一時間もすれば、コーディさんとフィリスが帰ってきて、コーディさんの腰の容体を教えてくれた。
「ただの打ち身なので大して支障はないんですがねえ、医者からは一日安静にしていなさいと言われまして……」
「それなら、私が引き続きお店番を担当しますよ!」
笑顔でそう提案すると、フィリスも「私もお手伝いしますぅ!」と立候補してくれた。
コーディさんは申し訳なさそうに言う。
「それは、ありがたいですけれど……、妃殿下にそんなことをさせたと知られれば、グレン皇弟殿下に怒られるのでは」
「大丈夫です! グレン様ならきっと、「また何かやらかしてきたのか?」くらいのことで留めてくれます!」
グレン様も私の奇行に慣れてきた感ありますし。
胸を張ってそう言えば、コーディさんがほほほ、と顔を綻ばせた。
「エリン様とグレン様は大層仲がよろしいのですなぁ」
それを聞いて、なんだかちょっと照れてしまった。
そうかしら。そう見えているのなら、まぁ……嬉しいことだけれど。
「そうですよぉ! 妃殿下と皇弟殿下はと〜っても、仲良しなんです!」
フィリス。そんな所で応援に入らなくてもいいのよ。
「それなら……、今日一日だけ、かわいらしい店番さんに変わっていただこうかな」
「! はい! お任せください!」
コーディさんの言葉にとっても元気な声でお答えした。
やった! 実はちょっと楽しそうだなぁって、前から思ってたのよね、販売員さんって!
「さて、じゃあそろそろお店番に戻りますね!
コーディさん、わからないことがあったら聞きにきますので、その時だけちょっとお願いしてもいいですか?」
「もちろんでございますとも。
申し訳ありませんが、本日はよろしくお願いいたします」
「定期的に様子を見に来ますのでぇ。コーディさんはちゃ〜んと安静にしててくださいねぇ! では、行ってきますぅ!」
コーディさんのお部屋から出て、階段を下りお店のカウンターにフィリスと隣同士で立つ。
さぁ、一日店員さんの始まりよ!
*
「あれ? いつもの親父さんはどうしたぁ? ……って、エリン妃殿下?! こんな所で何をしてらっしゃるんですか?!」
「実はこういう事情がありまして……かくかくしかじか」
「ほぉ〜、そいつは大変だ。それで一日店員をねぇ。
はははっ! 相変わらず、やることが豪胆なお方だ!」
「そ、そうですかね?」
「よし、それなら店員さんおすすめの肉をいくつかいただきたいな。うちの奴らに食わせてやりてえんだ」
「あ、それなら良いのがありますよ! ええっと、これはマルグスティン王国から輸入したやつでですね〜……」
「こんにちは、注文していた物を取りに来ました!」
「こんにちはー! あっ、ドミニクさんじゃないですか!」
「え? って、エリン様?! な、なぜ店番を?!」
「これにはふか〜い訳が……、とりあえず、それをお話しながら、商品をお伺いいたしますね! 今日は何を取りにいらっしゃったんですか?」
「ああ、特注の首輪です。うちの子に似合うぴったりな可愛いものを注文しておりまして!」
「えーと、確かお取り寄せ等の商品は向こうの机にまとめてるって聞いたわね……。フィリス! 首輪があるか探してきてくれる?」
「はぁい! かしこまりましたぁ!」
「ありがとうございます。それでエリン様、深い訳とは……?」
「それはですね……」
「こんばんは! エリン妃殿下が一日店番をやってるって聞いて来ちゃいました!」
「まぁ、マーサさん! お店の方はいいんですか?」
「今は主人が出てくれてますから大丈夫ですよ!
