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第42話 消された記憶






「エドガー…」


「…咲良っ、お前!」




彼の名前…おそらくエドガーの名前を口に出してみると、目の前の男は驚いたように顔を上げた。


彼の名前はエドガーだ。

それだけは何故だかはっきりとわかる。




「記憶が戻ったのか!?俺が誰だかわかってんのか!?」


「…エドガーだよね。でもごめん。それ以上は…」




信じられないものでも見るような目で、嬉しそうに私を見るエドガーだが、彼のことは名前しかわからないので、じわじわと申し訳なさが込み上がってくる。

ぬか喜びさせているようで心苦しい。


それでも私は今、新たにエドガーから情報を得ることができていた。

どうやらエドガーの話によると私は何かを忘れており、どこかに閉じ込められているらしい。

名前しか知らない人にそう言われても、不審にしか思えないが、何故かエドガーの言葉ならすんなりと受け入れられた。

そしてずっと感じていた違和感の正体もきっとそれなのだと思った。




「咲良!」




私の名前を呼ぶ誰かの声がまた向こうから聞こえてくる。

また知らないはずなのに知っている聞き慣れた声だ。

声の主を確認しようと、声の方へと振り向くと、その声の主がいきなり私を抱きしめた。




「咲良ぁ…、会いたかったよ。咲良ぁ」




感極まった声でそう言っている彼はクラウスだ。




「「「…」」」




クラウスの後ろからヘンリー、ギャレット、バッカスも現れる。

皆、感極まった顔でこちらを黙って見つめていた。


彼らが一体何者なのかわからない。

それでも何故か彼らの名前だけははっきりとわかる。




「…クラウス。気持ちはわかるがそこまでだ。時間がない」




その中でも、ヘンリーはすぐに冷静な表情を取り戻し、私に抱きついていたクラウスの腕を掴むと、さっさと私から引き剥がした。

するとクラウスは「…はーい」と不満げにだが、すぐに私から離れた。




「何一つ意味がわからないだろうが、どうか俺の話を聞いて欲しい」




何も状況を理解できていない私をヘンリーが真剣な表情で見つめる。

その表情にはどこか焦りも感じられた。

本当に時間がないようだ。




「まずは俺たちのことだ。俺たちはお前と契約をしている悪魔だ。お前の願いならどんなことでも叶える絶対の味方だと思って欲しい」


「…うん」


「そして今の状況だが、お前は人間界へ帰れていないどころか、テオ…魔王のギフトによって、作られた偽りの世界に閉じ込められている上に、これも魔王のギフトによってだが、記憶を消されて、改ざんさせられている」


「…うん?」


「咲良、お前の願いはただ一つだったな?人間界へ帰りたい、その為にはまずここから抜け出す必要がある」


「…なるほど」




意味は全くわからなかったが、何故が彼の話なら信じられると思い、とりあえず頷く。

ここは私が帰る場所ではなかったらしい。


…いや、ちょっと、待って。




「話はまあ、わかったけど、つまりテオが魔王でこのよくわからないことの元凶…」




そこまで言うと、いきなり街並みから色が消えた。


え!?いきなり本当に何!?


突然のことに慌てて辺りを見渡す。

街を歩く人も、街を構成する建物たちも、空を飛ぶ鳥も、空さえも、何もかもに色がなく、モノクロだ。

さらにその全てが時間に取り残されたようにその場で止まっていた。


何が起こっているのか。




「あーあ。せっかく幸せだったのに。どうしてくれるの」




色のない街の人混みの中からテオの声が聞こえてくる。

声の方へと視線を向ければ、そこには冷たく笑い、おかしそうにこちらを見るテオの姿があった。

ギャレットが「咲良」と小さな声で私を呼び、自身の背中の後ろに隠す。




「…テオ。こんなことは止めるんだ。こんなことが幸せな訳がないだろう」




そんな私たちの様子をヘンリーは横目で確認すると、睨みながらも、あくまでも落ち着いた様子でテオへと話しかけた。




「ヘンリー。君は僕の右腕だ。僕の言うことには全てYESと言って何でもやってくれた君が僕に反抗するなんて悲しいよ」


「…これだけは譲れない。テオ、お前は間違っている」


「へぇ、この僕に逆らうの?」


「ああ、そうなるな」




テオは反抗する姿勢を見せるヘンリーに残念そうに笑う。

その笑顔に私の方が寒気を感じた。

私に向けられたものではないが、その笑顔につい恐怖を抱いてしまう。


テオには逆らってはいけない、そう感じさせる笑顔だ。

それでもヘンリーは平然とテオを睨み続けていた。




「いいよ!それなら殺してあげるよ!僕と咲良の邪魔をするやつは全員だ!」




テオが楽しそうに笑い、右手を大きく上げる。

するとそれを合図にドーンっ!と大きな雷がその場に落ちた。


よくないこと起きるのだと私でもわかる。




「ギャレット!バッカス!咲良を連れて逃げろ!エドガー!クラウス!わかっているな!?」




雷を合図にヘンリーが叫ぶ。




「わかった!行くよ!咲良!」


「こっちだ!」




するとギャレットとバッカスは私の手を取って走り出した。




「あー。俺もそっちがよかった」


「まぁ、ヘンリーにご指名されたからにはやるしかないよねぇ」




後ろから何か言っているエドガーとクラウスの声が聞こえるが、この混乱の中なので、何を言っているのか内容まではわからない。




「身体強化をする!咲良!ギャレット!」




少し走り、あの場から離れたところで、バッカスがそう叫び、その場で足を止めた。

それを見て同じように足を止めた私とギャレットの足にバッカスが順番に触れる。


バッカスのギフトで身体強化をしているのだ。

初めて見る光景のはずなのに、私は何故か何も疑問に思わず、バッカスの行動を受け入れた。




「よし!これで大丈夫だ!走るぞ!」




バッカスは私たちの足から手を離すと、再び走り出すように私たちを促す。




「ありがとう!バッカス!行くよ!咲良!」


「う、うん!」




そしてバッカス、ギャレット、私は再びその場から走り出した。






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