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第2話 胡散臭い魔王の右腕





「失礼するぞ、テオ」




大きな扉が開かれ、そこに立っていた美青年が自称魔王に淡々と声をかける。


短すぎず長すぎない綺麗な丁寧にセットされた漆黒の黒髪に、切れ長の赤い瞳。

彼も自称魔王に負けず劣らずとても美しいがこちらを黙って見つめる姿は氷のように冷たい。

年齢は私と同じくらいかその落ち着いた雰囲気から年上にも見える。


何だこの世界。

イケメンであることとカラフルな目であることがここに住む条件なのか?




「待っていたよ、ヘンリー。紹介するよ、彼女が今回の留学生だ」


「…?」




おっと?


美しいが冷たい印象の少年…自称魔王がヘンリーと呼ばれた男に声をかけられた瞬間柔らかく笑う。

先程まで冷たい表情しか浮かべていなかったのでそのギャップに思わず自称魔王を二度見した。


え?二重人格?

人変わりすぎじゃない?




「初めまして。俺の名前はヘンリー・ハワードだ。今日から君の留学生活をサポートするハワード家の長男でもある」




こちらに歩み寄り、微笑みながらも右手を出してきたヘンリーの手を私は取る。




「初めまして。この度学院に留学させて頂くことになりました、桐堂 咲良と申します。これからいろいろとお世話になります。どうぞよろしくお願い致します」




そして私もヘンリーと同じように微笑んだ。


まるで取引先との挨拶である。

お互いに営業スマイルが板についている。




「敬語など必要ない。俺たちはこれから共に過ごすのだから。遠慮はしないで欲しい。よろしく、咲良」


「わかった。よろしく、ヘンリー」




社交辞令をお互い交わしたところで手を離す。


なーんかこのヘンリーって人、すごく胡散臭い感じがするんだよね。いい人ではなさそうな感じがすごくする。




「咲良、彼は私の右腕でもある優秀な悪魔だ。困ったことがあれば何でも彼に聞くといい。ヘンリー、彼女にはまだ何も説明してやれていない。帰る道中にでも説明をしてくれ」




私たちの挨拶が終わったタイミングを見て自称魔王が私、ヘンリーと順番に声をかけ微笑む。


なーにが!〝咲良〟だ!

さっきまで〝お前〟だったでしょうが!


やはり二重人格確定!




「わかった。じゃあ行こう、咲良」


「うん」




自称魔王に慣れた様子で返事をし、私に声をかけてからヘンリーが歩き始める。

私はそんなヘンリーの後を追うように一緒に歩き始めた。


ちらりと謁見の間のような部屋から出る前に自称…いや自称ではなくおそらく魔王であろう美少年に視線を向ける。


すると魔王は冷たい笑みをこちらに向けていた。

何かを言っているみたいだったがこの距離では何を言っているのかまではわからなかった。




「健闘を祈る」




*****




ヘンリーと共に街の中を歩く。

仕事終わりである私は自分の足に鞭打って必死に足を動かしていた。


やっとの思いで帰宅したのに何が楽しくてまた歩かなければならないのだ。


しかもヘンリーの歩調は早すぎないがこちらに歩調を合わせる訳でもない、絶妙について行けるがついて行くのが地味に辛い早さだ。


なので私も何も言えずただ必死に足を動かすしかなかった。




「テオから何も聞いていないのか?」


「ええ、まあ」




私の隣を歩くヘンリーからの質問に私は何が一体〝何も聞いていない〟の部類に入るのかよくわからず、曖昧な返事をしてしまう。




「…そうか」




そんな私を見てヘンリーは何かを探るような表情を浮かべ少しだけ黙った。



嘘なんて言っていない。

本当にある意味では何も聞かされていないのだ。


私が知っていることはヘンリーを含む特級悪魔の兄弟と良好な関係を築かなければ人間界に帰れないことと、24歳にして学生をしなければならないことだけだ。




「咲良が明日から通うことになる学院は6年制でいくつかコースが存在する。咲良は俺たち兄弟と同じ基礎・一般コースの留学生であり、学年は俺たちと同じ2年だ」


「へぇ…。ん?俺たち?兄弟ってヘンリー双子なの?」




早速始まったヘンリーの説明を黙って聞いていた私だが、ヘンリーの〝俺たち〟と一括りにされた主語が気になり、説明を一旦止める。


よく考えたらそもそも魔王から私が良好な関係を築かなければならない相手は特級悪魔の兄弟としか教えられていない。


何人兄弟なのか、何年生なのか、何も知らない。




「…双子?…あぁ、人間とはそういうものだったな」




私の問いかけに最初こそ?マークを浮かべていたヘンリーだったが少しだけ考えたあとすぐに1人で納得した様子で口を開いた。




「悪魔の寿命は長い。ほぼ永遠と言ってもいい。だからこそ年齢の上下があれども学年も上下に分かれる訳ではない。俺たち兄弟は学院に通い始めた時期が皆同じだからな。同じ学年だ」


「…なるほど?」




ヘンリーの説明を何となく本当に何となく理解して今度は私の方が?マークを浮かべながら頷く。


価値観の違いってやつだろうか。

魔王ともさっき価値観が合わない問題が起きたばかりだし。



主に留学制度や学院の話をヘンリーからほぼ一方的に聞いているとやっとヘンリーの家…つまりはこれから私がお世話になる家が見えてきた。


洋館のような見た目のバカでかい家の周りはレンガの塀で囲まれており、家と同じくらい庭もバカ広い。

まるで映画とかで貴族が住んでいそうな建物に思わず口が開いてしまう。



豪邸じゃーん…。お貴族のお家じゃん。

ここ人が本当に住む家なの?



驚きながらもこの家に入れられるものだと思いヘンリーの後を追って歩くが、ヘンリーはそんな私の予想を裏切り、バカでかい玄関の扉の前を横切って何故かどんどん庭の奥の方へと進み始めた。


そして気がつけばちょっとした森の中のような場所へ私は来ていた。


家の中にこんな自然が広がる場所があるとか金銭感覚どうなってんの?




「ここがお前の家だ」


「…え?」




ヘンリーにそう言われて紹介されたのは先程見たバカでかい家とは真逆のまるで倉庫のような小さな小屋で、私は先程とはまた違った意味で驚いてしまう。




「不満か?」




そんな私を見てずっと笑顔だったヘンリーの顔色が曇った。


不満ではないが驚くだろ!


だがここであまり文句は言えない。

我儘な女だと思われたら終わりだ。最初が肝心。


私はヘンリーを含んだ特級悪魔の兄弟と良好な関係を築かなければ帰れないのだから!




「いいえ!カントリーな感じで私好みです!自然豊かで時間を忘れてしまいそうな素敵な場所ですね!」




私はヘンリーの顔色が戻るように両手をぱん!と叩いて嬉しそうに笑った。


見よ!社会人生活4年目で身につけた社交辞令を!




「…そうか。気に入ってもらえたようでよかったよ。では今日はもう疲れているだろうからゆっくり休んでくれ」


「うん、ありがとう、ヘンリー」




私の態度を見てヘンリーが穏やかに微笑む。腹では何考えているのかわからない顔で。


私はそんなヘンリーを笑顔で見送った。




こうして訳のわからないまま魔王により私の魔界での生活が幕を上げてしまったのであった。





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