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第13話 深夜強欲ギャンブラーと遭遇する




学院でのいじめのようなものが本格的になくなり、食堂の私の席に普通の料理が並び出して早、1ヶ月。


こちらに来てもうすぐ2ヶ月だ。

5兄弟たちとの関係は普通で、可もなく不可もなく。魔王の突然の訪問のこともあり、5兄弟たちは明らかな嫌悪感を私には向けなくなった。

食堂で出される食べ物もどれも豪華で美味しそうだが、毒を盛られたことがどうしてもトラウマで未だに口を付けていない。


代わりに自分で食材を買って小屋の小さなキッチンで料理を作ったり、ナイトメアの賄いを頂いている日々だ。


小屋の周りにはたくさんの自然豊かな土地があるので近々人間界からお取り寄せした畑の土や苗で家庭菜園もする予定である。


その為にも私はユリアさんにお願いして、時給が上がる深夜帯にもシフトを入れてもらい、一生懸命深夜まで働いていた。


今の時刻は0時。

この歳で0時まで動き続けることは少々大変だが夢の家庭菜園計画の為に頑張るしかないだろう。


朝でも夜でも太陽が昇らない、暗い魔界の街をふらふらになって歩いて帰る。

社畜の記憶が蘇る。




「くっそ!待ちやがれ!」


「逃げんじゃねぇ!」




街のどこからか数人の怒声が聞こえてくる。

そうそう。

深夜の街ってこういう治安の悪い声も聞こえてくるんだよね。

人間界も魔界もそこは同じみたいだ。




「待て!エドガー・ハワード!」


「…」




怒声の中から明らかに聞き覚えのある名前が聞こえ、思わず立ち止まり、声の方を見てみる。


すると…




「待てって言われて待つやつがいるかよ!」




と言いながらたくさんの人を引き連れて全力疾走をするエドガーの姿が私の目に入った。


アイツ、何やってんだ。




「あ?咲良?お前!こんな時間に何してんだよ!」


「それはこっちのセリフな」




追われていたエドガーが私に気づき、驚いた表情を浮かべているが、こちらだって驚いている。


むしろ驚いた目で見られる立場なのはそっちだろう。




「賭場で大負けしたんだよ!もう手持ちがねぇ!だから逃げてんだ!」


「サイテー」




冷めた目でエドガーを見れば「戦略的撤退だ!素晴らしいと言え!」と言っていたがますます私の中でエドガーの株が落ちた余計な一言だった。




「どのくらい負けたの?」




はあ、と大きなため息をついたあとカバンから自分の財布を出す。


ここへ来て2ヶ月。

家賃等払う義務もなく食費と必需品を最低限しか買っていない私にはそれなりに金がある。


深夜帯のシフトも入っているしある程度なら肩代わりできるはずだ。




「まさかお前…。神様かよ!いや!魔王様!いや!咲良様!」




私が何をしようとしているのか勘づいたエドガーが目を輝かせて私を見つめた。




「1億ペールだ!」


「は?」




1億?


ここ魔界での通貨はペール。

日本の1円=魔界の1ペール。


つまり1億円。


そんな金ある訳ない。




「大バカ者!そんな金ある訳ないでしょ!?なんでそんなことになってんの!?」


「はぁぁあ!?ねぇのかよ!期待させんなよ!」


「普通に考えてあるかー!」




あり得ない負け額にエドガーに叫ぶとエドガーは先程私へ向けていた表情が嘘かのようにひどく落胆した表情を私に向けた。




「やっと追いついたぞ!エドガー・ハワード!」




エドガーと言い合っているといつの間にかエドガーを追いかけていた怒声集団たちが私たちのすぐ後ろに来ていた。


最悪だ。




「さあ、1億きっちり返してもらおうか」


「…っ、だからこの黄金で…」


「お前の出す黄金は大体お前のギフトの偽物だろう!何度次の日には黄金ではなくなって損したと思っている!」




エドガーに迫る怒声集団たちにエドガーは自身の懐から大きな純金の塊を出すが怒声集団はそれを受け取ろうとしない。


ギフト…また出た。


ここでの生活でよく耳にするギフトという言葉。

よくないものだろうと思っていたが、ちょっとその方向性がよくわからない。


まぁ、つまりは意味がわからない。




「ねぇ、エドガー」




今聞くことではないことはわかっている。

だが何故かこの日はすごく気になって小声でエドガーに声をかけた。




「ギフトって何?」


「あぁ!?今聞くかそれ!?」




私の質問に驚いて思わずエドガーが大きな声を出す。


うるさいが仕方ない。

質問のタイミングが最悪なのは重々理解しているつもりだ。




「助けてあげるから話して」


「お前金ねぇんだろ?」


「ないけど考えはあるから」




引き続きエドガーに聞けばエドガーは1人「うーん」と唸り出した。




「わかった。お前に賭けるわ」




そして少し唸った後エドガーはそう言った。




「ギフトっつうのは一部の悪魔のみが使える能力だ。先天性のもので悪魔によって使える力や使う為の条件が違う。俺のギフトは右手で触れたものを純度100の黄金に変えられるものだ」




