あの出会い以降。ユーフェミア様とはかなり仲良くなって、しょっちゅうお茶会を開くくらいの関係性になった。
今日もそんなお茶会の日。
楽しくお話をしていると、ユーフェミア様がおずおずと呟いた。
「あの、エリン。一つお願いがあるのだけど……」
「はい? なんでしょうか、ユーフェミア様」
「私も街に出てみたいの。だから、一緒についてきてくれないかしら……?」
その提案に、私は目を輝かせた。
「ぜひ!!」
*
「すごい、これが帝都の街なのね……! 活気があるわ……!」
ユーフェミア様はきらきらとした声で言った。
感動しているらしいその姿に微笑ましさを覚える。
「普段はあまり下りないんですか?」
「ええ、その……恥ずかしい話なんだけれど、エリンと出会ってからはまずお城のみんなに慣れる練習をしていたから……。まだ街へはきちんと下りたことがなかったのよね」
「なるほど」
そういえば、ユーフェミア様付きの侍女、ジリアンさんからもお礼を言われたなぁ。
「最近の皇后陛下は私や他の使用人とも話をしてくれるようになった。これもエリン様のおかげです」って。
私は全然大したことしてないって何度も言ったんだけど、ジリアンさんは私に頭を下げるばかりだった。まぁ、感謝をしてくれている気持ちを無碍にしてはいけないけれどね。
でもほんと、一番の功労者はハディスなんで!
「色んなお店があるのね。ええと……、どこから行こうか迷ってしまうわ」
そわそわと落ち着かない様子で辺りを見渡すユーフェミア様。
ちなみに、今日は二人ともお忍びスタイルで来ている。「まだ皇后として街中に出ていく勇気が出ないから」と言ったユーフェミア様のご意志のためだ。
まぁ正直言って私は大分顔が割れている気がするのだけれどね……。
でも勿論、皇后様を連れていくのだから、護衛の人たちだってちゃんと居るわよ!
邪魔にならないよう、離れた所で見ていてくれているけれどね!
「ユーフェミア様、とりあえず、街を歩いてはみませんか?
まずは風景や人々の様子を見て楽しんで、気になるお店があったら覗いてみるんです!」
「な、なるほど……! そうしましょう、エリン! ふふふ、なんだかワクワクするわね」
どうしよう。打ち解けてからのユーフェミア様、可愛さが爆発しているような気がするぞ。
でも皇帝陛下にはまだちょっとツンデレ感が抜けないらしい。難儀な陛下である。
ということで、私達は帝都の街を歩いてみることにした。
ユーフェミア様は色んな所に目をやっては楽しそうに輝かせていてとてもお可愛らしい。
そして、気になるお店があればおずおずと入っていく。
なお、街の大体の人達は私の顔を知っているので当然気付かれていたが、「今日はお忍びなんです」と言えば笑って「じゃあ見なかったフリでもしますかね!」と笑っていた。
本当に、この街の人達は気のいい人達ばかりだ。
そんな様子を見たユーフェミア様がぽつりと呟く。
「エリンは街の人達に好かれているのね……」
「そうでしょうか? ここの人達が皆さんお優しいから、私みたいな妃でも受け入れてくれてるっていうか……」
「いいえ、きっとエリンの人柄によるものよ」
彼女がふっと微笑んだ。
相変わらず美人なお人だ、と心の中で感心してしまう。
「私の時みたいに、エリンがどこへでも首を突っ込んでいるおかげね」
「えっ、私ってそんな風に見えます?!」
「見えるわ」
「そうかなぁ〜……?」
まぁ、動物のことになると我慢がきかなくなる性質なのはわかっているけれど。そんなどこにでも突っ込んでいく女に見えるのかしら。
けれど、そんな私の反応に、ユーフェミア様はくすくすと笑みを零すだけだった。
「……でも、羨ましいわ」
え、とそちらを見ると、少し悲しげというか……寂しげ? な表情をしているユーフェミア様が。
「私はスタートダッシュが最悪だったものね……」
「そ、そんなことは」
「世辞は要りません。本当のことだもの。
