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7-6 家の名は

 ――仮面騎士セイントソードが現れて六日後の夜

 つまり、【○聖】スキルが使用可能な最終日。

 俺は三日前から、エンペリラ様の許可、あと、セイントセイカ様の口添えで、聖騎士団本部、礼拝堂に三日前からたった一人居座っていた。


(【○聖】スキルは、今日を超えれば使えない)


 ……それでも、俺は待っている。今夜に待ち望む相手が訪れず、仮に【○聖】が使えなくなっても、その時はその時で考えるしかないと、でも、


(――きっと今日、来るはずだ)


 何の根拠もない予感が、俺を満たしていた。

 ……俺は、扉から視線を反らし、後ろへと振り返り――安置されている棺の中を覗いた。

 魔法スキルで腐敗しないよう処理されたという、アンナさんの遺体。確かに、棺の中の彼女は、まるで生きているようで。


(これが本当に魔法スキルの効果なのか、それとも、スライムだからなのか)


 そんな事を考えながら、アンナさんの顔を覗き込んでいると、

 ――ガチャリと、扉が開く音がして

 ……俺はゆっくりと振り返った。


「やぁ、〔何も無しのアルテナッシ〕」


 そう声をかけてくる――仮面の剣士に俺は、


「お疲れ様です、〔何者でも無いソーディアンナ〕さん」


 と、呼んだ。

 ……彼女は驚く様子もなく、こちらへと歩を進めながら――俺が呼んだ通りの"二つ名"を翳す。

 歩幅五つ分3メートルくらいの距離を置いて、立ち止まるアンナさんに、俺は尋ねる。


「よく、二つ名を出さずに、これまで"剣聖"じゃないってバレませんでしたね」

「マナコの協力もあったけど、あとは努力さ」

「――努力」

「あぁ」


 そしてソーディアンナさんは笑うのだけど、


「偽る為の、努力をね」


 その笑顔は――俺が良く知っているもの、

 形だけの、からっぽの笑顔だ。


「……それにしても、随分と物騒だね」


 そしてアンナさんは、俺の背後、"自分アンナの遺体"がおさまっている棺の周りに注目する。

 棺の前に並べられているのは、個人への手向けの花ではなく、

 ありとあらゆる武器だった。


「斧、槍、弓矢、鞭まで? ハンマーもあるし、ああ、盾もあるのか、……そして、剣」


 剣は――多くの武器の中で、一番真ん中に置かれている。鞘にはおさまっていない、アンナさんが扱うの同じ、両刃の剣。


「こんなにいっぱい、武器を集めてどうするのかな」

「――俺の【○聖】スキルに必要なものです」

マルセイ【○聖】?」

「俺の今のスキルです、○には好きな字を入れる事が出来ます」

「凄いな、やっぱり君は、何も無しどころか何でも有りなんだね」


 アンナさんは、


「何者でも無い、何者にもなれない私とは大違いだよ」


 そう、相変わらずの笑顔のままで答える。


「……だけど、マナコ先輩は、【英傑】スキルは確かにBランクだけど、無限の可能性があるって言ってました」

「そうだね」

「剣聖という、生き方に縛られ何者でもあれるない可能性があるって」

「ああそれは、私自身が良く分かっている」

「それなら何故?」

「――察しはつくだろう?」


 そしてアンナさんが、


「家だよ」


 そう言った、次の瞬間、

 ――世界がモノクロームに変わり

 ……すべての時間が静止して、そして、


≪貴方は絶対、この高校に合格しなきゃいけないの!≫


 俺のトラウマが――母親の影が現れて、喋りだす。


≪それが貴方が唯一許された未来、貴方には、それだけ!≫


 ……あの頃は、疑う事も難しかった、自分の未来を奪われる事。それはとても悲しい事で、心が震えて、脅えてしまうけど、


「――ごめん、母さん」


 今の俺が優先すべきは、


「アンナさんのトラウマを、見せて」


 そっちだった――俺の言葉に、母親のような影は、何か金切り声をあげながら俺に襲い掛かってきたけど――俺は目をぎゅっと瞑って、怖がりながらも、それに耐えた。

