目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

2-5 あの壁を越えて

 ――帝国学園の催し広場にて

 1万人の円卓帝国で、学園の生徒数は約1200人。5年制で、1学年あたりの人数は約240人。

 今回の、最終試験の合格者は、318人中29人。

 そして今回の入学者数は、既にスカウトを受けたり他の試験に合格した人達を合わせて、238人、

 そして、何故か、その今年度の新入生238人を代表して、


「新入生代表! 前へぇぇぇ!」

「は、はい!」


 この俺が、試験直後の入学式で、代表に選ばれてしまっている。ヴァイスさんの大声に促されたままに、ガチガチに緊張しながら、荘厳な椅子に腰掛ける、少年皇帝エンペリラ様の元へと歩いて行く。


「あいつが今回の新入生代表?」

「フィアルダって子がするって聞いてたけど」

「なんか直前で、皇帝が変更したらしいよ」

「陛下自ら?」


 全くひそひそしてないひそひそ話が聞こえてくる。


「なんでよりによって、最底辺の試験から代表を?」

「全くよ……【暗闇】スキルを持つ私が何故選ばれなかったのかしら……ふへっ……」

「暗くて不気味だからじゃ?」


 いくら入学試験で一番になったからって、聖騎士団の生徒を差し置いて、貴族でもない庶民の、しかも”最大にして最底辺の試験”、の合格者である俺が皆の代表。


「おかしいひひん! Sランクスキル【騎乗】をもつオージ様が選ばれるべきひひん!」

「ちょ、ちょっと落ち着こうね、スターニンジンあげるから」

「わーいひひん!」


 不思議どころか、不満を感じるのも当たり前というか、そんな事を考えてる内に、

 俺は、皇帝の前に――14歳のエンペリラ様の前にやってきた。

 メディに軽く説明を受けたけど、皇帝は世襲制であり、そして【皇帝】スキルすらも、親から継承するらしい。

 先代皇帝が亡くなられたのは5年前で、つまり、エンペリラ様は10歳の頃からこの帝国を治めてるという。若くしてこの国を、そして大陸を統治する偉大な存在。


(そんな偉大な人が、俺の目の前に)


 最前列で俺を見守るメディに少し目をやってから、彼女に付け焼き刃で教わった通り、片膝を落として、頭を下げる。


「――これより、式を始めます」


 跪いた俺にエンペリラ様は、朗々と淀みなく、俺達に対する祝福の意を述べ始めた。そしてそれは聞いてたとおり、長い。

 けして不真面目に聞いてた訳じゃないのだけど


(――そういえば、今の俺のスキルはどうなってるだろ)


 気になったので、メニューを開いて確かめる。


 【○の○】


(【○の○】、かぁ、有りそうで無いというか、……ゆっくり考えれば思いつくかな)


 改めて思ったのは、俺のスキルは強力だけど、やっぱり運任せガチャな部分が多くて、まだまだ解らない事もいっぱいで、

 そう、けして、俺の【○○】だけじゃ、この試験は突破出来なかった。

 ――試験に合格出来たのは


「それでは」


 その時、皇帝が、


「まずは僕に、二つ名を捧げてください」

「――えっ」


 って言った。

 ふ、二つ名を、捧げる?


「何をしてるぅぅぅ! 帝国の学園生徒になるという事はぁぁぁ! 皇帝に仕えると同じ事ぉぉぉ!」


 え、そうなの? そうかも?