エドガーにしてはわかりやすいギフトについての説明が終わる。

するとエドガーは自ら怒声集団の元へ行き、1人の肩に自身の右手を置いた。




「エドガー!や、やめろ!うわぁ!」




エドガーに触れられた男の肩からどんどん男は金色に染まっていく。

叫びながら徐々に黄金に変わり固まっていく様は色がいいだけのホラーそのものだった。




「これが俺様、エドガー様のギフトだ!すげぇだろ!」




叫びながら固まってしまった男の横でエドガーはそう言って私に誇らしげに笑っているが、私はドン引きだ。


え?殺しちゃったの?




「…死んでないよね?」




お願い希望を持たせて。




「死んでねぇよ。24時間後には元に戻る。それが俺のギフトの残念な点だからな」


「…いや、いい点だよ。死んでなくてよかった」




残念そうにホラー黄金を見ているエドガーに私は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でツッコミを入れた。


でも24時間純金にされるっていい気分ではないよね。  




「まあ、元に戻すけどな」




げっそりとしている私にそう言ったエドガーはもう一度右手でホラー黄金に触れる。

するとエドガーが触れた場所から徐々に男の人の体は元に戻っていった。




「エ、エドガー、お前…」


「悪りぃ悪りぃ。コイツがギフトについて知りたがっていたからな」




黄金から元の体に戻った男の人がエドガーを睨む。エドガーはそんな男の人にあろうことか今のは私の所為だと主張しやがった。


おい!ギフトのことは確かに聞いたけど人を黄金にしろとまでは言っていないぞ!

私は元凶じゃない!




「で?エドガー・ハワード。今日で1億ペール、それから今までの付けも合わせたら軽く10億ペールは超えるがどうするんだ?今払えないのならその体を売り捌くぞ」


「…」




おいおいおいおーい!

話が違うじゃねぇーか!1億どころの騒ぎじゃねぇ!


10億って!


あまりにもぶっ飛んだ話にエドガーを睨めばエドガーは戯けたようにただ笑っていた。


この男!

顔がいいだけのクズ!


エドガーが私に目で訴えている。

『お前が何とかするって言ったんじゃねぇか』と。


仕方ない。

乗りかかった船。もう無理とは言えない状況だ。




「私がその負け額を払います。私を賭場に連れて行ってください」


「…お嬢ちゃんが?お金はあるのかい?」


「今は手元に20万です」


「話にならないね。それじゃあほんの一部もいいところだ。…まさかその額を元手に勝とうっていうのかい?」




私の大真面目な発言に怒声集団が無理だと笑う。




「…いえ。私の体も賭けます。それで10億返します」


「はぁ!?」




私は怒声集団に変わらず大真面目にそう言った。

すると何故かエドガーがありえないと言いたげに叫んだ。


何故、エドガーが驚いているんだ。




「お前!ここでの体を賭ける意味わかってんのか!まず負けたら生き地獄を見るぞ!」


「…へぇ。それは怖いね」


「だろうが!だから今のは訂正しろ!」




私の両肩を掴んで怒っている様子のエドガーに私は苦笑いを浮かべる。


生き地獄とか嫌だがもうそれしか方法がないのだから仕方ない。

女に二言はないのだ。




「私は若くて自分で言うのもなんですけど綺麗な方です。病気や疾患もなく健康です。おいくらになりそうです?」




私はエドガーの手を払い除けて怒声集団の前に立つ。




「度胸のある女は好きだぜ。人間で若いだけで十分に価値がある。部分販売もできるが愛玩としても売れるだろう。そうだな1億でどうだ」


「なるほど。ですが愛玩で売れるのでしたらもう少し額が上がってもよろしいかと。それだけの価値が私にはあります」


「…面白い。では1億8000万だ。これ以上は上げられない」


「わかりました。それでお願いします」




交渉成立だ。

怒声集団も私も満足げに笑い合っていた。


ただ1人エドガーを除いて。



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