――アンナさんの葬式から3日後
彼女の死によって、悲しみに包まれているはずだった学園の、芝生も豊かな昼休みの中庭は、
「またやってくれたぜ、美少女仮面騎士セイントソードが!」
全く逆の大盛り上がりをみせていた。
アンナさんのお葬式に現れた、誰が見たって、アンナさんの変装だって思う仮面の剣士、しかしその説は、棺の中のアンナさんの死体が否定する。
ともかくあらゆる意味でミステリアスな仮面の剣士、葬式途中に現れた彼女は、アンナさんへのスライム討伐命令が、彼女の死亡、または戦闘不能が目的だった事を、その企みの首謀者の簀巻きと共に、曇り空だけど白日の下に。
そして
「聖騎士団で、不正していた奴も吊るし上げにしたしな!」
「こっそりアンナさんを指示してた貴族を、脅してた庶民も成敗したんだっけ」
「立場上、悪事の手伝いをするしか無かった人には、寛大な処置をしたらしいわよね」
と、これまでの三日間、聖騎士団の膿出しに快刀乱麻の活躍を見せていて、そして、
「でも思ったよりさ、貴族側にも"壁無し派"いたんだなぁって」
「同調圧力で"壁有り派"だったんじゃない?」
「ともかく、エンリ様の理想も、セイントソードのおかげで待ったなし!」
そう――エンリ様の兼ねてからの思想、それを支持するかどうかは、壁有り派と壁無し派という風に、解りやすい言葉にされていた。
一見それは、いい事かに思える、だけど、
「なんて事は、ない」
――スメルフの
「庶民と、貴族の、対立が、壁有り、壁無しに、変わっただけだ」
「……そうだよね」
「……わふぅ」
人では無く獣形態になって、俺の手でブラッシングされる度、気持ちよそうに芝生の上で体をよじるスメルフの言葉に、俺は同意する。
仮面剣士セイントソードがやってる事は、確かに正義かもしれない、だけど、
やってる事は――皆の話し合いじゃなくて、たった一人で全てを変えるような、危険な行為。
――嫌われたって構わない
本質的には、葬式での、
「その果てに、どうなるか、など、ソーディアンナなら、解ってる事、なのにな」
そう、話すスメルフに俺は、
「――やっぱり、あの仮面の騎士はアンナさん?」
と、聞いた。
「……俺の鼻は、そう、教えている、だが」
スメルフは、
「教会地下に、安置されている、遺体からも、確かに、アンナの匂いはする」
そう答える。
(――一体どういう事なんだ?)
セイントソードの姿は、誰がどう見てもソーディアンナさんの変装だ。だけど、スライムにやられた遺体は確かに棺の中に収まっている。
一つ目の予想は、遺体は
もう一つはその反対、仮面の剣士が
まぁ、二つ目の場合、考えられ得るのがオトォとアニィみたいな双子説と――何かしらのスキル、という事になるんだけど。
ただ、今の学園、いや、学園の雰囲気的には、
「ともかく、セイントソードかっけぇ!」
「やっぱり正義が勝つんだよなぁ!」
そんなの、どっちでもいいようだった。
……無論、元々ソーディアンナさんと親しい人間――フィアのような――人達にとっては、この騒動には違和感があって、セイントソードの存在を、積極的に肯定も否定もしない感じだ。
俺はアンナさんと少ししか話してない、だけど、なんというか、"正義の味方"なんて強引なやり方、アンナさんらしくない気がする。
少なくとも、たった一人で独善的に、全てを決めるような人じゃないと思う。
……そんな事を考えながら、
「……終わったよ、スメルフ」
「あぁ」
俺がブラッシングを終えれば、ググッっとスメルフは、獣から人の姿に戻り、軽く伸びをした。そして、
「それで、どう、動く、アル?」
「へ?」
「匂わずとも、解る」
スメルフは、フィアに注意されてから、人の感情を匂いで察するのをなるべく控えるようになってたけど、
「セイントソードの、正体を、突き止めたい、だろう?」
野生の勘でも働いてるのか、単純に、思いやりのある男だからか、俺の心を容易く読む。……俺は肯定するようにうなずく。
「それで、俺のスキルと、機動力を、借りたい、という訳か」
「お願い出来る?」
「それは、構わない、だが――捕まえられるかは、疑問だ」
スメルフ曰く、
「セイントソードは、風のように現れ、そして去る、そして、匂いの痕跡を、残さない」
「なんかマジックアイテムでも使ってるのかな」
「明らかに、俺対策、だろうな、ボルケンドでの、経験から」
それ即ち、ソーディアンナさん=セイントソードの要素にもなるのだけど。
「そっちこそ、どうだ、【適当】スキルで、どうにか、ならないか」
「え、ええと」
【適当】じゃなくて今の俺のスキル、【○聖】、ありとあらゆる字を当てはめられる。
セイントソード探しに、一番可能性があるスキルは勿論、
――〔絵師は見る人ドロウマナコ〕先輩の【眼聖】スキル
だって何せ千里眼だ、セイントソードの場所も見つけられそう……と思うけど、
(見つけられそうっていうのはあくまで予測で、仮にそれが可能だとしても、ぶっつけ本番で、ちゃんと使いこなせるかどうか解らない)
スキルは使い放題たって、同じ物を使い続けられる訳じゃないのは今まで通りだろう。そうなると、使いどころを考えなきゃならない。
(でも、セイントソードが現れてもう4日、俺の【○聖】を使えるのは今日を除けばあと3日)
――流石に動かなきゃ間に合わなくなるかもしれない
そう思った俺は、
「スメルフ、今夜、俺とメディ達と一緒に」
仮面の騎士の捜索の協力を、スメルフに頼もうとした、
その瞬間、
――〈
「へっ!?」
「えっ!?」
「ええっ」
――俺の目の前にはフィアとメディがいて
「ちょ、ちょっとお兄ちゃんとメディ、なんで!?」
「わ、わかりません、いきなり声が聞こえて」
そして俺は、学園の中庭にいたはずなのに、
「と、というか、ここは」
――フィアが叫ぶとおり
「どこなのよぉ!?」
全く見知らぬ場所――聖騎士団にあるものとは比べものにならないくらい、大きく広く、そして美しい礼拝堂にいて、そして、
「うわぁ、ほんまに成功したぁ!」
声がした方に振り向けば、
「うちの【奇跡】、パワーアップしとる!」
そこにいたのは、
「恋する乙女は無敵って、ほんまなんやねぇ」
――奇跡の使い手
「せ、聖女、セイントセイカ様ぁ!?」
その姿があったもんだから、俺が思わず声をあげれば、
「聖都へようこそ、アルテナッシ君!」
左目を閉じたまま、頬を染めて笑顔を浮かべるのだった。