《女は【剣聖】にはなれないって、言われたからでしょ!》
――トラウマがそう叫んだ、次の瞬間
世界は――礼拝堂は、色を取り戻して、時は再び流れ出す。
俺は、予想してなかったアンナさんの
「お母さんが?」
そう、呟いていた。
俺のその言葉に、アンナさんは、ちょっと驚いた様子を見せて、
「まさか、見たのかな? 【眼聖】スキルでも、心の中までは覗けないと思うけれど」
……少し黙った後、アンナさんは、
「私のお父様とお母様は、政略結婚ではあったけれど、とても愛し合っていてね」
語り出す。
「けれど、お母様は私を産んだ後、大病を患ってしまって、子が産めない体になった。……そして貴族の社会には【剣聖】は男性からしか生まれないという
「迷信……」
「ただ、女性で剣聖を目指す人が居なかったっていうだけだよ――だけどお母様の親族達は、その迷信を信じた」
代々、【剣聖】を輩出する事で、貴族としての地位を保っていた家。
その世継ぎが、【剣聖】になるかどうか解らない女性。
「私が12歳になる前、私が
未来の無い家と一緒であれば、自分達の家にも被害が及ぶ、そう思ったんだろうか。
……本人同士じゃなく、家同士の結婚が生む歪さに、俺は、貴族という生き方の闇をみる。
「だから、私はそんな謂れを覆したかった、父の下で【剣聖】スキルを授かる事を願った、けれど14歳の時、女神様が私に授けたのは……」
「――【英傑】」
「……子供の頃から、父に憧れてた、【剣聖】になる事は、私の子供の頃からの夢だった、だけど……今考えれば私はね、家の為じゃなく、世界の平和の為に"剣聖"になろうとしてたんだ」
「……それの何が、ダメだったと思うんですか?」
「ダメだろう、だって貴族は何よりも、家柄と誇りを大事にしなきゃいけないんだから――世界の平和なんかよりも。きっとその心を、女神様は見抜いた」
それでも、と言って、
「私は必死に、"剣聖"として生きようとした。お父様は止めてくれたけど、それが家を守り、お母様と再び暮らせる方法だと思ったから」
……ドロウマナコ先輩が言っていた、"絵物語のような活躍"、そのモチベが、両親への思いだなんて思わなかった。
「本当に、いっぱい、"努力"をしたんですね」
「ああ、だけど」
そこでアンナさんは、また笑って、
「その結果が、あのからっぽの家だよ」
そう言った。
「帝国学園に入学し、エンペリラ様の後押しもあって、聖騎士団団長に就任にして、これならきっとお母様も戻ってくると――何ヶ月かぶりに家へと戻ってきた時には、もぬけの殻だった」
「――それって」
「私も最初は、なんでって思ったよ。けれどよく考えれば解る事だ。私は、本物の剣聖じゃない、その嘘は、何時露呈するか解らない。……そうなる前に身を隠すのは自然だろう」
「……本気で、そう思ってますか?」
「……他の可能性も、無論、考えたよ。お父様は、私に偽る事を止めさせたくて、
そこで少し黙ってから、
「それならやっぱり私は、【剣聖】として死ななければならない」
そう、告げる。
「いつ、【英傑】だとバレるか解らない私が生き続けるより、今、私が【剣聖】として死ねば、隠れ生きているお父様の命は、名誉は、保たれる、……お母様も、剣聖の子を産んだと称えられる」
「……そんな事、アンナさんの両親は望んでない」
「そうだろうな、でも」
……ああ、この人の笑顔は、
あの頃の俺と同じ、
「それが私の、
からっぽだ。
――
……ああ、本当にアンナさんは、自分が本物かスライムかなんて、どっちでもいいんだ。
スライムだったら殺されればいい、スライムじゃなかっても、今度こそスライムと相討ちに――あるいはスライムを倒した後、自分で命を絶てばいい。
そんな風に考えている。
「……仮面の騎士となり、
……そして俺は、マナコ先輩と同じく確信する。
