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第26話 アニメ鑑賞と女と酒




バッカスと食事をしていて気づいたことがある。

それはここでは食べても食べてもお腹がいっぱいにならない、ということだ。

だが、お腹がいっぱいにならなくても、気持ち的にはさすがにずっとは食べ続けたいとは思えない。 


ある程度で納得した私はバッカスと別れ、引き続き他の兄弟たちの様子を見に行くことにした。




「…」




カジノ内をしばらく歩いていると、〝立ち入り禁止!byギャレット〟と書かれた紙が貼られた扉を見つけたので、私はそこで足を止めた。


ここにギャレットがいることは確実だ。




「ギャレットー。咲良だけど。入るよ?」




〝立ち入り禁止〟とあるが、特に気にせずノックを一応して扉を開けてみる。


するとそこにはカジノではなく、大きなスクーンとベッドに見間違えるほど大きなソファのある、誰かの部屋のような落ち着きのある空間が広がっていた。


ギャレットはその大きなソファに腰掛けスクリーンで何かを見ていた。




「咲良?」




扉を開けた私に気が付いたギャレットが不思議そうに私を見る。

それと同時に私の格好がまた別ものへと変わった。


セーラー服だ。

コスプレ第2弾である。


恥ずかしいが制服コスプレならここ半年ほど学院でしているのでそこまでの恥ずかしさはない。

むしろ新鮮さの方がある。




「え!…嘘、萌え。ちょっと「ギャレット!早くしてよ!私まで遅刻しちゃうじゃない!」てツンデレ幼馴染っぽく言って」




ギャレットは突然格好が変わった私を凝視した後、捲し立てるようにそう言った。


普通に嫌なんだけど。




「お断りします」


「…待って。その格好でその表情は何言ってもくるわ。萌える」




心底嫌そうにだが、丁寧に頭を下げる私を頬を赤くして惚けたようにギャレットが見つめる。


…楽しそうで何よりです。




「ギャレットはここで何見ていたの?」




ギャレットの〝欲望〟の内容が気になり、スクリーンの方を見てみるとそこには大きくらぶ☆さばの映像が流れていた。




「…ん?」




だが、その流れている映像には違和感があった。




「…」




その違和感が何なのか探るためにじーっとスクリーンを見つめる。


…見たことがないシーンだ。


数秒映像を見続けて私はそれに気が付いた。


らぶ☆さばの映像化されたものは全て見ているので〝見たことがないシーン〟などあるはずがない。

私はギャレットに認められたらぶ☆さばのオタクで同志だ。

おまけにギャレットとの関係がなくてもらぶ☆さばのちゃんとしたファン。


そんな私の見たことのない映像が今目の前で流れているおかしな現象に私は首を傾げた。


この映像は何?




「フッフッフッ、咲良、気が付いた?」




混乱している私にギャレットは嬉しそうにニヤリと笑う。




「これまだ制作されていないあの最新映画のあとのらぶ☆さば。らぶ☆さばのシーズン4だよ。しかも原作通りの神制作、神作画」


「…っ!!!!ええ!!?」



うっそ!!!???



ギャレットの言葉に私は驚きのあまり大きく目を見開き、叫んだ。


ずっとあの映画の先が気になっていた。

気になりすぎてギャレットに原作の漫画を借りて読んだこともある。


そのまだ映像化されていない原作が映像化されたシーズン4だと!?




