「人間界に帰りたいけどあんな奴らと良好な関係とか無理」
スマホ燃やされ事件から1週間が経った。
私は今もあの5兄弟の家には帰らず、5兄弟に会う可能性のある学院にも行かずナイトメアでせっせと毎日元気に働いている。
「んー。私はもうこのまま咲良が帰れなくてもいいかも。せっかく仲良くなれたのに離れるのは寂しいし」
バイトの合間の休憩中、いつものようにスタッフルームでミアに愚痴っているとミアはそんな私に愛らしい笑顔でそう答えた。
ああ、本当、天使だよ、天使。
悪魔だけど天使。
「…私も寂しいよ。でも帰りたいじゃん。ここはもう魔王に直談判して何とかしてもらおうかな…」
もう私が人間界へ帰る方法はそれしか思い浮かばない。
今までのことを全て伝えてどれだけ〝良好な関係を築く〟ことに無理があるのか理解をしてもらい、仕方ないと帰してもらうのだ。
無理です。無理ゲーです。と死ぬ気で伝える。
これに限るのでは?
「ご主人様!困ります!」
スタッフルーム外、フロアの方から慌てた様子のメイドの声とガタンっ!ガタンっ!と激しい物音が聞こえる。
お客さんが荒ぶって揉め事でも起きているのだろうか。
「うるせぇ!ここにいるのはわかってんだよ!」
騒がしいフロアの音を何となく聞いていると聞き覚えのある荒ぶった声が私の耳に入ってきた。
聞き覚えしかない荒ぶる声の持ち主に嫌な予感がする。
「居た!咲良!」
「…っ!」
逃げた方がいいのではと思った時にはもう遅かった。
スタッフルームの扉を無理矢理開けたエドガーとばっちり目が合ってしまった。
何でエドガーがここにいるんだ?
荒い足取りでエドガーがどんどん私に迫る。
そして私の手を強引に掴んだ。
「帰るぞ!」
「…は?」
エドガーがあまりにも真剣に冗談を言うので私は思わず眉間にしわを寄せる。
帰る?
「…何、言ってんの?冗談?面白くないよ?」
「あぁん?これが冗談に聞こえるのかよ!帰るぞ!」
「お望み通り出て行ったんですけど!?何で帰る必要があるのかなぁ!?」
エドガーに怒鳴られたので私も負けじと怒鳴る。
一度すごい勢いで怒ってしまっているので取り繕うとはもう思わない。
「…悪かったよ、やり過ぎた。だから帰ってきてくれ」
「…」
「…な?」
エドガーが本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げて、下から私を上目遣いで見上げる。
おそらく意識していないだろうが、あざとい表情の完成だ。
「…ね」
「ん?」
「しぃねぇ!Death!」
だがもちろん私はそんなことで許す気になどなれずシンプルな悪口をエドガーに浴びせた。
あまりにも予想外の言葉だったのだろう。エドガーは少しフリーズした後「はぁー!?」と先程のしおらしさが吹き飛ぶ勢いで叫んでいた。
「あーもう!うるせぇな!俺はお前の世話係だからお前を絶対連れて帰らねぇといけねぇんだよ!」
「ああ!この野郎!本音言っちゃってるじゃん!謝る気なかったじゃん!形だけ世話係じゃん!」
「うるせぇ!うるせぇ!うるせぇ!謝る気しかなかったわ!本当にやり過ぎたと思ってたわ!」
エドガーやっぱり謝る気ゼロだったか。
ちょっとだけ本心なのかも、て思ったじゃんか。
「とにかく!お前に拒否権はねぇ!帰るぞ!」
絶対に帰らないと主張している私をエドガーが手荒に荷物のように担ぐ。
「はぁ!?嫌!降ろして!クソ!クソッタレ!」
絶対に連れて帰られまいと必死で手足をバタつかせて抵抗するがエドガーはびくともしない。
「ミア!お願い!助けて!」
私の力では無理だと判断した私は近くにいたミアに助けを求めたがミアはただ笑顔でこちらを見ているだけだった。
「仲直りできてよかったね!咲良!」
「いや!」
眼科と耳鼻科に行くことをおすすめするぅー!
