アレフロンティア大陸中央にそびえ立つ、女神教の文字通りの総本山である聖山、
その頂上に、聖女であるセイントセイカ様がおさめる"聖都"がある。
険しき道のりといった物理的な要素は勿論、聖山に満ちる聖気によって、魔物はもちろんの事、不心得者すら拒絶するという、そう簡単に、訪れる事も出来ない場所に、
「聖都へようこそ、アルテナッシ君!」
今、【奇跡】の力で招かれていた。
「え、え、聖女様!?」
「聖都って、ここが、この場所がですか!?」
驚くフィアと、状況から現状を把握するメディに、
「ほうよ、えっと、お名前はなんやったっけ?」
聖女様がそう尋ねれば、
「た、〔猛る聖火のフィアルダ〕です、聖女様」
「〔癒やし手のメディクメディ〕、あの、その節はご主人様をお運びいただきありがとうございました」
二つ名を開示しながら、ガチガチに緊張している二人。そりゃそうだ、相手はこの世界の女神様の血を引くとか、300年生まれ変わり続けてるっていうとか、現人神のような存在なんだから。
けれどセイカ様は、にこにこ笑って、
「そっかそっか、二人がうちの、恋のライバルなんやねぇ」
――なんかとんでもない事を言い出した!?
「はぁ!?」
「こ、恋のライバル!?」
絶句する俺に代わって、驚き声をあげ、顔を赤くする二人。
「い、いやいや、別に私はお兄ちゃんのことなんか好きでもなんでもないんだから!?」
「わ、私とご主人様は、あくまでの主従の関係です、聖女様や皆様に言われるようなものではありません!」
当然のように否定する二人、俺も慌てて声をあげる。
「あ、あのセイカ様、それは本当にとんでもない思い違いです」
「そうなん? えっとほな、うちがこのままアル君を
「――そういう訳じゃ」
と、俺が言うのにおっかぶせるように、
「お兄ちゃんが、聖女様と結ばれるとか、やめてください!」
と、フィアが真っ赤な顔で叫んだ。あ、頭の上のチビも、ピキャー! と、威嚇するように炎を吐いた。
セイカ様はそんなフィアを見て、一瞬呆気にとられたようだけど、
――すぐに直後ペカーっと笑って
「ああ知っとる! これってツンデレって奴やねぇ!」
「ツンデレ!?」
謎の単語を吐くセイカ様、それに戸惑うフィア、セイカ様は一気にフィアに詰め寄って、そして、
抱きしめた。
「え、えええ!?」
聖女の抱擁という異常事態にパニックになるフィアに、
「うんうん、つまりうちとフィアちゃんは恋のライバル! うわぁ、テンションあがってきたんよ! お互いがんばろうねぇ!」
「い、いや、恋のライバルって!? と、ともかくお離しくださぁい!」
そう言われても、フィアにほっぺたすりすりまでするセイカ様。それを見て、ぽか~んとしているメディに俺は、
「その、セイカ様、今まで恋をした事が無いらしくて……、だからあれ、恋に恋している状態なんだと思う」
「……なるほど」
メディは目を細めながら、
「ご主人様ご本人へ恋してるというよりは、相手は誰でも良く、恋という感情そのものを
「うん、多分」
じゃなきゃ、恋のライバル出現ってイベントで、あんな風にテンション高くならないと思う。
「まぁ、その、そういう訳だから、俺とセイカ様はただの友達だから」
「わかりました、……それにしても」
「ん?」
そこでメディは、にこっと笑った。
「成長なされましたね、ご主人様」
「……成長って何が?」
「――思いやりです」
――それは
「もとより優しい方ではありましたが、加えて相手の気持ちになって考えるようになったと思います」
「そ、そうかな?」
「ええ、……失礼ながら、会った直後のご主人様であるなら、そのように相手の気持ちをそこまで考察せず、ただ求められるままに応じただけかと」
そういうものなのか?
