……なんか、柔らかい。
そして、暖かい。
初めてなのに懐かしい、知らないけれど知っている、
焦がれ求めていたような安らぎ、みたいな、
(なんだろう、これ)
不快じゃなくて心地良く、だからこそのぬるい戸惑いの中で――目を見開くと、
「あ、お、お目覚めになりました?」
メディさんが、俺の顔を覗き込んでいた。
……顔の向こうには天井、木の壁、窓から差し込む親子月の光。周りには家具があり、ベッドも大きな奴が一つ。
だけど俺はそのベッドを無視して、床を背にして寝転がってる、だけど頭は、
――メディさんの膝枕だ
「わっ!?」
「きゃっ!?」
それに気付いた俺は、顔を真っ赤にしながら、慌てて跳ね起きた。そして経緯はわからないけどともかく謝罪と思い、膝枕=正座してたメディさん相手に、俺も正座してから、
「ご、ごめん! 俺、なんて事!」
と、土下座する。
「い、いえ、落ち着いて下さい! 膝枕は、私がした事です!」
「え、いやでも」
「――私の【紫電】スキルは、人に触れてないと癒やせませんから」
「へ?」
そう言って、頭をあげるた俺の手を、メディさんはぎゅっと握って、
「〈エレ
そうスキルを使えば――握られた手の周りがパチッと軽く紫色の火花を爆ぜさせた後、ほわっと暖かくなる。これは、
「回復魔法?」
「はい、私の【紫電】スキルと融合させて、体を内から癒やすスキルになってます」
言われてみてから俺は自分の頭を――宝石がぶつかった部分を擦る。痛みも無く傷も無い。
(膝枕しながら、癒やしてくれたんだ)
〔癒やし手のメディクメディ〕という二つ名の意味を、
「ありがとう、メディさん」
改めて、お礼を言った。
するとメディさんはにこっと笑った後、懐から何かを取り出す。
「こちらを――ご主人様の戦利品です」
「ああ、宝石」
改めて受け取ったそれは、掌からはみだす程の、規格外サイズのダイヤモンド。前世の世界だと、価値が暴落していってるって話だけど、この世界だとどうなんだろ?
(1億
「ネームドモンスターの、しかもスライムのドロップアイテム、凄く価値がありますね、ご主人様」
「あ、あの、ご主人様って呼ぶのは」
「あ、す、すみません、……それで、それをどうされますアル様?」
うーん、どうするも何も、ともかく、
「――施設に持って帰ろうかな」
「え?」
「施設長に渡すよ、今までの迷惑料、って考えれば」
うん、それがいい。そうするのがきっと正しい。
俺の
「……アル様、同じ事を問わせていただきますが」
「え?」
「――自分を追放した相手を、恨んでないのですか?
ああ、また、この質問だ。
それに対して俺は、
「恨んでないよ」
そう言った。
「誰かの役に立てなきゃ、この世界の居場所なんてないから、それはメディさんもそうだろ?」
そう、”笑って”メディさんに言った。だけど、
「――また、嘘の笑顔です」
「へ?」
う、嘘の笑顔って、
スライムを倒した時は、俺の笑顔を認めてくれたのに、また否定する。
どういう事なんだ?
「それならば聞きます」
戸惑う俺に、メディさんは口を開く。
「アル様は、その宝石をただでくれてやった後、どうするのですか?」
「ど、どうって、施設に残って、誰かの役に立てるように」
「そうじゃなくて!」
――叫んだ
そして、
続けた。
「誰かの為でなく、貴方自身がしたい事はなんですか!」
「――俺が、したい事」
その問いかけは、
俺の心を凍らせる。
「誰かの役に立ちたい、その心がけは立派です! だけど、そうやって誰かの幸せを願うばかりで、自分の幸せそのものを望まないなんて、間違ってます!」
「――あっ」
その言葉と供に、
――頭の中に、声が響く
母さんの声だ。
≪貴方の幸せが私の幸せなの≫
≪だから、幸せにならなければ≫
≪許さない≫
母の記憶。
「……いえ、違います、間違いとか、正しいとかじゃなくて、誰かの為だけの人生なんて、そんなの」
メディさんは、言う。
「寂しすぎます」
そう言って、俺を見つめる。
――自分の幸せを他人の幸せに全て委ねる人は、怪物になってしまう
確か、彼女は、そう言った。
「……あ」
俺は、前世の俺は、前世を虚しいままに終わった俺は、
それなのに、母さんと同じ方法で幸せになろうとしていた?