それより、うちの子がお姫様に会いたい〜って言ってまして。どうもお客からここの話を聞いちゃったみたいなんです。少し見て行ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ! たしかマーサさんの所もペットを飼っていらっしゃいますよね? ここは良いお品物が揃ってますよ!」
「それならちょっと見てみようかしら。
それにしても、妃殿下も大変ですねえ。まさかコーディ爺さんが腰を痛めちまうとは」
「あはは……」
「たくさん人が来てくれるのねえ、このお店は」
客足もそれなりに落ち着いた頃。私はなんとなくそう呟いてみた。
一日お店に立ってみて分かったが、結構な人がここに足を運んでくれるのだ。
フィリスがそれに答える。
「そうですねぇ。きっと、コーディさんの人徳の成せる技でしょう。
皆さんコーディさんを心配しておられましたし」
「……そうね」
コーディさんの優しい笑みを思い浮かべる。
きっと、品揃えのよい所だけじゃない。このお店の全体を包んでいる雰囲気が、お客さんを引き寄せているのだろうと、何となくそう思った。
「あ、エリン様。そろそろお店を閉めようと、先程コーディさんから言われましたぁ。扉の看板を変えましょう!」
すると、フィリスがいそいそと扉の方へと向かいながら言う。
「え、そうなの? まだ閉まるには早いように思えるけれど……」
「今日はコーディさんがこんな状態ですし、それに、私達もそろそろお城へ帰る時間ですよぉ!
名残惜しいですが、もう時間ですぅ」
「そっか……そうよね、もう夕方だものねえ」
外を見れば、もう空が茜色に染まっていた。
いつの間にこんな時間が経っていたのか。
「楽しかったからちょっと残念」
「んふふ。コーディさんも、エリン様が大層楽しそうにされていると言ったら、嬉しそうに笑っておりましたぁ」
その情景を思い浮かべると、何となく微笑ましい気持ちになる。
こうして、私の一日店員体験は幕を閉じたのであった。
*
「今日は本当にありがとうございました。エリン妃殿下、フィリスさん。
息子たちに連絡もいたしました故、明日からは気にせずとも大丈夫ですよ」
ベッドの上でコーディさんは笑ってお礼を言ってくれた。
明日からは息子さんたちがお店番を手伝ってくれるらしい。それなら安心だ、と私も笑みを浮かべる。
「よかった。実は私も、今日は大変楽しい時間をいただきました。
またお手伝いしたいくらいです!」
「ほほほ、あなたにそう言っていただけるとは、店主冥利に尽きますなぁ。
それなら、またお時間のある時にでも、一緒にやってほしいとお願いするかもしれませぬ」
「本当ですか?! 約束ですよ!」
コーディさんの手を両手でぎゅっと握りながらそう言うと、彼はまたほほほと笑って返事をしてくれる。
「ええ、約束です」
私達はコーディさんの家を出た。
馬車までの帰り道を歩きながら、今日のことについて楽しくおしゃべりをする。
「今日は楽しかったわね〜! また店員をやりたいわ……!」
「本当に楽しそうでしたねぇ、エリン様。
楽しそうなエリン様が見られて、フィリスも嬉しいですぅ!」
そんなことを二人で話していた時──。
「ぅ、うぅ、っ」
どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。
振り返ると、すれ違う人々の間で泣いている小さな獣人の男の子が居た。
(迷子かしら……?)
その姿を見ると、とてもじゃないけれど放っておけなくて。
「フィリス……」
「……あと少しのお時間ですからねぇ、エリンさまっ」
「ありがとう!」
フィリスの了承を得た私は男の子の方に向かっていく。
ぐすぐすと泣いているその子の傍でしゃがみ込み、ポケットにあったハンカチを差し出した。
「大丈夫?」
それで涙を拭ってみせれば、男の子はぽかん、と口を開いて。
「おねえちゃん、だあれ……?」
と言った。
私は微笑みながら「私はエリンというの。お名前は言えるかしら?」と問う。
「……じぇふ」
「そう。ジェフというのね。
ご家族は? お母さんはどうしたの?」
「……ま、ママとははぐれちゃって……、それで……うえええん!!」
お母さんとはぐれた寂しさが限界を突破したのだろう、ジェフが大声で泣きじゃくり始めた。私は慌てて声をかける。
「あ〜! 泣かないでジェフ……!
大丈夫よ、お姉さん達が一緒に探してあげるからね!」
抱きしめながらよしよしと頭を撫でる。
ジェフはずび、と鼻を啜って、「……うん」と答えた。
私は立ち上がり、彼の小さな手をしっかりと握って、隣に居るフィリスに言った。
「さて、この子のママを探しましょう!」
「はあい、仰せのままにぃ!」
……これが後に、どんな結果を生むのかも知らずに。