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第27話 禁書の山と…それから?




クラウスと楽しくお酒を呑んだ後、私はクラウスと別れてヘンリーを探し始めた。


ここで出会っていないのは後はヘンリーだけだ。

ヘンリーは一体どんな欲望を楽しんでいるのだろうか。

5兄弟の中で一番想像がつかない。


ヘンリーを探して歩き続けていると今度はたくさんの本が並べられた本棚がある図書館のような場所を見つけた。


気になって近づくとそこには座り心地の良さそうな大きな椅子に腰掛けて読書をしているヘンリーの姿があった。


ヘンリーの欲望って本を読むことなの?


他の兄弟たちと比べて随分慎ましい欲望に拍子抜けする。




「…咲良?」




本棚の後ろからヘンリーを見ているとそんな私を不思議そうにヘンリーが見つめてきた。


そしてそれと同時に私の格好がまた変わった。

今度の私の格好は体のラインがよくわかるシャツとタイトスカートで、セクシーなキャリアウーマンな格好になっていた。


制服よりも年相応で、ドレスや水着よりも露出も少なく、メイド服のような気恥ずかしさもない。

魔界へ来る前までしていた服装の延長のようなものでどこか懐かしささえあった。


まあ、こんなに体のラインが出るようなセクシーな格好なんてしていなかったけど。


これがヘンリーの好みなのか。




「…ほう。これも本の力だな。よく似合っている」




突然格好が変わった私を興味深そうに頭からつま先までよく見てヘンリーは薄く笑う。




「ありがとう」




私はそんなヘンリーの社交辞令を適当に流してにっこりと笑ってみせた。




「ヘンリーは今何を読んでいるの?」


「ああ、これか」




私の格好の変化よりも優先したいのはヘンリーが今読んでいるものだ。


興味津々でヘンリーに問いかけるとヘンリーは楽しそうに笑った。

それはそれはすごく悪そうな笑顔で。




「これは禁書だ。魔界では危険すぎて破棄されたと記録されている代物。普通なら手に取ることさえも叶わないだろう」


「…え」




ヘンリーの返答に私は思わず表情を引き攣らせた。


数分前の私よ、他の兄弟たちと比べて随分慎ましい欲望、とか思っている場合じゃないぞ。

全然慎ましくないぞ。

危険な香りがする。




「…まさかだけどそこにある本も」


「ああ、禁書だな」


「…」




ヘンリーの横にある机に山積みにされた本たちもヘンリー曰く禁書らしい。




「この禁書に書かれている内容はどれも強力でその分危険だが非常に興味深い。この情報さえあれば魔界を支配するのも容易いだろう」




…違います。アナタは魔界を支配するのではなく、滅ぼすと言われているんですよ、予言で。


楽しそうに笑うヘンリーに私は苦笑いを浮かべ、心の中でツッコミを入れた。




「咲良はもう自分の欲望は満喫してきたのか?」


「え?私?」




パタン、と本を閉じてヘンリーが興味深そうに私を見つめる。

そこで私は初めて自分の欲望について考えた。


そういえばみんなの様子を見に行くことだけを考えていた為、自分の欲望はまだ見ていない。




「その様子だとまだか」


「うん。みんなのことの方が気になって自分のことまで頭回ってなかった」




私の欲望か。

エドガーのようにお金を求める…かな。それともバッカスのように食事か、ギャレットのように趣味か。

クラウスのようにお酒でも悪くはない。

ヘンリーのように知識を手に入れることもいいだろう。




「どうすれば私もみんなみたいに欲望を形にできるのかな?」




そのチャンスはいくらでもあったはずなのに未だに一度も自分の欲望は現れていない。

なのでその方法を知っていそうな目の前にいるヘンリーにその答えを求めてみた。




「…おそらく咲良の今ここまでの欲望…いや願いは誰かの欲望を見ることだったのだろう。それをただ自分の欲望を優先してしまえば自分の欲望が現れるんじゃないか?」


「なるほど」




さすがヘンリー。

すぐに返ってきたわかりやすいヘンリーの解答に心の中でスタンディングオベーションだ。




「…よし!ちょっと自分の欲望を探してくる!ありがとう!ヘンリー!」




私自身の欲望が気になり、いてもたってもいられなくなった私はヘンリーにお礼を言うとその場を後にした。


いざ!自分自身の欲望へ!




*****




私の欲望、欲望、欲望。


ヘンリーと別れて、私は頭の中でそう連呼してただただ歩き続けた。

するとヘンリーが言っていた通りに私の欲望がついに現れた。




「咲良!今日の飲み会楽しみだね!」




私の目の前で大学時代の友人が楽しそうに笑っている。


…これが私の欲望?




「?」




今まで見てきた兄弟たちの欲望とは様子が違うことに違和感を覚え、状況を確認しようと周りを見渡せば、そこは私が数年前まで通っていた大学の講義室内だった。


え?つまり私は今大学生なのか?




「咲良~?何ぼーっとしてんの?今日の飲み会咲良も楽しみにしてたじゃん!憧れの王子様、佐藤先輩も来るってさ!」


「…ああ、うん」




いつまでも返事をしない私を不思議そうに見つめる懐かしい少しだけ幼い友人に私は何とか返事をする。


懐かしい。

当時の私はこうやってたまにある飲み会に参加して、そこに憧れの先輩が来ては毎回友だちとキャーキャー騒いでたっけ。


社会人ほどの経済力はなくても時間はあり、バイトで稼いだお金でたまに思いっきり遊ぶ、毎日大学に行けば仲の良い友人と会える環境で自由に気ままに楽しく過ごしていた。


そんな大学時代に帰りたいと社会人になってから何度も思っていたことを私は思い出した。


これが私の欲望なのか。




*****




それから私は自分でも驚くほどこの実在しない大学生活を楽しんだ。


あの時と同じように大学へ通い、遊ぶ日々。

お金はあるのでバイトはせず、ただただ遊ぶ。


私の欲望なので憧れていた先輩が私を気にかけてくれる、なんてこともあった。


全てが思い通りで完璧な日々。


ああ、これは帰りたくなくなるな。

そう思える日々だった。




「いーや!目を覚ませ!」




友人と喉が潰れそうなほどカラオケを楽しみ、別れたところで私は自分の頬を両手で叩いた。


さすがに長居しすぎた。

いや、楽しいし何より充実していたのでつい。




「目ぇ覚せ!私!」




私の本来の目的なんだ。

ここで永遠に幸せに過ごすことじゃないはずだ。


ここは確かに楽しいが所詮作られたものに過ぎない。


私は帰りたい。

まずはここから帰って、それから人間界に。


ここは私の帰る場所じゃない!




「咲良?どうしたの?明日も同じ講義受けるよね?」


「咲良ちゃん。明日の夕方から空いてる?よかったらお茶でもしない?」




欲望を振り払おうとしている私の前に友人と憧れの先輩が現れる。


何て魅力的な存在だ。

それでも彼らも私の欲望が生み出した何でもない存在なのだ。




「…ごめん!2人とも!ここじゃない現実世界で会おう!」



先輩は普通に無理だけど!




私は欲望の塊である2人にそう言って逃げるように走り出した。



帰ろう。

魔界へ。そして人間界へ。




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