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第30話 あなたを、愛しています!

「エリンッ!!」

「グレン様……」


 呆けた声が出てしまう。

 何度目を瞬きしても、凝視してみても、その姿は紛れもなくグレン様のもので。


(──来てくれた)


 じわ、と涙が滲んだ。


「な、何故ここが……!」

「私達を甘く見ないでいただきたいですね」


 グレン様の後ろからコンラッドさんもやってきて、ミランダさんに鋭い視線を向けている。


「俺に掴みかかるような真似までしておいて。分からないはずがないだろう。ミランダ・オーウェイ」

「っ……!!」

「そんなことより……、その汚い手をエリンから退けろ!!」


 グレン様が叫ぶ。今まで見たこともないような表情で、彼は怒っていた。

 私のために怒ってくれているのだ。普段、あんなにも優しい心を持っているお人が。


「もう逃げられませんよ。さぁ、大人しく投降しなさい」


 コンラッドさんが冷たい声色で言う。

 それに、ミランダさんはギリリ、と唇を噛み、手を勢いよく前に出した。


「お前達っ! 行きなさい!!」


 指示された男達は、私を掴んでいた手をすぐに離し、グレン様達の方へと向かっていく。

 グレン様達よりも数倍体格のいい男達が彼らに掴み掛かろうとする。


「うおおおっ!」


 危ない! と言おうとしたが──。


「──がッ!!」

「ぐぁあッ!!」


 ……一瞬だった。

 グレン様やコンラッドさん達の手により、男達はいとも簡単に制圧された。

 あまりの早業に私もミランダさんもポカン、としてしまう。


 それを当然のような顔で見届けたグレン様は、今度は私達の方を睨みながら言う。


「……さて。あとはお前だけだ。ミランダ・オーウェイ」

「くっ……」

「大人しく罪を認め、降参しろ」


 グレン様がミランダさんに詰め寄る。

 すると。


「っ……は、ははは!」


 彼女は突然高笑いをしながら、一瞬の速さで私の背後にやってきたのである。

 驚いている間に、私の首にはミランダさんの長く伸ばされた爪が。


「っこの女を傷つけられたくなければ、全員大人しくすることね!!」

「?!」


 その場に居た皆の目が見開かれた。

 ミランダさんは興奮した様子で息を荒げながら、晒されている私の首を爪で引っ掻いた。

 つう、と首から血が流れるのが分かる。


「おいッ!!」

「あら、動かないでと言ったでしょう?

 この女の喉をこのまま掻き切られたくなければ、私を妻にすると誓いなさい!!」

「っ……!」


 眉を寄せて悔しそうな表情をするグレン様。


(しまった。私がぼうっとしていたから)


 こんなことになるくらいなら、自分の足で早くここから離れるべきだったのだ。

 自分の未熟さに嫌になる。


「……ねえグレン様? どうしてこの女にそこまで執着するのですか?」

「!」

「この女は人間ですよ? あなたと同じ種族でもなんでもない。

 それならば、容姿も家柄も気品も、何もかもが備わっている私を選ぶのが、最善だとは思いませんか?」

「…………」


 グレン様は黙っている。

 何を言われるのか。彼がどんな返事をするのか、恐怖があった。


 グレン様はお優しい人。きっと、彼女の言葉に乗せられたりはしない。

 けれど。


(彼女の言っていることが、私には正解のように思えてならないから──)


 だから、こんなにも怖いのだ。


「……俺は」


 グレン様が呟く。

 心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、私は彼の答えを待った。


「俺は、エリンを──愛している」


(──え)


 口が開いていくのを感じた。

 今、なんて。


「俺の妃は、エリンだけだ。

 だからミランダ、お前を妻にすることは、できない!」


 あまりにも真っ直ぐな瞳だった。

 その瞳に、私もミランダさんも圧倒されたようだった。


「グレン様……」


 自然と彼の名前が口から出てくる。


 彼はミランダさんの脅しにも屈さず、己の意志を貫き通してくれたのだ。

 頬に涙が伝う。鼻がツンとして、目の前がぼやけていくのが分かる。


(私、嬉しいんだ……)


 ああ、やっぱり。やっぱり!

 私は、この人のことが──!