「一緒に見るでしょ?咲良」


「見る見る見る!」




手招きでギャレットに呼ばれて私はギャレットの横にダイブするように飛び込んで座った。




「これ絶対咲良喜ぶと思ってたんだよね。俺5話まで見たけどもう一度最初から見てもいいよ」


「本当!?ありがとう、ギャレット!」


「…かわいい」




珍しくバカにするような笑い方ではなく、優しい笑みを浮かべるギャレットに私は嬉しくて笑顔でお礼を言った。


そんな私を見てギャレットが何やら呟いていたがよく聞こえなかった。


こうしてらぶ☆さばシーズン4鑑賞会が始まった。




*****




ギャレットとらぶ☆さばのシーズン4全12話を一気に見た後、私はギャレットと別れ、まだ会っていないクラウスかヘンリーの様子でも見に行くことにした。


ギャレットとの鑑賞会はすごく面白かったし、最高の時間を過ごせた。




「…」




それにしても楽しい。

不覚にもこの欲望の世界を私自身も心から楽しんでいる。


エドガーとの欲望プールに、バッカスとの無限食べ放題、それからギャレットとらぶ☆さば最新アニメ鑑賞会。


どれもこれも時間を忘れさせるほど楽しい体験だった。


おまけにここはお腹が空かないだけではなく、疲れもしないようだ。

ここへ来ておそらく24時間以上は経っていそうだが、疲れどころか眠気さえも感じない。


これなら永遠と己の欲を満たし続けられる。


カジノ内を歩いているといつの間にかカジノの煌びやかさがなくりなり、落ち着いた雰囲気の淡い光が広がる薄暗い場所へ来ていた。


そしてそこにはおしゃれで大きなソファに腰掛けるクラウスとそんなクラウスを囲みまくっている美女、美少女たちの集団があった。




「クラウスぅ、やっぱりクラウスが一番美しいわ」


「ああ、もっと私に微笑んで、もっと私に触れてぇ」


「私の全部をあなたに捧げるわぁ」




うっとりとした表情で美女、美少女たちはクラウスを見つめ、クラウスを称える言葉を口々に言っている。


彼女たちの格好は皆、とても扇情的なドレスだった。

胸元や背中がぱっくりと開いているものやパンツが見えそうなほど短い丈のものなど見ているこっちが恥ずかしくなるようなドレスに身を包む彼女たち。


あの集団に近づいたらおそらく私もあの扇情的ドレスの刑に処される。

それだけは絶対に嫌だ。




「ああ、愛らしい僕の子猫ちゃんたち。もっと僕の為に鳴いて?」




歯の浮くような甘い台詞を言っているクラウスに見つからないように私は自分の存在感を消してさっさとその場を後にしようとした。


したのだが。




「あれ?咲良?」




クラウスに見つかってしまった為それは叶わなかった。




「こっちにおいでよ、咲良。一緒に呑もう?」




にこにこと甘い笑みを浮かべているクラウスの誘いを断りたいが、クラウスとはまだ契約を結べていない。


苦手だが良好な関係を築くことが契約への第一歩なのだ。




「…ありがとうございます、ぜひ」




にっこりとクラウスに微笑む。

気分は気が全く進まない取引先との断れない飲み会にお呼ばれした時のものだった。


ああ、気が重い。


クラウスの横に座ると私の格好がまた変わった。

本日4度目の衣装チェンジだ。

予想通りここにいる美女、美少女たちと同じような扇情的なドレスが私の身を包んでいた。胸元は開いていないが背中はパックリと開いており、何よりも脚の露出がすごいドレスだ。

パンツが見えそうなほど短い丈のドレスにパンツがポロリしないように意識して私は足を閉じた。




「普段はなかなか見られない格好だね。綺麗だよ」


「…はは、足元が心許ないからもうちょっと丈なんとかしてくれます?」


「…えー?こんな綺麗な足見せないともったいないよ?」




苦笑いを浮かべる私に、ふふ、と怪しげに笑い、クラウスは自身の手を私の太ももと太ももの間にするりと滑り込ませる。


セ、セクハラを受けております。

取引先の…じゃなくてクラウスからセクハラを受けております。


社会人咲良、ここは穏やかにやんわりいくのよ。

相手の気を悪くせず、かつ、この場を切り抜ける為には…




「…クラウス、あと5秒以内にその手を退けなければ殴るよ。その綺麗な顔の真ん中にある綺麗な鼻をへし折る勢いで」




違う。これじゃない。


微笑んでいる私から発せられる冷たい声に私は心の中で頭を抱えた。


本当はこんな脅すようなこと言いたくなかった。

これから良好な関係を築かなければならない相手に。

反射的に出てしまった脅しだった。




「それは嫌だなぁ」




私の笑顔の脅しにクラウスはヘラヘラと気にした様子もなく笑い、すぐにその手を退ける。

意外と相手が本気で嫌がることは続けないタイプのようだ。




「さ、気を取り直して。お酒飲もっか。咲良はお酒は飲める方?」


「んー、普通かな。あー、でも苦いのは苦手」


「なるほど。じゃあこれ何かはどうかな?」




にっこりと笑うクラウスが私におすすめのお酒を教えてくれる。


私はクラウスに勧められたお酒をとりあえず呑むことにした。


そしてそこからずっとクラウスと一緒にお酒を呑んだ。

クラウスの勧めてくれるお酒はどれも飲みやすく、また一緒にお酒を楽しんでいたクラウスはさすが遊び人だけあって私を全然飽きさせない話術を披露してくれた。


お酒を鬼のように呑み続けたが潰れない。

普通だったらゲロの一つでも吐きそうな勢いで呑んだはずなのにずっと体調がいい上にほろ酔い状態にしかならない。


全く酔わない訳ではないが、どんなに呑んでも程よい状態のままだった。


まあ、ここではお腹いっぱいにもならないし、お酒も欲望を満たす為にこんな仕様になっているのだろう。


いつまでもケロッとしている私に「えー。普通の子ならもう潰れるはずなのにつまんない」とクラウスは言っていた。


コイツ、呑ませるだけ呑まして好き勝手しようとしていたのか。

魔界へ帰ったら絶対にクラウスとは呑まないか、気をつけながら呑むようにしなければ。


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