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第13話 皇后様、狼と戯れるの巻2

 ダニエルと顔を見合わせる。


 ハディスはともかくとして、他の狼達の中には気性が荒い子も居る。

 慣れていない人間からのご飯は本来なら避けるべきなのだろうが……。どうしたものか。


「ユーフェミア様、もう少し慣れた後で……」

「は、ハディスにご飯をあげてみたいの! あの子ならいいでしょう?!」

「うーん……」


 この反応を思うに。

 ユーフェミア様、元は構いすぎて動物に嫌がられる立場だったのではないか。

 犬にだってあまり構いすぎるとウザがられてしまったりする。まぁうちの子達はみんな甘えん坊だし、私の奇行に慣れているから大丈夫なんだけれども。

「昔から動物には好かれなくて」と語っていた原因はこれじゃないのかしら……と、何となくの推測を立ててみた。


 とにかく、もう少し様子を見た方がいいと思う。

 そう言おうとした時──呼びかけられたのに中々ご飯が降ってこないことに対して、不満を持つ者が現れたようである。


 そう、群れきってのやんちゃ坊主、ズィースだ。


「グルル……」

「ひっ!!」


 ユーフェミア様が怯えた声を上げた。

 見ると、すぐ横で唸っているズィースの姿が。


 慌てて叫ぶ。


「こら! その人はだめよ、ズィース!」


 やんちゃな性格であり、何かあるとすぐ飛びついてくる所がかわ……いや難点なズィースだ。飛びついて自分をアピールするだけで、別に噛んだりはしないのだが……。

 私やダニエルは慣れているからまだいいけれど、ユーフェミア様がされたらまた動物嫌いに逆戻りしてしまうだろう。


 だが、お腹の減っている今のズィースは、「人の言うこと聞きたくない」モードに入っているらしい。要するに早く飯をよこせと言っている。

 こうなると宥めるのは大変だ。私はユーフェミア様に「少し離れましょう」と言おうとした────、


 その、ほんの隙を狙ったかのように。


「きゃああっ?!」


 バッ!! とズィースが大きく跳ね上がった。

 丁度近くに居たユーフェミア様に飛びつこうとしているらしい。


「ズィース!! やめろ!!」


 グレン様の大きな声が聞こえてくる。

 私は咄嗟に庇おうと、彼女の前に飛び出した。





 すると。



「グォン!!」



 鋭い一声が入る。


 私が、グレン様が、ダニエルが。皆ユーフェミア様を守り、ズィースを止めようとしたところで。

 誰よりも早く彼女の前に飛び出し、威嚇するように声を張り上げた狼が居た。



「……は、ハディス……?!」



 思わずぽかんと口を開けてしまう。

 だって、ハディスは群れで一番優しく、大人しい狼だった。自分のお肉を取られても大して抵抗しないような、悪く言えばのんびりした子。


 その子が今、ユーフェミア様を守るように立ち、ズィースにぐるぐると怒りの声を向けている。


「ヴォン!! ヴォン!!」

「グルゥ……」


 睨み合う両者。

 あまりの驚きに皆固まっていたが、いち早く意識を戻したグレン様とダニエルが、ズィースの首根っこを掴みながら引きずっていった。


「こら!! 妃殿下にやめるように言われていただろう!!

