目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

7-7 英雄へ

《女は【剣聖】にはなれないって、言われたからでしょ!》


 ――トラウマがそう叫んだ、次の瞬間

 世界は――礼拝堂は、色を取り戻して、時は再び流れ出す。

 俺は、予想してなかったアンナさんのトラウマ過去を見た事で、体中から汗を流して、そして、


「お母さんが?」


 そう、呟いていた。

 俺のその言葉に、アンナさんは、ちょっと驚いた様子を見せて、


「まさか、見たのかな? 【眼聖】スキルでも、心の中までは覗けないと思うけれど」


 ……少し黙った後、アンナさんは、


「私のお父様とお母様は、政略結婚ではあったけれど、とても愛し合っていてね」


 語り出す。


「けれど、お母様は私を産んだ後、大病を患ってしまって、子が産めない体になった。……そして貴族の社会には【剣聖】は男性からしか生まれないという迷信伝統があった」

「迷信……」

「ただ、女性で剣聖を目指す人が居なかったっていうだけだよ――だけどお母様の親族達は、その迷信を信じた」


 代々、【剣聖】を輩出する事で、貴族としての地位を保っていた家。

 その世継ぎが、【剣聖】になるかどうか解らない女性。


「私が12歳になる前、私がスキルを授かる年頃12歳から16歳になる前に、お母様を、没落する家にいさせてはいけないと、無理矢理、お父様と離婚させて、さらわれるように連れ戻された」


 未来の無い家と一緒であれば、自分達の家にも被害が及ぶ、そう思ったんだろうか。

 ……本人同士じゃなく、家同士の結婚が生む歪さに、俺は、貴族という生き方の闇をみる。


「だから、私はそんな謂れを覆したかった、父の下で【剣聖】スキルを授かる事を願った、けれど14歳の時、女神様が私に授けたのは……」

「――【英傑】」

「……子供の頃から、父に憧れてた、【剣聖】になる事は、私の子供の頃からの夢だった、だけど……今考えれば私はね、家の為じゃなく、世界の平和の為に"剣聖"になろうとしてたんだ」

「……それの何が、ダメだったと思うんですか?」

「ダメだろう、だって貴族は何よりも、家柄と誇りを大事にしなきゃいけないんだから――世界の平和なんかよりも。きっとその心を、女神様は見抜いた」


 それでも、と言って、


「私は必死に、"剣聖"として生きようとした。お父様は止めてくれたけど、それが家を守り、お母様と再び暮らせる方法だと思ったから」


 ……ドロウマナコ先輩が言っていた、"絵物語のような活躍"、そのモチベが、両親への思いだなんて思わなかった。


「本当に、いっぱい、"努力"をしたんですね」

「ああ、だけど」


 そこでアンナさんは、また笑って、


「その結果が、あのからっぽの家だよ」


 そう言った。


「帝国学園に入学し、エンペリラ様の後押しもあって、聖騎士団団長に就任にして、これならきっとお母様も戻ってくると――何ヶ月かぶりに家へと戻ってきた時には、もぬけの殻だった」

「――それって」

「私も最初は、なんでって思ったよ。けれどよく考えれば解る事だ。私は、本物の剣聖じゃない、その嘘は、何時露呈するか解らない。……そうなる前に身を隠すのは自然だろう」

「……本気で、そう思ってますか?」

「……他の可能性も、無論、考えたよ。お父様は、私に偽る事を止めさせたくて、の為に生きる事を止めてほしくて、姿を隠したとか、だけど」


 そこで少し黙ってから、


「それならやっぱり私は、【剣聖】として死ななければならない」


 そう、告げる。


「いつ、【英傑】だとバレるか解らない私が生き続けるより、今、私が【剣聖】として死ねば、隠れ生きているお父様の命は、名誉は、保たれる、……お母様も、剣聖の子を産んだと称えられる」