 ……そして、目を開けた時には、


≪――【英傑】スキル、そうか≫


 そこには男性のシルエットがあって、


≪……はい、お父様、Bランクの≫


 そして男性の目の前には、そう答える、ポニーテルの少女の影があって。きっとこれが、アンナさんで、そして目の前に居るのが父親だ。


≪――アンナ≫


 ああそうだきっと、この時にアンナさんは、父親から、

 ――家の為に【剣聖】を偽れって言われた


《素晴らしいじゃないか》


 ……え?

 ……す、素晴らしい? ちょっと待って、アンナさんのお父さん、

 アンナさんのスキルを、認めてた?


《そうだ、君は確かに私から剣を習ったけど――君の才能は、剣に縛られるものじゃない。【英傑】はきっと、いつか英雄になる為の|力《スキル》だ、【剣聖】なんてものより、もっともっと素晴らしいよ》

《ま、待ってくださいお父様! 我が家は、代々【剣聖】として名を成してきた家! それなのに私が》

《構わないじゃないか、家がどうとかこうとかじゃない》


 ……全然、俺の想像していたのと違う。

 アンナさんも同じく、親に未来を決められていたと考えていた、だけどアンナさんのお父さんは、剣聖である事を強いていない。

 ならどうして――


《――私を子供とお思いですか》


 ……アンナさんが、


《貴族というものが、どれだけ名分を、伝統というもので生きているかを知らないとでも! もしも私が剣聖でないというなら、それだけで!》


 叫ぶ。


《私達は潰される、命だって奪われるかもしれない!》


 ――え


《それが解らないお父様では無いでしょう!》


 ……剣聖じゃなければ、潰されるどころか、殺されるかもしない?

 そんな訳が――いや、でも、

 ……小説を書いただけで、殺されそうになったロマンシア、その事を考えると、あながち否定出来ない、そう思ったけど、


《……流石に、命までは取られない、貴族じゃなくなるくらいさ》


 その事は、アンナさんの父親の影が否定した。

 生まれた子供が、剣聖じゃなかったからって、殺される訳じゃない。

 だけどそれは逆を言えば、


《……貴族でなくなったって、いいのですか?》


 家が取り潰しになる事は、肯定していた。


《当たり前じゃ無いか、私達は、貴族である前に家族なんだよ》


 だけど、父親らしき影は――シルエットなのに、笑みを浮かべているかのように、


《貴族で無くなったって、娘の夢を、叶えてやりたいのは当然だよ、きっと君のお母さんも、そう思ってる》


 そう、優しく告げる。

 ……ああ、

 解った、

 アンナさんのトラウマが――


《――嫌》


 アンナさんが、【英傑】である事を諦めたのは、【剣聖】を偽ろうとしたのは、


《嫌ぁ!》


 死んでほしくなかったからだ。

 いくら、アンナさんのお父さんが、"命の心配は無い"って否定しても、アンナさんにはそれが信じられなかったんだ。

 きっとスキルを授かるまでに、

 たくさんの、貴族社会の闇を見てきたから。

 ――小説を書いただけで殺されかけるような


《お願い、お父様、私にお父様と同じ、【剣聖】を願って、偽る事を許して!》

《アンナ、落ち着いて》

《嫌よ、嫌! お母様だけじゃなく、お父様まで失いたくない!》

《だ、大丈夫だよ、私は殺されないし、いなくならない》

《何を根拠に!》


 死んでほしくなかった――


《なら何故、お母様は、私達から引き離されたの!》


 ――もう二度と、失いたくなかったから。

 だけど、

 世界はそれを許さなかった。

 彼女が、


《――私が女に生まれたからでしょう》


 貴族だったから、


《女は【剣聖】にはなれないって、言われたからでしょ!》


 生まれが、彼女の未来を閉ざしたから。

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