そこからの彼らは本当に早かった。
欲望に忠実すぎていずれ魔界を滅ぼす5兄弟と予言で言われてしまうだけあるステップワークだった。
ヘンリーのあの一言により、誰一人その場から居なくなったのだ。
己の欲望を楽しむ為に。
全員速攻で居なくなるなんて!
どうしたらいいのさ!
何をしたらいいのかわからなかったので、とりあえず私は各兄弟たちの様子でも見に行くことにした。
「うらぁ!全額ベッド!」
まず最初に見つけたのはルーレットで荒稼ぎをしている様子のエドガーだった。
「あはははっ!笑いが止まらねぇな!」
両手に札束を持ってバッサバッサと投げまくっているエドガーに近づく。
「お?咲良!」
するとエドガーはそんな私に気づき、声をかけてきた。
「すごいぜ!咲良!ここなら咲良がいなくても必ず勝てる!金がクソほど手に入るぜ!おら!この前からずっと借りていた金!倍で返すわ!」
高笑いするエドガーが私に大量の札束を渡す。
「ここで渡されても困るから!現実世界には持って帰れないでしょ!現実で返してよね!」
「はぁ?お堅いこと言うなよ!そうだ!今ならこの有り余る金で札束のプールにでも入れるんじゃね!?」
札束を突き返す私を最初こそつまらなそうに見ていたエドガーだったが、その顔はすぐにわくわく顔に変わった。
札束のプール…そんなthe欲望みたいなことよく思い付くな。
ある意味その欲望への忠実さに感心していると辺りはカジノからだだっ広い豪華なプールへと変わった。
プールの上には下の水が見えないほどのお札とアクセント的な赤い薔薇が浮いている。
あ、悪趣味。
本物ではないとわかっていてももったいなくて仕方ない。
「咲良!入ろうぜ!」
いつの間にか水着になっていたエドガーに手を引かれて私は札束プールへとダイブさせられた。
いや、ちょっと待って。
「な、な、な、何これ!?」
プールから出ている上半身を凝視して、私は思わず叫んでしまう。
何故か私の格好が扇情的な布面積が少なすぎる黒いビキニになっていたからだ。
一体いつの間にこんな格好になったんだ!
私の胸は平均…いや下手したら平均以下の慎ましいものだ。
こんな格好もちろんしたことないし、何より貧相さが目立って仕方ない。
いじめだ!いじめ!いじめ!
「俺好みのビキニだわ、それ」
恥ずかしさで死にそうになっているとエドガーはそんな私をニヤニヤと笑いながら見つめてきた。
お前の趣味か!
どこまでも教科書のような欲望観ですね!
「…」
「…何よ」
じーっといきなり黙って私を見続けるエドガーを私は睨みつける。
聞かなくても失礼なことを考えていることはわかるが一応聞いてみた。
「いや、思っている以上にお前が貧相だったからさ。普段もっと胸あるよな?」
ほら、ね。
大真面目な顔をしているエドガーに殺意が湧く。
「…寄せて上げてるの。女舐めんな」
殴りかかりたい気持ちを抑えて私は何とかエドガーにそう言った。
「色気ねぇ。本当に成人してんのか?」
「…してるわ!バカやろう!」
やはり我慢できなかった。
失礼なエドガーに私の右ストレートが反射的に発動される。
だが、その右ストレートは、パシッとエドガーに受け止められたことによって炸裂することはなかった。
この野郎!
「色気ねぇけどすんげぇそそられるわ、今の咲良」
「…はぁ!?」
よく見ると頬を少しだけ赤く染めているエドガーが肉食獣のような目で私を見ている。そんなエドガーに私はまた違う意味で恥ずかしくなり、エドガーからさっさと離れた。
ドキドキしすぎて心臓が痛い。
プールの水で濡れている半裸のイケメンに頬染められてあんな目で見られたら誰だって心臓が破裂する。
例外などないはずだ!
