「もう、何なのよっ!」
私は自分の部屋の中、ベッドに置いてある枕をシーツに叩き落としながら言った。
ふうふうと息が荒くなる。興奮してしまっている証拠だ。
いつでも可愛い私には相応しくない行動だって分かっているけれど、止められない。
それほどイラついているのである。
「お城で贅沢三昧できると思ったら、今度は妃教育、妃教育って……!」
そう。今私がイライラしている原因はそれ。
ダミアン様の婚約者となった私には、妃教育が施されることになったのだ。
あのエリンだってやっていたこと。こんなの楽勝だ、と思ってたら……。
(あの教育係……ッ、クビにしてやろうかしら!)
ギリリと歯を食いしばる。
教育係のスザンナ・ベインズ。素晴らしき貴婦人として有名らしいけど、そんなの今の私には関係ない。
だって、こいつが私にダメ出しばかりするんだもの!!
『妃殿下、お辞儀の角度がなっておりません』
『妃殿下、カップの持ち方はこうです』
『妃殿下! お勉強をサボるものではありませんよ!』
綺麗にまとめられた髪、キリリと釣り上げた眉、冷めた瞳。見るだけでうんざりするようなあの姿。
どこに行っても妃殿下、妃殿下、妃殿下と……、うるさいったらありゃしないのよ!!
それに加えて、あいつったら、嫌味ったらしくこう言うの。
『エリン様は、飛び抜けて優秀な生徒というわけではありませんでしたが……、それでも、自分のなさるべきことに一生懸命でした。私はそんなエリン様が好きだった』
『あなた達の経緯は聞き及んでいます。エリン様から婚約者の座を奪ったのですから、彼女以上の淑女となり、立派な王族の一員になっていただかなくては』
──ですって!
まるで私がエリンより下の女みたいじゃない! エリン以上の淑女なんて、生まれた時からそうなってるっつーの!!
最近それでイライラしっぱなしだから、ダミアン様に言ったわ。教育係を変えてくださいって。
それでも、何故かダミアン様は頷いてくれなかった。何でもスザンナは昔から評判のよい教育係だから、外したら国王様に自分が怒られてしまう、だなんて言うの。この私が頼んでいるのに!
極め付けにはこうよ。
『君も、俺の婚約者になったんだから、そろそろ本格的に妃教育をしてもらわなければ困る。頼むから、大人しく授業を受けてくれ』
……この時思った。
「あ、この男もう要らないや」って。
だって私の言うことを聞いてくれない男よ? 私が涙ながらに懇願しているのに、その通りに動いてくれない奴よ?
そんな男、私に相応しいわけがないわよねえ?!
ということで、最近はお城を抜け出したり、こっそり仮面舞踏会に行ったりして、他の男と遊んだりもしてる。
私という素晴らしい女が一人の男で満足しているわけがないし、そういう状況自体がおかしいものよね?
あ、でも勿論ダミアン様には内緒よ。聞いたら泣いちゃうかもしれないし。
でも、まだダミアン様以上の資産力を持つ男に出逢えていない。だから今のところはまだダミアン様をキープ、みたいな?
やっぱり王族の資産力って侮れないわあ。
ま、最近それも減ってきてるって誰かがどこかで言ってたみたいだから、そろそろ潮時なのかもしれないけれど。
どうして減ってきてるのかについては、考えないことにした。
だって私には関係ないし。
私はかわいい。私は美人。
それだけで世界が回っていくのだから。
「シンディー」
「……あら、ダミアン様。いかがなされました?」
とか言ってたら本人がやってきたわ。危ない危ない。
コンコン、と部屋の扉をノックされたので、イライラは一時しまって落ち着いた声色で答える。
「入るよ?」という言葉と共に部屋に入ってくるダミアン様。その顔は……、なんだか不服そう?
