貴族とは何か? と問われれば、色々な答えがあるけれど、基本的には領地経営。ただ中には、帝国の行政に関わったり、魔法の指南役、国宝の管理者等々、そういう"専門職"で家名を守る貴族達も存在する。
――ソーディアンナさんは、後者である
「ここが、お姉様が育った家」
聖都に招かれた次の日、つまり、仮面の女騎士が現れて4日目、俺達は、大陸の東南部にあるアンナさんの生家に、メディとフィアと共に訪れていた。
円卓帝国がこの近くに寄ったタイミング、学園に、外出許可をもらってである。
三階建てのレンガ作り、庭はキレイに整えられているけど、そこまで広くない。
ただその小さな庭の中で、一際目立つのが、
「――剣の石像だね」
アンナさんが使ってる両刃の剣と酷似したものが、台座を模した石台の上に突き刺さるように置かれている。
ソーディアンナさんの家系は、代々、【剣聖】スキルを持つ。そしてその力で、皇帝に仕える事がソーディアンナさんの貴族としての役割。
「代々、【剣聖】スキルを継承する家系、貴族か」
「エンペリラ様の【皇帝】スキルも、血筋によるものですからね」
生まれた瞬間、生き方が決まるともいえるその事に、俺は、ボルケノンドでのアンナさんの言葉を思い出す。
――”からっぽ”なんだ
確かに、アンナさんはそう言った。
聖騎士団団長という役職も、ただ機能的に演じているだけ、って。
「……もしかしたら、家の事で悩んでいたのかもしれない」
「――それは」
俺の提示した可能性に、フィアは頭上のチビドラと共に黙る、けど、
「……ともかく、家に入ろう、セイカ様に言われたとおり、何か手がかりがあるかもだから」
そう、俺達がここに来た目的は、スメルフの鼻からも逃れている仮面騎士の鏢城。
円卓帝国が空を飛ぶ事から考えれば、帝国のどこかに身を潜めているのは確かだけど、その潜伏先のヒントになるようなものがあるんじゃないかって話で。
俺は、エントランスの扉横にある、
「きゃあっ!?」
悲鳴と、そして、
衝撃音が聞こえた。
「えっ!? な、なに!?」
「ちょっと、開けるわよ!」
突如聞こえてきた異常自体、戸惑って固まる俺だったけど、フィアはいち早く扉を開く。
――目に飛び込んできたのはエントランスホールと
「お姉様!?」
フィアの言うとおり、アンナさんであるはずの、仮面の女騎士が、
「ド、ドロウマナコ様!?」
聖騎士団に所属してる、【眼聖】スキルの持ち主、倒れるマナコさんに、
剣を抜いている光景だった。
俺達は慌てて、マナコさんに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!」
俺はそう言って、マナコさんを抱き起こそうとする。そんな中で、
「どうやら、君達も正義の邪魔をしに来たみたいだね」
仮面の騎士――セイントソードが、
「殺したくはないけれど、手加減を出来る相手ではなさそうだ」
剣を構えたままに、淡々と俺達に告げる。
絶句するフィアとメディ、そして腕の中でうめき声をあげるマナコさん。
……この状況で俺は、どうしても、確かめなければいけない事を聞いた。
「貴方は、"スライム"なのか?」
――その言葉を
聞いた、仮面の騎士は、
「……ふふ、ははは、あははははは!」
突然に、笑い出した。
――瀕死になったスライムは、心を乗っ取るため、
……そう、それは、宝石とか写真とかハンマーとか、物理的なものだと思っていた。けれどスライムは変幻自在。
もしもアンナさんが死に際に――正義の味方を願ったなら、願ってしまったなら、
スライムは、その姿に化けたんじゃないかという仮説。
――
「そうか、そこまで解ってるんだね! ならば話が早いよ! 私の正体がスライムかどうか、ソーディアンナかどうか!」
