「すみません、この子のお母さんをどこかで見かけてはいませんか?」
「え? いやあ、すまんね。見てないなぁ」
「そうですか……」
あれから私達は三人で街の中を歩き回ったが、ジェフのお母さんが見つかることはなかった。
辺りをぐるぐる回ってみたり、人に聞いてみたりもしたけれど、一向に見つかる気配はない。
「困ったわ……、そろそろ暗い時間になってくるのに」
「ですねぇ……。早くお城に帰らないと、グレン皇弟殿下にあたしが叱られてしまいますぅ……」
「その時は私も一緒に怒られるわよ」
「エリン様は別にそんなことしなくてもいいんですよぉ!」
フィリスと二人で話し込んでいると、ジェフと手を繋いでいる左手にぎゅっと力を込められるのを感じた。
彼の方を見ると、目にたくさんの涙を溜めている。
「ぼく、このままママと会えないのかなぁ……?」
そんな悲しいことを言うので、二人して慌てて「大丈夫!!」と声をかけた。まだ見つかる目処も立っていたいけれど、そう言うしかなかった。
だって、泣いている子供を見るのはものすんごく、心が痛いんだもの……!
「ま、ママとはどこではぐれたの?」
「わかんない……、今日はいっしょにまちへ遊びにいこうねって言われて、僕はついてきただけだから……。み、道もわかんなくて……」
「うーーん……」
まぁ、これはしょうがない。小さな子が街の中を正確に把握するなんてこと、絶対出来ないだろうし。
というか、私も多分無理だわ。
どこで、フィリスがこう言った。
「エリン様、ここは一旦、この子のお家に帰ってみるのはどうでしょう? もしかしたら、お母さんがお家付近で探していたりするかも……」
「そ、そうね……。結構街の中は探したけれど見つからないし……、一度そうしてみましょうか」
私は頷き、ジェフと目線を合わせながら「お家の場所は何となくわかったりする?」と尋ねた。
ジェフはこくん、と頷く。
「ここから少し向こうに、僕のすんでる町があるんだ」
「そっか。じゃあ、一旦お家の辺りまで戻ってみましょう? もしかしたらお母さんが様子を見に帰って来てたりするかもしれないわ」
「……うん、わかった」
ジェフは私の手を強く握り締める。
私も、この子の手を絶対に離さないようにと同じくらいの強さで握り返した。
「じゃあ、行きましょうか」
*
ジェフが言っていた町は私達が居た所からは少し外れていて、農家や古民家がたくさん並んで建っている場所だった。さっきまで居た所とはまた違った感じの雰囲気だ。
辺りをきょろきょろと見回しながらジェフに問う。
「ジェフ、お家の場所は覚えてる?」
「うん、それならわかるよ! こっち!」
慣れ親しんだ町に帰れてちょっと安心感が出て来たのか、ジェフは私の手を引っ張りながら駆け足で行く。それに合わせて私もちょっと早足になりながら、彼の後ろをついていった。
その途中で、ジェフが「あっ!」と叫んだ。
「ママ!」
「えっ」と思っている間に彼は私の手を離し、全速力でその人の元へと走っていった。
ジェフに抱きつかれた女性は「まぁ、ジェフ!」と言いながら抱きしめ返している。
「あなた、今までどこに居たの?! あんまりにも見つからないから、町の人達に手伝ってもらって皆で探そうとしてたのよ?!
全くもう、私の手を離さないようにってあれほど言ったじゃない!!」
「ごめんなさいぃ〜〜……!! うえええん、ままぁ〜〜!!」
「ほんとに、見つかってよかった……!」
どうやらあの女性がお母さんだったようだ。
わんわん泣きながらお母さんと抱き合うジェフの姿を見て、私とフィリスは顔を見合わせながら、よかったなぁとお互い微笑む。
そうして少しした後、ジェフが「あのお姉ちゃん達が助けてくれたんだよ!」と私達を指差した。
目を丸くして私達の方を見つめるお母さん。
「まぁ、まぁ……。ありがとうございます、息子をここまで連れてきてくださって……」
「いえいえ! ジェフくんとお母さんが再会できて本当によかったです!」
「何かお礼をしなくては。そうだ、うちに上がってお茶でも飲んでいかれませんか? 綺麗な所でなくて恐縮なのですが……」
「あ、いえ、私達は……」
そろそろ本当に帰らないとお時間が……。
せっかくの申し出だけれど断ろう、と思った、その時だった。
私に近づいてきたお母さんが「え?」と言う。
そして──。
「────っ!!」
(──え?)