「後は頼むよ、〔何も無しのアルテナッシ〕」
この人は、スライムじゃない。
「私と違って、自分の二つ名に、未来を見出した君」
目の前のアンナさんが、ここまで人を思いやれる人が、スライムな訳がない。
遺体が、スライムだ、だから、
――俺は後ろを振り返り
遺体を、じっとみつめた。
「……アルテナッシ?」
――すると棺に収まった遺体から
「――え」
【○○】、が浮かび上がる。
突然起きた現象に、アンナさんは、目を丸くした。
「な、なんだい、その
「……この空白に、俺の心に欠けている物を埋めると、このスライムは、無害なアイテムになります」
そう、フィアやゴッドフット先輩の時と同じ――アンナさんと俺の
だけど俺は今、
違う言葉を思い浮かべる。
「先輩は、俺に言いました」
――ボルケノンド、スメルフの背に乗って駆けている時
「自分の夢は、世界平和だって」
……今思えば、何故アンナさんがそんな夢を描いたか良くわかる。
それしか方法が無かったからだ。
本当に、自分が守りたい物。
だから、
「俺が今、その、敵になる」
「何を言って――」
「アンナさんが」
俺は目の前の【○○】に、
「未来を取り戻せるように」
言葉を埋めた――
「【剣聖】」
――その瞬間
棺におさまっていたアンナさんの遺体が! 光り輝きながら一気に膨れ上がり!
「なっ!?」
そしてその輝きの影のように、黒い闇を噴き出させながら、一気に俺の体を飲み込む!
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」
粘体に包まれる俺の体――だけど息苦しさは無い、溺れはしない、だけど、
(心に、どす黒いものが、入り込んでくる!)
からっぽな俺の心を満たす黒い物、悪寒、吐き気、酩酊、あらゆる負の感触の後に、それを燃やし尽くすような怒りがわき上がってくる!
――虚しさに殺意の衝動が埋まる
「あ、あぁ、あぁあ……」
……からっぽな俺は、そうじゃない誰かを、
――誰かの幸せを
「ああああああああ!?」
殺したがっている!
こんな気持ち、俺は知らない!
「ア、アルテナッシ、お前は、何故!?」
だけどそれでも、俺が、
「ア、アンナ、さん」
正気を保てるのは、
「俺を、スライムに乗っ取られた俺を」
――アンナさんへの信頼と
彼女の本当の、
「倒してっ!」
その俺の叫びと共に、俺の体を飲み込んだスライムは、
――弾けるように分裂した
「ッ!?」
俺を中心に起きる閃光、そして突風、……アンナさんは驚きと共に怯んだけど、どうにか、その目を開く。
……アンナさんの目の前には、棺の前に倒れる、
スライムの体を、まるで騎士の鎧のように纏った俺。そして、
――そこら中に散らばる騎士の形をしたスライム
……礼拝堂に満ちる、静寂、
だがやがて、俺は、
その中で俺は――自分の腰に下げた刀も抜かずに、
剣を取った。
そして、
呆然と立ち尽くす、仮面の騎士へと振り返って、
――
「【斧聖】」
「【槍聖】」
「【鞭聖】」
「【槌聖】」
「【杖聖】」
「【鎌聖】」
「【鏢聖】」
「【矛聖】」
「【弓聖】」
「【鋸聖】」
「【盾聖】」
次々と、
アンナさんに名乗った。
「【剣聖】のアルテナッシ」
そして翳す、二つ名では無い、
――{剣聖悪騎アルテナッシロストフューチャー}
スライムに自分の身を乗っ取らせ、十二人の聖騎士となった俺は、
武器を一斉に、アンナさんへと向けた。
「……な、何を、何を考えてるアルテナッシ」
俺の凶行にしか思えないだろう行動に――狼狽したアンナさんが、
「一体何でこんな事を!?」
そう叫んだから、俺は、
「……俺が貴方を、英傑に、いや」
ただ、告げた。
「英雄にする」
次の瞬間――槍を持った俺が、アンナさんへと飛びかかった。