「あー。お腹空いた」
「はぁ?お前体調悪いから飯食えねぇんだろ?」
朝食後、一応朝らしいが全く太陽の出ていない薄暗い街を私の世話係らしいエドガーと共に学院へ行くために歩く。
思わずポツリと出た私の本音にエドガーは眉間にしわを寄せた。
おっといけない。そう言えばそうだった。
よく考えれば昨日の昼から私はご飯を食べていない。いろいろあって忘れていたが流石にお腹が空いてくる。
「だいぶ回復してきたの。昼食はどうすればいいの?」
私を変なものでも見るような目で見るエドガーに適当にそう言って私は昼食のことをエドガーに聞いてみることにした。
流石に一日断食はキツい。そろそろ固形の何かをお腹に入れたい。
「あ?そんなもん学院の食堂で食べるかその辺の売店とかで買って食べるかだろ」
「…食堂ってまさかお金いる?」
「人間の食堂は無料で飯食べれるのか?」
「まあ、食べられないところの方が多いかな」
「ふーん。学院の食堂は有料だ」
魔界の金なんてないのだが?
エドガーのめんどくさそうな昼食の説明を受けて心の中で私は思わずきつめにツッコミを入れた。
こんなにも違う文明、生物なのに通貨だけ日本円だとは考えにくい。
人間の世界の中だけでも数えきれないほどの通貨が使われているというのに。
このままでは兄弟たちと良好な関係を築く前に餓死エンドだ。
働かなければ。
せめて自分の食だけでも自立できるように。
そんなことを思いながら街を歩いているとふとある求人の広告が目に留まった。
「ちょいちょい。エドガー。ストップ」
「あ?」
求人の広告をよく見たいので私を学院へ連れて行かなければならないエドガーを止めて求人の内容を確認する。
エドガーは不満そうだが無視だ。
人間メイド喫茶店、可愛い子募集中!
賄い付き!時給2000ペールから!
求人にはそう書かれてあった。
「…」
これ人間である私に向きすぎな案件じゃない?
「エドガー。時給2000ペールってどうなの?」
「ん?そりゃあ随分いい時給だろ。働くのか?」
「…まぁ」
「じゃあ俺がもっといい時給の仕事紹介してやるから取り分半分寄越せ」
「はぁ?」
私に背を向けたまま一応私を待っているエドガーに時給のことを聞いてみるとエドガーがどこか悪そうな笑みを浮かべてこちらに振り向く。
そんなエドガーの台詞に私は思わず呆れた声を出した。
何で取り分半分も渡さなければいけないんだよ。
そもそもあんな立派な家に住んでいる身なのに他人からお金を取るとかおかしくない?
お金には困ってないでしょ?
「お金欲しいの?」
思っていることを全部言えば下手すれば悪い印象を与えてしまう。そう考えて私は言葉を選びながら口を開いた。
「当たり前だろ!ギャンブルで俺は常に金欠なんだよ。だから不本意だけどお前の世話係にもなってんの」
「…へぇ。まさか私の世話係になった理由って…」
最低な答えである。
被害者面のエドガーだが、ギャンブルでお金がないことはそんな顔で話すものではないとどうしても白い目で見てしまう。
「お前の世話係をしたら1万ペールくれるってヘンリーが」
「買収されてるじゃん」
「うっせぇ。世の中大事なのは金とスリル。その為なら何でもやるのが俺様エドガー様なんだよ」
「…やべぇ」
「あ?」
「最高の持論でございますね。感銘を受けました!」
エドガーの言い分に呆れているとエドガーの機嫌が悪くなったのでここで全力でエドガーを煽てる。
するとエドガーは「わかってんじゃねぇか、人間のくせに」と少しだけ嬉しそうに笑っていた。
ごめんよ、エドガー。
私は何もわかってないんだよ。
「エドガーはギャンブルが好きなんだね」
「ああ!俺の生きがいだな。それとその為に必要な金もな」
私が笑顔で質問するとエドガーは変わらず嬉しそうに私に答える。
最初は人間がめちゃくちゃ嫌いなのかと思ったが普通に会話が成立する辺りそこまででもないのかもしれない。
とりあえず〝良好な関係を築く〟為にもまずは相手のことをいろいろ知らなければ始まらない。
「他の兄弟たちの好きなことは何?」
「あ?そうだな…」
そこでエドガー以外の兄弟のことも知る為にまずはそれぞれの好きなものを聞いてみたところエドガーは少しだけ考える素振りを見せゆっくりと話し始めた。
「ヘンリーは本が好きだな。よく難しい本を読んでる」
わぁ、それっぽい。図書館とか本のある場所で本を読む姿とか絶対絵になる。
メガネとかかけてるやつじゃん。
「ギャレットはオタクだ。アニメとかゲームとか漫画とか好きだな」
…オタクね。人間らしいじゃん。むしろ悪魔にもオタク文化があるとはね。私日本人だし結構強いのでは?世界に誇るクールジャパン出身だよ、私。
「クラウスは自分と女が好きだな。女遊び激しいぞ、アイツ」
でしょうね。初見からそう思っていたよ。自分が好きってナルシストってことでしょ?それで女遊び激しいとか一番近づきたくない。良好な関係を築ける自信がない。
「バッカスは食い気しかねぇ。頭ん中食べ物のことばかりだ」
…なるほど。だから朝食の量があんなにもバカ多かったのか。食べることが好きなら胃袋を掴んでしまえばいいね。
「貴重な情報をありがとう!エドガー!」
「ふ、とりあえず2000ペールで手を打つわ」
「次の給料日期待してて!」
エドガーによる兄弟の好きなもの情報の提供が終わり、私は笑顔でエドガーにお礼を言う。
そんな私にエドガーはニヤニヤと笑いながら手を出して来たのでその手に私は自分の手を乗せてまた笑った。
しょうがないからお金がある時にお礼金くらい払ってあげよう!
いろいろな話をエドガーとしている内に私たちと同じような制服に身を包んだ人が増え始める。
それと同時に刺さる多くの視線が痛い。
24歳、コスプレ制服がそんなに気になるか。見るな。見るな。本人が1番違和感を感じているんだから。
だが、彼らは24歳コスプレーヤーが気になる訳ではないようだった。
「また?人間の留学生?」
「しかもハワード兄弟のところだって」
「あー。美味そう」
彼らの視線は留学生である私への興味のようで決して私を変な目で見るものではなかった。
それよりも気になるのは〝また〟と言う言葉。
〝また〟と言うことは私以外にも留学生がいる、もしくは最近いたということになる。
その留学生も私と同じように魔王に無理難題を言われたのか。それとも自分で進んで来たのか。
わからないことが多すぎる。
そう思ったが他の留学生については今は聞かないことにした。
今やるべきことはエドガーたち兄弟と良好な関係を築くことだから。