エリンの実家にて──。
「旦那様、エリンお嬢様からのお手紙が届いております」
「おお! そうかそうか。ありがとう、ナンシー」
使用人から手紙を受け取ったジェームズは顔に喜びの色を乗せた。
遠く離れた国、ジュード帝国へ嫁いでいった娘。
その経緯は今でも腑が煮え繰り返るものだったが、何よりもエリン本人が気にしていなかった上、帝国へ絶対に行きたいと望んだため、そのまま帝国へと行かせたのだった。
そんな彼女がどうしているのか、近況は手紙で届く。
……というかしょっちゅう届く。
「我が子達は元気にしていますか」「これはお土産です。みんなに渡してね」「あっお父様もお母様も元気?」……など。
分かってはいたことだが、エリンの中の優先順位が完全に親より飼い犬達になっている。いや、あの子の性格上絶対そうなるであろうことは分かっているのだが。
飼い犬達への手紙が三枚ほどだとするのなら、我々親への手紙は1枚くらいのものである。ちょっと寂しい。
(まぁ、でも。元気にしているのなら……)
それでいい。
いつまでも元気に笑っていてほしい。親が子に望むことは、そのくらいのものである。
「さて、今日の手紙はなんと書いてあるかな」
ジェームズは楽しげにいそいそと手紙の封を開け、中身を読んだ。
『拝啓、愛しのお父様。
エリンです。こちらはとっても楽しくやっているわ! 城に居る狼達や獣人の方々はみんな格好良くて可愛くて! 私、ここに嫁ぐことになって本当によかった!
ああそう、それで本題なんだけどね。今回は我が子達へのお手紙も同封しています。ぜひこれを、声に! 声に出して、あの子達に伝えてね!』
「…………」
そして、なんとも形容し難い顔でその「同封した我が子達への手紙」を見つめる。
明らかに人間の話す言葉とは一線を画した「それ」。
一瞬何が書いてあるのかジェームズにも不明であった。エリンからの注釈を見て、ようやく理解したくらいである。
(……これを……私に……)
読めと。
わざわざ、声に出して、読めと。
全く、自分の娘は相も変わらず変わった子だ……、とジェームズは深いため息をついた。
というか、これをわざわざ丁寧に一語ずつ書いたというのか我が娘は。丁寧なのか熱意なのか、一体なんなのか。
まぁおそらくは我が子達への愛が成せる技だろう。
「ワン!」
「ん? ああ、ジョン。来ていたのかい」
そんなことを考えていると、椅子に座っていたジェームズの横に大きなラブラドール・レトリバーが笑顔でやってくる。
うちで一番やんちゃであり元気な男の子、ジョンだ。
後ろを見れば、他3匹のベニー・ララ・ヘンリエッタも次々と部屋に入ってきて、こちらの机をじっと見つめている。
「ああ、これはね、みんなの大好きなエリンお姉ちゃんからのお手紙だよ」
手紙を手に持って見せてみれば、「エリン」の名を聞いた四匹が一斉に集まってふんふんと匂いを嗅いでくる。
きっとエリンからのものであることを理解しているのだろう。本当に賢く優しい、最高にかわいい我が子達だ。
「心配ないさ。エリンは向こうで楽しく、……本当に楽しそうに……しているらしい」
「ワフ!」
「きゅんきゅん!」
それを聞いた途端、笑顔になる4匹。
本当に人間の言葉が分かっているのではないかという期待が高まってしまう。いやまぁそんなわけは無いんだけれども。
……それにしても。
(……こういう手紙を送り付けて来るのが、あの子らしいといえばあの子らしいのだが……)
それにしたって、これはどうなんだ。手紙として。
普通の人が見たら怪文書にしか見えないぞ。
「キューン?」
頭に手を置いていたジェームズをララが心配そうに眺めている。
「ララ……、……そうだな。折角エリンがお前達に手紙を送ってくれたんだ。読んでやらねば」
それを見て、ジェームズは心を決めた。
「……えー、ごほん。それでは皆の衆、聞いていただきたい。
あ、みんな一列に並んでね」
誘導すると、大人しく一列で並ぶ四匹。とてもかわいい。
一体全体何を書いているのか自分には分からないが、もしかしたらこの子達には伝わる「何か」があるのかもしれない。
そう思ったジェームズは、すぅーっと息を吸い込み──。
「ワン。わわわわん! ワーン!」
──エリンが、「我が子達へと向けた手紙」を、口に出して読み始めた。
「ワフン、わう? キュウーン」
静かな室内に流れる自分の間抜けな鳴き声。
…………分かっていたことだが。
(とんでもなく恥ずかしいぞ、これは……!!)
