気が付くと俺は、夕焼けが差し込む学校の教室に居た。
「――あれ?」
学園じゃなくて学校、つまり、前世の世界での、高校の教室だ。ホワイトボードじゃなくて黒板、タブレットじゃなくて教科書な、いわゆる平成の教室だ。
……志望校に落ちた俺が、色々あった後、通う事になった高校の教室。そんな場所に、俺だけが一人、一番後ろの座席に座っている。
(……スライムを倒した後は、俺の心の中で
でも、なんで真っ白な場所じゃ無くて学校なんだろ?
とりあえず俺は、ブレザーじゃない学ランを着た状態で、
「……
一先ずに、呼びかけてみた瞬間、
――
「うわ!?」
驚き、声をあげる俺に、
「だ~れやっ?」
楽しそうにからかうような声が、後ろから聞こえてきて俺は、
「セイカ様!?」
すぐに思い当たった人の名を言った瞬間――両手による目隠しは解かれた。慌てて振り返ってみれば、
「ふふ、直ぐ気づいてくれたねぇ」
「え、ええ、その姿は!?」
セーラー服姿のセイカ様がそこに立っていた。真っ白な紙に紺色の制服が、ビックリするくらい似合っている。
ま、待って、これってどういう事?
「俺がセイカ様の夢を見ている?」
「あ、ちゃうよ」
「え?」
戸惑う俺にセイカ様はいった。
「うちがアル君の心の中に、お邪魔させてもらってるんよ」
「ええ!?」
衝撃の事実をあっさりと告げた。
「ちょ、ちょっと待ってください、【奇跡】スキルってそんな事も出来るんですか!?」
「出来てしまったんやねぇ、ビックリ」
「ビックリって」
「いやいや、うちも自分の【奇跡】スキルを甘くみとったんよ、もしかしたらもっと強くなる可能性が」
そ、それってマジ? 今までので十分凄いスキルだったのに、それよりも?
――何でも有りの最強スキル
……〈
「あ、それとごめんねぇ、謝らへんとあかんことあるんよ」
「へ?」
セイカ様はそこで少し距離をとって、くるりと、スカートをふわり膨らますように踊ってから、
「セイントセイラ様が、アル君の心の中にいるって、さっき知ってもうた」
そう、告げた。
「――それは」
「うん、せやから、だいたいの事はセイカ様と、転生の女神様にもさっき聞いたんよ」
それって、つまり、
「君が、別の世界から転生した子、異世界転生者って事も」
そこまで、知られたという事。
「そう、なんですか」
「ほんにびっくり、別の世界なんてあるんやねぇ、うち知らんかったわぁ」
「……ほ、本当に知らなかったんですか?」
あんまりびっくりしてないようなその態度に、俺は思わず聞いたけど、
「ふふ、ウソって言うたら?」
「……いえ、信じます」
その返事には、そう、答えるしか無かった。
――俺が異世界転生者って事実
メディやフィアにも言ってなかった事を、知られてしまった。
……なんとなく、あの二人に罪悪感を覚えていたが、
「ごめんねぇ、けれど、知りたかったんよぉ」
セイカ様は、
「うちの運命の人の事」
そう、夕焼けの中でも解るくらいに、頬を染めながら笑った。
――セイカ様は俺に恋してる
……だけどそれは、吊り橋効果みたいなものだと、恋に恋しているだけかもしれないと、セイカ様も言っていた。
「あの、セイカ様、俺は」
「ああ、ええよええよ、うちの思いにすぐ答えてくれへんでええんよ」
そう言ったセイカ様は、まず、手を伸ばす。
「まずは、友達から始めよ?」
そうそれは、
中断していた握手。
「……はい」
俺は椅子から立ち上がった後、その手を握った。
「あらためてよろしゅうに、アル君」
「こちらこそよろしくお願いします、セイカ様」
しばらく手をつないだ後、どちらからともなくそれを離す。そして俺は聞きたい事を尋ねる。
「えっと、今、セイラ様とテンラ様は?」
「ちょっと忙しくて手が離せへんみたいなんよ」
「忙しいって、何が」
「
「ゲームかぁ……」
「目に見えるもん全てウホウホぶっ壊して楽しそうやったよぉ! うちもちょっとやらせてもろたけど、ゲームって凄いねぇ!」
あ、相変わらず自由だなセイントセイラ様、まぁ精神年齢が子供だからしょうがないけど。
……でも、子供でも、あの神様は、
先輩を救ってくれた。
「あの、俺の今回の穴埋め問題って」
