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7-9 英傑 ~ナイツ・オブ・ラウンド討滅戦~

「未来の英雄、ソーディアンナだ!」


 夜の礼拝堂、そう啖呵を切ったソーディアンナさんのその次の行動は、

 ――全力で俺達から、礼拝堂への出口へと逃げる事だった


(え!?)


 と思ったけど、色々無茶をした所為か、俺の体は完全にスライムロストフューチャーの憎悪に飲み込まれていた。だから躊躇う事もなく、女神像の足下から立ち上がり、からっぽになった棺を飛び越えて、十二人の悪騎達と共に、アンナさんのマントをたなびかせる背中を追う――途中、自分達の武器を回収しながら。

 そしてアンナさんも、さっき、俺に弾かれてしまった自分の剣を拾い上げて、それを背中の鞘に収めた後、そして礼拝堂の巨大な扉を、


「おりゃあ!」


 そんな荒々しいかけ声と共に、罰当たりにも足蹴にして開いて見せた。けれど、


(危ない!?)


 扉を蹴破る時の僅かな減速、それを狙い撃ちするかのように、またもや、槍を持った悪騎が、それこそ自分自分を槍のようにして突っ込んでいき、そして、

 飛び道具のように槍を突き出す

 ――その切っ先にアンナさんの体は貫かれて

 と、思ったら、


(マント!?)


 体じゃない。悪騎が貫いたのは背中にはためかせていたそれだけで、アンナさんの姿は無い。どこにいったとばかり、槍を突き出した状態で首を右へ左へと動かしたが、


「ここだよ!」


 どう駆け上がったのか――開いた扉の縁上に座っていたアンナさんはそこから飛び降り、そのまま槍の柄を踏みつけた――槍を持ったまま悪騎は、武器の前に体重がかかった事で前のめりになりバランスを崩す。その下がった悪騎の顔へ目がけて、


「はっ!」


 というかけ声と共に蹴り上げる――顎を蹴り上げられた槍の悪騎は、礼拝堂の中へとまた叩き込まれた。そして、アンナさんはその槍を拾うと再び逃げ出す。俺達は――槍を奪われた者も含め――アンナさんを追いかけていく。

 夜の聖騎士団本部の敷地――矢や投げナイフを、ひらひらりとかわしながら、全速力で駆けていくアンナさん。

 スライムに囚われた状態で、すっかり傍観者になった俺はこの状況を、


(これって、誘われてる?)


 そう判断した。

 そして俺の予想が当たるかのように、アンナさんを追って十二悪騎がたどり着いたのは、聖騎士団の鍛練場だった。その中央で、満を持してとばかりに槍を構えたアンナさんに――自分の得物を取り戻さんと、槍の手ぶらの悪騎が襲いかかるが、


「――殺意ばかりで工夫が無い」


 そう言って彼女は構えた槍で、


「【英傑】スキル――〈セブンランスター胸に刻むは七つ星〉!」


 悪騎スライムの体に、高速の七連刺しを叩き込んだ――吹き飛ばされた悪騎は、空中で、ただのスライムへと分裂した!


(ス、スライムに、攻撃を通してる!)


 【英傑】スキルか、単純な膂力か、ともかく、アンナさんの攻撃が、スライムに通じている。そう俺が唸ったその時、


(え?)


 空に何かが表れる、一瞬、オーロラのように見えたそれは、


(これは――投影されてる!?)


 夜空を特大のスクリーンにして、俺達悪騎達とアンナさんの姿が映った! これって、ダンジョンレースの時、マナコ先輩が使った〈クレアボヤンスアワーお菓子片手に視写会を〉!


「マナコ……!」


 ああ、皇帝陛下の城にある、学園遠見の塔から、ペカーッ! って、光が、俺達の様子が空へ向かって映されている。あそこでマナコ先輩、スキルを使ってる。


(マナコ先輩、本当のアンナさんの姿を、皆に伝えようとしている)


 その事に気づいたのは俺だけじゃなく、当然、アンナさんもで、


「……そういえば彼女はしきりに言ってた、いつか、本当の私の姿を、絵物語にしたいって」


 そう穏やかな表情で語るアンナさんの――顔面に!

