────今日はジュード帝国の皇弟殿下と、友好国、レオステアからやってきたかわいらしい花嫁の結婚式。
「……まぁ……」
私は鏡の中に映る私に向かって感嘆の声を上げた。
だって、だってだって!
鏡に映っている私、とっても、綺麗なんだもの!
「うふふ、腕を鳴らした甲斐がありましたぁ〜!」
隣のフィリスが嬉しそうに微笑む。
グレン様が選んでくれたドレスに負けてしまうのではないかと思っていた私の不安なんて消し飛ぶほど、フィリスとその他の侍女たちは、徹底的に私を磨いてくれたらしい。お肌はツヤツヤ、髪はいつもより断然サラサラで、毛先がくるんと緩くカールされている。
お化粧だって、いつもより丁寧にしっかりやってもらっていて、それがなんとも自分の地味な顔を華やかに変えてくれていた。
ドレスには繊細なレースとフリルが施されていて、散りばめられた宝石がキラキラと光っている。
私の顔、身体、ドレス。その全てが、これ以上ないほどマッチしているように見えた。
「エリン様のポテンシャルはすんごいんですからねえ〜! 普段のエリン様はよくお動きになられますから、お化粧も控えめにしてたんですが……。
ご覧ください、このかわいさ! 美しさ!! まるで妖精のようじゃありませんかぁ〜!」
「あ、ありがとうフィリス……、勢いが……」
「エリン様が「ドレスが似合わないんじゃ」なんて不安になっているとグレン皇弟殿下から聞いた時、なんてことだぁ〜?! と思いましたからねえ?!
エリン様はご自分の魅力が分かってらっしゃらないんですよお!!」
勢いと迫力がすごい。初めてフィリスを少し恐ろしいと思ったわ。
……でも、うん。これなら。
「グレン様の隣に立っても、恥ずかしくない女性になれたかもしれないわ……」
みんなのおかげで自信が持てた。……勿論、グレン様のお言葉のおかげもあるけれど。
『お前に、「生まれ変わった」と思わせてやる』
……あの言葉に嘘はなかった。
本当に、生まれ変わったような気持ちだ。
自分に自信が持てるって、素晴らしいことなのね。なんだか晴れやかな気分になった気がするわ。
「みんな、ありがとう」
笑顔でそう返すと、フィリスやその他の侍女達は皆嬉しそうに微笑んでくれたのだった。
*
王の命でジュード帝国にやってきたダミアンとシンディーは、どこを見ても動物で埋め尽くされている光景にうんざりしていた。
「全く、どこもかしこも家畜だらけだな。こんな国に喜んで嫁ぐアイツの気が知れない」
眉を寄せながら不機嫌そうに呟くダミアン。
そんな彼に、シンディーは目に涙を浮かべながらぎゅっと抱きついた。
「ダミアン様、あの獣人が私を見ています。ああっあの野蛮な目……! 私、恐ろしいですわ……!」
「なに?! やはりこんな国に来るのではなかった、父が行けと喧しいから赴いたものの……。
シンディー、エリンに挨拶をしたらさっさと帰ろう。式などすっぽかせば済む話だ」
「ええ、そうですわねダミアン様」
そんな会話をしながら、二人は指定された式場へと足を運んだ。
一応参加した証明として受付は通ったが、席には着かず、花嫁の居る控室へと足を進める。
「エリン! 居るのか?!」
そしてノックもせずにドアを勢い良く開けたシンディーとダミアンは、その目を見開いた。
*
私は突然の来客に目を見開き、そちらへ振り向いた。
「え? シンディー……と、ダミアン殿下……?」
驚きを隠せない。だって、今日の式の参列者にこの二人は居ないはずなのだ。
しかも、どう考えたって因縁のある相手同士。なぜここへ来たのか、皆目見当がつかなかった。
「……エリン……?」
ダミアン殿下が私の名を呼ぶ。……どうしてそんな驚いた顔をしているのだろう? 自分から部屋に勝手に入ってきたくせに。
そんな彼を見たシンディーは小さく舌打ちをした。……ように聞こえたけど、気のせいかしら……?
「あらあら、随分と良いものを着ているのねえ? エリン」
シンディーが私の方にゆっくり歩いてくる。
笑みを浮かべているけれど……、その笑顔が、なんだか不気味だ。
彼女はこんな顔をする人だっただろうか……?