セイントソードは、いや、アンナさんの見た目をしたものはハッキリと、
「そんなの、私にももう解らない」
と、言った。
「目覚めた時、目の前に
「……それで、仮面の騎士になったのですか?」
「ああ、ああ、そうだとも! 聖騎士団という立場では、排除できないこの世の悪を正す者に、世界を平和に導く者に!」
仮面の騎士は、
「
そう言った、次の瞬間、
「メイド長から教わりました!」
メディが叫ぶ、
「平和とはけして、一人で責を負う者ではないと!」
だけどその言葉にも、
アンナさんは、仮面越しに、涼しげな瞳を細めながら言った。
「借り物の言葉じゃ、私のからっぽな心には響かないよ」
「っ!」
……そう指摘されたメディは押し黙り、そして、
――からっぽという
その単語に、俺の心も震えてしまう。
アンナさんはそんな俺を見やると、口を開く。
「ああ、結局、私を止めたいならそれでいい、
「ア、アンナさん」
「……〔何も無しのアルテナッシ〕」
アンナさんはそこで、
剣を納めた。
「君になら、殺されたっていい」
そこまで言って、彼女は扉へと歩く、何の警戒もせずに背を俺達に向ける。
「お、お姉様!」
たまらずにフィアがそう呼ぶけれど、アンナさんは振り返らずに、
「そんな風に慕ってくれて、嬉しかったと、
そう言葉を残して、扉を開けて、そして閉めて去って行った。
……追いかける事が出来なかった。
そんな事をしても無駄だと、思ってしまったから。
「……今の仮面の騎士の正体が、スライム」
ぽつりと、メディが呟く。
「姿だけでなく、人格まで、記憶までコピーしたという事でしょうか?」
「そ、それじゃ、本物のお姉様は死んで、あいつは」
仮面の騎士=スライム説が濃厚になっていく事に、動揺しながらもフィアは、
「で、でも、偽物だったとしてもあれはお姉様よ!」
正直な気持ちを吐き出した――そりゃそうだ、中身
けれどもしそうだとした場合、俺達がとるべき行動は、
「――倒さなければならないのかな」
相手が、スライムなら、この世界の平和を脅かす最強種のモンスターであるならば、
――それそのものが、アンナさんの望みに
そう、絶望的な気分になった時、
「――【○聖】スキル」
と言う声が、不意に聞こえた。
「え?」
その声は、俺の腕の中、
「……なんでもかんでもいれ放題? これは、やばいべき。チートってレベルじゃねぇぞって言われるべき」
ドロウマナコさんの言葉で、え、え、ええ!?
「な、なんでお兄ちゃんの」
「ご主人様のスキルを――」
そう、俺に代わって、俺の疑問を言葉にした二人。マナコさんは、俺の腕の中からゆっくりと立ち上がりながら、
「【眼聖】スキル――〈
そう、言ってくる。
「〔絵師は見る人ドロウマナコ〕、私こそ、学園唯一のスキル看破の
「あ、それって」
――学園に、たった一人ですが、スキルのランクを見抜ける力スキルがある方がいるようです
入学試験前に、メディが言っていた!
「て、てっきり
「わ、私もそう思ってました」
メディとフィアの言葉に、マナコ先輩は目を閉じて。
「能ある鷹は
そしてマナコさんは、こう言った。
「あの仮面の騎士は、スライムじゃなく、ソーディアンナ本人と知るべき」
「――え?」
その言葉に、俺達三人は驚きの顔になる。
「それって、【眼聖】スキルで解ったんですか?」
「違う――そうじゃないべき、理由は単純、アンナは」
「私を、殺さなかった事を考慮すべき、きっとアンナは」
続けて、
「――殺されたがっていると知るべき」
言った。
「自分が"剣聖"という、嘘ごと死にたがっているって」
――その言葉は
……ソーディアンナさんのスキルが、【剣聖】じゃないという事実は、俺達三人を凍り付かせた。