おかしいんだよな、ここ数日。
主に私に対する学院の学生たちの様子が。
放課後、学院の階段を一歩ずつ降りながら、最近のおかしいことについて1人考える。
私が学院に来て最初の1週間は私に害を及ぼすことなどせず普通に接していたはずの学生たちがここ数日何故か私に嫌がらせ…いじめのようなことをするようになった。
例えば少し目を離した隙に支給品の教科書やノートがボロボロにされていたり、私が歩いている上から泥水が降ってきたり。
教科書とかが犠牲になるのはどうでもいい。
そもそも私は別にここで何かを学びたい訳ではない。強制的に通わされている身だ。はっきり言って必要なものではない。
それにボロボロになった教科書を教師に見せれば代わりのものを渡されるし、特に困ることはなかった。
泥水に関しても別に困っていない。
ここ数日何度も狙われたが狙われる度に華麗に避けてみせた。
昔から勘には自信があるのでこちらも一切困っていない。
一体何を思って急に人間いじめなんて始めたのか…。
いや、黒幕は何となくわかってはいるんだけど。
「…っ!」
早速後ろから嫌な気配を感じ、咄嗟に左へ避けながら後ろを振り向く。
すると私を今まさに突き飛ばそうと手を突き出していた男の学生と目が合った。
誰かに階段から突き落とされそうになったのはこれで通算10回目くらいだ。
「…危ないでしょうが!」
私は手を突き出している男の学生の腕を掴んでそのまま下へ落ちるように引っ張る。
元々私を突き落とす為に前のめりになっていた男の学生を落とすことは簡単なことだった。
「わああああ!?」
私に無理矢理引っ張られたことにより男の学生がそのまま階段の下へ落ちる。
私はその後を追うように階段からゆっくり降りた。
「もう私を落とそうとしないでね?また同じ目に遭いたくなければ。他の私を落とそうとしている子たちにもそう伝えなさい」
「は、はいぃぃぃぃぃ!!!!」
男の学生を見下ろすように仁王立ちで私は男の学生を脅す。男の学生はそんな私を恐怖でいっぱいになった目で見て叫びながらどこかへ行ってしまった。
人間がこの階段から落ちると最悪骨折でもしそうなものだが悪魔だと特に何も起こらないらしい。
もう何度も同じような学生を返り討ちにしてきたが大怪我をしている者はいなかった。
あの様子から見て階段から落ちること自体は痛いらしいが。
やはり悪魔と人間では体の作りが違うみたいだ。
全くいい迷惑だ。
私が落ちたら最悪骨折なんだぞ!
いや死んでもおかしくないはずだ!
「…」
ふと階段の上を見上げるとそこにたまたま居たヘンリーと目が合う。
ヘンリーは私と目が合うとそれはそれは愉快そうに目を細めた。
それ、今する表情じゃなくない?
貴方が世話を任されている人間が今まさに大怪我をしそうになったんだよ?
このいじめが始まって数日。
5兄弟たちは特に私を助けようとはしなかった。
あの始まりの日から続いた1週間の放置と同じように私を放置し続けた。
このいじめを止める力があるはずなのに。
2週間近く通えば流石に身分とか家柄とかはわからないが学院での5兄弟の立ち位置くらいはわかる。
彼らはいわゆるこの学院のカーストのトップだ。
誰も彼らには逆らえない。
つまりこのいじめの黒幕は5兄弟なのだ。
黒幕と言ってもヘンリーの今の態度を見ればそれを隠すつもりもないようだが。
こんな性格ひん曲がっている奴らとどうやって〝良好な関係〟なんか築けるのさ!
ヘンリーに中指でも立ててやりたい気持ちだが、私はそれをグッと堪えて笑ってみせた。
そして本音が出てしまう前にさっさとその場を後にした。
*****
階段で危機を回避し、さっさとあの場を離れた後、私は学院から出る為に玄関に来ていた。
「…」
玄関から出た瞬間、上から嫌な気配を感じる。
上から泥水がくる。
そう思って左に避ける。
すると次の瞬間先程私が居た場所にザァァァ!と泥水が降っていた。
先程と引き続き今日も勘が冴えている。
「…」
またくるな。
そう思ったので今度は右に避けてみる。
すると私が先程居た場所にまたザァァァ!と泥水が降っていた。
こうやって上からの泥水を避けながらバイト先へ向かう放課後もある意味では日常で日課になってしまった。
こんな日常望んでなどもちろんいないが。
「あの…助けてください!」
泥水を避けながら学院を出ると気弱そうな女の子に声をかけられた。
…どうしたのだろう?