「……そんな事、アンナさんの両親は望んでない」

「そうだろうな、でも」


 ……ああ、この人の笑顔は、

 あの頃の俺と同じ、


「それが私の、願いだから」


 からっぽだ。

 ――未来なき理想ロストフューチャー

 ……ああ、本当にアンナさんは、自分が本物かスライムかなんて、どっちでもいいんだ。

 スライムだったら殺されればいい、スライムじゃなかっても、今度こそスライムと相討ちに――あるいはスライムを倒した後、自分で命を絶てばいい。

 そんな風に考えている。


「……仮面の騎士となり、正義暴力を行ったのは最後のワガママさ、これでちょっとは、聖騎士団というものが、皆の為の物になればいいんだけど」


 ……そして俺は、マナコ先輩と同じく確信する。


「後は頼むよ、〔何も無しのアルテナッシ〕」


 この人は、スライムじゃない。


「私と違って、自分の二つ名に、未来を見出した君」


 目の前のアンナさんが、ここまで人を思いやれる人が、スライムな訳がない。

 遺体が、スライムだ、だから、

 ――俺は後ろを振り返り

 遺体を、じっとみつめた。


「……アルテナッシ?」


 ――すると棺に収まった遺体から


「――え」


 【○○】、が浮かび上がる。

 突然起きた現象に、アンナさんは、目を丸くした。


「な、なんだい、その空白マルマルは?」

「……この空白に、俺の心に欠けている物を埋めると、このスライムは、無害なアイテムになります」


 そう、フィアやゴッドフット先輩の時と同じ――アンナさんと俺の過去トラウマから考えれば、本来、ここに埋める言葉は決まっている。

 だけど俺は今、

 違う言葉を思い浮かべる。


「先輩は、俺に言いました」


 ――ボルケノンド、スメルフの背に乗って駆けている時


「自分の夢は、世界平和だって」


 ……今思えば、何故アンナさんがそんな夢を描いたか良くわかる。

 それしか方法が無かったからだ。

 本当に、自分が守りたい物。

 だから、


「俺が今、その、敵になる」

「何を言って――」

「アンナさんが」


 俺は目の前の【○○】に、


「未来を取り戻せるように」


 言葉を埋めた――


「【剣聖】」


 ――その瞬間

 棺におさまっていたアンナさんの遺体が! 光り輝きながら一気に膨れ上がり!


「なっ!?」


 そしてその輝きの影のように、黒い闇を噴き出させながら、一気に俺の体を飲み込む!


「あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」


 粘体に包まれる俺の体――だけど息苦しさは無い、溺れはしない、だけど、


(心に、どす黒いものが、入り込んでくる!)


 からっぽな俺の心を満たす黒い物、悪寒、吐き気、酩酊、あらゆる負の感触の後に、それを燃やし尽くすような怒りがわき上がってくる!

 ――虚しさに殺意の衝動が埋まる


「あ、あぁ、あぁあ……」


 ……からっぽな俺は、そうじゃない誰かを、

 ――誰かの幸せを


「ああああああああ!?」


 殺したがっている!

 こんな気持ち、俺は知らない!


「ア、アルテナッシ、お前は、何故!?」


 だけどそれでも、俺が、


「ア、アンナ、さん」


 正気を保てるのは、


「俺を、スライムに乗っ取られた俺を」


 ――アンナさんへの信頼と

 彼女の本当の、

 願い


「倒してっ!」


 その俺の叫びと共に、俺の体を飲み込んだスライムは、

 ――弾けるように分裂した


「ッ!?」


 俺を中心に起きる閃光、そして突風、……アンナさんは驚きと共に怯んだけど、どうにか、その目を開く。

 ……アンナさんの目の前には、棺の前に倒れる、

 スライムの体を、まるで騎士の鎧のように纏った俺。そして、

 ――そこら中に散らばる騎士の形をしたスライム

 ……礼拝堂に満ちる、静寂、

 だがやがて、俺は、騎士達は、ゆっくりと立ち上がる。俺以外の、俺に化けたスライムは半透明だ。そして、各々、棺の前に備えられていた武器を取っていく。斧を、槍を、弓を、鞭を、

 その中で俺は――自分の腰に下げた刀も抜かずに、

 剣を取った。

 そして、

 呆然と立ち尽くす、仮面の騎士へと振り返って、

 ――騎士達は名乗り始める。


「【斧聖】」

「【槍聖】」

「【鞭聖】」

「【槌聖】」

「【杖聖】」

「【鎌聖】」

「【鏢聖】」

「【矛聖】」

「【弓聖】」

「【鋸聖】」

「【盾聖】」


 次々と、スライム騎士達が、武器を冠するスキルの名を呟く中で、俺自身本体も、手に取った剣を構えて、

 アンナさんに名乗った。


「【剣聖】のアルテナッシ」


 そして翳す、二つ名では無い、

 怪物モンスターとしての、ネームド名付きの強さを。


 ――{剣聖悪騎アルテナッシロストフューチャー}


 スライムに自分の身を乗っ取らせ、十二人の聖騎士となった俺は、

 武器を一斉に、アンナさんへと向けた。


「……な、何を、何を考えてるアルテナッシ」


 俺の凶行にしか思えないだろう行動に――狼狽したアンナさんが、


「一体何でこんな事を!?」


 そう叫んだから、俺は、


「……俺が貴方を、英傑に、いや」


 ただ、告げた。


「英雄にする」


 次の瞬間――槍を持った俺が、アンナさんへと飛びかかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?