「アンナとの出会いは1年前。16歳の彼女が、学園と聖騎士団に入学してきた時だったべき」
「……あのマナコ先輩、べきが最早語尾になってませんか?」
「気にしないべき」
「はい」
――ソデーィアンナさんの実家、その応接室
少し誇りが被ったテーブルに、俺とマナコ先輩は向かい合うように座っていた。尚、メディとフィアは、元々ここに来た目的、アンナさんの帝国での潜伏先の調査のため席を外している。
そしてマナコ先輩は――クロッキー帳にしゃかしゃか鉛筆を走らせて、何かを描き終わった後、こちらにそれを見せた。
「〔何者でも無いソーディアンナ〕」
それはそう、二つ名をかざす、ソーディアンナさんの絵だった。
「……その二つ名を翳しながら、あの娘は、私に挨拶したと知るべき」
「――何者でも無い」
「君の二つ名に良く似ているべき」
二つ名、そういえば、俺もアンナさんと会った時、〔剣聖ソーディアンナ〕って名乗られはしたけど、二つ名の
でも、正直未だに信じられない。
あれほどの剣の使い手が、【剣聖】スキルの持ち主じゃないなんて。
「……アンナは私にこう言ったべき、「この学園で、貴方だけが私の嘘を知る人になってくれないか?」って」
「それを、OKしたんですか?」
「――そうすべきと思ったから」
マナコ先輩はまたクロッキー帳に鉛筆を奔らせて、そしてこちらに向けた。
そこに描かれているのは、アンナさんがモンスターを倒したり、弱い人達を助けたりしてる、"
「もとより、彼女が14歳の頃から、活躍は聞いていたべき、【剣聖】の力を存分に振るい、この絵に描いたような、弱きを助け強きを挫く、まさに騎士物語の主人公」
「それで、学園に入学出来て、騎士団長にも抜擢されたとか?」
「ああ、本人の希望もあってね、……べき」
……無理して"べき"って言わないでも。この
いやその事につっこむよりも、
「それで、アンナさんの本当のスキルはなんなんですか?」
聞かなきゃいけない事があったから、俺は尋ねる。
するとマナコ先輩は、絵を描くのも止めて、ちょっと視線を下に落とした後、再び顔を上げてから、
「【英傑】スキル、[非常に優れた力を持つ]、ランクは」
そのスキルの名と、能力、そして、
「Bランク」
と、言った。
「え、ええ!?」
び、Bランク!? Sランクじゃなくて!?
それで、【剣聖】と間違われる、皆が信じるくらいの、活躍をしてたって事?
「その活躍が、その実績があったからこそ、私はアンナを信じたべき。【英傑】スキルはよく言えば万能、悪く言えば器用貧乏なスキルだべき、彼女が〔剣聖ソーディアンナ〕を名乗れる程だったのは、才能もあっただろうけど、何よりも、努力があったと知るべき」
「は、はぁ、凄い……」
本当に凄い。例えBランクでも、Sランクに匹敵する力を持つ。それってまるでFクラスの皆みたいだ。
……そんな凄いのに、Sランクの【剣聖】スキルだと、
嘘を吐く必要があった理由は、
「……この家に、生まれたからですか?」
ソーディアンナさんの家は、代々、【剣聖】スキルを持つ人達が生まれる家系。
なのにスキルの女神様から授かったのが、【英傑】スキルという別の物だったら――それは、
「……私も、そこまでは知らないべき、ただ――」
そこでマナコ先輩は、部屋を見回した。
「この屋敷に、誰もいない事は、気になるべき」
……そう、それはそう、
怒濤の展開で最初は気づかなかったけど、本来なら真っ先に違和感を覚えるべき事。
アンナさんの実家には、今現在、誰もいない。
執事やメイドはもちろん、いるはずの家族も。
――何があったかは想像しか出来ない
英傑に生まれたアンナさんに絶望して、皆、出て行ったとか、
あるいは、ごく最近、英傑である事を知って、身を隠したとか、
……ともかく、葬式に出てこないくらいなのだから、よほどの事情があるには違いない。
「……【英傑】、か」
あんまり知らない言葉だけど、なんとなく英雄っぽい。それになる前の段階、って事かな。
スキルは、その人の望みや生き様で決まるっていう。
剣聖じゃなくて、英傑に――英雄になりたいというのが、アンナさんの本当の願いなら、
仮面の騎士は、アンナさんのその夢を叶えた姿になる。
……ああ、そうか、
きっとそうだ。
俺が、ある考えに行き着いた時、
「ごめん、お兄ちゃん、何もなかった」
「日記のような類いのものも、一切無く――」
ちょうど、応接室に入ってきたフィアとメディに、
「アンナさんが、死にたい理由がわかった」
「え?」
「へ?」
俺は、
「――アンナさんは、自分の正義が正しいとなんか思ってない」
たった一人で平和の責を負い、力ずくで不正を正そうとする、皆と共に歩もうとした彼女からすれば、それは、本来アンナさんにとっては"悪"のはずだ。
そんな悪いものに敢えてなって――そして自分がスライムにしろ、そうでないにしろ、
彼女が信じる本当の正義に、殺されたがっている。
剣聖であったという嘘を、この世に残して。
「潜伏先は解らないけど、アンナさんが現れる場所は解る」
「それって」
「どうやって」
メディとフィア、そしてチビに俺は顔を向けて、
こう言った。
「――遺体だよ」
――礼拝堂の地下に、緊急的に保存されている棺の遺体
それはアンナさん本人かもしれないし、スライムかもしれない。
だが、後者であると考えるならば、
「アンナさんはそれを――
スライムという、世界の災厄、
「アンナさんの夢は、世界平和なんだから」
それを放置して、あの世にいくなんて考えられない、だから、
"あの場所"に現れるだろうアンナさんの前で、
俺のスキルを、【○聖】スキルの全てを、使う事を決めた。
――決戦は礼拝堂