「少し話があって……」
「何でしょう?」
かわいく首を傾げてみる。でも、ダミアン様の顔色は晴れないままだ。
こんなにかわいい私を前にして暗くなるなんて、失礼だとは思わないのかしら。不満が出てくるけど、今はまぁ置いておいて。
「実は……、ジュード帝国に行ったエリンの結婚式が、もうすぐ行われる」
「え?」
それを聞いて目を丸くした。エリンの結婚式?
……ああ、そういえばあいつ、ジュード帝国に嫁ぎに行ったんだっけ……。あの日からもうそんなに時間が経つのねぇ。
なぁんてぼんやり考えていた私の耳に、とんでもない言葉が入ってきた。
「父上が僕たちに、それに参加しろと言うんだ」
「はっ?!」
驚愕の声を隠せなかった。
私がエリンの結婚式に出席? つまり、ジュード帝国まで足を運ばなきゃいけないってこと?
何それ、面倒臭い!
私はダミアン様の腕を掴んで叫ぶ。
「私、嫌ですよ?! ジュード帝国は恐ろしい国です、そんな場所に行けだなんて、国王様もなんて酷いことを仰るの!!」
涙ながらに訴えても、ダミアン様は申し訳なさそうにこう返すだけだった。
「君の気持ちは分かる。でも……、「あんな形で婚約者を変えたのだから、せめて嫁ぎ先でエリンが幸せにしているかどうか、自分の目で確認してきなさい」って……」
「はぁあ?!」
普段のお淑やかさを取り繕う暇もない。何を言っているのか、あの国王は!
大体、息子可愛さにこの婚約も最終的に認めたのはアンタでしょーよ!
それが何。「エリンが幸せにしてるかどうか見てきてほしい」って。ちゃっちい罪悪感抱えてんじゃねえよ!!
そんなこと言うんなら、自分で確かめてこい!!
と、言えたら良かったんだけど。
私はかわいらしい健気な淑女。国王様にそんな態度を取ってしまったら、今まで築いてきたイメージが崩れてしまう。
でもやっぱり不満だ。
「何度も嫌だと言ったんだけどね、これもお前達の責任だとか言ってさ……許してくれなかったよ。
だからシンディー、君も一緒に来てくれないかい……?」
「…………」
ダミアン様の問いに暫し考える。
行きたいか行きたくないかでいったら、行きたくない。遠いし。面倒臭いし。何の義理があってそんなことしなきゃなんないのよ。
……でも。
(エリンが幸せにしてるか、ねぇ……)
そこでふと、あることを思いついて。
にやりと口角を上げた。
幸せにしてるかって?
そんなの、行かなくても分かるでしょ。あの恐ろしくて野蛮極まる、獣の住む国よ? そんな場所に一人で嫁ぎに行ってるのよ?
嫌な扱いを受けて、孤独な思いをしてるに違いない!
「──ええ、いいですよ」
にっこり笑ってダミアン様の手を取る。
彼はぱぁ、と顔を明るくして、「本当かいシンディー!」と歓喜の声を上げた。
「私も、エリンが向こうでどうしているか気になっていましたし……。万が一嫌な思いをしていたら、可哀想だなって……」
「そうか、君は前にもそう心配していたね……。やはり君は聖女のような清い心を持っている女性だよ」
そう。きっと向こうでは馴染めなくて、嫌な思いをしているはず。
私はそれが見たい。あいつが無様な姿を晒すのを、この目で見て楽しむのも一興だ。
「獣人の住まう国に行くのはやはり怖いですが……、ダミアン様、愛するあなたが傍に居てくれればきっと、大丈夫です」
「シンディー……!」
「共にこの苦難を乗り越えましょう」
天使のごとき微笑みを浮かべれば、バカな王子はすぐに私を抱きしめて感動の声を上げた。あーあ、相変わらず頭の悪い男。
でも、あのうざったらしいエリンの不幸な姿をこの目で見れるのは悪いことじゃない。むしろ大歓迎だ。
ああ、口の端が上がって仕方がない。
(待っててね、エリン)
今、親友の私が行ってあげるから────。