「目ぇ覚ましなさい!」
これは自分にも言っているのだが、エドガーにそう言って、私は思いっきりお札の水をエドガーにかけた。
バシャッ!と結構な勢いでエドガーにお札とバラと水がかかる。
「…やったな?咲良」
ゆらりと怒りのオーラを纏っているエドガーがこちらを睨んだ。
「おら!これでも食いやがれ!」
バシャア!と今度はエドガーが大量のお札の水を私にかける。
「な!かけすぎだから!おら!」
バシャ!
「へ!ひ弱な人間が俺様に勝とうなんざ笑えるな!」
バシャ!
お互いにお札の水を掛け合う。
最初こそやられたらやり返す精神でやっていたがすぐにそういう遊びへと変わった。
案外楽しかった。
*****
エドガーと不覚にも欲望プールで遊び尽くした後、私はエドガーと別れ、他の兄弟たちの様子を見に行くことにした。
ちなみに服装はもう普通の服だ。
ここは欲望を叶える世界…つまり自分の願いを叶える世界なので服装を変えるのも願いさえすれば自由自在なようだった。
プールから先程の煌びやかなカジノへと場所が戻る。
誰かいないかとキョロキョロしながら歩いていると大量の食べ物が並べられた大きな机の前でご飯を永遠と食べ続けているバッカスを見つけた。
いつもよく食べているバッカスだが、今日は一段と食べまくっているように見える。
「咲良」
バッカスに近づくとバッカスはどこか嬉しそうな表情になり私の名前を呼んだ。
「こっち来て。一緒にご飯食べよう」
「うん」
バッカスに呼ばれてバッカスの隣に座ろうとする。
すると私の格好は今度はクラシカルなメイド服へと変わった。
なんで?
思わぬコスプレに恥ずかしくて普通の服装に戻そうとするが全く戻る気配がない。
「…可愛いな、咲良。メイド服似合ってる」
頬を染めて満足そうに私を見つめているバッカスこそが、私を今こんな格好にしている犯人に違いない。
バッカスの願いの方が強かったので、私の願いが跳ね除けられたのだろう。
エドガーの時ほどとんでもない格好ではないので恥ずかしかったが私はメイド服を受け入れることにした。
「ご飯美味しい?」
バッカスの隣に座りながら私はバッカスに質問をする。
「うまい。俺が望めばどんな料理も出てくる。咲良の料理も出てくる」
「へぇ。じゃあ私も何か頼もうかな。魔界では食べられない料理とか」
例えばもうずっと食べられていないお母さんの手料理とかどうだろう。
バッカスに言われて今食べたいお母さんの手料理、一番好きだったカレーを思い浮かべると私の目の前の机に懐かしい食器に盛られたお母さんのカレーと同じ見た目のカレーが現れた。
「すご…」
本当に現れたリアルなお母さんのカレーに私は思わず感動した。
早速スプーンを手に持ち、カレーをすくって口の中に入れる。
「…っ」
お母さんの味だ。
懐かしい、何一つ変わっていない、大好きな味。
本当に懐かしい。
「ご飯は美味い。けど咲良と食べた方がもっと美味い。だから咲良を待ってた」
お母さんのカレーを味わっていると普段は無表情なバッカスがそれはそれは嬉しそうに一瞬だけ私に微笑んだ。
反則級の美しい笑顔である。
「…咲良と一緒に居たかったみたいだ。ここにいて気付けた」
バッカスの表情はもう無表情に戻っているが、その瞳は真剣なものだった。
「そっか…」
おい、バッカスよ。
それは事情を知らない人からしたら告白だと思うぞ。
いや?告白なのか?これは?
いやいや、ないない。
バッカスが告白なんてあり得ない。
バッカスが告白するなら相手はご飯だ。間違えるな。
バッカスの言葉に心の中の私が忙しくバッカスの気持ちを考察する。
バッカスは本当に本音がわかりづらいのでよく考えて接さなければならない。
勘違い女をたくさん生産するタイプだと思う。
「腹が壊れるまで一緒に食べ尽くそう」
「そうだね、やってやんよ!」
嬉しそうに私にそう言ったバッカスに私も笑顔でそう答えた。
その後、私の前に現れた数々の私が食べたかったメニューたちを私は時間を忘れてバッカスと一緒に夢中になって食べた。
また楽しい時間を過ごしてしまった。