲良く平等にね」


 毎回お肉の取り合いで戦争になるので、要らぬ喧嘩を生まぬよう、注意深く観察しながらやっている。

 まるで狼の飼育員になったかのよう。いや、お世話係だからそれに近いのか?


「妃殿下、今日も来てくださりありがとうございます」


 そう言って眉を下げながらへらりと笑ったのは、狼達を教育しているダニエルだ。

 優しげな風貌を持つ彼だけど、そこは教育係。怒ると超~怖いらしい。


「こちらこそ! 仕事場に何度も来てしまって大変申し訳ないわ……」

「いえいえ、そんな! 人間の方、しかも妃殿下にこんな所にまでおいでいただけて……! 僕は嬉しい限りです!」


 でもその見た目と同じように、とっても優しい性格をしていて。

「良ければ自分もやってみたい」と、ある日唐突に登場してきた異国の令嬢を、嫌な顔せずに笑顔で迎え入れてくれた。


 おかげで今、私とっても幸せです!

 ……ふとした時に、ホームシックになったりするけれどね。ああ、あの四匹は元気にしているのかしら……。


「エリン、やっぱりここに居たのか」

「グレン様!」


 すると後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、笑顔でそちらを振り向く。

 ただ何故か名を呼ばれたグレン様は目を丸くしていて……。


「あの……、どうされました?」


 疑問に思って尋ねると、彼はどこか不思議そうな顔をしてこう言った。


「ああいや……、お前は俺の顔に興味が無いと思っていたからな。心底楽しそうな笑顔を向けられて、少々驚いた」


 別にグレン様のお顔に興味が無いわけではないのだが。

 まぁ、狼になった時と人間体の今とではどちらの方が嬉しいか? と問われると、そりゃあ勿論狼時の方が興奮してしまうけれども。

 元々私はあまり人の美醜に興味が無い女なのである。そんなことより動物見たい。


「グレン様のお顔は素敵ですよ?」

「一般論として、だろう?」

「ええまぁ、私の美的感覚がおかしくなければの話ですけれど……。それがどうかしまして?」

「……」

「?」


 突然ずずいっと顔を近づけられた。何事ですか殿下。


「……どうだ?」

「え?」

「胸がときめいたりはしないか」

「胸が……? いえ、特に」


 素直に答える。

 勿論とてもとてもお綺麗な顔立ちをされているが、特にそれ以外の感想が出てこない。


「…………、まぁいい」


 何の時間だったんだろう、これ。



「ところでなんだが、エリン」

「はい?」

「兄上がお前を呼んでいる」

「へ?」


 目が点になった。

 えっと……、今、この方はなんと?


 そんな私の顔を見て、念を押すかのようにグレン様が再度告げてくる。


「この国の皇帝、ギルバート・ディ・ジュードがお呼びだ」


 改めて言われた言葉に、砂になりそうでした、私。

 サラサラサラ…………。



 *



「やぁ、君がエリンだね」

「は、はははい……!!」


 ガッチガチに固まっている私を見て、その御方────ギルバート・ディ・ジュード皇帝陛下は苦笑いをした。


「そんなに緊張しないでおくれ。弟の嫁になる人なのだから、私達はもう家族だ。楽にしていてほしい」

「は、はいぃっ」


 わーこの方も狼だぁしかも金髪の狼だーグレン様と並んで素晴らしい毛並みですねあー触りたいあー!

 ……現実逃避の妄想はそこまでにして。


 さすがにこのオーラを目の前にしたらそんな不遜なこと言えなくなるわ。


「兄上、さすがにこの国の皇帝を前にして緊張しない者はおりませんよ」

「ううん、私はもっとこう……、新しく来たお嫁さんと気安い関係になりたいのだがな」


 えっ、グレン様と初めて出会った時とは態度が違うんじゃないかって?

 そりゃあ勿論! 彼はこの国のトップに立つお人だもの。放つ雰囲気が近寄りがたいそれになっているし、というかまずあの時みたいな完全狼の姿じゃないし!!


 …………すみません言い訳です。あの時はグレン様のあまりの美しさに耐えきれなかっただけです。


「まずは、婚約おめでとう。君達が末永く仲良くしてくれることを祈っているよ」

「は、はい。ありがとうございます……」


 仲良くって、夫婦としてってことよね。

 うーん、まだあんまり想像がつかないわ。グレン様と夫婦、夫婦……。


「俺からしてみれば、兄上達の仲の方が心配ですけれどね」


 ため息をつきながらグレン様が言った。え? と一瞬疑問に思ったが、そこでとあることを思い出した。


 そういえば、この国の皇后様って……。


「そうなんだよ。今日は軽い挨拶も兼ねてだけど、エリンに折り入ってお願いがあってね」


 なんだか渋い顔をしているギルバート陛下。何だろう、お願いって。

 この国の皇帝陛下からのお願いとあれば断れまい。心なしか居住まいを直して、背筋をピンと張った。


「実は……、うちの奥さんは、大の獣人嫌いなんだ」


(あっ、やっぱり)


「それで、結婚当初からもう数年は経つんだけれど、未だに心を開いてくれなくてね……。

 何度歩み寄ろうとしても逃げられるから、私としても困ったもので」

「は、はぁ」

「そこに君が来た。人間で、かつ獣人を全く恐れないという、無類の動物好きの君が!」


 ガタン、とギルバート陛下は席を立ち、私の目の前へと歩みを進めてきた。

 そしてソファーに座っている私の前に膝をついて、両手をぎゅっと握ってくる。


「お願いだ、エリン。是非とも私の皇后と仲良くなって、もっとこの城の者達と打ち解けられるよう、協力してほしい!」


 キラキラ輝く皇帝様のお顔が眩しくて、目を開けられなくなりそうです。私。


「エリンは俺の妻ですよ、兄上。あまり軽々に触れませんよう」


 皇帝オーラに圧倒されていたら、横に座っていたグレン様が繋がれている私達の手をべりっ! と剥がした。

 ギルバート陛下は面白く無さげな顔で「んもー、頭が固いぞグレン」と口を尖らせる。

 兄弟仲はどうやら良好らしい。


 ……で、私と皇后様、つまり義理の姉妹仲をこれから深めて来いと……。


「頼むよ、エリン! もう私達ではお手上げなんだ!」

「……え、ええっと」

「同じ人間である君になら、あの子も心を開いてくれるかもしれない! だから、お願い!」


 パン! と両手を顔の前で合わせて頼み込んでくる陛下。

 皇帝がそんな頼み方をしていいのかしら……? もっとこう、命令とかするものなのでは……。


 しかし、そこまで乞われているのならば! やり遂げるしかないでしょう!


「分かりました。精一杯努めさせていただきます!」


 私の答えに、ギルバート陛下は顔をぱぁぁっと明るくして「ありがとう!! 本当に!!」とお礼を言ってくれた。


 なんだか、とんでもなく荷が重い仕事を請け負っちゃった気がするけれど……。

 やってみるしかない、わよね! うん!



「やー、エリンはいい子だなぁ! あっ、私の事は好きに呼んでくれていいからね。義兄上でも、お兄様でも!」

「は、はい。ありがとうございます」

「お兄ちゃんでもいいよ! グレンは昔っから固い呼び方しかしてくれなかったからなぁー。

 あ、それはそうと、折角だしグレンの小さい頃の話でも聞いてく? 面白くて笑える話がいっぱいあ」

「兄上!! その辺りで勘弁してください!!」


 本当に兄弟仲は良いようである。よかったなあ。


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