目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

7-2 死体は踊る

 ――アンナさんの葬式から3日後

 彼女の死によって、悲しみに包まれているはずだった学園の、芝生も豊かな昼休みの中庭は、


「またやってくれたぜ、美少女仮面騎士セイントソードが!」


 全く逆の大盛り上がりをみせていた。

 アンナさんのお葬式に現れた、誰が見たって、アンナさんの変装だって思う仮面の剣士、しかしその説は、棺の中のアンナさんの死体が否定する。

 ともかくあらゆる意味でミステリアスな仮面の剣士、葬式途中に現れた彼女は、アンナさんへのスライム討伐命令が、彼女の死亡、または戦闘不能が目的だった事を、その企みの首謀者の簀巻きと共に、曇り空だけど白日の下に。

 そして怪物おっさんを峰打ちでお仕置きした後、忽然と姿を消した訳だけど――その次の日から、


「聖騎士団で、不正していた奴も吊るし上げにしたしな!」

「こっそりアンナさんを指示してた貴族を、脅してた庶民も成敗したんだっけ」

「立場上、悪事の手伝いをするしか無かった人には、寛大な処置をしたらしいわよね」


 と、これまでの三日間、聖騎士団の膿出しに快刀乱麻の活躍を見せていて、そして、


「でも思ったよりさ、貴族側にも"壁無し派"いたんだなぁって」

「同調圧力で"壁有り派"だったんじゃない?」

「ともかく、エンリ様の理想も、セイントソードのおかげで待ったなし!」


 そう――エンリ様の兼ねてからの思想、それを支持するかどうかは、壁有り派と壁無し派という風に、解りやすい言葉にされていた。

 一見それは、いい事かに思える、だけど、


「なんて事は、ない」


 ――スメルフの


「庶民と、貴族の、対立が、壁有り、壁無しに、変わっただけだ」

「……そうだよね」

「……わふぅ」


 人では無く獣形態になって、俺の手でブラッシングされる度、気持ちよそうに芝生の上で体をよじるスメルフの言葉に、俺は同意する。

 仮面剣士セイントソードがやってる事は、確かに正義かもしれない、だけど、

 やってる事は――皆の話し合いじゃなくて、たった一人で全てを変えるような、危険な行為。

 ――嫌われたって構わない

 本質的には、葬式での、あの怪物おっさんと変わらない。


「その果てに、どうなるか、など、ソーディアンナなら、解ってる事、なのにな」


 そう、話すスメルフに俺は、


「――やっぱり、あの仮面の騎士はアンナさん?」


 と、聞いた。


「……俺の鼻は、そう、教えている、だが」


 スメルフは、


「教会地下に、安置されている、遺体からも、確かに、アンナの匂いはする」


 そう答える。


(――一体どういう事なんだ?)


 セイントソードの姿は、誰がどう見てもソーディアンナさんの変装だ。だけど、スライムにやられた遺体は確かに棺の中に収まっている。

 一つ目の予想は、遺体は偽物ダレカで仮面の剣士が本物アンナ

 もう一つはその反対、仮面の剣士が偽物ダレカで遺体が本物アンナ

 まぁ、二つ目の場合、考えられ得るのがオトォとアニィみたいな双子説と――何かしらのスキル、という事になるんだけど。

 ただ、今の学園、いや、学園の雰囲気的には、


「ともかく、セイントソードかっけぇ!」

「やっぱり正義が勝つんだよなぁ!」


 そんなの、どっちでもいいようだった。

 ……無論、元々ソーディアンナさんと親しい人間――フィアのような――人達にとっては、この騒動には違和感があって、セイントソードの存在を、積極的に肯定も否定もしない感じだ。

 俺はアンナさんと少ししか話してない、だけど、なんというか、"正義の味方"なんて強引なやり方、アンナさんらしくない気がする。

 少なくとも、たった一人で独善的に、全てを決めるような人じゃないと思う。

 ……そんな事を考えながら、


「……終わったよ、スメルフ」

「あぁ」


 俺がブラッシングを終えれば、ググッっとスメルフは、獣から人の姿に戻り、軽く伸びをした。そして、


「それで、どう、動く、アル?」

「へ?」

「匂わずとも、解る」


 スメルフは、フィアに注意されてから、人の感情を匂いで察するのをなるべく控えるようになってたけど、


「セイントソードの、正体を、突き止めたい、だろう?」


 野生の勘でも働いてるのか、単純に、思いやりのある男だからか、俺の心を容易く読む。……俺は肯定するようにうなずく。


「それで、俺のスキルと、機動力を、借りたい、という訳か」

「お願い出来る?」

「それは、構わない、だが――捕まえられるかは、疑問だ」


 スメルフ曰く、


「セイントソードは、風のように現れ、そして去る、そして、匂いの痕跡を、残さない」

「なんかマジックアイテムでも使ってるのかな」

「明らかに、俺対策、だろうな、ボルケンドでの、経験から」


 それ即ち、ソーディアンナさん=セイントソードの要素にもなるのだけど。


「そっちこそ、どうだ、【適当】スキルで、どうにか、ならないか」

「え、ええと」


 【適当】じゃなくて今の俺のスキル、【○聖】、ありとあらゆる字を当てはめられる。

 セイントソード探しに、一番可能性があるスキルは勿論、

 ――〔絵師は見る人ドロウマナコ〕先輩の【眼聖】スキル

 だって何せ千里眼だ、セイントソードの場所も見つけられそう……と思うけど、


(見つけられそうっていうのはあくまで予測で、仮にそれが可能だとしても、ぶっつけ本番で、ちゃんと使いこなせるかどうか解らない)


 スキルは使い放題たって、同じ物を使い続けられる訳じゃないのは今まで通りだろう。そうなると、使いどころを考えなきゃならない。


(でも、セイントソードが現れてもう4日、俺の【○聖】を使えるのは今日を除けばあと3日)


 ――流石に動かなきゃ間に合わなくなるかもしれない

 そう思った俺は、


「スメルフ、今夜、俺とメディ達と一緒に」


 仮面の騎士の捜索の協力を、スメルフに頼もうとした、

 その瞬間、

 ――〈チートフルデイズありきたりの奇跡

 声が頭の中に響いてこいつ、直接脳内に、そして、


「へっ!?」

「えっ!?」

「ええっ」


 ――俺の目の前にはフィアとメディがいて


「ちょ、ちょっとお兄ちゃんとメディ、なんで!?」

「わ、わかりません、いきなり声が聞こえて」


 そして俺は、学園の中庭にいたはずなのに、


「と、というか、ここは」


 ――フィアが叫ぶとおり


「どこなのよぉ!?」


 全く見知らぬ場所――聖騎士団にあるものとは比べものにならないくらい、大きく広く、そして美しい礼拝堂にいて、そして、


「うわぁ、ほんまに成功したぁ!」


 声がした方に振り向けば、


「うちの【奇跡】、パワーアップしとる!」


 そこにいたのは、


「恋する乙女は無敵って、ほんまなんやねぇ」


 ――奇跡の使い手


「せ、聖女、セイントセイカ様ぁ!?」


 その姿があったもんだから、俺が思わず声をあげれば、


「聖都へようこそ、アルテナッシ君!」


 左目を閉じたまま、頬を染めて笑顔を浮かべるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?