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第3話 私のうるさいお世話係




夢ならば覚めて欲しいと何度も願った。

だが目覚めて周りを何度見渡しても、そこに広がっていたのは見慣れた私の部屋ではなく、見慣れない薄汚い小さな部屋だった。



はーい!私、桐堂咲良!24歳!

社会人4年目!今日も元気に会社に出社しまーす!



と言えないのが現状だ。


昨晩のことは夢ではなかった。目を覚まして部屋の中を何度も何度も歩いて改めて私は今の状況を飲み込んだ。


それからとりあえずいつものように身支度を整え始めた。


顔を洗った後カバンにたまたま入っていた携帯用のスキンケア用品で何とか肌を整えて制服に着替える。


赤と黒のブレザーの制服を着た感想はコスプレだ。24歳ではとてもじゃないが着こなせない。


不満しかないが仕方ないのでそのまま今度はメイクを始める。これもまたカバンにいつも入れていた必要最低限のメイク用品で顔を仕上げた。


鏡に映る私を改めて見つめる。


昨日出会った魔王やヘンリーのように真っ赤ではなく日本人らしい真っ黒な見慣れた瞳がこちらを休んだにも関わらず疲れた目で見ている。


胸まである栗色の直毛は癖ひとつなく正直時間のない朝には助かる髪質だ。

直毛すぎて巻き髪とかはあまり楽しめないけれど。

もちろん地毛は黒だ。染めている。




「…はぁ」




今日の化粧のできに思わず朝からため息が溢れる。

もっと大人っぽい化粧が好きなのだが、今手元にあるものではこのくらいの化粧しかできない。

化粧により完成した顔は少しだけ背伸びをした幼さの残る女の顔だった。


私の持ち物はカバンの中にあったものが全てだった。基礎化粧品とスマホとスマホの充電器と財布。後は仕事に必要なものとかお父さんに無理矢理持たされている塩とか。


こんなことになるならもっとちゃんとしたものを持っていたのに。


ガンガンガン!と突然扉の外から非常に激しく扉を叩かれ、思わず私は肩を揺らす。

ただでさえ壊れそうな扉が今にも破壊されそうな勢いだ。




「おおい!人間!朝だぞ!この俺様エドガー様が迎えに来てやったぞ!1秒たりとも俺を待たせるんじゃねぇ!今すぐ出て来い!」




扉の向こうから苛立った様子のエドガーと名乗る男の声が聞こえる。

それと同時にずっと破壊しそうな勢いで扉も叩かれる。



壊さないでくれ!



そう思った私は急いで扉の方へ向かい、扉を開けた。




「おうおうおう!人間!俺様を待たせるとはどういう了見してんだ?おい!」




扉を開くとそこには非常に派手な美青年が声の通り苛立った様子で立っていた。


銀髪の硬そうな無造作にセットされた短髪に黄金の宝石のように輝いている瞳。


ギラギラと輝いている見た目とそれと同じくらい整った綺麗な顔が眩しい。

年齢は私より年下だろうか。


すごくやんちゃな大学生にしか見えない。

いや美容系の専門学生といった表現の方があっている気もする。

もちろんどちらにしてもめちゃくちゃやんちゃそうだ。


私に挨拶もせず文句を言ったエドガーという男に「そんなに待たせてないでしょうが!」と文句を言ってやりたいがここは我慢だ。


ぐっと気持ちを堪えて私は笑った。




「ごめんなさい。今日からよろしくね」


「よろしく何かしねぇよ!」




このクソガキ!


ふん!とそっぽを向いたこの男に毒を吐きそうになるがそれも我慢。

ヘンリーとは全く真逆の男に私は頭を抱えた。


昨日のヘンリーの留学制度の話では私の留学には〝悪魔と人間が共に過ごし、人間は悪魔を、悪魔は人間を深く理解する〟という目的があり、生活まで一緒にするからこそ意義があるというものだった。


生活を一緒にするという条件の為、ヘンリーたちと私は朝と晩だけ一緒に食事をしなければならないという決まり事があるらしい。

逆に言えばそれ以外の時間は自由な訳だ。


流石に昨日の夜こちらに来たばかりの私ではここから家の中にある食堂へ行くのは難しいだろうと、ヘンリーが兄弟の誰かを迎えに寄越すと言っていた。


それが彼、エドガーのようだ。



「俺はいろいろな事情があってお前のここでの世話係にされちまったがお前の世話なんて一切焼かねぇからな!覚えてろ!人間!」


「…あー。はい」




彼は人間のことが嫌いなのだろうか。

まだ何もしていないのに私にすでに嫌悪感剥き出しのエドガーに呆れたように笑う。


この男とも〝良好な関係を築かなければならない〟んだよね。



早速できた不安を胸に抱きながらも私はエドガーと共に食堂へ向かった。


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