 【鏢聖】が放った投げクナイが投げられる、が、

 ガキィ! という硬質音と共に、

 ――アンナさんはそれを、歯で噛みしめて防いでいた


(ええ!?)


 そしてその鏢をくわえたまま走り出し、槍を棒高跳びみたいに使って跳ね上がると、 歯から鏢を手に持って、


「今まで、こんな私を見守ってくれてありがとう」


 快活に笑いながら――親子月を背にしながら、


「これからもどうか、共に歩みを!」


 鏢を投げる――投げた相手は【鞭聖】スキルを持った悪騎スライム――他の武器と違い鞭ではそれナイフを打ち落とす術は無かった。結果、【鞭聖】スキル持ちの悪騎の眉間は、的確に打ち抜かれて、その瞬間、槍の悪騎と同じく爆ぜて散った。

 ――それからのアンナさんは、まさに、無双チート状態だった。

 【槌聖】の振り落としたハンマーの上に乗ってみせて、そこからジャンプしてからかかと落としを食らわせる。

 【鋸聖】のノコギリにマントを絡ませ切れ味を防ぎ、鞭を首に絡ませ、鍛錬場にある木の枝にひっかけ、そのまま締め上げ首吊りる。

 【杖聖】が魔法を放とうとする悪騎には、ライトアーマーを脱ぎ、それを投げて、杖と悪騎の体を折ってみせた。

 【弓聖】が放った矢を空中で掴むと、スキルでブーストしてない、マッチレベルの火の魔法で燃やす。それを明後日の方向へ投げて視線を誘導させ、次の瞬間、背後を取ってみせる。

 【斧聖】にわざと柱を破壊させそれの下敷きにし、【鏢聖】に【鎌聖】を味方打ちフレンドリーファイアーさせ、【矛聖】と【盾聖】を矛盾で崩して、

 ……そんな風に、あらゆる武器、状況、環境を使い、そのからっぽな手から勝利をたぐり寄せようとする快刀乱麻は、

 強くて、そして、


(――かっこいい)


 十二人の悪騎達は、次々と倒され、スライムになって爆ぜていった。

 そして、気がつけば残ったのは、剣聖の俺一人、

 この状況に俺は、自分アンナ敗北勝利を確信し、笑う。


 ――だが


(――あっ)


 殺意が急に、


(ああ、あああぁぁぁ!)


 膨れ上がる!?

 なんで、って思ったら、いつの間にか俺の足下に、倒されてスライムゲル状になった悪騎達が集まってきていた! そのままスライム達は俺の体を足下から包み込んでいく。


「アルテナッシ!」


 アンナさんが、この状況に気づいた時には、スライム達は俺の身を完全に包み込み、そのスライムを肥大化させる――巨大な剣士、いや、"剣聖"の姿へと変えていく!


(うう、ううううう!)


 さっきとは比較にならならい気持ち悪さ、そしてそれを薪にして燃えるような憎悪の炎が、俺の体を――心を満たしていく。

 普通ならこんなの、耐えられない、

 だけど、


「〔何も無しのアルテナッシ〕!」


 視界どころか、意識すら薄れていくような状況で、

 ――アンナさんの

 マントも鎧も脱ぎ捨てた軽装で、金髪のポニーテールを揺らす彼女の、


「共に叫ぼう!」


 笑顔と、その声が、


「――はい!」


 俺に希望と勇気をくれた――アンナさんは背中の鞘から剣を抜き、"巨大な剣聖"である俺へと走ってくる。俺のスライムは俺の意思殺意をガソリンにして、剣を振り上げる、

 ――間合いに入った瞬間、アンナさんを絶つつもりだ

 けれどその距離に踏み込む前に、アンナさんは剣を構えた。

 ――〈ブレードバード飛び道具〉を使うつもりか

 だが、

 彼女は自分の剣を、

 ただ投げた。


(え!?)


 そして、そのまま突っ込んでくる、間合いに入ったアンナさんをスライムが斬る!