……でも確かに、施設に居た頃は、誰かの役に立とうとはしたけど、本当に相手が何を求めてるか? までは、考えなかった気がする。
実際、フィアが本当にしてほしかった事を、俺はずっと気づけなかった訳だし。
メディの言うとおり、恋をしたと言われたなら、前世みたいに"言われた通り"になっていたかもしれない。
けどそれは、
「もしそうなら、それは皆とメディのおかげだと思う、ありがとう」
確かな事を、彼女に言った。
するとメディもニコッと笑って――
「じ~っ」
「「はっ」」
お、
「……本当に、あんた達ってただの主人とメイドなの?」
と、フィアが疑いを向けてきた。
「そ、そうだよ、メディは俺のメイドで、あと友達!」
「繰り返しますが、皆様が想像されるような関係ではありません!」
だから二人で慌てて否定する。暫くの間、疑いの目を向けてきた二人だけど、
「まぁ、えっか」
セイカ様がやにわそう言って指を鳴らす――すると、
「うわっ」
――俺達はまた瞬間移動した
……場所は屋外、高い建物の屋上、そのテラス席に俺達は座らされていた。真っ白なテーブル、真っ白なイス、そしてテーブル上には真っ白なカップにいれられた透明な水。
「ごめんねぇ、お水くらいしか出すもんあらへんのよ」
そうニコニコ笑うセイカ様に、俺達は戸惑いながらも、いただきますと水を含む――喉へとすっと染みこむ、まるで体全体を浄化するような透き通った味、……味覚がまだまだ鈍い俺にとっては、むしろこのもてなしは、有り難かった。
その上で、屋上から聖都の街並みを見る。
建物は勿論なのだけど、人々の衣服までが真白を基調としている。行き交う人々は皆、笑顔を浮かべているけれど、どれだけ人が群れようと、喧噪さは見受けられない。
あの大きな教会は――俺達がさっきまで居た場所だろうか。
それに向けて、一糸乱れぬ祈りを捧げている民達の姿。
これを無機質と感じるのか、静穏だと憩うかは、人によって違うと感じた。
……俺は、そんな聖都の様子を眺めながら、
「セイカ様が、俺達を聖都まで招いたのは何故ですか?」
と、聞いた。
「――円卓帝国での騒動を聞いたんよ」
その言葉に、俺はセイカ様へ顔を向ける。
「ソーディアンナって
「――それは、ありがたいですけど」
パワーアップした【奇跡】スキルは、帝国のトベッキーさんによる
「それなら、お兄ちゃんだけじゃなく」
「私たちもお呼びになった理由は?」
そう、フィアとメディを招いた理由が解らなかった。
するとセイカ様は口を開く。
「一つ目の理由は、アル君からだけ事情を聞くより、他の人からも情報を欲しかった事」
「……もう一つは?」
「恋のライバルになりそうな相手をチェックしとこうかな~と」
二つ目の答えに俺はもちろん、メディとフィアも、聖女様相手だろうと呆れた顔になってしまった。俺達三人の反応を見たセイカ様、
「ええやん! 今のうちは恋愛脳なの!」
って、テーブルを両手でぺしぺし叩いた。
「そ、それって、自分から言うようなもんじゃないと思いますよ」
俺はそうつっこんだ、けど、
「ふふ……ほんに恋ってステキやね……今のうちならアル君のため世界だって滅ぼせそう……」
「それはおやめくださいませセイカ様!?」
「聖女様が言うとシャレになってないです!?」
な、なんか
(からっぽの俺なんか相手にここまで……)
本当に恋に恋してる状態なんだと思ってたけど、セイカ様は
「まぁ、半分冗談はともかく」
「半分本気!?」
「ともかく、もうちょいくわしゅうお話聞かせてくれへん?」
そう請うてきたので、三人三様の手段で、事の経緯を全て話した。
「仮面騎士と遺体、どっちが偽物で、どっちが本物って所かぁ」
「はい、まずそれを確かめる事が先かなって」
「それはせやけど、アル君、もう一つ大切な事あるよ?」
「へ?」
そう言ってセイカ様は、右目で俺をみつめてきて、
「――ソーディアンナちゃんはスライムと相打ちになった」
と、言った。
……確かに、それが死因だけど、
――あっ
「「「ああっ!?」」」
俺はもちろん、フィアもメディも声をあげた。そ、そうだ、倒されたスライムは、
相手の求めるもの、欲望に応じて、アイテム化する!
剣聖のアンナさんと相打ちとなるスライムなんだから、そうならないとおかしいくらい!
「で、ですが、そんな話は聞いてないですが」
「相打ちだったら、アイテム化とかはしないんじゃ?」
メディの情報、フィアの予想、そんな中で、
――俺の背筋に冷たいものが走る
「――もしかして」
「せやねぇ、そのもしかしてやねぇ」
セイカ様は、不安そうに、
可能性について話す。
「一つ目は、遺体がアンナちゃんの欲望で作られた
最悪と、
「遺体が
それを越える邪悪を。