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第7話 ストレスしかない晩ごはん





side咲良



魔界にやって来て1週間が経った。

私は今日も栄養失調で倒れることなく、元気にやっている。


これも全てミアとユリアさんのおかげだった。

決してたった今留学の決まり事の為に共に晩ご飯を食べている5兄弟のおかげではない。


むしろ彼らは私をずっと放置している。

初日からずっと。


…エドガー仕事しろよ。

まあ、放置されている分自由にできるからいいんだけど。




「咲良、今日も食欲がないのか?」


「まぁ、うん。そう」




今日も今日とて一切晩ご飯に手を付けようとしない私を不思議そうに五男バッカスが見つめる。

相変わらず無表情なので何を考えているかわからないが逆に言えばヘンリーのような意地の悪さを感じず気分を害されることもない。




「じゃあ俺が食べる」


「…え?まだ食べるの?しかもその…」




ただでさえめちゃくちゃな量を1人で平らげているのにまだ食べようとするバッカスに思わず笑顔が引き攣る。

そのついでにこの料理たちのことを〝ゲテモノ〟と呼びそうになったがそれはぐっと堪えた。


この料理たちはあくまでヘンリーが私を思って好意で作らせている料理だから表立って悪口は言えない。


そうこう考えている内にいつの間にかバッカスは私のお皿を取り、その中身を全て平らげていた。

バッカスの閉じられた口の中から、バキバキと音が鳴るたびに鳥肌が立つ。


いくら食べることが好きだからってあんなものまで平らげるとは恐ろしすぎる。




「咲良はここに来てからずっと体調が悪いな。しっかり休めているのか?」




バッカスの食べっぷりをげっそりしながら見ていると、今度は品はあるが意地の悪い笑みを浮かべている長男ヘンリーに声をかけられた。


はい、今晩も始まりますよー。

ヘンリーと腹の探り合いタイム。




「ええ、まあ。慣れない環境なのが大きいのかな…」


「そうか。俺はテオに咲良を任されているからな。何かあればいつでも言ってくれ」


「…ありがとう。とりあえず日本料理が食べたい…です」


「ああ。料理長にそう伝えておこう」




笑顔のヘンリーに私もいつものように笑顔で返す。

ヘンリーの思ってもいない言葉に私はすぐにでも反論したかったがそれをまたぐっと堪えた。


ヘンリーは善人面をしてあんなことを言っているがこれはいつも言っていることで私の願いなど一度も聞いたことなどない。


いつもいつもいつも!日本料理が食べたいと言っているのに出てくるのはゲテモノ料理!


日本料理らしいけど日本のどこの何ていう料理かわからないほどのゲテモノ料理だ。


日本で取れた虫で作りました=日本料理とか思ってんじゃないの?

もちろん私への嫌がらせとして。




「なぁなぁ咲良。お前給料入った?お前の世話料として2万ペールほど払って欲しいんだけど」




はぁ、と誰にもバレないようにため息をついていると今度は次男エドガーがニヤニヤしながら私に話しかけてきた。


またこの男は…。




「そんなすぐ貰える訳ないでしょ。この前お礼に2000ペール払ったのでいいじゃん」




そもそもあれ以来一度も私の世話なんてしていないくせによく〝世話料〟とか言ったな。




「俺の目は誤魔化せねぇぞ。ここ1週間の昼ごはん、ずっと食堂で食べてたじゃねぇか。あれは金がないとできねぇだろ」


「…めざとい奴」


「あん?」


「観察眼が素晴らしいですね!探偵に向いているのでは?」




偉そうに私を見下すエドガーについ小さくだが本音が漏れる。その私の本音を聞き逃さなかった地獄耳エドガーの機嫌が一気に悪くなったので私はいつものようにエドガーを適当に煽てた。