「アル君の予想通り、未来予知みたいなもんやったらしいよ? 的中率42.195%くらいの」
うわマジか、パーセンテージが半分割ってるしなんでマラソンの距離と一致してるかわかんないけど、流石神様だなぁ。
「他にも伝言は預かってるよ? スキルはちゃんと、レベルアップさせとくって」
「あ、それを聞いて安心しました」
「あとそれとねぇ、転生の女神様、おるやろ?」
「テンラさんの事ですか?」
「しばらく、心の中で出会うのって難しくなるみたい」
「え、そうなんですか!?」
「なんやろ、やるべき事が出来た、みたいな?」
「――やるべき事」
「次に会う時は、からっぽの心が満たされるくらいかなぁって言うてた、あと、セイラ様も難しいんちゃうかなぁ」
「セイラ様もやるべき事が?」
「ゲームが忙しいみたい」
「――ゲームが」
と、ともかく、そうなんだ、なんか、スライムを倒したら毎回会えるって考えてた。
何気に、テンラ様とセイラ様との話って、これからの事を整理するのに、大事な時間だったと思うんだけど、そっか……。
ってな風に不安になってるのを察したように、セイカ様は笑う。
「大丈夫! その分、うちがアル君をサポートするんよ! パワーアップした聖女の奇跡で贔屓してあげるよって!」
「お、お手柔らかにお願いします」
そう俺が、苦笑すると、セイカ様はにっこり笑う。そして、
「ちょっと外に行こか」
――そう言った瞬間、俺は
「わっ」
屋上という、本来、学生が
そして奇跡はそれだけではなく、
夕焼け空が一気に暗くなり、満天の星空と、そして、
たった一個だけの月が、俺達を明るく照らす。
「アル君の世界のお月様、ほんま一つだけなんやねぇ」
「そ、そうですね」
「なんでなん?」
「なんでって……多分、二つあると、普通はち
重力のバランスが崩れると、質量が小さい方から壊れるとか、そんな話を、
動画で、見たことがある。
「へぇ、アル君って物知りやねぇ」
「そ、そうですね、WeTubeで」
「うぃちゅーぶ? 先生みたいなもん?」
「えっと、まぁ、はい」
そう、俺には知識はあるけど、その殆どがWeTubeの解説動画から得た物。
――仕事の為に趣味を作ろうとして
……からっぽな心に、無理やり詰め込もうとした物、その事を言えば、セイカ様は、
「その喋り方も、うぃちゅーぶに教えてもらったん?」
急に、ドキリとするような事を言った。
「――え?」
「……ごめんねぇ、アル君の心ってからっぽな部分多いけど、話し方は結構ハッキリしてるやろ、
セイカ様の指摘に、
「そんな喋り方がええって、うぃちゅーぶさんから習ったんかなぁって」
俺は、黙ってしまった。
……そんな事、考えもしなかったけど、だけど、
――
影響を受けてないと言えば、嘘になるかもしれない、
それってつまり、喋り方すら俺は、
自分の心から、生み出してなかったって事だ。
改めて突きつけられる、自分のおかしさ。
「セイカ様、俺は」
――俺は本当に
「心から、生きてるんでしょうか」
メディに出会ってから、感情が生まれ始めていると考えてた、
美味しさというものも、覚え始めたと思ってたし、
誰かの為だけじゃなく、自分の為にも、何かをしたいと望むようになったつもりだった。
だけどそれは――自分がやりたいから?
ただ、言われたり、真似したりしてるだけじゃ?
言葉遣いすら、動画の真似だったのだから、
「――俺は」
自分の心に嘘を吐いてるんじゃ、と、
その疑問を、思わず呟いた時、
――ふわりと
「えっ」
セイカ様は、俺を抱きしめた。
「セ、セイカ様?」
「大丈夫」
セイカ様は、
「アル君の心は、ここにあるよ」
そう言った。
――暖かさと供に囁かれる優しい声
「疑ってええんよ、悩んでええんよ、そうやって皆」
そして、告げる。
「
腕の中に包まれながら、俺は、
世界と、セイカ様が薄らいでいくのを感じる、
「――お目覚めの時間みたいやね」
「セイカ様」
「うちも、自分に問いかけ続ける、この恋が本物の恋なんか」
俺の顔を見上げるセイカ様は、
「よろしゅうね、運命の人」
また、笑った。
――その笑みも、たった一つの月の輝きと供に
覚醒と連れだって、消えていった。