円卓帝国聖騎士団本部、
俺を含む十二人の悪騎と、アンナさんしかいない礼拝堂で。
――【槍聖】スキルを持った俺が
まさに一番槍とばかりに、アンナさんへと飛びかかった。アンナさんは怯みながらも、剣でその槍をなぎ払う。しかしその時には、矢が彼女へと放たれていた。
「くっ!?」
【弓聖】スキルをもつ悪騎の攻撃――驚きの表情をみせながらも、アンナさんはくるりと体を回し、マントでその矢の軌道を反らして見せる。そして、守備から一転、そこから軽くかがめば、
「【剣聖】スキル――〈
自分自身をミサイルにするような勢いで、剣を突き出して、棺の前の
「【剣聖】スキル――〈
俺も全く同じ技を使って見せた、礼拝堂中央でぶつかる剣――そのままお互いの剣の斬り合いになった。
刃と刃がすれ違い、時にぶつかり合い、キィン、という硬質音を響かせる。まるでワルツを踊るような剣同士の戦い。
そんな状況で――俺とアンナさんを取り囲む、他の武器持ちの悪騎達もアンナさんへと攻撃を仕掛けようとするが、
「〈
飛ぶ斬撃でそれを牽制してみせる。矢が再び飛んできても、背中に目がついているかのようにかわしてみせる。
(目の前の俺を相手しながら、周囲へのスキを全く見せない!)
多対一の状況でありながら、剣一本でしのぐアンナさん、だけど、
「何故、何故だ!」
それでも、仮面越しのその表情は、
「何故こんな事をすると、聞いているんだ!」
困惑と戸惑いを、喚くように叫んでいて、
――最上段から振り落としてきたアンナさんの剣を
俺の剣で、全力でかちあげた。
「――あっ」
アンナさんの手元から、高く高く打ち上がる剣、今の彼女は武器無し状態。
絶好のチャンス――俺は剣を彼女へ振りかぶって、
アンナさんへと刃を下ろす。
(――殺す)
スライムから与えられた殺意に従い、
彼女の命を、奪う為に、
……、
……けど、
だけど、
「う、ううう」
「――あ、アルテナッシ」
その剣を、俺は直前で、止めていた。
命を奪われなかった事に、呆然とするアンナさんの前で、
「うぐううううう!」
――俺は、自分の心の中で蠢く、訳のわからない殺意を必死で抑え込んで
そのままうめきながら、距離を置いた。
「ア、アルテナッシ、大丈夫か!」
とどめを刺さないどころか、距離まで開ける俺に、心配そうに叫ぶアンナさん。その前で、俺は、苦しげにうめき声をあげる。
――殺したい
殺したい、殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい!
ス、スライムの憎悪が、俺の心を、それで埋め尽くそうとする。
気持ち悪い、ともかく、目の前の存在を、意味も無く殺してしまいたい。……こんな気持ちに、フィアも、ゴッドフット先輩も襲われてたのか。
ちょっとでも気を緩めれば、十二人がかりで襲ってしまいそう――
でも、
それでも、
俺は必死に、その衝動を耐えながら、
「アンナさんが世界平和を望んだのは!」
武器では無く言葉を、放つ。
「家族を守る為だったんでしょう!?」
「――あっ」
アンナさんに、伝えたい事があるから。
「ち、違う、私の願いは、そんな、自分の為とかじゃなくて」
「そんな事ない!!」
そうハッキリと、断言出来る、だって、
――貴族だからとか、【剣聖】じゃないからとか
そんな理不尽な理由で、家族が離ればなれになる世界なんて、どう考えても平和じゃない!
「世の中を変えなきゃいけないと思ったから、聖騎士団長になったんじゃないですか! 例え自分が、【剣聖】でなくても、家族を守れる世界が欲しかったら!」
……そう叫んだ俺に、
「……確かに、心の奥底では、そんな事を望んでいたかもしれない」
アンナさんは、返す。
「聖騎士団団長となり、功績をあげ、その過程で、身分やしきたりなど関係ない世の中を作り出した後に、自分が本当は【剣聖】スキルを持たない事を明かし、お父様とお母様と、再び平和に暮らす事を望んでいたかもしれない」
そこまで語った後、
「けど、そんなのは絵空事だよ!」
――アンナさんは叫んだ
今までと違って、感情を露わにするように。
「そんな私の理想すら、【剣聖】の私でなければ、誰も付いてこない!」
「そんな事無い!」
「何故そんな事が言える!」
その言葉に、俺は、
「マナコさんが、そうだったじゃないですか!」
「――あっ」
慰めじゃ無くて、その事実を告げた。
「マナコさん、言ってました! アンナさんだけじゃなくて、貴族の皆が、嘘をつかずに生きていける世界をこの目で見たいって!」
「そ、それは」
「【剣聖】として死んでほしくない、【英傑】として生きてほしいって!」
「それが無理だと――」
「無理なんかじゃない! 【剣聖】の俺と、
「う、う、うううう!」
ああ、どれだけ
アンナさんには届かない、
――だからこそ
言葉よりも確かな物を! 自分の力を――
アンナさん自身のその願いを!