使用人や家族達に聞かれたらどうしよう、と思いつつも、娘思いなジェームズは丁寧にその手紙を読み上げていった。
というか、これ本当に合ってるのか? 伝わってるのか、これ?!
不安になりつつも全てを読み上げたジェームズ。
そして、ちら……、と四匹の反応を見る。
「?」
「??」
「……?」
「?」
みんな「何を言ってるんだろうこの人は?」みたいな顔をしていた。心なしか首を傾げている気がする。みんな。
(だよねーー!! わかんないよねこんなのーーっ!!)
ジェームズは湧き上がる羞恥心を抑えることができず、手紙に顔を埋めて真っ赤になるしかなかった。
そして。
「エリンめ……」
こんな恥ずかしい思いをさせた張本人は今日も向こうで楽しく笑っているのだろう。
いや、楽しいのはいいことなのだが。辛い思いをするよりかは断然、親としては嬉しいことなのだが。
それでもジェームズはどこか憎らしさを感じずにはいられないのであった。
「あなた? 何をしているの?」
「わぁあっ!!」
突然妻のニコラから声をかけられ、ジェームズは肩を大きく跳ねさせた。
丸くなったニコラの目と自分のそれが交わる。
「どうしたの、こんな所にみんな並ばせて。演説でもしていたのかしら」
「い、いや違う! これはだな、エリンが!!」
「エリン? ……まぁ! それはエリンからの手紙ではなくて?」
ニコラが顔を輝かせる。
「あなた、私にも見せてちょうだい!」
「ま、待てニコラ! そっちは……!」
「…………何かしらこれ」
ニコラがジェームズの手からパッと取った手紙は、エリンが「我が子達に向けて声に出して読んでね」といった方の文面である。
案の定眉を顰めるニコラ。
「何かの暗号……? ハッ! まさか、ジュード帝国で嫌なことがあって、それを家族の私達に暗号として伝えようとしているとか……?!」
「違う違う! これはこの子達に向けた手紙だ! 断じて暗号などではない!」
「あら、そうなの?」
一人で何やら突っ走りそうなニコラに、人間の家族宛に書かれた方の手紙を渡すジェームズ。
そしてその文面を読んだニコラは。
「……声に出して読む……。……あなた……まさか」
「ギクリ」
「さっきからやたら渋い声でワンワン言ってたのは……」
ジェームズが大量に冷や汗をかく。
それを見て、ニコラは「ぷーーーっ!」と大きく吹き出した。
「あっはっはっは! こ、これを律儀に読んだのね、あなた! 「何かワンワン聞こえるな誰かしら」とか思ってたら……あはははは!」
「ええい、笑うんじゃない! 私だって恥ずかしいのを頑張って抑えながら読んだんだぞ! 我が子のために!!」
「で? この子達には通じたの?」
「……いや」
「でしょうね!」
けらけらと楽しそうに笑うニコラ。
妻の楽しげな様子は見ていてこちらも嬉しくなるが、それよりも恥ずかしさの方が優っているジェームズ。
そして、終始不思議そうにしているジョン、ララ、ベニー
ヘンリエッタの姿があった。
賑やかな昼下がりのことである。
「あー笑った。……で? 他にはもっと書いていないの、手紙に」
「いや、今回はこの話がメインのようでな……。他には特に……」
「ええ? あの子、時期的にそろそろ結婚式が近づいてるんじゃゃないの?」
「えつ。……エリーン!!」
「ごめんね! 次の手紙で詳しいこと書くから!」と、ちょっとお茶目な顔をしながら言うエリンがどこかに見えた。気がした。