「シンディー……、何故ここに」
「何でって、私達親友じゃない! 親友の晴れ姿を見に来ないわけがないでしょう?」
その言葉に思わず「はぁあ?!」って声が出そうになった。
いや、親友って、親友って! まだそんな馬鹿げたことを抜かしているのか、この人は?!
(あんなことされて、まだ「私達親友よね」なんて言える性分が分からない……)
やはり、私には彼女を理解することは難しいようだ。性格があまりに違いすぎるもの。逆によくあの日まで親友でいられたものだわ。
「申し訳ありません。親族の方以外は、控室に入るのはご遠慮いただけますと幸いですぅ……」
すると、フィリスが頭を下げながらそう言った。
彼女を見た途端顔を歪めるシンディー。
そして。
「はぁ? 何よ、下等な獣人のくせに、私に意見するなんて生意気ね!」
突然そんなことを言うものだから、私は慌てて叫んでしまった。
「シンディー?! なんてことを言うの?!」
「ダミアン様ぁ、獣人が私を追い出そうとするんですぅ。わたし、こわぁい」
しかし、そんな私の言葉を完全に無視し、ダミアン殿下にしなだれかかるシンディー。
それをされたダミアン殿下はというと。
「あ、ああ……」
相変わらず、呆けた顔でこちらを見つめてきていた。
……言いたいことがあるのなら早く言ってほしい。何も話さずにじっと見られていると、どこかおかしい所があるのかと思ってしまう。
「……ねえねえ、こんな所に嫁いだ気分はどう?」
すると、シンディーがそんな台詞を私に言ってくる。
「え?」
「今頃国に帰りたぁーい、って泣いてるんじゃないかと思って……、私、心配だったのよ? だからこそ今日ここへ来たのに……」
「何の話をしているの。私、この帝国へ来てとっても幸せに過ごしているのよ?」
本当に何の話をしているのか分からなかった。
確かにこの国に来てから色々あったけれど、国に帰りたいと泣いたことなど一度も無い。来た初日は我が子達を思いながら少しだけ涙を浮かべたけれどね。
ともかく、シンディーの言葉は全くの見当違いなのだ。
おそらく本気で私を心配しているが故に出てきた言葉ではないのだろう。それだけは何となく分かる。
「はぁ?」
案の定、不機嫌ですと顔に書いてあるシンディー。
いえ、そんなことより。
今は彼女達に言ってやらなければいけないことがあるわね。
私はシンディーの前に向き直し、まっすぐ彼女を見据えながら言った。
「シンディー。フィリスに、いえ……この国に住まう獣人の皆様に謝って。
先程言っていた言葉はとても失礼よ。みんなみんな、とても優しくて温かい人達なのに。それを知らずに、獣人だからって侮辱することは、私が絶対許さない」
「なっ……」
私が言い返したことに驚いたのか、目を見開いて少し後ろに下がるシンディー。
しかし彼女の性格上、こう言われて何も言い返さないことは無いだろう。
そして予想通り、シンディーが大きく口を開け、何かを言おうとした時──。
「エリン、どうした」
澄み切っていて、でも重みのある声。
聞き慣れたそれに、私は「グレン様!」と声を上げた。
そして、見惚れる。
(グレン様……、なんて綺麗なんでしょう……!!)
普段着ている服の色とは一風変わった白。そんな色でも、彼は完璧に着こなしている。
思わず口に手を当てた。ああ、願わくば狼体の時でもこの衣装が見たい!!
感動している私の様子に気付いたのか、グレン様が笑いながら私の方へ歩み寄ってきた。
呆然としながら彼を見ているシンディーとダミアンには目もくれず。
「──思った通りだ。
やはりお前は、この世で一番きれいで、そしてかわいらしい」
「グレン様……」
「ドレスが似合わないんじゃないかなんて心配は、する必要はなかっただろう?
エリンと今日、夫婦の契りを交わせることを、俺はとても嬉しく思う」
「わ、私だってそうです……! 私も、あなたの妻になれることが、とても嬉しい……!」
「エリン……」
グレン様が私の手を取る。
恥ずかしいけれど、この上なく嬉しい。私はグレン様の目を見つめながら、心からの笑みを浮かべた。
「ふざけないで!! どういうことよ?!?!」
「えっ?」
そこへ、シンディーの鋭い叫び声が聞こえ、私達はそちらを見やった。