「未来の英雄、ソーディアンナだ!」
夜の礼拝堂、そう啖呵を切ったソーディアンナさんのその次の行動は、
――全力で俺達から、礼拝堂への出口へと逃げる事だった
(え!?)
と思ったけど、色々無茶をした所為か、俺の体は完全に
そしてアンナさんも、さっき、俺に弾かれてしまった自分の剣を拾い上げて、それを背中の鞘に収めた後、そして礼拝堂の巨大な扉を、
「おりゃあ!」
そんな荒々しいかけ声と共に、罰当たりにも足蹴にして開いて見せた。けれど、
(危ない!?)
扉を蹴破る時の僅かな減速、それを狙い撃ちするかのように、またもや、槍を持った悪騎が、それこそ自分自分を槍のようにして突っ込んでいき、そして、
飛び道具のように槍を突き出す
――その切っ先にアンナさんの体は貫かれて
と、思ったら、
(マント!?)
体じゃない。悪騎が貫いたのは背中にはためかせていたそれだけで、アンナさんの姿は無い。どこにいったとばかり、槍を突き出した状態で首を右へ左へと動かしたが、
「ここだよ!」
どう駆け上がったのか――開いた扉の縁上に座っていたアンナさんはそこから飛び降り、そのまま槍の柄を踏みつけた――槍を持ったまま悪騎は、武器の前に体重がかかった事で前のめりになりバランスを崩す。その下がった悪騎の顔へ目がけて、
「はっ!」
というかけ声と共に蹴り上げる――顎を蹴り上げられた槍の悪騎は、礼拝堂の中へとまた叩き込まれた。そして、アンナさんはその槍を拾うと再び逃げ出す。俺達は――槍を奪われた者も含め――アンナさんを追いかけていく。
夜の聖騎士団本部の敷地――矢や
スライムに囚われた状態で、すっかり傍観者になった俺はこの状況を、
(これって、誘われてる?)
そう判断した。
そして俺の予想が当たるかのように、アンナさんを追って十二悪騎がたどり着いたのは、聖騎士団の鍛練場だった。その中央で、満を持してとばかりに槍を構えたアンナさんに――自分の得物を取り戻さんと、
「――殺意ばかりで工夫が無い」
そう言って彼女は構えた槍で、
「【英傑】スキル――〈
(ス、スライムに、攻撃を通してる!)
【英傑】スキルか、単純な膂力か、ともかく、アンナさんの攻撃が、
(え?)
空に何かが表れる、一瞬、オーロラのように見えたそれは、
(これは――投影されてる!?)
夜空を特大のスクリーンにして、
「マナコ……!」
ああ、皇帝陛下の城にある、学園遠見の塔から、ペカーッ! って、光が、俺達の様子が空へ向かって映されている。あそこでマナコ先輩、
(マナコ先輩、本当のアンナさんの姿を、皆に伝えようとしている)
その事に気づいたのは俺だけじゃなく、当然、アンナさんもで、
「……そういえば彼女はしきりに言ってた、いつか、本当の私の姿を、絵物語にしたいって」
そう穏やかな表情で語るアンナさんの――顔面に!
【鏢聖】が放った
ガキィ! という硬質音と共に、
――アンナさんはそれを、歯で噛みしめて防いでいた
(ええ!?)
そしてその鏢をくわえたまま走り出し、槍を棒高跳びみたいに使って跳ね上がると、 歯から鏢を手に持って、
「今まで、こんな私を見守ってくれてありがとう」
快活に笑いながら――親子月を背にしながら、
「これからもどうか、共に歩みを!」
鏢を投げる――投げた相手は【鞭聖】スキルを持った
――それからのアンナさんは、まさに、
【槌聖】の振り落としたハンマーの上に乗ってみせて、そこからジャンプしてからかかと落としを食らわせる。
【鋸聖】のノコギリにマントを絡ませ切れ味を防ぎ、鞭を首に絡ませ、鍛錬場にある木の枝にひっかけ、そのまま
【杖聖】が魔法を放とうとする悪騎には、ライトアーマーを脱ぎ、それを投げて、杖と悪騎の体を折ってみせた。
【弓聖】が放った矢を空中で掴むと、スキルでブーストしてない、マッチレベルの火の魔法で燃やす。それを明後日の方向へ投げて視線を誘導させ、次の瞬間、背後を取ってみせる。
【斧聖】にわざと柱を破壊させそれの下敷きにし、【鏢聖】に【鎌聖】を
……そんな風に、あらゆる武器、状況、環境を使い、そのからっぽな手から勝利をたぐり寄せようとする快刀乱麻は、
強くて、そして、
(――かっこいい)
十二人の悪騎達は、次々と倒され、スライムになって爆ぜていった。
そして、気がつけば残ったのは、剣聖の俺一人、
この状況に俺は、
――だが
(――あっ)
殺意が急に、
(ああ、あああぁぁぁ!)
膨れ上がる!?
