「…っ!生命力ゾンビかよ」
毒を盛られて3日後。
約3日ぶりに夕飯時の食堂に現れた私を見てエドガーは心底驚いたような顔してそう言った。
…大変失礼である。
今こうしてここへ居られるのもミアの素早い対応のおかげだ。
実は毒を盛られたあの日、最初こそは毒の影響を受けていたが、1日寝ていれば私の体力はほぼ回復していた。
次の日から普通に動けたがミアに止められ、今やっとミアから許可が出て私はここにいる。
ミアは3日間仕事を休んでまでずっと私の看病をしてくれた命の恩人だ。
「…チートじゃん」
私が現れたことに驚いたのはエドガーだけではない。
ギャレットもエドガーと同じ反応をしていた。
「「…」」
クラウス、バッカスも黙ったまま同じような反応をしている。
この場にいる全員、毒を私に盛ったことを隠す気が微塵もないらしい。
もちろんヘンリーもだ。
「体調はもう大丈夫なのか?咲良」
ただただ驚くだけで私に声をかけようとはしない兄弟たちの中でヘンリーだけはおかしそうに笑いながら私にそう声をかけた。
「まあ、おかげさまで。先日はありがとう」
怒りの気持ちを抑えて私はヘンリーに作り笑いを向ける。
毒で倒れたあの日。
ヘンリーは私の小屋へたまたまミアが席を外している時に現れた。
夕食の時間になっても現れなかった私を心配して来た、とヘンリーは言っていたが、おそらくそれは嘘だろう。
あの力なく横になる私を愉快そうに見下していたヘンリーの瞳が未だに忘れられない。
心配して来たというのは建前で、私が苦しんでいる姿を見に来たに違いないと察するには十分な表情だった。
「何故、咲良があんな目にあったのかこちらでも調べたよ。原因はおそらく朝食時に混じってしまった魔界のスパイスだ。あれは人間には猛毒になる。兄弟たちもそれを知っていたから君の復帰の早さに驚いているんだ」
私の疑いの目をすぐに察したのだろう。
ヘンリーはその疑いが晴れるようにすぐに笑顔で最もらしいことを言う。
「こちらの不手際だ。本当に申し訳ないことをした」
そしてヘンリーは申し訳なさそうな表情でだがどこか愉快そうにそう言った。
絶対にそんなこと思っていない。
そう思っていたのなら私が小屋から出られなかったあの数日間にちゃんとした形で謝罪に来たはずだ。
一応は謝りました、というヘンリーの抜かりない形だけの気持ちなど微塵もこもっていない謝罪にどんどんイライラが募る。
こっちはアンタたちの嫌がらせで死にかけたんだよ?
ふざけんなよ?
「咲良、魔界は怖いだろう?」
「…え?」
ヘンリーからの突然の問いかけに私は首を傾げる。
「学院の悪魔たちが異種族の咲良を排除したがったり、魔界の食べ物が咲良にとっては毒だったり…。留学を辞退したくなったのでは?」
「…」
なるほど。
笑顔のヘンリーの言葉から察するにヘンリーは私から留学を辞退したいと言わせたいらしい。
こっちだって辞退したいわ!
さっさと人間界に帰して欲しい!
でもアンタら兄弟と〝良好な関係を築く〟ことが人間界に帰してもらえる条件なんだよう!チクショウ!
「いいえ。知らないことを学べる環境は貴重です。慣れないこともあり大変な部分ももちろんありますがその分やり甲斐もあります」
必殺、社会人社交辞令。
今にも口から出てきそうな本音を一切感じさせないよう、私はふわりとヘンリーに笑い、思ってもいないことをペラペラと喋る。
ああ、社会人でよかった。学生の多感な私なら迷わず本音を言ってヘンリーに殴りかかりかねない。
「…そうか。それでは仕方ないな」
私の言葉を聞いてヘンリーはわざとらしく残念そうな表情を浮かべる。
「これが何かわかるか?咲良」
「…っ!私のスマホ…何で…」
笑顔のヘンリーが私に見せつけたもの、それは私のスマホだった。
あり得ない場所にある私のスマホに私は驚いて目を見開く。
スマホは一番大切な必需品なので肌身離さずずっと持っていたものだ。
今も本来なら私の制服のポケットに入っているはずなのに。
「先程食堂の入り口で拾った。人間界のスマホも魔界と同じような作りなのだな」
驚いている私にそう嘘っぽい説明をしてヘンリーは興味深そうに私のスマホを眺めている。
何故だろう。
ただヘンリーがスマホを眺めているだけなのにすごく嫌な予感がする。
そう思った時だった。
ボウ!とヘンリーの手の中にあった私のスマホが炎に包まれたのは。
「…っ!?」
なんで!?