 ――だけど

 アンナさんの投げた剣がその瞬間、スライムの足下に突き刺さった。

 体勢を崩した事により、剣の軌道は、アンナさんから紙一重、ズレた。そして、

 懐に潜ったアンナさんは、


「〈ピースメーカーからっぽな手で掴むのは〉!」


 その掌を握り、拳に変えて、

 ――まるで俺へと手を差し伸べるように

 殴りつけた。

 スライムの体が、揺れる、崩れる、そして、

 まばゆい閃光と共にはじけ飛ぶ


「くっ!?」

「うわぁっ!」


 光に包まれるアンナさんへ向かって、スライムから解き放たれた俺は弾き飛ばされる――そんな俺をアンナさんは抱き留めてくれた。


「大丈夫か、アルテナッシ!」

「え、ええ、でも!」


 アンナさんに受け止められた状態で振り返れば、崩壊したスライムは、倒した相手の欲望アイテムへと形を変えようとしていた。だが、


「で、出てこい!」


 俺の願いと共に、ボコンッ! っと飛び出したのは、【○○】の文字。

 【○○】スキルのもう一つの力――ささやかな願いによるアイテム化によっての、スライムの無害化。

 スライムは何をされるか解ったのか、アイテムになるのを中止して、瀕死のままに俺とアンナさんを倒そうと飛びかかってくる、だが、

 俺達は、共に、

 【○○】を埋める言葉を、

 叫んだ。


「「【未来】!」」


 その瞬間――スライムは、

 複数枚の紙になって、そのまま、

 光を無くしていきながら、

 俺とアンナさんとの前に落ちた。


「……成功、したのか?」

「は、はい」


 スライムは最後、光を放っていた。

 だからマナコ先輩のスキル中継にも、"スライムを無害なアイテム化"させた事はバレなかっただろう、その事にちょっと安心しつつ、


(何に変化したんだろう)


 俺は、【未来】という言葉で、ささやかな願いで無害化した、アイテム複数枚の紙に目を凝らす。それは、


(――作文だ)


 ……アンナさんの腕から離れて、俺は、その作文をしたためられた原稿用紙へと近づく。

 手を伸ばし、それを拾った。

 子供の頃の文字で、書かれていた内容は、

 ――将来の夢

 ……母さんに書かされた時は、いい高校に入る事、だったけど、

 そこに、昔の俺子供の頃の字で書かれてたのは、


(……友達が欲しい、か)


 とても将来の夢とは言えないものだった。

 ……俺はそれを苦笑しながら、ちょっと寂しく思いながら、たたんだ後に制服の懐へしまい込んだ。

 と、その瞬間、


「……いっつ」


 急に痛みが襲ってきた、というより、思い出したって言うべきか。

 い、痛い、疲労感も凄いけど、その中で身も体も、焼けるような痛みが襲っている。

 そりゃ、そうだよな、【○聖】スキルを使いまくるだけでもヤバいのに、スライムにわざと体を乗っ取らせたんだから。

 そんな風に思っていると、


「当たり前だ」


 と、後ろから声がした。


「寧ろ、痛みだけで済んでいるのが奇跡といっていいよ、命を落とす可能性だってあったのだから」


 振り返ればそこには、アンナさんが立っている。


「……本当に君は無茶をした」

「……アンナさん」

「死ぬところだったんだぞ?」

「アンナさんが助けてくれると信じてましたから」

「全く、恐ろしいよ」


 ……そしてアンナさんは、

 聞いてきた。


「なんでここまで、してくれた?」


 それに俺は、答えた。


「俺と同じ、からっぽだったから」


 この返事にアンナさんは、何も答えず、だけど、

 ――心の底から浮かべたような笑顔と共に

 そのからっぽな手を、俺に差し出した。

 俺はその手を握る、握手する。


「ありがとう、アルテナッシ」


 感謝の言葉を聞いていると――マナコ先輩のスキルで、事態を知ったんだろう人達が、一気に鍛錬上へ駆け込んできた。あ、〔がなる怒鳴るのデカヴァイス〕さんも居る、フルフェイスの兜越しでも血相を変えているのが解る。

 けれどヴァイスさんが、何かを叫ぶ前に、俺との握手をやめた彼女は、


「私の名は、〔何者でも無いソーディアンナ〕!」


 堂々と、二つ名を翳し、そして、


「世界の平和を守る【英傑】だ!」


 本当の自分を、誇るのだった。

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