「……っな、んでですの、何でですの!! 私の方がぁっ!! こんな女よりも、何倍も……!!」


 ミランダさんはがしがしと髪を掻きむしり始めた。改めて真っ直ぐ、自分が選ばれないことを宣言され、動揺しているようだ。


 やるなら、今しかないかもしれない。


 私は心の中で覚悟を決めた。

 そして──。


「うりゃあああッ!!」

「げふっ?!」


 頭を思いっきり後ろに振った。

 そうです。背後への頭突きをしました。


 私から意識が若干逸れていた今しかないと思ったのだ。

 そして案の定、顔に思いっきり私の頭が入ったミランダさんはその衝撃により体の力が抜けたらしい。私の首にかけられていた手が緩むのを感じ、私は慌ててその場から脱出した。


「グレン様っ!!」


 大きな声で彼の名を叫ぶ。

 グレン様の元へ駆け寄ると、彼は両手を伸ばして私を迎え入れてくれた。


「エリン……!!」


 そのままぎゅう、と強く抱きしめられる。

 慣れた匂いがして、安心感が一気に広がった。


「グレン様、ありがとうございますっ! 助けに来てくれて……!」

「何を言ってるんだ、当然だろう? お前は俺の妻なのだから」

「ええ……ええ! そうですね!」


 グレン様は私の縛られていた腕を解いてくれた。ようやっと身体が自由になる。

 そして、改めて彼に思いっきり抱きついた。


 淑女の冷静さもすっかり忘れてグレン様にぎゅうぎゅう抱きついていると、そのままひょいっと持ち上げられる。

 ぐるぐる回されて「きゃー!!」と楽しい悲鳴が出た。何ですか急に。


 見ると、グレン様はふるふると肩を震わせている。


「ミランダの手からどうお前を救い出そうか考えていたら……く、はははッ! ま、まさか頭突きをするとは……!! やっぱりお前は最高だ、エリン!!」

「だ、だって今しかないと思ったんですもの……! 仕方ないでしょう?!」

「大正解だったぞ! ふふ、お前はいつもいつも予想外のことをしでかして、俺を楽しませてくれる。

 ……で? やられた方のミランダはどうなった?」


 私を抱き上げたままま、グレン様がコンラッドさんに尋ねた。

 ミランダさんの傍でしゃがみ込んでいるコンラッドさんは私達を見ながら一言。


「完全に伸びてますね」


 ……どうやら意識を失っていたらしい。や、やりすぎではないだろうか、私の石頭……。


「さすがは妃殿下です」


 そんなことでさすがって言われても! コメントに困るわよ!


「そうかそうか。なら連行するのは簡単だな。

 ──お前達! 連れていけ」


 こうして、床に伸びていたミランダさんや男達は無事に兵士さん達の手でドナドナされていくのであった。

 これからどんな処分が下されるのやら……。


「罪状がたくさんあるからな。今度こそ牢獄にぶち込んでやるさ」


 グレン様がそんな怖いことをぼそりと呟いていたけれど、一旦聞かなかったことにしましょう。



 *



「グレン様、あの」

「ん?」


 迎えの馬車の所に着くまでの間。グレン様は私をお姫様抱っこしたままの体勢だった。

 彼の耳元でこっそり呟く。


「私のことを愛していると仰ってくださいましたよね」

「……そ、そうだが。何だ、お前だってわかっていただろう?」

「いえあんまり」

「あんまり?!」

「私、そういう男女の機微については疎いようで……」


 グレン様がはぁ〜、と深い溜め息をつく。


「まぁ、お前がそういう性質なのは分かっていた……はずだ。うん。

 で? それがどうしたんだ。悪いが撤回なんかしないぞ」

「いえ、撤回はしなくて全然よいのですが……。

 あの」


 私はもっとグレン様の耳元に顔を近づけ、囁くように言った。


「私もあなたが好きです」

「ッ?!」


 バッ! とこちらを勢いよく振り向くグレン様。

 その顔は真っ赤に染まり上がっていて。


 なんだかかわいいなと思い、ふふっと穏やかな笑みが零れた。


「だから、……あのお言葉は、本当に嬉しくて。今もドキドキしています。

 グレン様は、「少しは人間の俺にもときめけ」と言っていたので、今絶賛ときめいていますよーということを、お教えしなければと思いまして」

「…………」


 あらら、グレン様ったら。

 お耳まで真っ赤だわ。そんなに照れることなのかしら。


「……報告ありがとう」

「いえいえ。ふふ」

「何を笑っている」

「あなたが可愛いな、と思いまして」


 素直に自分の気持ちを言うと、グレン様は一瞬固まった後。

 そっと、自分の顔を私の方に近づけてきて。


「──……っ?!」


 思わず目を見開いた。

 だって、今、私のお口と彼のお口が、触れ合ったんだもの!!


 唇を離したグレン様がにやりと笑うのが見えた。


「俺ばかりが照れさせられるのもずるいからな。

 ほら、これでお前の顔も真っ赤だ」


(……そういう魂胆だったんですか!! もう!!)



「あの、そこのバカお二人様。

 イチャイチャしていないで早く馬車に乗ってください」


 コンラッドさんの冷静な声が聞こえてきて、更に恥ずかしい気持ちになった。

 ……いつか絶対仕返ししてやる。


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