シンディーの方を見た瞬間、彼女が勢いよく掴みかかってきた。
あまりのことに混乱する他ない。
「脱ぎなさい!! このドレスは私が着る!!」
「なっ何をするの?! やめて、生地が破れてしまうわ!!」
せっかくグレン様と、みんなが紡ぎ上げてくれた大切なドレスなのに。
だけど、私の声は今の彼女には届いていないらしかった。鬼のような形相をしてドレスを破ろうとしてくる彼女が恐ろしくてたまらない。
「お、おやめくださいぃっ!」
「うるさいっ! 私に指図するな!!」
慌てて止めようとした瞬間、バンッ! と手で押し返されるフィリス。
フィリスにそんなことをされた怒りが湧き上がり、「やめなさい、シンディー!!」と声を荒げてしまった。
でも彼女は止まらない。それどころか。
「ならアンタが脱いで私に渡しなさいよ!! エリンの分際でこんな綺麗なものを着て、こんなにも美しい人と結婚するなんて許さない!! その場所は私の場所よッ!!!!」
という、意味不明な言い分で騒ぎ立てていた。あまりのことに呆然とするしかない。
突然騒ぎ出したシンディーにダミアン殿下も慌てて駆け寄り引き剥がそうとするが、そんな彼の身体を肘で突き飛ばしていた。
「シンディー……?!」
「触んないでッ!! アンタなんかもう要らないわ、この人の方がよっぽど魅力的だもの!! そもそも第三王子なんて微妙な立ち位置の男、私には見合わないっての!!」
「え…………」
思わぬ発言に、私も驚くしかなかった。
この二人は恋仲ではなかったの……?
「し、んでぃー……」
顔面蒼白になるダミアン殿下。
何か言ってあげるべきなのだろうが、今そんな余裕はない。破かれようとしているドレスの方が大切だ。
「やめろ!! 俺の大切な花嫁に何をする!!」
「グレン様っ……」
グレン様が私の身体を引き寄せてくれた。そして彼の手によって突き飛ばされるシンディー。
彼女はその場に倒れたが……。
「なんで……、なんでエリンなんかがそんな人と……」
「っ……」
「そこに居るべきなのは、私のはずなのにぃぃい!!」
長くウェーブした髪を振り乱しながらまた向かってきた。その様の恐ろしさといったら、言葉にできないくらいだ。
ぎゅっと目を瞑って身体を縮こませた、その瞬間──。
「グルルル……」
「ヴゥーー……」
「ヒィッ?!」
「あっ……!」
シンディーの周り一面を、大きな狼達が囲っていることに気が付いた。
私には分かる。この子達は、狼の庭に居る子達だ!
(ハディス、ズィース……、アレクサンダーまで!)
皆一様にシンディーを殺意の篭った目で睨んでいた。
蛇に睨まれた蛙のように、シンディーの身体がどんどん小さくなっていくのを感じる。
「……な、なに……、なん、なんなのよ……!!」
「ヴォンッ!!」
「きゃあああ?!?!」
鋭い牙を見せながら吠えたアレクサンダーに怯え、ついに耳を両手で塞ぎその場に蹲るシンディー。
「だ、だっ、ダミアンさま……! 助けて、助けてぇ……っ!!」
震えるシンディーの声が聞こえるが。
ダミアン殿下はその様を、ただ呆けた顔で見つめるだけだった。
「──終わりだな」
一連を冷めた目で眺めていたグレン様が命じる。
「今日の素晴らしい式を乱す不届き者だ。摘み出して国にお返ししろ」
「はっ」
その命令が下されると同時に、複数の兵達が一斉にダミアン殿下とシンディーを捕まえ、部屋の中から強引に引きずり出す。
二人とも、もう何も言葉を発することなく消えていった。
「……みんな、助けてくれてありがとう……!」
私の言葉に、周りに居た狼達は「ワフッ」と元気な声を上げる。
その笑顔と声に果てしない安心感が広がっていった。
「そうだ、フィリスっ! 大丈夫?!」
慌ててフィリスに声をかけるが、彼女はいつの間にかもうシャキッとその場に立っている状態だった。
「全然大丈夫ですよお〜! 獣人の強さを甘く見ちゃいけません、エリン様っ!」
「そ、そうなの? 元気ならいいのだけれど……」
フィリスの言う通り、さすが獣人である。
人間に叩かれたくらいでは特に何も無いらしい。獣人ってすごい。
そして、グレン様が私の手をそっと取って言う。
「あいつらの所業は、お前の祖国に伝えよう。その後は、あっちでどうとでもするだろうさ」
「……はい。
あの、申し訳ありませんでした。私のせいで、式の前にこんな騒ぎを」
深々と頭を下げれば、「気にするな」とグレン様が優しく言ってくれた。
「お前はそもそもあいつらを呼んですらいないんだろう? ならお前の責任でも何でもない。バカが俺達を妬んで、勝手に自滅しただけだよ」
「グレン様……」
「さぁ、落ち込んだ顔はもうやめて。いつものように、嬉しそうに笑ってくれ」
私の頬をグレン様の指が撫でる。
周りでは、狼達が擦り寄ってきてくれている。
その優しい触れ方に、私は笑みを零して言った。
「はい。旦那様が、そう仰るのであれば」
*
きらきらと輝く教会、眩しいくらいの青い空。
絶好の結婚式日和だ。
ちょっとしたアクシデントはあったけれど、今日は本当に、素敵な結婚式になったと思う。
たくさんの人、家族、友人達に見守られながら、最愛の人──グレン様と夫婦となることができるのだから。
私は父と共にバージンロードを歩き、グレン様の元へと行く。
誓いの言葉を言い、さて次は指輪の交換を……と思った時、はたと気が付いた。
そういえば、指輪の交換に関しては、「サプライズがあるから楽しみにしてろ」って言われてたのよね。
何があるのかしら……。
そんなことを思っていたら、向こう側の扉が開き──。
「──まぁ、まぁっ!」
私は歓喜の声を上げた。だって、だって皆様、見てくださいよ!!