自分の母親が、
怪物である事も、認められない侭。
「あ、あぁ、あぁぁっ」
心が、震える。
「――あぁ」
そうだ、単純な話だ、自分自身の幸せを望まない人間が、他者の幸せを願ったって、もし仮に、俺がそれを果たしたって、
ずっと俺は満たされなくて、ずっと俺は虚しい侭で、
きっとその虚しさは、誰かを不幸にする。
――自分の望む幸せを強制する
己の幸せを、捨ててまで。
余りにも非人間的、他者の共感を得らない生き物、
怪物、だ。
――そんな事も気付かずに俺は
ゴトリ、と、
……握っていた宝石が、手元から零れた。
「……俺は」
笑みは、母の為に作られた笑顔は、消えた。
ここにあるのは無表情の無感情、ただ暗くて冷たくて、何も出来ずに沈むばかりの自分。
過ちに気付いても、それを正す方法も無い。
俺の心はもう、からっぽなんだから。
――なのに
「アル様自身の、したい事はなんですか?」
メディさんは、問いかける。
俺とは違う、心からの笑顔で。
「……何も、ないよ、言われて気付いた、本当に俺には、何も無い、何も無いんだ」
「そんな事、ありません」
「無いよ」
「いいえ、だって、あの時は自分の為に笑ってたじゃないですか」
……それは、確かにあの時は、
フィアや皆を助けられたとかじゃなくて、
単純に、
自分の為に。
「大丈夫です、どんな些細な事でもいいんです、美味しい物を食べたいとか、綺麗な景色を見に行きたいとか」
「そんなの、俺には」
「――大丈夫」
そう言って彼女は、また俺の手を握る。
――スキルを使っている訳じゃないのに
手のぬくもりが、まるで俺の心まで暖めてくる、何も無いはずの俺の心に、火が灯る。
「誰かの幸せを願えるなら、さっきみたいに、自分の幸せも願えるはずです、これから先もずっと」
……そう言われて、
俺の心から、零れたのは、
「――学校に行きたい」
16歳になった時、母が消えた切っ掛け、
――高校受験の失敗
「……帝国学園ですか?」
違う、そうじゃなくて、前世の高校の話だ。有名な学校で――今思うと、入れる訳が無い、努力はしたけど、俺には全く足りなかった、
それでも、
「母さんの期待通り、学校に入れたら、全部が報われると思った」
「――お母様」
「母さんも優しくなって、友達が出来て、今まで許されなかった事も全部許されて」
ああどうしよう、言葉が、思いが止まらない、
言ってもどうしようもない前世の後悔が、今の世界に吐き出される。
「友達と遊ぶとか、ゲームをするとか」
声が、震える、顔が、熱い、
そうだ、俺は――学校に行く事そのものが目的じゃなくて
その先にある物が見たくて、そう、
”
「花火を皆で見に行くとか!」
ああそうだ、そうだ、
俺が望んだのは、母や誰かの笑顔だけじゃなくて、
「笑う事も、許してもらって!」
――自分自身が笑う事
……なのに、今の俺は、
泣いている。
目から熱い物が止まらない。
前世で、どれだけ辛くても、寂しくても、流れなかった
「う、うぅ……」
ああ、これは、
泣けなかった過去の自分が、今、泣いているんだ。
「ううぅぅぅ……」
鼻が詰まって、嗚咽が漏れる。弱音と一緒に、みっともなく顔が崩れる、
そんな無様な俺なのに、
「解りました」
メディさんは、告げる。
「帝国学園の入学試験に挑みましょう」
「でも、また失敗したら!」
「その時は私が傍にいます!」
そう言った彼女は、
笑っていた。
顔が崩れる程に涙する、俺の前で。
「……学園に入れなくても、その時はその時です、また、新たな幸せを探しに行きましょう、私はメイドとしてずっと傍に居ます」
「なんで、俺に、そこまで」
「――私も貴方と同じ、追放された者です」
――え?
それって、メイドの里から?
「メイドの里の卒業試験で、私だけが、ご主人様から選ばれなかった。誰に選ばれてもいいように、日々研鑽を積んだつもりでした、けど、だからこそ選ばれなかったと今は解ります」
メディさんは、笑ったまま、
「選ばれるだけじゃなく、選ばなければならない、仕えるべき主人が、自分を幸せにしてくれる人か、考えなければならない」
「……俺に……メディさんを幸せになんて」
「なれます、というか、してくれました、だって貴方は私を命懸けで助けてくれたじゃないですか」
ハッキリと彼女はそう言った。
「人の命を救える方は、自分の命も救えるはずです、私にどうかその手伝いを」
「……メ、メディさん」
「どうか、さんなぞ付けずに呼び捨てで、メイドとして、そして、友として」
「――友達」
まるで初めて聞くようなその言葉が、放たれたその時、
――手元から零れた宝石が輝き出す
「え?」
「ほ、宝石が、光ってる?」
光輝いた宝石から、何かが浮かび上がる。
【○○】
……俺のステータス画面じゃなくて、宝石から浮かんだその
「アル様、これは……?」
この【○○】は、俺だけじゃなくてメディにも見えているみたいで、
ファンタジーだろうと、不可思議な現象、
俺は迷う事無く、言葉を埋める。
――【笑顔】と
その途端、宝石はより強く光輝き、
その光が納まった時に、そこにあったのは、
――宝石じゃなくて一枚の写真
「……これは」
……俺はそれを拾い上げる。
ああ、これは、
夢だ、
存在しないものだ。
だけど、
望んでいたものだ。
――小学生の頃の俺が、笑顔を浮かべてる写真
……宝石なんかより価値がある、俺だけの宝物。
それをみつめた後、
「……入学試験、頑張ってみるよ」
俺は、振り返り告げる、メイドに、
――友達に
「よろしく、メディ」
「……はい、ご主人様!」
涙塗れの俺の笑顔にも、
メディはそう、優しく、笑ってくれた。