「守れるから! 平和も、家族も! その
信じてほしいと叫んだ瞬間、
「うあっ」
殺意の我慢に限界が来た――俺の体を纏う
「ブ、〈
その技と共に、俺は距離を詰めて剣を振り落とす。
すると周りの悪騎達にも、俺の殺意が伝播したかのように、
斧を、槍を、鞭を、槌を、杖を、鎌を、矛を、弓を、鋸を、盾を、
――それぞれの武器を持った
一斉に、
攻撃を仕掛ける。
俺は、剣を振り落としながら、
「ア、アンナさぁんっ!」
そう、悲鳴のように叫ぶけど、
――
アンナさんの体へ、降り注ごうとした。
――アンナさんの
だけど、
その瞬間、
「【英傑】スキル――」
俺の剣が、
「〈
アンナさんの叫びと共に、
――カランッっと
手から零れ、床へと落ちていた。
「――えっ」
からっぽになった俺の掌、しかしそれは俺だけじゃなく、
――十二人の悪騎全員
自分達の武器を、手元から落としていた。
「ええっ!?」
十二人がかりの一斉攻撃を仕掛けたのに、全員が、自分の武器を零すというあり得なさ。
その事実に、驚き戸惑っている中で、アンナさんは盾を素早く拾い上げて――
「ふんっ!」
それで身を守らずにぶん回した!? バチコーン! って、俺以外が全員、礼拝堂の壁にぶつかる!
か、壁にぶつかった悪騎達は、人の形を崩して、スライムみたいに崩れている。
一体何をして――そう思ったけど、
「……確かに多対一は戦闘において優位だが、よってたかって囲んでの同時攻撃が、うまくいくはずも無い」
アンナさんは、
「武器同士が
そう言って、持っていた盾を、礼拝堂の床に投げ捨てるようにおいた。
えっとつまり――最小限の動きで俺達をコントロールしたって事?
刃やハンマーの間をすり抜けるようにかわして、俺達の手を叩いたり握ったりして、それで、全員に武器を落とすように動いたって事? 徒手空拳での武装解除?
(――人間業じゃない)
Sランク、という言葉ですら足りない、彼女の絶技に、
……剣を持たずとも、強い人は、
「……全く、君は、君って奴は!」
泣きそうに俺に、訴える、
「私にそうまでして、偽りを止めさせる気か、〔何者でも無いソーディアンナ〕で生きろと、そんな!」
次は斧を拾い上げて、
「そんな夢を、願いを、今更、望めと! そんな事が!」
悲痛に顔をゆがめたままに、
「出来るはずが無いだろう!?」
その場から、走り幅跳びをするようにジャンプして、俺へと上から襲いかかってきた。俺は――俺を乗っ取ったスライムは――その攻撃を、
「――け、【剣聖】スキル!」
「〈
剣の刃による丸い盾を作り出す! だけどアンナさんの斧の一撃は、
「あぁぁぁぁぁっ!」
――俺の体をその
「うぐぅっ!?」
弾き飛ばされた体はそのまま――棺すら飛び越えて――セイントセイラ様の女神様像にあたった。
「ぐはっ!?」
そしてそのまま、女神像の足下に俺は尻から落ちる。同時に、俺の体を包むスライムの
痛いけど、ダメージを受けたせいか、アンナさんへの殺意が和らいでいく。
「ア、アルテナッシ」
斧を持ったアンナさんは、呆然と俺をみつめている、だから、
「……ほ、ほら、出来てるじゃないですか」
そう、また現実を告げる。
「剣聖の真似をしなくても、
「それは、だって、それは!」
「――俺をスライムから助けたいから、でしょう」
俺の言葉に、アンナさんは怯む。
そんな彼女に、俺は言葉を続ける。
「もう解ってるでしょう、お父さんとお母さんを守る為に」
そうそれは、
とても単純な事、だけど難しい事、
――ゴッドフット先輩の時と同じ
「嘘は吐かなくて、いいんです」
……その言葉に、
沈黙を続けていたアンナさんだったけど、
「――本当にいいのか」
ついに口を開いて、そして、
「嘘を吐かなくていいのか! 〔剣聖ソーディアンナ〕で無くていいのか!」
気持ちを、
「〔何者でも無いソーディアンナ〕で、平和を、君を、皆を!」
吐き出した。
「お父様とお母様を、守ろうとしても、いいのか!?」
……アンナさんの言葉へ俺は、
黙って、微笑んだ。
「……あ」
言葉じゃない答えを、俺から受け取ったアンナさんは、
「あ、あぁ、あぁ」
――とうとう、泣き始めた
「う、ああ、う、うう、うううぅ……」
涙を流し、嗚咽を漏らす。今まで泣けなかった過去を、取り戻すかのように。
……まるで、メディと出会った日の俺だ。
――そして彼女は
「ならば、ああ、ならば!」
声と共に顔をあげ、そして、
――仮面を剥ぎ取り、捨て去って
「まずは君を、英傑として救おう!」
何も隠さない、偽らない、
本当の笑顔を浮かべた。
「ただ私を説得する為に、スライムに身を捧げた大馬鹿者を、今そこから、助け出してやる!」
「……お願いします」
俺はその言葉を聞くと、ひどく安心した。
けれど同時に、
「うぐっ」
吐き気のように、また殺意がわき上がる。途端、壁まで弾き飛ばされたスライム達も、再び形を取り戻していく。俺を含めて、十二人の騎士になっていく。
――俺はまた、アンナさんへの殺意に満たされる
だけどそんな
剣どころか何ももたず、素手の彼女は、
「私は、〔何者でも無いソーディアンナ〕」
俺にこう、言ってくれた。
「未来の英雄、ソーディアンナだ!」
そう笑顔で言い放つ彼女の姿は、スライムに飲み込まれる絶望の中で、