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第六話 水着回だよエルフリゾート!

6-1 さめがめ

 ――アレフロンティア大陸南部へと移動した円卓帝国から

 俺達を乗せて飛び出したドラゴンタクシーは、今、南方の海上を滑るように飛んでいる。


「いやぁしかし、あのエルフの王様、森王しんおう様にお呼ばれするだなんてなぁ!」


 ドラゴンタクシーは、登校初日、エンペリラ様が俺達の為に予約してくれたものだ。あの時と同じ、ロマンスグレーの髪を、潮風になびかせるドライバーさんが、ドラゴンの背の後ろの座席に座る俺達に話しかける。


「なんでまた呼ばれたんだい!?」


 という問いかけには、俺の隣のメディが、


「いえそれが、手紙にはただ招くばかりの文言、目的は不明でして」


 と、困り顔で答えた。


「そっかそっか、俺もエルフの王様についちゃあ、噂話でしか知らないが――ワガママなのは確かなようだ」

「――そうですね」


 たとえ有名人であろうと、人の陰口をあまり叩かないメディが、思わずそう答えてしまったのには訳がある。

 円卓帝国にて行われた四国会談、それが三国会談になった理由、それは、


「会談直前で、急遽、バカンスに訪れる程なのですから」


 という訳だ。それが本当だったなら、国際会議を私情で欠席という訳だから、ワガママに過ぎる。

 まぁもちろん、何か思惑があって出席を控えたっていう可能性もあるのだけれど……。


「ともかく、会って失礼のないようにな! ……ところで兄ちゃん?」

「……なんですか?」

「さっきからぼーっとしてどうした? 俺のタクシーは酔い知らずのはずなんだが」

「い、いや、ドラゴンに酔っている訳じゃなくて」


 俺が、会話に参加出来ない理由は、


「その、ご主人様は、お餅の食べ過ぎで昨夜から胸焼けをされてまして」


 だった。


「モチ? モチってぇのはなんだい?」

「大和の伝統料理です、お米という穀物を蒸して捏ねて作る、神に捧げる食べ物という」

「はぁ、そんな贅沢な料理をたらふくたぁ、さっすが皇帝様のご贔屓だね!」


 いや、そういう嬉しい理由じゃないんです、ただただ今の俺のスキルが――


 【○餅】


 という縛りを、一週間強いられているんです。【○○餅】だったり【○○○餅】だったりもするんだけれど。

 【柏餅】とか【大福餅】とか【ずんだ餅】とか、俺のスキルで生成されるお餅は結構山盛りで。しかも"食べる目的"で使った場合、俺が全部食べなきゃ次のスキルを使えないお残しは許しまへんで!という仕様。それで昨日は【餅○○】と、餅が一文字目に来たもんだから、【餅ピザ】とうっかりあてはめてしまった。

 餅が生地の上に、ケチャップとチーズとスライスしたウィンナー――それが、まだまだ味覚育成中の俺の前にどっさり。


(カロリーモンスターの暴力に、胃がノックダウン……)


 折角今から南国のリゾートに向かうというのに、陽気さは無く、メディに背中をさすりさすりされているエレクトリカルサービス現在だ。

 ……まぁとは言っても、餅の腹への重さに関わらず、気分は重い。


「名君にして暴君、それってつまり、言葉ひとつが命取りになる相手だよね」

「だ、大丈夫ですご主人様、いざとなれば私がお守りいたします」

「い、いや、それはそれで困るよ」


 エルフの王様って存在がどれだけ偉いかは解らないけど、少なくとも、俺のような庶民が、粗相をした時点でアウトなのは確か。

 不敬を働いてしまった場合、俺の命もだけど、メディに何かあったらどうしよう、回り回ってFクラスや施設の皆にも累が及んだら――とか考えていたら、


「おっ、見えてきたぜ!」


 ドライバーさんがそう言った瞬間、ドラゴンは、ピキャー!と鳴いて、加速しながら上昇していく、


「わ、わわわっ」

「ご主人様っ」


 ちょっと体制を崩す俺を、自然に支えてくれるメディ、そうしている内にドラゴンは、どんどん目的の場所へと近づいて――


「――これが」


 俺とメディの眼下には、ドラゴンの顔をした巨大な亀が――

 その背に、ひとつの巨大な"リゾート地"を乗せて、ゆうゆうと泳いでる様子が広がっていた。


「これが、泳ぐ楽園タートルリゾート」

「円卓帝国とはまた違う凄さがありますね……」


 スケールそのものは帝国よりも小さいけれど、ビーチやコテージが広がって、ヤシっぽい木が立ち並ぶ。カラフルな建物が所々に点在し、多くの人たちが太陽の日差しを浴びながら道を行く。

 なんというか、ハワイとかグァムとかクアンタンをミニマムサイズにしたような島そのものが、この亀の甲羅になっているんだ。

 重かった気分が、少し、晴れたような気がした。


「よし、それじゃ空港に行くぜ!」


 そう言ってドライバーさんは、ドラゴンを操って再び高度を下げる。そして一直線に目的地へ――多くのドラゴン達が止まる滑走路のような場所へ飛んでいく中で、

 突然、


「――あれ?」


 滑走路の真ん前の海が、突然ぼこぼこぉっ! っと、泡が湧き上がるように荒れ出して、

 そして――ドバァァァンッ! っと、


「えええええ!?」


 きょ、巨大な鮫が飛び出して来た!?