なんで、って思ったら、いつの間にか俺の足下に、倒されて
「アルテナッシ!」
アンナさんが、この状況に気づいた時には、スライム達は俺の身を完全に包み込み、その
(うう、ううううう!)
さっきとは比較にならならい気持ち悪さ、そしてそれを薪にして燃えるような憎悪の炎が、俺の体を――心を満たしていく。
普通ならこんなの、耐えられない、
だけど、
「〔何も無しのアルテナッシ〕!」
視界どころか、意識すら薄れていくような状況で、
――アンナさんの
マントも鎧も脱ぎ捨てた軽装で、金髪のポニーテールを揺らす彼女の、
「共に叫ぼう!」
笑顔と、その声が、
「――はい!」
俺に希望と勇気をくれた――アンナさんは背中の鞘から剣を抜き、"巨大な剣聖"である俺へと走ってくる。俺の
――間合いに入った瞬間、アンナさんを絶つつもりだ
けれどその距離に踏み込む前に、アンナさんは剣を構えた。
――〈
だが、
彼女は自分の剣を、
ただ投げた。
(え!?)
そして、そのまま突っ込んでくる、間合いに入ったアンナさんをスライムが斬る!
――だけど
アンナさんの投げた剣がその瞬間、スライムの足下に突き刺さった。
体勢を崩した事により、剣の軌道は、アンナさんから紙一重、ズレた。そして、
懐に潜ったアンナさんは、
「〈
その掌を握り、拳に変えて、
――まるで俺へと手を差し伸べるように
殴りつけた。
スライムの体が、揺れる、崩れる、そして、
まばゆい閃光と共にはじけ飛ぶ
「くっ!?」
「うわぁっ!」
光に包まれるアンナさんへ向かって、スライムから解き放たれた俺は弾き飛ばされる――そんな俺をアンナさんは抱き留めてくれた。
「大丈夫か、アルテナッシ!」
「え、ええ、でも!」
アンナさんに受け止められた状態で振り返れば、崩壊したスライムは、倒した相手の
「で、出てこい!」
俺の願いと共に、ボコンッ! っと飛び出したのは、【○○】の文字。
【○○】スキルのもう一つの力――ささやかな願いによるアイテム化によっての、スライムの無害化。
スライムは何をされるか解ったのか、アイテムになるのを中止して、瀕死のままに俺とアンナさんを倒そうと飛びかかってくる、だが、
俺達は、共に、
【○○】を埋める言葉を、
叫んだ。
「「【未来】!」」
その瞬間――スライムは、
複数枚の紙になって、そのまま、
光を無くしていきながら、
俺とアンナさんとの前に落ちた。
「……成功、したのか?」
「は、はい」
スライムは最後、光を放っていた。
だからマナコ先輩の
(何に変化したんだろう)
俺は、【未来】という言葉で、ささやかな願いで無害化した、
(――作文だ)
……アンナさんの腕から離れて、俺は、その作文をしたためられた原稿用紙へと近づく。
手を伸ばし、それを拾った。
子供の頃の文字で、書かれていた内容は、
――将来の夢
……母さんに書かされた時は、いい高校に入る事、だったけど、
そこに、
(……友達が欲しい、か)
とても将来の夢とは言えないものだった。
……俺はそれを苦笑しながら、ちょっと寂しく思いながら、たたんだ後に制服の懐へしまい込んだ。
と、その瞬間、
「……いっつ」
急に痛みが襲ってきた、というより、思い出したって言うべきか。
い、痛い、疲労感も凄いけど、その中で身も体も、焼けるような痛みが襲っている。
そりゃ、そうだよな、【○聖】スキルを使いまくるだけでもヤバいのに、スライムにわざと体を乗っ取らせたんだから。
そんな風に思っていると、
「当たり前だ」
と、後ろから声がした。
「寧ろ、痛みだけで済んでいるのが奇跡といっていいよ、命を落とす可能性だってあったのだから」
振り返ればそこには、アンナさんが立っている。
「……本当に君は無茶をした」
「……アンナさん」
「死ぬところだったんだぞ?」
「アンナさんが助けてくれると信じてましたから」
「全く、恐ろしいよ」
……そしてアンナさんは、
聞いてきた。
「なんでここまで、してくれた?」
それに俺は、答えた。
「俺と同じ、からっぽだったから」
この返事にアンナさんは、何も答えず、だけど、
――心の底から浮かべたような笑顔と共に
そのからっぽな手を、俺に差し出した。
俺はその手を握る、握手する。
「ありがとう、アルテナッシ」
感謝の言葉を聞いていると――マナコ先輩のスキルで、事態を知ったんだろう人達が、一気に鍛錬上へ駆け込んできた。あ、〔がなる怒鳴るのデカヴァイス〕さんも居る、フルフェイスの兜越しでも血相を変えているのが解る。
けれどヴァイスさんが、何かを叫ぶ前に、俺との握手をやめた彼女は、
「私の名は、〔何者でも無いソーディアンナ〕!」
堂々と、二つ名を翳し、そして、
「世界の平和を守る【英傑】だ!」
本当の