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7-5 何者でも無いソーディアンナ

「アンナとの出会いは1年前。16歳の彼女が、学園と聖騎士団に入学してきた時だったべき」

「……あのマナコ先輩、べきが最早語尾になってませんか?」

「気にしないべき」

「はい」


 ――ソデーィアンナさんの実家、その応接室

 少し誇りが被ったテーブルに、俺とマナコ先輩は向かい合うように座っていた。尚、メディとフィアは、元々ここに来た目的、アンナさんの帝国での潜伏先の調査のため席を外している。

 そしてマナコ先輩は――クロッキー帳にしゃかしゃか鉛筆を走らせて、何かを描き終わった後、こちらにそれを見せた。


「〔何者でも無いソーディアンナ〕」


 それはそう、二つ名をかざす、ソーディアンナさんの絵だった。


「……その二つ名を翳しながら、あの娘は、私に挨拶したと知るべき」

「――何者でも無い」

「君の二つ名に良く似ているべき」


 二つ名、そういえば、俺もアンナさんと会った時、〔剣聖ソーディアンナ〕って名乗られはしたけど、二つ名の開示翳しは無かった。

 でも、正直未だに信じられない。

 あれほどの剣の使い手が、【剣聖】スキルの持ち主じゃないなんて。


「……アンナは私にこう言ったべき、「この学園で、貴方だけが私の嘘を知る人になってくれないか?」って」

「それを、OKしたんですか?」

「――そうすべきと思ったから」


 マナコ先輩はまたクロッキー帳に鉛筆を奔らせて、そしてこちらに向けた。

 そこに描かれているのは、アンナさんがモンスターを倒したり、弱い人達を助けたりしてる、"ヒーロー英雄"のような彼女の活躍だった。


「もとより、彼女が14歳の頃から、活躍は聞いていたべき、【剣聖】の力を存分に振るい、この絵に描いたような、弱きを助け強きを挫く、まさに騎士物語の主人公」

「それで、学園に入学出来て、騎士団長にも抜擢されたとか?」

「ああ、本人の希望もあってね、……べき」


 ……無理して"べき"って言わないでも。この世界異世界ノジャイナリィのじゃ~にしろウマァガールひひんにしろ、語尾にこだわる人多いような。

 いやその事につっこむよりも、


「それで、アンナさんの本当のスキルはなんなんですか?」


 聞かなきゃいけない事があったから、俺は尋ねる。

 するとマナコ先輩は、絵を描くのも止めて、ちょっと視線を下に落とした後、再び顔を上げてから、


「【英傑】スキル、[非常に優れた力を持つ]、ランクは」


 そのスキルの名と、能力、そして、


「Bランク」


 と、言った。


「え、ええ!?」


 び、Bランク!? Sランクじゃなくて!?

 それで、【剣聖】と間違われる、皆が信じるくらいの、活躍をしてたって事?


「その活躍が、その実績があったからこそ、私はアンナを信じたべき。【英傑】スキルはよく言えば万能、悪く言えば器用貧乏なスキルだべき、彼女が〔剣聖ソーディアンナ〕を名乗れる程だったのは、才能もあっただろうけど、何よりも、努力があったと知るべき」

「は、はぁ、凄い……」


 本当に凄い。例えBランクでも、Sランクに匹敵する力を持つ。それってまるでFクラスの皆みたいだ。

 ……そんな凄いのに、Sランクの【剣聖】スキルだと、

 嘘を吐く必要があった理由は、


「……この家に、生まれたからですか?」


 ソーディアンナさんの家は、代々、【剣聖】スキルを持つ人達が生まれる家系。

 なのにスキルの女神様から授かったのが、【英傑】スキルという別の物だったら――それは、


「……私も、そこまでは知らないべき、ただ――」


 そこでマナコ先輩は、部屋を見回した。


「この屋敷に、誰もいない事は、気になるべき」


 ……そう、それはそう、

 怒濤の展開で最初は気づかなかったけど、本来なら真っ先に違和感を覚えるべき事。

 アンナさんの実家には、今現在、誰もいない。

 執事やメイドはもちろん、いるはずの家族も。

 ――何があったかは想像しか出来ない

 英傑に生まれたアンナさんに絶望して、皆、出て行ったとか、

 あるいは、ごく最近、英傑である事を知って、身を隠したとか、

 ……ともかく、葬式に出てこないくらいなのだから、よほどの事情があるには違いない。


「……【英傑】、か」


 あんまり知らない言葉だけど、なんとなく英雄っぽい。それになる前の段階、って事かな。

 スキルは、その人の望みや生き様で決まるっていう。

 剣聖じゃなくて、英傑に――英雄になりたいというのが、アンナさんの本当の願いなら、

 仮面の騎士は、アンナさんのその夢を叶えた姿になる。

 ……ああ、そうか、

 きっとそうだ。

 俺が、ある考えに行き着いた時、


「ごめん、お兄ちゃん、何もなかった」

「日記のような類いのものも、一切無く――」


 ちょうど、応接室に入ってきたフィアとメディに、


「アンナさんが、死にたい理由がわかった」

「え?」

「へ?」


 俺は、


「――アンナさんは、自分の正義が正しいとなんか思ってない」


 たった一人で平和の責を負い、力ずくで不正を正そうとする、皆と共に歩もうとした彼女からすれば、それは、本来アンナさんにとっては"悪"のはずだ。

 そんな悪いものに敢えてなって――そして自分がスライムにしろ、そうでないにしろ、

 彼女が信じる本当の正義に、殺されたがっている。

 剣聖であったという嘘を、この世に残して。


「潜伏先は解らないけど、アンナさんが現れる場所は解る」

「それって」

「どうやって」


 メディとフィア、そしてチビに俺は顔を向けて、

 こう言った。


「――遺体だよ」


 ――礼拝堂の地下に、緊急的に保存されている棺の遺体

 それはアンナさん本人かもしれないし、スライムかもしれない。

 だが、後者であると考えるならば、


「アンナさんはそれを――死体スライムを殺さなければならない」


 スライムという、世界の災厄、


「アンナさんの夢は、世界平和なんだから」


 それを放置して、あの世にいくなんて考えられない、だから、

 "あの場所"に現れるだろうアンナさんの前で、

 俺のスキルを、【○聖】スキルの全てを、使う事を決めた。

 ――決戦は礼拝堂

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