 ――黒銀色の巨体と、ヒレを翼のように広げて

 ドラゴンの何倍も大きいそのモンスターは、大口を開けて俺達をまるごと飲み込もうと飛びかかってくる。


「お、おいマジかぁ!?」


 そう言いながらライダーさんは、手綱をさばいてドラゴンを操り、尻尾がかじられるギリギリ直前の紙一重でかわした。ザバンッ! っと、着水する鮫だったけど、すぐにまた尾びれを出して追ってくる。


「待て待ておかしいだろ! タートルリゾートの周りににゃ、モンスター除けのスキル魔法がかかってるはずだぞ!?」


 しかしそう嘆いても、鮫は相変わらず追ってくる! そして、また俺達を、今度は背後から丸かじりにしようと飛びかかってきた!

 ――この時俺は、考えるよりも先に

 座席から、鮫へ向かって飛び出し、


「ご主人様!?」


 【○餅】


 今までずっと食べる目的だったスキルを、


 【お餅】スキル Cランク

 スキル解説[言い方がちょっとかわいい]


 罰当たりかもしれないけれど、この状況を切り抜ける為に使う、

 ――手に溢れたその熱々の餅を俺は


「〈ネバーネバーブライディ粘着質な目眩ましング〉!」


 鮫の目ん玉に思いっきり投げつけた!

 ――だけど

 ゴクンッと、


「え?」


 鮫は体を上に反らして、餅を食ってしまい、続いて飛んできた俺の体に、

 体をぐいっと捻らせて、その尻尾で、

 ――バチコーン! っと


「ぎゃぁっ!?」


 俺の体を吹っ飛ばした。


「ご、ご主人様ぁ!?」


 そのままドラゴンの頭上を飛び越えて、亀の島の方へと吹っ飛んでいく俺の体――ちなみに骨身が砕けてないのは、反射的に、お餅でガードをしたからだった。

 そしてその餅は、役目を果たしたかのように消える。食べる目的以外で使ったから?

 ともかく致命傷を避けれたのは、餅での戦い方を脳内で練習イメトレしてた、結果、だけ、ど!


(や、やばい落ちる、このままじゃ死ぬ!?)


 地面への激突の衝撃まで、餅でガード出来るのか!? いやともかくやるしかない! ともかく体を捻って、自分が落ちる場所と、落ちる瞬間を見極めて、

 ――え?

 俺が、落ちようとする場所は、ヤシの木に囲まれたプールサイド、だけどそこには、

 俺を待ち構えるように、長身でライトブルーのお下げ髪のメイドが、両手を前で重ねてきちんと直立メイド特有のポーズしている!?


「あ、危ない、どいて!」


 ぶつかりそうになったメイドさんに、俺がそう叫んだタイミングで


「【収納】スキル――」


 美しくも淡々とした、"男"の声で、


「〈スルーフォーディメンション入り口は出口ョン〉」


 そう言った途端、そのメイドさんの前の空間が歪み、

 ――俺がそれに触れた次の瞬間


「え?」


 俺の体は、プールの真上に飛び出して、


「うわぁっ!?」


 ばっしゃーん、っと、

 ……そのまま、プールへと着水した。


「ぶはぁっ!」


 慌てて、顔をプールから出す、そして、そのままひいひい言いながらプールサイドまで行ってあがって四つん這い、


「た、助かった」


 な、なんかワープみたいなスキルで助けてくれたんだ、命の恩人、お礼を言わないと、そう思いながら顔をあげた瞬間、

 ――俺の目の間に飛び込んだのは


「……え?」


 ――それは堅く強く引き締まっていた

 白磁を思わせるような艶、大理石のように滑らかかつ艶やか、それはとても、生物の肌とは思えない美しさを持つ。


「全く、俺様の水浴みを、無粋に邪魔するとは」


 そして、さっきのメイドさんのものとは違う、威厳と自信に満ちあふれた声が添えられれば、それは最早、風格すら醸し出していた。


「噂通りの問題児らしいな、あのメイドの主人は」


 ご尊顔、という言葉がある。相手の顔を敬って使う言葉だ。

 ――だけど今の俺は

 この目の前にあるモノを前に、ただ、

 こう思った。


「――控えよ、そして」


 ――ご尊尻


「森王エルフリダのケツの前である! 賛美せよ!」

「う、美しいでぇす!?」


 パニくりながら放った俺の言葉に応えるように、目の前の丸出しの尻が、ギュッ! っと締まった。

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