笑顔で私に手を振るミアにそうツッコミを入れたかったが悪口にもなりかねないので私はギリギリのところで黙った。
クソッタレー!
*****
ここ数日、5兄弟たちはずっと私を手分けして探していたらしい。
そうエドガーに強制連行されている時に聞かされた時は嘘だと思った。
だが、帰宅後、談話室のようなところへ連れて行かれた時、そこで5兄弟全員が私を待っていたので私はその言葉を半分くらい信じた。
…半分だけだ。
「咲良。すまなかった」
まず私に頭を下げたのはヘンリーだった。
真剣に申し訳なさそうに私に頭を下げるヘンリーにこれは幻覚かと疑いたくなる。
心からの謝罪に見えて仕方ない。
「人間である君の存在が本当は煩わしかった。だから魔界や俺たちに嫌気を感じさせて早く留学を辞退させたかったんだ。だがやり方が最悪だったよ。反省している」
「…」
ヘンリーの言葉にどうせそんなことだろうと思ったよ、と思ったがまさかここまで告白されるとは思わず内心私は動揺する。
「…ごめん。悪かった」
ヘンリーの謝罪が終わると今度はギャレットが私に頭を下げた。
「僕も反省してる。ごめんなさい」
次にクラウスが頭を下げる。
「俺も…。ごめん」
そして最後にはバッカスが私に頭を下げた。
この場にいる全員が私に頭を深々と下げている。
どこからどう見ても反省しているようにしか見えない。
…そっか。あんなに最悪だったのに反省しているのか。
「うるせぇ!謝れば済む問題じゃねぇんだよ!」
私は頭を下げる5兄弟全員にそう叫んだ。
大人の付き合いならここで「こちらも事情を知らず…」的な感じで和解へ持って行くのだろうがそんな気には到底なれない。
そもそもここへは無理矢理連れて来られた訳だしね!しかもエドガーは謝る気なかったし!
他の奴も何考えているかわかったもんじゃない!
「死ね!」
私は5兄弟に発言の隙さえ与えずそれだけ叫ぶとこの部屋から飛び出した。
*****
クソッタレ!
今日何度目かもわからないクソッタレ!を心の中で吐き捨てる。
私はあの部屋から飛び出た後、とりあえず自分の小屋に帰り、椅子に座っていた。
コンコンッと小屋の扉が控えめにノックされる。
「…」
誰だか知らないが無視だ。
コンコンッとまたノックされたが私は無視を貫く。
「…入るぞ」
すると私の無視を無視してヘンリーが私の小屋へ入ってきた。
「…何」
私は小屋へ入ってきたヘンリーをギロリと睨み付ける。
「兄弟を代表して謝罪させてくれ。本当に申し訳なかった。それからこれも」
私に睨まれながら頭を下げたヘンリーは私へあの時燃えたはずのスマホを渡す。
え?生きてたの、私のスマホ。
驚きながらもスマホを受け取る私にヘンリーは申し訳なそうに「本当は燃やしていなかったんだ」と言った。
悪魔め。
でもスマホが生きていてよかった。
「咲良、君が許してくれるまで何度でも言うよ。本当に申し訳なかった」
「…」
何も言わずずっと黙ったままの私にヘンリーが再び頭を下げる。
あー。もう。
「何度謝られても許さないものは許さないから」
私はついに耐えきれなくなり、ヘンリーを睨みながらそう言った。
「じゃあ俺たちはどうすれば?」
「…もう謝って来ないで。謝りたいならずっと心の中で謝って」
「…わかった。それで咲良の気が晴れるなら」
未だに怒っている私に真剣な表情でまたヘンリーが頭を下げる。
そして下から私を見上げた。
少しだけ。ほんの少しだけ真剣に謝っているのだと感じられた瞬間だった。