「…あぁ、悪い。つい夢中になってスマホを燃やしてしまった」
驚く私をよそにヘンリーがクスリと笑って私にまた形だけの謝罪する。
「おいおい。ヘンリー。力加減しろよー」
そんなヘンリーにおかしそうにエドガーが笑う。
「くくっ、ヘンリー、チートすぎ。スマホ燃やせんのかよ」
ギャレットもどこかおかしそうに笑っている。
「わぁ、スマホの炎もなかなか美しんじゃない?」
クラウスも楽しそうに笑っている。
「あの炎で肉を焼こう」
バッカスも同じだ。
みんな、ここにいる誰1人私を気づかう素振りすら見せない。
そんな彼らの様子を見て、ぷちん、と私の中の何かが切れた。
きっともう限界だったのだろう。
「クソ野郎がぁ!!」
気がつくと私はそう怒鳴ってヘンリーの元まで走っていた。
そしてヘンリーの元まで辿り着くとゴンッ!とヘンリーの頬を思いっきりグーで殴った。
おめでとう。私はまだ多感なお年頃のようだ。
「私だってなぁ!好きで留学生やってんじゃねぇんだよ!クソ野郎!死ねぇ!」
こんなにも本心を曝け出したのはいつぶりだろうか。
私はヘンリーにそう叫ぶと今度は5兄弟全員を睨み付けた。
「お望み通りこんな家出て行ってやらぁ!」
大変汚い言葉遣いだ。
それでも私は止まらず本心を包み隠さず吐くだけ吐いて食堂から飛び出した。
あまりにも怒りが爆発しすぎて周りのことが見えなくなっていた私は5兄弟がどんなリアクションをしていたのかまでは把握できなかった。
*****
「ユリアさぁぁぁん!」
「ぎゃぁぁぁ!何!?」
必要な荷物をまとめるだけまとめて私はあのクソ家を飛び出し、ナイトメアに突撃してしていた。
私のいきなりの登場にユリアさんが驚いて普段なら聞けないような低い声を出す。
「…な、何…、咲良?いきなり大きな声出さないでよ…。このおバカ」
「すみません」
私の姿を見て苦笑いを浮かべているユリアさんに私は頭を下げて謝った。
驚かせようとは微塵も思っていませんでした。
「で?どうしたの?仕事復帰はまだ先でしょう?」
「そうなんですが実は…」
そこから私はユリアさんにいろいろオブラートに包んで家から飛び出してきたことを伝えた。
「あらあら。家出ねぇ」
「はい。もう帰りたくないんです。フルタイムで、いえ、ずっと終日働きます。住み込みでここに居させてください」
私の話を聞いた後、心配そうに私を見つめるユリアさんに私は真剣な顔で頭を下げ、お願いをする。
頼れるところがここしかない今、この提案を断られたくない。
「…おいで、咲良」
ユリアさんの返事を待っているとユリアさんは優しい笑顔で手を広げ私を呼んだ。
これは抱きしめてくれるということだろうか?
「…はい」
私はユリアさんに言われるがままユリアさんの元へ行きユリアさんに抱きしめられる。
「アンタここに来てずっと頑張っていたもんね。偉いわ」
「…」
ユリアさんに優しい声で労われて涙腺が緩む。
「いくらでもここに居なさい。従業員はアタシの家族。咲良もアタシの家族よ」
「…っ」
ユリアさんの言葉に私の瞳からついに涙が流れた。
「…あ、りがとう、ございます」
「ふふ、礼なんていらないわ。それにアタシ美少女には弱いの」
泣きながらユリアさんにお礼を言うとユリアさんは優しくそう言った。
ユリアさんの腕の中はとても暖かく優しい場所だった。