「ゆえに! 己の力と生き様の象徴をぉぉぉ! 開示する事! 皇帝陛下に献上せよぉぉぉ!」


 と、大声でヴァイスさんが叫ぶ中で、


「すみません、あくまで儀礼的なものなので、よろしくお願い致します」


 エンペリラ様は、俺にだけ聞こえるような小声でそう言って、

 ……俺は、正直、凄く勇気が必要だったけど、

 二つ名を、頭上に掲げた。

 ――〔何も無しのアルテナッシ〕


「え、何も無し?」

「どういう事? 1位で合格した奴が、なんでそんな二つ名?」

「もしかして、従者が凄かったキャリーされただけ?」


 当たらずも遠からずというか、もっともな意見が聞こえてくる。

 そう、けして今回の試験、俺一人じゃ合格出来なかった、

 だから、本当ならこの場所に居るべきは――


「何も無し、そっか、そうだったんですね」


 その時、エンペリラ様は、


「――だからあんなに自由だったんだ」


 そう言った。


「……自由?」

「何も無いからこそ、乗り越えられる」


 自由――その言葉に戸惑ってる時、


「聞いてください、学園の生徒達よ、愛すべき民達よ、第七代皇帝エンペリラの言葉を」


 穏やかで、だけど力強い言葉が、この場に集まった者達へ響く。


「本来、新入生代表は彼では無く、聖騎士団の新人の方でした。ただ入学試験で軽いケガをしてしまったみたいで」


 え? それって、スメルフの所為?

 あのフィアにケガをさせたって――あれでも、皇帝のスキルで試験中はどんなダメージでもケガをしないんじゃなかったっけ。


「試験が終わった後、とある新入生に勝負を挑んだのですが、断られて追いすがったところで足首をアシクビヲ挫いたクジキマシターみたいです」


 何をしてるんだフィア。


「けど、代わりにアルテナッシさんを選んだのは、僕の意志です、それは彼と従者が戦う様子に、思う所があったからです」

「――俺とメディの戦いに?」


 不敬であるけど、思わず呟いてしまった。皇帝はそれを叱りもせず、にこっと笑って、


「心と心が、一つになってると感じました」


 そう言った。


「メ、メイドと心を一つに?」

「いやいや、主従関係でしょ」

「対等な関係になれるはずもないじゃない」


 そんな言葉が聞こえてくる、……多分、貴族達の間から。

 貴族にとっては、メイドと友達になる事は、多分、許されない事なんだろう。


「あれ、でも確か皇帝に仕えたメイドもいたような」

「あ、こら、しっ!」


 ……なんか聞こえて来たけど、なんだろ?

 ともかく、メディの様子をチラ見すると、変わってないようにみえる。

 ……いや、どことなく、皇帝の言葉で嬉しそうにしてる。

 そんな、笑顔を浮かべてる。


「……130年前、初代皇帝は、文化、種族、思想、その違いによって、争いの絶えなかったこの大陸”アレフロンティア”を統治しました。それから130年、民の不断の努力で、今は人同士の争いは起きていない」


 エンペリラ皇帝は辺りを見回す、


「その結果、今この場所に、あらゆる立場の方達が、同じ志をもって学びに来る事はとても素晴らしい事です、ただそれでも、見えない所では隔たりがある」


 ……力無しとか、庶民とか、そういう事か。

 ああ、でもこの皇帝は、


「皇帝と民、主人と従者、貴族と庶民、確かに僕達の間には壁があります、けれどそれはけして壊す為じゃなく、乗り越える為にあるものです」


 それが、嫌なんだな。


「違いはあっても、志を――心を一つにする事は出来る」


 そしてエンペリラ様は、


「どうかこの学舎まなびやで、壁を越える力を、知恵を、学んで下さい。……どこかの誰かの、未来の英雄となる君達へ」


 そう言って、言葉を締めくくった。

 ……誰からともなく、拍手が起きた。それはあっというまに辺りを包んだ。その中で、エンペリラ様は笑顔を浮かべている。

 言葉だけじゃなく、佇み方、視線の動き一つですらに、心が惹きつけられる。


(カリスマって、こういうものなのか)


 14歳の少年に、俺は敬意を感じていた。そして、


「それじゃアルテナッシさん」

「え?」

「――名の次に、何を私に捧げるか?」

「へ?」


 ……え、あれちょっと待って、これってもしかして、

 なんか贈り物プレゼントとか用意しとかなきゃいけなかった奴!?


「え、もしかして、なんも考えてなかった?」

「急だったから準備してなかったとか」

「マジ?☆ ヤバ☆」


 ギャラリーの声から判断するにどうもそれっぽい、チラッとメディの方を見たら、なんか凄く慌ててる!? あ、あと、ヴァイスさんも、今にも叫び出しそうに!

