そしてあっという間に放課後になった。
今日は一日中兄弟たちと同じ教室で座学を受けていたが朝のエドガーとの交流以外特に彼らと交流することはなかった。
それよりも悪魔の学問とは一体なんだ!
一応短大まで学んできた身だが内容が一切理解できない。
人間と学ぶことが根本的に違いすぎる。
魔法学とか魔界歴史学とかならまあ言葉だけだがわからないこともない。
だが契約学とか生物欲望学とかその辺になると訳がわからない。
そもそもこれを真面目に受けることが果たして正解なのか?
「…」
本日一日の文句を心に秘めながら帰り支度をする。
学院から家への道は兄弟の誰かが送迎することになっているらしい。
そうヘンリーが言っていた。
だがもうこの教室には兄弟の誰もいない。
そもそも兄弟の誰かというよりも買収されて私の世話係になったエドガーがちゃんと報酬分働くべきなのでは?
もちろんエドガーもこの教室にはもういない。
ちゃんと報酬分働けー!バカ野郎ー!
そう思ったが仕方ない。
朝来た道を帰ればよいのだと気にしないことにした。
それに誰もいない方がこちらも好都合だ。
とりあえず今朝見た求人の喫茶店に今すぐ向かおう!
お腹が減って死にそう!
私は気を取り直して求人広告に書いてあった喫茶店に向かうことにした。
街行く人たちに場所を聞きながら。
そうして素敵で親切な人に恵まれた私は割とすぐに喫茶店ナイトメアに着いた。
喫茶店ナイトメアの外観はピンクと白で統一されており、ものすごく可愛い。
早速ここで働かせてもらう。
そう思って扉に手をかけようとした時だった。
「もしかしてバイト希望の子?」
少しだけハスキーな声に後ろから声をかけられたのは。
「はい、そうです」
何とタイミングがいいのだろうと私は振り向く。
するとそこには可愛らしいメイド服に身を包んだ女の子が立っていた。
ハスキーな声の感じ的に少年くらいだと思ったがどうやら私の後ろに立っていたのは美少女だったようだ。
明るいふわふわのピンク色の髪はまとめてポニーテールされており、私を見つめる瞳は青色でまるでビー玉のようだ。
年齢はおそらく中学生から高校生くらいの年齢だろうか。
とんでもなく美少女で愛らしい彼女だが何故か見覚えがある。
んー?こんな美少女すぎる知人いたかな?
「表からだと目立ってしまうからこっちから入って!お話聞かせて!」
美少女をまじまじと見つめていると美少女はふわりと笑って私の手を引いた。
誰と似ているのか全くわからなかったが私はとりあえず美少女について行くことにした。
喫茶店の裏口のような場所からお店に入り、美少女に勧められるまま小さな事務所のような部屋の椅子に座らされる。
どうやらこれから面接が始まるようだ。
「私はここナイトメアの人気No.1メイドミアだよ!あなたの名前は?」
「桐堂咲良と申します」
「サクラ?人間界の花の名前だよね?可愛いね!」
何て愛らしい少女なのだ。
昨日から愛想一切なし、愛想があったとしても裏で何を考えているのか全くわからない人たちを相手にしてきたので、ミアの表裏のなさそうな可愛らしい笑顔は疲れた私の心へダイレクトにくるものがある。
「サクラ…咲良は人間だよね?どうして人間の咲良がここに?」
「えっとそれは話せば長くなるのですが…」
そこから私は昨日の夜から今までのことを全て話し始めた。
帰宅したはずなのに何故か魔界へ来ていたこと。
人間界へ帰る為にはハワードの5兄弟と良好な関係を築かなければならないこと。
良好な関係を築く前にそもそも餓死エンドしそうなのでとにかく自立したいこと。
魔王はこれを他言するなとは一言も私に言っていなかった。だから私は全て包み隠すことなくぶちまけた。
昨日からずっと我慢する場面も多かったので我慢の限界もあってのことだった。
そんな私の面白くもない長い話でもミアは真剣な表情で、時には私と同じように怒ったりしながら私の話を聞いてくれた。
見た目だけではなく中身までいい子だった。
「それは大変だったね。お腹も空いたでしょ?とりあえず今はこれだけでも食べて」
「ありがとう!ミア!」
話終えた私にミアは心配そうに微笑みポケットから個包装されたクッキーを出す。
それを私は半泣きで受け取った。
この頃になると最初こそ面接先の従業員であるミアに敬語で話していたが気がつけばその敬語もなくなっていた。
ミアは本当に聞き上手である。
「安心して、咲良。アナタは採用よ。今日からここで働いてね」
「へ?」
いつ面接が始まるのだろうと待っている私を見てミアが優しく笑う。
私はそんなミアの言葉に思わず変な声を出した。
採用?面接は?
