――仮面騎士セイントソードが現れて六日後の夜
つまり、【○聖】スキルが使用可能な最終日。
俺は三日前から、エンペリラ様の許可、あと、セイントセイカ様の口添えで、聖騎士団本部、礼拝堂に三日前からたった一人居座っていた。
(【○聖】スキルは、今日を超えれば使えない)
……それでも、俺は待っている。今夜に待ち望む相手が訪れず、仮に【○聖】が使えなくなっても、その時はその時で考えるしかないと、でも、
(――きっと今日、来るはずだ)
何の根拠もない予感が、俺を満たしていた。
……俺は、扉から視線を反らし、後ろへと振り返り――安置されている棺の中を覗いた。
(これが本当に
そんな事を考えながら、アンナさんの顔を覗き込んでいると、
――ガチャリと、扉が開く音がして
……俺はゆっくりと振り返った。
「やぁ、〔何も無しのアルテナッシ〕」
そう声をかけてくる――仮面の剣士に俺は、
「お疲れ様です、〔何者でも無いソーディアンナ〕さん」
と、呼んだ。
……彼女は驚く様子もなく、こちらへと歩を進めながら――俺が呼んだ通りの"二つ名"を翳す。
「よく、二つ名を出さずに、これまで"剣聖"じゃないってバレませんでしたね」
「マナコの協力もあったけど、あとは努力さ」
「――努力」
「あぁ」
そしてソーディアンナさんは笑うのだけど、
「偽る為の、努力をね」
その笑顔は――俺が良く知っているもの、
形だけの、からっぽの笑顔だ。
「……それにしても、随分と物騒だね」
そしてアンナさんは、俺の背後、"
棺の前に並べられているのは、個人への手向けの花ではなく、
ありとあらゆる武器だった。
「斧、槍、弓矢、鞭まで? ハンマーもあるし、ああ、盾もあるのか、……そして、剣」
剣は――多くの武器の中で、一番真ん中に置かれている。鞘にはおさまっていない、アンナさんが扱うの同じ、両刃の剣。
「こんなにいっぱい、武器を集めてどうするのかな」
「――俺の【○聖】スキルに必要なものです」
「
「俺の今のスキルです、○には好きな字を入れる事が出来ます」
「凄いな、やっぱり君は、何も無しどころか何でも有りなんだね」
アンナさんは、
「何者でも無い、何者にもなれない私とは大違いだよ」
そう、相変わらずの笑顔のままで答える。
「……だけど、マナコ先輩は、【英傑】スキルは確かにBランクだけど、無限の可能性があるって言ってました」
「そうだね」
「剣聖という、生き
「ああそれは、私自身が良く分かっている」
「それなら何故?」
「――察しはつくだろう?」
そしてアンナさんが、
「家だよ」
そう言った、次の瞬間、
――世界がモノクロームに変わり
……すべての時間が静止して、そして、
≪貴方は絶対、この高校に合格しなきゃいけないの!≫
俺のトラウマが――母親の影が現れて、喋りだす。
≪それが貴方が唯一許された未来、貴方には、それだけ!≫
……あの頃は、疑う事も難しかった、自分の未来を奪われる事。それはとても悲しい事で、心が震えて、脅えてしまうけど、
「――ごめん、母さん」
今の俺が優先すべきは、
「アンナさんのトラウマを、見せて」
そっちだった――俺の言葉に、母親のような影は、何か金切り声をあげながら俺に襲い掛かってきたけど――俺は目をぎゅっと瞑って、怖がりながらも、それに耐えた。
……そして、目を開けた時には、
≪――【英傑】スキル、そうか≫
そこには男性の
≪……はい、お父様、Bランクの≫
そして男性の目の前には、そう答える、ポニーテルの少女の影があって。きっとこれが、アンナさんで、そして目の前に居るのが父親だ。
≪――アンナ≫
ああそうだきっと、この時にアンナさんは、父親から、
――家の為に【剣聖】を偽れって言われた
《素晴らしいじゃないか》
……え?
……す、素晴らしい? ちょっと待って、アンナさんのお父さん、
アンナさんのスキルを、認めてた?
《そうだ、君は確かに私から剣を習ったけど――君の才能は、剣に縛られるものじゃない。【英傑】はきっと、いつか英雄になる為の|力《スキル》だ、【剣聖】なんてものより、もっともっと素晴らしいよ》
《ま、待ってくださいお父様! 我が家は、代々【剣聖】として名を成してきた家! それなのに私が》
《構わないじゃないか、家がどうとかこうとかじゃない》
……全然、俺の想像していたのと違う。
アンナさんも同じく、親に未来を決められていたと考えていた、だけどアンナさんのお父さんは、剣聖である事を強いていない。
ならどうして――
《――私を子供とお思いですか》
……アンナさんが、
《貴族というものが、どれだけ名分を、伝統というもので生きているかを知らないとでも! もしも私が剣聖でないというなら、それだけで!》
叫ぶ。
《私達は潰される、命だって奪われるかもしれない!》
――え
《それが解らないお父様では無いでしょう!》
……剣聖じゃなければ、潰されるどころか、殺されるかもしない?
そんな訳が――いや、でも、
……小説を書いただけで、殺されそうになったロマンシア、その事を考えると、あながち否定出来ない、そう思ったけど、
《……流石に、命までは取られない、貴族じゃなくなるくらいさ》
その事は、アンナさんの父親の影が否定した。
生まれた子供が、剣聖じゃなかったからって、殺される訳じゃない。
だけどそれは逆を言えば、
《……貴族でなくなったって、いいのですか?》
家が取り潰しになる事は、肯定していた。
《当たり前じゃ無いか、私達は、貴族である前に家族なんだよ》
だけど、父親らしき影は――シルエットなのに、笑みを浮かべているかのように、
《貴族で無くなったって、娘の夢を、叶えてやりたいのは当然だよ、きっと君のお母さんも、そう思ってる》
そう、優しく告げる。
……ああ、
解った、
アンナさんのトラウマが――
《――嫌》
アンナさんが、【英傑】である事を諦めたのは、【剣聖】を偽ろうとしたのは、
《嫌ぁ!》
死んでほしくなかったからだ。
いくら、アンナさんのお父さんが、"命の心配は無い"って否定しても、アンナさんにはそれが信じられなかったんだ。
きっとスキルを授かるまでに、
たくさんの、貴族社会の闇を見てきたから。
――小説を書いただけで殺されかけるような
《お願い、お父様、私にお父様と同じ、【剣聖】を願って、偽る事を許して!》
《アンナ、落ち着いて》
《嫌よ、嫌! お母様だけじゃなく、お父様まで失いたくない!》
《だ、大丈夫だよ、私は殺されないし、いなくならない》
《何を根拠に!》
死んでほしくなかった――
《なら何故、お母様は、私達から引き離されたの!》
――もう二度と、失いたくなかったから。
だけど、
世界はそれを許さなかった。
彼女が、
《――私が女に生まれたからでしょう》
貴族だったから、
《女は【剣聖】にはなれないって、言われたからでしょ!》
生まれが、彼女の未来を閉ざしたから。