私に煽てられたエドガーは「探偵なぁ。悪くねぇかもな」と少しだけ嬉しそうにしていた。


ちょろい。




「…うるさい。エドガーも人間も静かに食事くらいできないの?クソ共が」




そんな私たちの会話を聞いていた三男ギャレットが心底迷惑そうに私とエドガーを睨み付ける。




「あぁん!?誰がクソだと!?この根暗野郎!」


「ごめんなさい。ギャレット」




私とエドガーはギャレットにそう言われて真逆の反応をした。

エドガーはギャレットに対して怒鳴り、私はギャレットに対して申し訳なさそうに頭を下げた。




「…根暗野郎?はん!強欲野郎よりはよっぽどマシだと思うけどね!少なくともそこの人間に物乞いするほど俺は落ちぶれていないよ!」


「はぁ!?物乞いぃ!?違いますぅ!駄賃回収しているだけですぅ!」


「いーや!あれは物乞いだね!ハワードの特級悪魔のくせに情けない!」


「違うって言ってんだろうが!やんのか!?」




おい。私の謝罪が掻き消されているじゃねぇか。


エドガーの余計な一言によって始まったエドガーとギャレットの口喧嘩。

2人ともガタン!と勢いよく席から立ち、あーだ!こーだ!とお互いに罵声を浴びせ合っている。




「食事中に席を立つな。大声を出すな。あと3秒後に黙らなければギフトを食らわせる」


「「…」」




そんな2人の口喧嘩を止めたのはヘンリーだった。笑顔だがどこか冷たいオーラを身に纏ったヘンリーの静かな一言に3秒待たずともエドガーもギャレットも黙る。

そして2人はバツの悪そうな顔で席に座った。


誰かが何か悪い事をする度にヘンリーは〝ギフトを食らわす〟とまるで脅すように言う。

すると大体はそれで全てが解決するので〝ギフト〟が一体何なのかわからないがあまりよくないのもだということはわかっていた。


人間にとっては贈り物って意味でいい意味のものだが、魔界では他の意味があるのだろう。




「ほーんと、賑やかだよねぇ」




ギフトについて少し考えているといつの間にか食事を食べ終えていた四男クラウスが私の背後に来ていた。

いきなり背後から話しかけないで欲しい。

普通に心臓に悪い。




「咲良、今晩暇?よかったら僕の部屋に来ない?天国見せてあ・げ・る」


「…大変有り難いお誘いですがあいにくこの後は予定がありますのでまたの機会に」


「ええー。それ昨日も同じ事言ってなかった?」




私の耳元で妙に色っぽい声で私を誘うクラウスの誘いを失礼のないように丁寧にお断りする。


良好な関係を築かなくてもいいのなら顔面に平手打ちをしていたところだ。

そのくらい苦手だ。クラウスの遊び人感が。




「…ここまで僕を焦らしたのは咲良が初めてだよ?さすがに僕も限界だから強硬手段に出ちゃう!」




くすくすと楽しそうに笑うクラウスは私の右頬に触れた後、そこから自分の方へと無理矢理私の顔を動かした。

至近距離でクラウスとパチッ!と目が合う。


どうしてだろう。

このままクラウスと目を合わせ続けるとよくない気がする。


私の中の第六感と言うやつがそう言ったので私はふん!と首を横に振って思いっきりクラウスから視線を逸らした。




「えー?何でそんなことするの?ひどいなぁ、咲良」




傷ついた声でそう言っているクラウスだが私はそれを無視した。


これが1週間経った私と悪魔5兄弟たちとの現状だ。

全く良好な関係など築けていない。



…はぁ、私が人間界へ帰れるのはいつになるのやら。




*****




咲良が食堂を去り、バイト先へ戻った後。

ハワードの5兄弟たちだけはまだ自室には戻らず食堂に留まっていた。




「全くテオも困ったものだ。また人間の留学生を俺たちの所へ預けるとはな」




はぁ、とまずため息を漏らし話し始めたのはヘンリーだ。

いつも完璧な彼だが、今の彼には少々疲れの色がある。




「一応あの人間の現状を共有するか。食事はご覧の通りだ。人間が好まないものを極力出して体力面、精神面を削っているつもりだがあれには一切効いていないようだな」


「それについてはこの前も言ったけどナイトメアでバイトを始めたからだろうな」




ヘンリーの言葉にダルそうにエドガーが答える。

するとそれを聞いていたギャレットが「羨ましすぎる。意味がわからない。許せない」と本当に恨めしそうに呟いた。


ギャレットは実はメイド喫茶ナイトメアの大ファンだった。




「人間のくせにあの状況で働き口見つけて働き出すとかすげぇ根性と行動力だよな。笑える」




そんなギャレットなどお構いなしに本当におかしそうにエドガーは笑う。

その表情はまるで新しいおもちゃを買い与えられた子どものように無邪気だが、どこか邪悪さもある。




「本当にそう思うよ、エドガー。ギャレット、あの人間の生活面はどうだ?」


「はぁ、生活面ねぇ」




エドガーの言葉を肯定したあとヘンリーはギャレットの方へ話を振る。

するとギャレットは大きなため息を一つついて話を始めた。




「あのボロ小屋に付けた小型カメラによると随分充実した生活を送っているよ。これもナイトメア様々だろうね。部屋は驚くほど綺麗な上に生活に必要なものも揃っているし、何よりナイトメアで使われていた家具一式が揃っていることが許せない!俺も欲しい!」




最初こそ淡々と話していたギャレットだったがどんどんそこへ私情が入り、熱を帯び始める。

そして最後には大きな声で悔しそうに叫んでいた。




「生活面での精神的な負担もなし…か」




ヘンリーはまたため息を漏らす。

何事も完璧にそして思い通りに進めたい彼にとって咲良は思い通りにならない厄介な相手だった。




「僕のハニートラップもぜーんぜんダメ。好きにさせるだけさせて思いっきり捨ててやろうと思っているんだけどなかなか上手くいかないの」


「俺は特に何もしていない。人間のご飯を食べているだけだ」




ヘンリーと同じようにため息を付いたのはクラウスだ。逆に全く何も感じていない様子なのがバッカスだった。


彼ら兄弟にはある共通の目的がある。

それは人間である咲良自らが魔界への留学を辞めたいと願い、それをテオに懇願させることだ。


自分たちが辞めさせるのではない。あくまで人間が自ら辞めたいと思わなければならないのだ。


魔王であるテオに人間の身を任された以上表向きは人間を大切に扱わなければならない。

本当は人間などどうでもいい存在だというのに。




「あれは今までの人間とは違う。面白い所もあるが人間には人間の世界にお帰り願わないとな」




先程までため息ばかり付いていたヘンリーだが、ここへ来て不敵に笑う。

すると兄弟たちはこれから起きることを察してそれぞれ違う反応を見せた。




「ついに最終兵器投入か!楽しみだぜ!」




次男エドガーは期待に満ちた目で。




「とうとうか。これは24時間ドローンを飛ばして人間生配信を行わなければ」




三男ギャレットはニヤニヤとした目で。




「うわー。泣き顔とか見たいなぁ」




四男クラウスは美しい笑みを浮かべて。




「つまりその時のご飯は…」




五男バッカスは全く興味がなさそうに。

全員がヘンリーに視線を向けた。




「さあ、あの人間はあと何日持つかな?」




そしてヘンリーは愉快そうに笑ったのであった。


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