女の子はとても怯えており、先ほどから周囲をずっと気にしている。
「お、追われているんです!お願いです!助けてください!」
「…私は貴方を助けられる力を持っていません。学院に逃げ込むことをおすすめします」
私の腕を掴み必死に懇願する女の子に私は困ったように笑い学院を指差す。
学院はすぐ近くだ。私に助けを求められても勘が少しいいだけのただの人間では助けられるはずなどない。
「み、見捨てないで!助けて!」
「見捨ててなんかいません。私はただ…ってちょっと!」
何とか女の子を落ち着かせようとしたが女の子は私の言葉など聞きもせず私の手を掴んだまま学院とは反対方向に走り出した。
「ちょいちょいちょい!学院は反対方向!」
半ば無理矢理連れて行かれている状況の中、せめて行く方向だけでも変えようと女の子に声をかけるが全く届かない。
巻き込まれるのは嫌だったので女の子には悪いが女の子の手を振り解こうともしたがさすが悪魔なのか女の子とは思えぬ力を出されて振り解けなかった。
女の子に腕を引かれてどんどん人気の少ない路地裏に入っていく。
路地裏でこちらを追ってくる誰かを撒くつもりなのか。
人気の少ない場所を選ぶなんてリスクが高すぎはしないか?
嫌な予感がするのだが。
到着したのは路地裏の行き止まり。
そこにはガラの悪そうな男女が数人いた。
「おう。連れて来たか」
「うん」
その内の1人が私の手を引く女の子にニヤニヤしながら声をかけ、女の子がそれに笑顔で答える。
残念。嫌な予感的中。
まんまと私は袋叩きコースに連れてこられた訳だ。
「悪りぃな、姉ちゃん。ちょおとか弱い人間で遊びたくてよ?」
「ごめんねぇ、お姉さん♪」
女の子に声をかけた男が嫌な笑みを浮かべて私を見る。先程まで気弱そうに見えた女の子にはもうその気弱そうな面影はなく楽しそうにこちらを見て笑っていた。
持ち物破損、泥水シャワー、階段から突き飛ばし…等々言い出したらキリがない程いろいろな被害を受けてきた。
しかしこれは初めてだった。
数人で1人を袋叩きにするこれは。
数人対1人ではどう考えても明るい未来は考えられない。
相手が例え人間だったとしてもそれは一緒だ。
それが悪魔ならばさらに最悪だ。
「…」
どうしたものかと思いながらも制服のポケットに手を入れた時、何かが私の手に触れた。
そこそこ大きくて有名な実家の神社の神主であるお父さんお手製の盛り塩用の塩である。
お父さんは何かあった時にと常に私にこの盛り塩を持たせていた。
なんでやねん!と思いながらも何となく持ち、こちらに来てからはお守りとして持っていた盛り塩の活躍する場がきたのかもしれない。
ほら、海外のエクソシストって塩とかで悪魔を倒していた気がするじゃん?
それと同じ感じなんじゃないの?
