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第12話 悪魔たちの思惑と変化



あれから数日。

あれだけ怒っていた私だったが、時間が経てばその怒りも自然と収まり、もう落ち着いていた。

また私の怒りが落ち着いた理由には彼ら5兄弟のある変化もあってのことだった。


ある変化とは簡単に言うと彼ら5兄弟が私のことを完全には放置しなくなったことだ。


主に世話係らしいエドガーがなるべく私を1人にさせないようにどこへでも付いてくるようになり、エドガーの都合が合わない時は他の兄弟が私に付いた。


そのおかげで周りの学生たちは簡単には私に手出しができなくなり、上から泥水が降ることも、階段から突き落とされそうになることも、知らない人に袋叩きにされそうになることもなくなった。

たまに私物が被害に遭うがその程度だ。


最初こそ末代まで呪ってやるぞ、と5兄弟たちを恨めしく思っていた私だったが、今では変わっていた。

結局私は彼らと良好な関係を築くこと以外で人間界へ帰れる方法を知らない。

5兄弟たちがこれからも変わらず、今のままであるのならば、人間界へ帰る為にもなるべく穏便に過ごし、良好な関係を築く努力をした方がいいだろう。


5兄弟たちが何故急に変わったのかはわからないが、こちらにとっては非常に好都合な変化だったので、私は以前と同じように5兄弟たちと関わっていくことを心に決めていた。


そして心を入れ替えたのか知らないが、少しだけ変わった5兄弟たちを見てほんの少しだけ言いすぎたかも、と数日前の発言についても反省した。


ほんの少しだけだけど。

本当にほんの少しだけ。




*****




「やあ、咲良、久しぶりだね。変わりはないかな?」



私の目の前で魔王が優しく笑う。

魔界に来て以来、一度も会ったことも、姿さえも見たこともなかったこの薄情、二重人格魔王は今、5兄弟の家の応接室にいる。


10分前ほど前、いきなりヘンリーに呼ばれて応接室へ来た私にヘンリーは「あと10分後にテオ…魔王様が来る。咲良に会いたいらしい」と突然言ってきた。


そして今、目の前に幼い顔と尊大な態度がミスマッチしている美しい魔王がいる。




「…」



あ、なんかここ最近の大きな謎が一つ解けたかも。


魔王が私に会いたがっているから5兄弟たちは私を連れ戻して関係を回復できるように努めたのではないだろうか。

魔王に任されている人間を守るどころかいじめていましたなんて知られたら大変だから。


そう思う方が自然な気がする。




「…変わりはないですね」


「不便なことや困っていることは?」


「…ないです」




気持ち悪いほどいい笑顔を浮かべる魔王に私は何とかにっこりと笑い、答える。


ヘンリーさえいなければ全く笑わない、冷たい印象なのにヘンリーの前では穏やかで逆に怖い。




「…」




ふと魔王を見ていると私に笑いかける魔王の姿に何故か既視感を覚えた。


見覚えのある優しい笑顔。

前に会った時はそんなこと思わなかったのにどうして今はそう思うのだろう。


私の知り合いにこんなにも美しく愛らしい人なんていないのに。


美形に囲まれすぎて美しいものはみんな私のお知り合い的な病にでもかかっているのか?




「それはよかった。ヘンリーや兄弟とも順調か?」


「…」




私の答えを満足そうに聞いた後、引き続き私に問いかけてきた魔王の言葉に私は少しだけ黙る。


魔王はつまり人間界へ帰してやる条件の〝良好な関係を築く〟ことの現状を聞きたいのだろう。


…そんなもの最悪である。

いや、最悪であったの方が正しいか。


今現在は魔王訪問対策として普通だからな。


チラリとヘンリーの方を見ればヘンリーはいつもと変わらず微笑んでいるだけだった。

だがその目は笑っておらず『余計なことは言うなよ?』とその鋭い視線だけで私は釘を刺された。


余計なことなんて言うものか。

どんなに5兄弟たちと良好な関係を築けていなくても良好な関係を築けているフリをする。

それが帰れる条件なのだから。




「順調ですよ。皆さん私によくしてくれます」


「そうか。君に関する悪い噂を聞いてね。心配していたがヘンリーたちがついているのなら大丈夫だろう」




笑顔の仮面をつけて魔王に笑うと魔王は変わりなく満足そうにしていた。




「…だから言っただろう。こちらに抜かりはない。仮にも君からの客人だ。丁寧に扱うさ」


「それもそうだな」



魔王ー!ヘンリーは嘘を吐いてます!



呆れたように笑うヘンリーの態度に思わず魔王に数日前までのヘンリーを含む兄弟たちの悪行の数々を告発したい気持ちを抑える。


しかもアンタが聞いた悪い噂の黒幕多分5兄弟!多分ヘンリー!アンタの右腕!


やはり魔王訪問対策の為に私への態度を改めたことが今の会話でなんとなくわかった。




「…すみません、魔王様」


「ん?どうした?」




少しくらい文句を言ってやろう。

そう思った私はヘンリーと話をしていた魔王に声をかける。




「確かに兄弟の皆さんはよくしてくれます。ですが兄弟の皆さん以外はそうではありません」




私が静かな声でそう言うと魔王とヘンリーの間に流れていたにこやかな空気が変わった。

魔王からもヘンリーからも笑顔が消える。




「学院ではいじめのようなものに遭っています。ここでの料理は料理長が気を利かせて人間界の様々な料理を出してくださいますが、先日は人間には猛毒のスパイスが入っていたせいで酷い目に遭いました。正直兄弟たちがいなければ怖くて1人で生活ができないのが現状です」




しおらしく眉をひそめて私は不安げにそう魔王に訴える。

少々しか嘘はついていない。ほぼ何も知らないフリをした私からの意見だ。




「…それは辛い思いをしたね。学院に通う悪魔たち…特に咲良たちが通う基礎コースの悪魔たちは初めて学院に通う若い悪魔たちだ。異種族の君を排除したかったのだろう。ここの料理人の不始末は…どのように対処した?ヘンリー」


「料理人についてはすでに処分をした。悪意がなかったとはいえ、大事なテオからの客人に毒を盛ったのだからな」


「そうか…。学院の生徒たちへの今後の対応は?」


「咲良の身の安全が第一だ。今後も引き続き1人にはしないようにし、学院の生徒たちには人間に理解を示すように話をつける。最悪の場合は俺自ら見せしめを」


「ヘンリー、すぐに手を打つように」


「ああ」




魔王とヘンリーの職務的な淡々とした会話を聞いて学院の生徒たちや料理長に私は思いを馳せる。


これでいろいろ解決しそうだが、学院の生徒も料理長も少しだけ可哀想だ。

彼、彼女らはおそらくヘンリーたちの指示で動いていたのだろうから。




「咲良、これで安心だろう?引き続きこちらでの留学生活を楽しんでくれ」


「…あ、はい」




にっこりと笑う魔王に私は苦笑いを浮かべた。





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