 いやいや、物を送るなんて聞いてないって、宝石――は写真になっちゃったし!

 そんなお土産みたいなもの、

 ……お土産?


(あっ)


 俺は――メニューを開いて、スキルを表示して、

 その【○の○】の開いた二文字に、

 ある言葉を、あてはめた、そして、

 ――スキル発動と同時にポケットの中に現れたそれを


「――こちらを」


 俺は、皇帝陛下にひとつ、差し出した。


「せんだ――いえ【萩の星】というお菓子です」


 【萩の星】スキル Dランク 

 スキル解説[カスタードクリームをカステラで包んだお菓子、美味しい]


 ワンチャンあるかなと思ったら、漢字とひらがなの組み合わせでもなんとかいけた。

 食べた事ないけど有名なお菓子、これなら、皇帝も満足するはず、


「貴様ぁぁぁ!」

「うわ!?」

「今の皇帝陛下の言葉には、物などでなく、魂、信念、剣、ともかく形にならないものを捧げるのであろうがぁぁぁ!」

「ええ!?」


 え、じゃあ物じゃなくて、何か”言葉”を言えばよかったの!?

 やばい、失敗プレミした!?


「このような物で陛下の心にすり寄ろうとはぁぁぁ!」

「――見たこと無いお菓子ですね」

「え?」


 え、皇帝が俺の所に近づいてきて、


「食べてみていいですか?」

「陛下ぁぁぁ!? そんな、毒味もしてぬものを――むぐぅ!?」


 あ、あれ、ユガタさん執事が音も無く背後から近寄って、ヴァイスさんの鉄兜を塞いだ。これで静かになるのは、スキル静寂

 ヴァイスさんが黙らされてる間に、皇帝、包み紙をあけて、そのままパクリ。


「美味しい!?」


 あ――なんだか凄く、子供っぽい顔で、喜んでくれた。


「ふわふわで、中がとろっと甘くて、こんなお菓子食べた事がない!」


 ……よ、よかった、気に入ってくれた。

 WeTubeの解説動画で見たけど、本当に日本のスイーツって凄いんだな。


「あやつ、あのようなやわっこい菓子を、ポケットにいれて試験に挑んだのじゃ?」

「激しい試験を、あれを潰さずに!?」

「そっか、あの人、皇帝陛下に自分の実力を、美味と一緒に知ってもらう為に!」


 ……うん、もうそういう事にしといていいや。人の伝説ってこんな形で捏造されんだろうなぁ、って思ってたら、


「――サクラさんにも食べて欲しいなぁ」


 皇帝陛下が、そんな事を呟く。

 サクラさん?

 誰だろう、家族か誰かかな?

 ……ポケットにはもう一個、萩の星がある。


「陛下、よろしければもう一つ」

「本当ですか!」

「わっ」


 く、食い気味に来た、慌ててポケットから取り出そうとした、

 けど、


「……いえ、やっぱり、やめておきます」

「え?」

「これで入学式は終わります、お疲れ様でした」


 皇帝陛下は、ちょっと離れてから、ここにいる皆に聞こえるように、


「どうか皆、心を自由に!」


 そう言って場を締めた。歓声が起こる中でエンペリラ皇帝は去って行き、その後をユガタさんがヴァイスさんの口をおさえたままに着いていく。

 こうして、俺の入学式は終わった。

 俺だけが、陛下の寂しげな表情を胸に秘めたまま、

 そして、

 ――テロピロリン♪


(……ん?)


 なんだかメッセージアプリの通知音みたいなものが聞こえて、それに促されるようにメニューを開いてみれば、


[レベルアップです]


(え!?)


[レベルアップ特典1、スキルの再使用が出来ます]


(嘘、やった!? 【最強】がまた使える――)


[Eランクまで]


(【ぬるぽ】だけじゃん!)


 俺の嘆きも、また胸に秘めたまま。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?