「これが何かわかる!?」
じりじりと私に近づいてくる悪魔たちに私はポケットから勢いよく盛り塩が入れられた小袋を出す。
「これは塩よ!それもただの塩じゃない!由緒正しい筋から手に入れた聖なる塩!ジャパニーズモリソルト!」
そして私は声高らかにそう言った。
お願い!怯んで!退散して!と願いを込めて。
「はぁ?聖なる塩ぉ?」
「魔界にそんな恐ろしいものがある訳ないだろ?ただの塩だろ?」
「嘘ついても意味ねぇぞ?」
だが、効果はゼロだった。
悪魔たちはおかしそうに笑いながらさらに私との距離を詰める。
「ジャパニーズモリソルト?」と一部?マークを浮かべている者もいたが?マークを浮かべているだけで特に何かをする訳ではない。
悪魔たちのリアクションでわかったことがある。
もし私が持っている塩が悪魔たちにとっての聖なる塩ならそれは恐ろしいものだということを。
「…っ」
一か八か、お父さんの盛り塩を信じるしかない。
私は祈るように小袋を開けると盛り塩を掴めるだけ掴み投げる態勢に入った。
「悪霊退散んんんんん!!!!」
バサァ!と私の前にいる悪魔たちにお父さんの盛り塩を惜しみなく投げつける。
「ぐあああああ!」
「くっそ!ゔぅっ!」
「があ!」
するとその盛り塩を食らった悪魔たちは苦しそうにその場に膝をついた。
うっそ、お父さんの盛り塩ちゃんと聖なる塩だったよ。
いつもおにぎりとかちょっとした隠し味に使っていたよ。
「…こ、これがジャパニーズモリソルトなのか?」
「き、聞いたことなかったが効果はすごそうだ」
お父さんの盛り塩を食らい苦しむ悪魔たちを見て他の悪魔たちの顔色がどんどん悪くなる。
「…今、私の目の前から何もすることなく消えたら貴方たちにはこのジャパニーズモリソルトは食らわせないわよ」
私は悪魔たちの様子を見て不敵に笑った。
「…逃げるぞ!」
すると悪魔たちは私を横切って逃げていった。
ありがとう、お父さん。私に盛り塩を持たせてくれて。
まさか本当に悪霊退散的な意味で使う日が来るなんて思わなかったよ。
私は何とかピンチを脱したことに安心し、またバイト先ナイトメアへ向かった。
*****
あれから何事もなく無事ナイトメアに着いた私は元気にナイトメアで働いていた。
そしてお客さんが少しだけ落ち着いた時間を見て休憩に入った。
そこで今日の夜ご飯である賄いも食べられるのだ。私の生命線の一つである。
「…それは災難だったわね」
今日の賄いであるオムライスを食べながら最近の学院でのいじめについてと先程あった袋叩き事件についてミアに話すとミアは心配そうな瞳で私を見つめた。
ああ、本当にミアはなんていい子なんだろう。
ミアと良好な関係を築け、ならいくらでも喜んで受けていたのに。
あの袋叩き事件だって絶対に5兄弟関係に決まっている。
「あ、そうだ。ミア、ちょっと聞きたかったことがあるんだけど」
「ん?なぁに?」
5兄弟たちにずっと怒っていても何も始まらない。私は一度怒りを鎮めて、ここ数日ずっとミアに聞きたかったことをミアに聞くことにした。
「スマホをね、使いたいんだけど、ここでこのスマホは使えるのかな?」
早速私は机に置いていたスマホをミアに差し出しミアを見つめる。
するとミアは私のスマホを手に取って「んー。ちょっと待ってね」と言った。
どうなんだろう。このスマホ使えるのかな。
魔界に来てから今までこのスマホは目覚ましやメモ帳としてしか使っていない。
SNSや電話も使いたいが電波がない為使えていないのだ。
もし電波が入ってその機能が使えるようになれば何かと便利なはずだ。
ソワソワしながらもスマホを触るミアを待っているとミアは顔を上げた。
「はい!魔界でも使えるように設定しておいたよ!連絡用アプリも入れたし、そこに私の連絡先も入れておいたから何かあったら連絡してね!もちろん何かなくても連絡してよ?」
そしてとんでもなく愛らしい笑顔を浮かべて私にスマホを渡した。
女神ー!女神がご降臨なさったー!
「あ、ありがとう!ミア!」
私はスマホを受け取ると心の底からミアに感謝した。
「いえいえ!あ、あとね、人間界の人と連絡を取るとかはできないけど、人間界のものをこっちへお取り寄せはできるんだよ」
「え!本当!?」
「うん。ここのショッピングサイトで買えるんだけど」
「わかった!早速買う!」
そしてここからミアによる魔界でのスマホの使い方講座が始まった。
「何を買いたいの?」
「我が家の盛り塩!」
「…そう」
ミアに笑顔で聞かれたことに私は嬉しさで勢いよく答える。そんな私を見てミアが珍しく苦笑いを浮かべていたが私はスマホに夢中で気が付かなかった。
我が家の盛り塩はインターネットでの販売もされており、私は無事お父さんの盛り塩を手に入れることができた。