うちの子達四匹が、一斉に扉の中から飛び出してきたんですもの!!
「ベニー、ララ、ヘンリエッタ、ジョン!!」
出席してくれるとは聞いていたけれど、まさかこんな形で会えるとは思っていなかった。
感動の涙を流しながらみんなの名を呼べば、それに反応して一目散にこちらへと走ってきてくれる。
参列者の皆さんもその可愛さにわいわいと騒いでくれているようだ。見てくださいこの四匹のかわい子ちゃん達!! なんとなんと、うちの子達なんですよーっ!!
「ワフッ!」
「きゅんきゅん!」
「みんな、久しぶりっ! 会いたかったわ……!!」
花嫁衣装なことも忘れてみんなを抱きしめる。
抱きしめられた四匹は笑顔でぶんぶんと尻尾を振っていた。
そして気付く。
「ぶはっ!!」
鼻血が出そうになるのをなんとか堪えた。
(着飾ったうちの子達……可愛すぎる!!)
ジョンとベニーはタキシード、ララとヘンリエッタはドレス。それぞれに似合うかわいらしい衣装を身に着けていた。
こんなにも可愛い格好をしたうちの子達が私の所に走ってきてくれたのだ。あんまりにも可愛すぎてよだれ出そう。
すると、隣に立つグレン様が楽しげな笑いを漏らしながらこう言った。
「エリン、その子達の持っている籠の中身を見てみろ」
「へ?」
そういえば、口に籠みたいなものを咥えていた気がする。ということは、中に何か入っているのかしら?
「ちょっとごめんね〜……、……こ、これは!」
中にはころりとした小さな箱が入っており、私は中身を察した。
もしかして……!
「「リングドッグ」というやつだな。
きっとこの子達に指輪を運んでもらえれば、お前が喜ぶと思ったんだ」
「ぐ、グレン様……っ!!」
「感想のほどはいかがで?」
「最っっ高です!!」
思いっきり叫べば、一際大きなグレン様の笑い声が室内に響き渡るのだった。
「それでは、指輪の交換を」
みんなが一生懸命持ってきてくれた指輪を受け取り、グレン様と交換をする。
指にするすると入っていく指輪の感触に、ドキドキと鼓動が速くなった。
私も彼に渡し終えれば──次は、誓いのキスだ。
「エリン」
優しい声が私を呼ぶ。
顔を覆っていたヴェールが上に上げられ、彼の顔がよく見えた。
……やっぱり、とても綺麗なお姿だ。
思わずほう、と息をついてしまいそうな程。
そんな私の顔を見て察したのか、にやにやと口角を上に上げながらグレン様が問う。
「人間の俺の顔には興味が無かったんじゃないのか?」
そんな質問に、私はむっと眉を寄せ。
「……意地悪ですよ、グレン様」
拗ねた様子を見せてみれば、彼は「悪い悪い」と笑みを浮かべながら言った。
そして、頬に手を添えられる。
私はその瞬間を頭に思い浮かべながら、そっと、目を閉じた。
教会の鐘が鳴る。
美しく強く、そして優しい皇弟殿下と、そんな皇弟殿下の心を鷲掴みにした妃殿下の幸せな結婚式を祝って。
「皇弟殿下、ばんざーい!!」
「おめでとうございます、妃殿下!」
「エリン様〜!!」
教会を後にし、私達は馬車に乗ってパレードを行った。
周りには笑顔の国民達がたくさん居て、私は嬉しい気持ちが抑えられなかった。満面の笑みでみんなに手を振る。
見覚えのある人達もたくさん居て、ああ、私は知らない間に、すっかりこの国に馴染んだのだなぁ、と思った。
同じことを思ったのか、グレン様がこう言う。
「うちに来た時から、お前はぐいぐい迫ってきたな。城の者は勿論、街に住む民達にも、喜んで近づいていった」
「もちろんです! だってこの国の方々は皆、私にとって愛すべき国民ですもの!」
「ははっ、お前は最初の頃から変わらないなぁ。
人間にこんな風に明るく優しい表情で話しかけられたのは初めてだと、皆が言っていたよ」
「皆さん、喜んでくださっておりましたね。
私もかわいい狼達や、他の獣人の人達と触れ合えてとても幸せです。ふふふ」
「ああ。……俺の妻となる人が、エリン。お前でよかった」
「愛している」……やさしい笑顔でそう言われ、私は顔を赤くしながらも、こう答えた。
「はい。……私も、あなたを心から愛しております!」
これは、婚約者を親友に盗られたけれど、縁談先でとても幸せな未来を掴んだ、とある令嬢のお話。