バッ!! と慌てた様子でジェフを私達から隠すような動作をした。
突然のことに驚いてしまう私達。
「あの……?」
「触らないでっ!!」
先程とはまるで違うその態度に困惑するしかなかった。
この短時間で一体何が……?
内心慌てつつもそう考えていた私の耳に、お母さんがこう叫ぶのが聞こえた。
「あなた……ッ、人間じゃない!!」
その声は、明らかに警戒と怒りが入り混じっていて。
私は展開についていけず、ただ「え、えっと……」としどろもどろになるしかなかった。
それでも、お母さんはぎゅっとジェフを抱きしめながらこちらを鋭く睨みつける。
「うちの子は絶対に渡さないわよ!!」
「お、お母さん、落ち着いてくださいぃっ。きっと何か勘違いをされていらっしゃって……」
「従者まで連れて、その子も奴隷かしら?!
とにかく、帰って!! うちの子を売るなんて、絶対にさせないから!!」
『奴隷』
『うちの子を売る』
私はショックを隠せなかった。
私に対して怒鳴られたことではない。お母さんが言った、そのキーワードに関してだ。
そういう言葉がこの人の口から出る、ということは──。
「……大変失礼いたしました」
深く頭を下げ、謝る。
横でフィリスが「エリン様?!」と私の名を慌てて呼んでいた。
しかし、今はそれに構っていられる余裕がない。
「急に訪ねてしまってごめんなさい。息子さんはお返しいたします。
それでは、私達はこれで。……行きましょう、フィリス」
「エリン様……」
なんだか泣きそうな顔をしているフィリスと目が合ってしまったけれど、私はにこ、と笑みを浮かべるだけだった。
そうして、私達はジェフにろくに「さよなら」も言えないまま、その場を後にするしかなかったのである。
*
「…………」
お城へ帰った後。
私は自室のベッドに座りながら考え込んでいた。
もちろん、今日あのお母さんに言われた言葉達をだ。
ああいった言葉が出てくるということは、多分、そういった犯罪があってしまうのだろう。それも、人間の手でだ。
あんなにジェフを抱きしめながら警戒していたのは、……被害者は子供が多いから?
考えても考えても気持ちがすっきりしない。
(どうしよう……)
誰かに、相談してみようか。
(でも、誰に?)
……そう考えた時、私の部屋の扉がコンコン、とノックをされた。
また思考に沈みそうになった所から這い出て、「はい!」と返事をする。……変に大きな声を出してしまった。
「俺だ」
「……グレン様?」
どうして……と聞こうとした所で、「入ってもいいか?」と尋ねられる。
はいと返事をすれば、扉が開き、彼の姿が視界に映った。
「……やっぱりな」
「え?」
グレン様は私の元へと歩いてきて、右手でそっ、と私の頬を掴む。
「夕食の時から浮かない顔をしていると思っていた」
「え……」
「何があった?」
「……それは……」
話しても、いいのだろうか。
こんな、他の人にとっては暗くて、全然聞きたくないであろう話でも。
「大丈夫だ、エリン。
俺はどんな話が出てこようが、全てを受け止めてやる気概がある」
「……ふふ、そうなのですか?」
「ああ。だって、俺はお前の夫となる男だからな」
グレン様は隣に座って、優しく頭を撫でてくれた。
その優しさに、今は少し泣きそうになってしまう。
「話してみろ。多少は楽になるかもしれないぞ」
そう言われてしまえば、もう私には抗う術が無かった。
「……実は……」
この人になら、大丈夫だ。
私はそんな気持ちになり、今日あったことを、静かにグレン様へと話し始めた。