……いつか、私もあなたみたいになれたら……」
「ユーフェミア様……」
「……だめね、暗い話をしていては。
さっ、今日は街の色んな所を見るのですから。早く次へ行きましょう!」
雰囲気を一転させ、明るく元気に私の手を掴むユーフェミア様。
私はそれに笑って「……はい!」と返した。
(きっと、大丈夫ですよ。ユーフェミア様)
あなたはとても優しい人だから。だからきっとすぐに、「皇后陛下」としてこの街に馴染むことだって、出来ると思います。
心の中で、そんなことを考えながら。
「美味しいわね、このお肉……! な、ナイフとフォークが無いのが残念ですけれどっ!」
「これはこうやってかぶりつくものなのです、ユーフェミア様! そして相変わらず美味しい〜〜」
「まぁ、これは……、……ハディスへ贈ったら喜ぶかしら……?」
「きっと喜びますよ、買いましょう!」
「綺麗な石! へぇ……これをアクセサリーに……? 素敵な色だわ」
「ユーフェミア様にとってもお似合いの色ですよ! いかがでしょう、お出かけ記念として買ってみるというのは!」
「そ、そうねぇ……、う〜〜ん……! ……か、買います!」
「やった!」
「お買い上げありがとうございまーす!」
「随分と歩いた気がするわ……」
ベンチの所で二人座って。心なしかぐったりした様子でユーフェミア様が呟いた。
確かに。
「あはは……、ユーフェミア様と歩くのが楽しくって、つい……」
友達と遊んでいる時みたいで楽しかったのだ。本当に。
頬に手を当てながら言うと、ユーフェミア様はぽっ、と顔をほんのり赤くしながらそっぽを向く。
そして、ぽつりと。
「……そ、それは……、私だって……」
今この瞬間、ユーフェミア様の可愛さが大爆発したわ。
胸がきゅーーん!! となった。
これが陛下の言っていた「ツンデレ」というものなのか……!
「そっ、それにしても! ちょっと喉が渇いたような気がするわね?!」
恥ずかしさを紛らわせようとしているのか、ユーフェミア様がそう叫んだ。
それを聞いた私は向こう側にある飲み物屋さんに目を向ける。
あそこも確か美味しいことで評判のお店だったはずだ。ぜひともユーフェミア様に飲んでいただきたい。
「私が買ってきますよ!」
「えっ」
目を丸くするユーフェミア様。
「ほら、あそこに飲み物屋さんがあるでしょう? あそこで買ってきます!」
「でも、悪いわ。私も一緒に……」
「いえいえ、ユーフェミア様はここで休んでいてください! すぐ戻ります!」
──本当に、他意は無かったのだ。
結構歩いて疲れただろうし、飲み物くらいならすぐに買ってこれるから。だから、彼女にはここでちょっとだけ待っててもらおうと。
そんな、特に何も考えていない考えで言った。
「そう……? じゃあ、お願いしようかしら。気をつけてね?」
そして、ここで私の提案に乗ったユーフェミア様だって、勿論悪くない。
「はい! じゃあ行ってきますね!」
くるりと踵を返し、人混みを抜けてお店へと向かう。
「おばさん! 果実のジュースを2本くださいな!」
「はいよ。毎度あり〜!」
店員さんとのやり取りだって普通で、商品もすぐに受け取れたのだ。
問題は、その後。
「さて、ユーフェミア様の所まで戻ろう」
どこかに上手く人混みを抜けられる場所はないかと、お店から少し離れた場所でうろうろしていたのがいけなかったのかもしれない。
でも、それを考えるには、既に遅すぎた。
──突然、後ろからバッと口に布を当てられる。
「ッ?!?!」
何が起こったのか確認する間もなく、首の後ろに衝撃が走って。
私の意識は、暗闇の中へと沈んでいった。
カチャン、と、エリンの手からジュースの飲み物が落ちる。
離れた所で、しかも人混みの中、それが聞こえるはずもないのだが。
「……エリン?」
護衛達に守られながら、ベンチで一人座っていたユーフェミアは、エリンの名を小さく呟くのだった。