「今店長に私が話通してくるから。ちょっと待っててね」
状況をあまり理解できていない私を置いてどんどんミアは話を進めていく。
そしてこの事務所のような部屋からミアは姿を消した。
「採用!」
バン!と数分もしない内にこの部屋の扉が勢いよく開かれる。
扉を開いたのはミアではなくミアよりもずっと背の高い女の人…いや男の人だった。
長くゆるいパーマのかかった黄色の髪にグレーの瞳がまっすぐ私を捉えている。
とても中性的な見た目で一瞬だけ女の人に見間違えてしまったが、骨格や筋肉のつき方で男の人だとわかった。
「ミアから話は聞いたわ!アナタが咲良ね!アタシはこの店の店長ユリア!どうぞよろしくね!」
私の姿を見るなりすごい勢いで私に寄ってきて私の手を店長であるユリアさんが両手で握る。
歳は見た目的に私よりもずっと年上、30代後半くらいに見えた。
「ミアの言う通り可愛らしいわね!ここには女として必要な化粧品とかも揃っているわ!いきなりの留学は何かと不便が多いでしょう?いろいろ勝手に使っちゃってね!」
「え!本当ですか!ありがとうございます!」
紛うことなきホワイト企業ー!
たまたま訪れた就職希望先がホワイトすぎて心の中でついつい小躍りを小さな私がする。
お金、食事、必需品などここで働かせてもらえれば最初に感じた不安も拭えそうだ。
「店長!気に入ったでしょ?」
ユリアさんの後ろからひょこっとミアが可愛らしい笑顔で現れる。
ユリアさんはミアの問いかけに「ええ!最高よ!ミア!」とそれはそれは目を輝かせて答えていた。
これで一安心だ。
そう思っているとそんな私にミアが近づいてきた。
「店長には咲良がいきなり留学生に選ばれたとしか伝えていないの。ハワード兄弟とのこととか帰れる条件のこととかは言っていないわ。あまり広がるといいことにならないと思って」
そして私にだけ聞こえる声でそう言った。
何て気がきく子なのだろう。
私の身を案じて話を変えてくれただけではなく今後のことも気にかけてくれるとは。
ここへ来る前は性格が歪んでいらっしゃる方々としか面識がなかったので、てっきり悪魔とはそう言う生き物だと思っていたがどうやらそうではなかったみたいだ。
*****
sideミア
咲良はユリアに採用された後少しだけ働いて「ちょっとだけ一瞬帰らせてください。1時間以内には必ず戻ります!」と言って一旦帰った。
「全くミア…いいえテオも無茶をするんだから」
忙しい時間も終わり、少しだけ事務所で休憩しているとユリアが困ったような顔をして私…いや僕を見つめた。
「昔からのよしみでしょ?大目に見てよ」
「もちろんよ。アタシ美少年には弱いもの」
僕がにっこりと笑うとユリアも呆れたようにだが同じようににっこりと笑う。
「全くそれにしても大変ね、テオも」
「まあ、これも仕事だからね」
僕はユリアにそう言われても特に何とも思わずにただ笑ってみせた。