 お前は躾し直しだ!!」

「ダニエル、こいつを頼んだぞ」

「はい」


 ズィースは不満そうにぎゃんぎゃんと声を上げていた。

 その声がだんだんと遠くなっていく。

 そうしてその場に残されたのはハディスと私達のみ。


 少しの静寂。


 私達はそう……っとハディスを見つめた。

 対する彼は、ユーフェミア様をじっと見上げている。


 まるで、「大丈夫?」と問いかけているように。


「……あなた……、私を守ってくれたの……?」


 震える声で問うユーフェミア様。

 返事をするかのように、ハディスが「ワフッ!」と鳴き声を上げた。



 その瞬間、ユーフェミア様ががばりとハディスを抱きしめ、わんわん泣き出す。


「~~あ、ありがとう……!! あなたはなんて良い子なの~~!!」


 突然泣き出したユーフェミア様に、戻ってきたグレン様は「どうした?!」と困惑した様子を見せる。

 私は静かに答えた。


「感動の瞬間ってやつです」

「……はぁ、なるほどな……?」



 *



「……ということで、ご飯をあげるのはもう少し待ってください。がっつきすぎると逆に嫌われてしまいますし、危険もあるのです」

「うう、ごめんなさい……。嬉しさでつい周りが見えなくなっていて……」


 心苦しいが、一応狼達の世話を一部見ている者として、ここら辺は言っておかなければならない。

 私の話にユーフェミア様はしょんぼりと肩を落としている。


「俺も、申し訳ありませんでした。もう少し早く駆けつけていれば……。御身にお怪我がなくて、本当によかったです」

「グレン……。……いえ、責任の一端は私にもあります。頭をお上げなさい」

「ありがとうございます」


 そんなやり取りを、ハディスが心配そうに、ユーフェミア様の手に鼻をつける仕草をしながら見つめている。

 それに気が付いたユーフェミア様はその場にしゃがみ込み、彼の頭を撫でた。

 笑顔になるハディス。


「──私はバカね」


 それを見たユーフェミア様は静かに呟いた。


「あんな幼い頃のトラウマをずっと引きずっていて、あなた達のことを、ちゃんと見ようとしていなかった」

「小さい時にあんなことがあったら仕方ありませんよ」

「でも、いつまでもそれに囚われていたのも確かだわ」


 ふ、と、彼女は自嘲するように微笑む。


「……あなたの言う通りよ。この城に居る獣人達は、いつだって私に優しかった。

 嫁いできてから、獣人に酷い扱いを受けたことなんてなかったわ。私」

「……はい」

「でも、当時の私はこの国が怖くて怖くて。加えて、祖国で言われていた「獣人は野蛮で恐ろしい種族だ」という言葉を信じきっていたの。

 だから、殻に閉じこもって、ひたすら周りを攻撃し続けていた」

「…………」

「でも、それは間違いだった。本当は自分でも分かってたはずなのにね……」


 ユーフェミア様は俯いた。とてもとても悲しい声だった。

 彼女が続けて言う。


「今だって、ダニエルもグレンも、そしてあなたも……私を守ろうとしてくれたのに。

 私は、悲しくて痛かった思い出と、祖国で言われていた言葉を盾にして、みんなに酷い扱いをした」


「本当に、申し訳ないことをしたわ」と、目をぎゅっと瞑るユーフェミア様。


 やっぱり。本心では城に居る皆を、そして、国民を愛していきたいと思っていた、心優しい皇后様だったのだ。

 ちょっとアクシデントはあってしまったかもしれないが、ハディスの頑張りによって、結果的にはよいものとなった様子。本当に、彼に感謝をしなくては。


「…………今からでも、変われるかしら」


 私はそれに、微笑んでこう返した。


「既に変わり始めていますよ、ユーフェミア様は」

「え……」

「だって、ハディスもこんなに懐いているじゃないですか」


 彼女がハディスを見る。ハディスの双眸はやさしい光を携えていて。


「すぐに和解し合うことは難しいかもしれません。

 けれどユーフェミア様がこれから真摯に愛を伝えていけば、この国の人達は……、きっと、同じものを返してくださると思います」

「……愛を、伝える……」

「もちろん、グレン様もそう思いますよね?」


 彼の方向を振り返って言う。

 グレン様はそれにふ、と笑いを零しながら言った。


「ああ、きっと。そうなるだろうな」


 その言葉に、ユーフェミア様は呟く。


「そう、ね。なら、私……、これから頑張るわ」

「よかった。私も嬉しいです」


 色々と頑張った甲斐がありました。いえ、どちらかというと一番貢献していたのはハディスのような気がしますが!



「……ねぇ、エリン」

「はい?」


「ありがとう。今日、私のところに来てくれて。

 この子と会わせてくれて……、私と真摯に向き合ってくれて、ありがとう」



 彼女の微笑みは、とてもとても、綺麗なもので。

 私はそれに数秒見惚れた後、「こ、こちらこそ」と小さな声で慌てて返すしかなかったのだった。


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