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7-10 からっぽな手で掴むのは

 七大スライム、{ロストフューチャー描けぬ理想}が、俺こと〔何も無しのアルテナッシ〕を乗っ取って、それを〔剣聖ソーディアンナ〕では無く、〔何者でも無いソーディアンナ〕が倒してのけた様子は、全ての帝国で暮らす人達が知る事になった。

 当然それは大問題になった。


「聖騎士団団長のスキルが、聖属性じゃないしSランクでも無いBランク!?」

「嘘を吐いていたというのか!」

「う、嘘だろ、こ、こんな事が、こ、こんな事が許されていいのか!」


 と、聖騎士団の一部の者達や、元々アンナさんを快く思ってない人達に、糾弾される訳だけど、


「ですけど、スライムを倒したんですよねぇ?」

「スキルのランクがどうとか関係無いんじゃ……」

「つうかあの戦い方かっこよすぎ!」


 それ以上の人達が、アンナさんの支持に回る。もともとアンナさん仮面剣士セイントソードによって、聖騎士団の腐敗っぷりが証拠と共に晒されていたのだから、ある意味で当然の展開だった。

 けれどそれでもアンナさんは、"私が今まで皆を騙しスキル詐称、騒ぎを起こしたのは事実だ"と、責任を取る為に、聖騎士団団長及び、学園を退学する事を自ら進言。

 エンペリラ様はアンナさんの希望を受け入れた。

 だけどその代わりに、

 アンナさんに、ある役目を負わせた。

 ――あの戦いから15日後

 場所は、"元"聖騎士団本部にある講演堂。アリーナーのように舞台と席が広がる建物で、その席には、貴族は勿論、庶民も種族も生まれも育ちも関係無く、沢山の人達が座っている。

 俺はそれを――舞台袖から眺めている。

 そして舞台の中央には、


「皆、集まってくれてありがとう」


 ソーディアンナさんが、あの二つ名何者でも無いと共に立っていた。

 今のソーディアンナさんのいでたちは、軽装に剣を背負うだけでなく、その腰にポーチやら投げクナイなど、剣士というよりレンジャーめいた格好になっていた。


「そして、改めて謝罪する。今まで君達を欺いてた事、偽りの剣聖であった事を」


 そう言って、深々と頭を下げる。……聴衆はそれに、沈黙を返す。

 アンナさんは頭をあげて、再び語り出す。


「経緯から考えれば、私は罪人であり、この帝国から追放されても仕方ないはずだ。けれどエンペリラ様は、それを許さなかった。……皇帝陛下はこう言われた、"破壊の後に何も創造しないのならそれは悪逆以外の何物でも無い"と」


 そう、アンナさんは、聖騎士団の不正を暴き過ぎてしまった。

 事実上、聖騎士団は機能不全になっている。

 その後の事は、死んで託すつもりだったかもしれないが、アンナさんは生き残った。


「私は、責任を取らなければならない、聖騎士団に代わる、民達を守る為の防衛機構を、そう、貴族や庶民、スキルのランクや種族、そんなのにとらわれない――あらゆる壁を乗り越えた者達が集う、新しい防衛組織」


 そして、アンナさんは、


「ここに集まってくれた人達は、既にその私の理想を、私の夢見る未来を知って、尚、集まってくれた人達と聞いている、だからこそ、改めて問いたい」


 弱音を晒した。


「本当に、いいのか?」


 不安を、零す。


「どれだけ理想を掲げても、人が集まれば違いが起こる、その違いを、本当に争いにせず、乗り越えられるのか? 聖騎士団という組織は確かに腐敗はしていたが、今日まで、その強固な伝統、システムで、帝国を守ってきたのもまた事実だ、それを踏まえて尚君達は」

「――アンナ」


 ……その時、

 一番、前の席に居た人が、〔絵師は見る人ドロウマナコ〕先輩が、


「組織だって、人と同じく、間違う事を知るべき、アンナのように」

「……マナコ」

「大切なのは、間違いを犯さない事じゃなくて、その間違いを一人だけに押しつけるんじゃなくて、皆で助け合う事であるべき」


 そのマナコ先輩の言葉は、


「そうよ! ソーディアンナ先輩!」

「てめぇがまた間違ったら、今度は俺達が止めるからよ!」

「一人で抱え込まないでください、ソーディアンナさん!」


 次々と伝播して、彼女の賛同、応援へと代わる。

 その周囲の歓声を受けて、一瞬呆然とした後、

 涙ぐみながら、笑顔を浮かべた。


「全く君達はバカだよ、大馬鹿だ! こんな、罪深い私を支えようとするなんて! 呆れるほどの夢想家達だ!」


 そして、


「ならば――私と共に、夢をみてくれ」


 その手を広げ、


「今までこの国を守りし、聖騎士団Paladinsへ敬礼を! 私は、私達は、その魂も引き継ぐ事を約束する! 貴族だから悪、庶民だから善、一度魂に染みついた印象イメージを、覆すのは生半可ではない、だからこそ同じ夢を見よう! 私達の、夢の名は!」


 言い放った。


平和の守護者Peacemaker!」


 ――からっぽなその手で掴むのは

 アンナさんが告げた、新たな防衛組織の名前に、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。アンナさんは、それを目を細めて眺めた後、もう一度深く頭を下げた後、舞台袖へ――俺の方へ向かっていった。


「さってと、熱狂の後は、冷静に今後についてフローチャート語るべき、寝ちゃダメべき」


 と、前席に座っていたマナコ先輩が舞台にあがる、そして、自分の描いてたスケッチ帳を、【眼聖】スキルで舞台のスクリーンに投影しはじめた。パワポみたいに便利だな。

 と、それはともかく、


「お疲れ様でした、アンナさん」


 俺は、アンナさんを出迎える。彼女はにっこり笑った後、……不安そうな顔をした。


「……やっぱり不安ですか?」

「ああ、壇上で語ったとおりだ、本当にうまくいくのかどうか、例え腐敗があろうとも、聖騎士団の形であった方がよかったんじゃないか」

「だけど、Sランクの人とか、身分の高い人達だけしか、国を守れる仕事に就けないというのも問題があったと思います」

「そうだね、うん、がんばるよ」


 そしてアンナさんは、こう言った。


「こう見えて、努力は得意なんだ」

「知ってますよ」


 そこで俺達は笑い合う。


「そういえば――今更なんだけど、フィアの姿を見ないね」

「ああ、それは」

「君の従者の、メディもだっけ? この15日間、一度も会ってないような」


 忙しかったアンナさんが、気になっていても聞けなかっただろう事を、俺に聞いたタイミングで、


「お姉様!」


 フィアの声が、俺の後ろからして、


「おや、噂をすれば影――」


 そしてそっちの方を見れば、


「……え?」


 そこに、

 居たのは、


「……お母様」


 ドレス姿で――アンナさんとよく似た顔立ちの、大人の女性と、そして、


「お父様――」


 いでたち関係無く、貴族らしい雰囲気を纏った、優しげな表情をした男性に、


「あっ、ああ、あああ」


 ――アンナさんは


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 泣きながら、二人へ駆け寄った。そして、一番近い距離にいた、アンナさんの父親に抱きついた。


「い、一体、どこへ、今までどうして――」


 そして、抱きついてからアンナさんは気づく、


「お父様」


 アンナさんの父親の、右腕は、


「腕が」


 肘から下が欠損しているのが、袖がひらりと舞っている事から解った。呆然とするアンナさんに、彼女の母親がささやく。


「私の為に、失ってしまったの」

「えっ」


 その事実に驚くアンナさんは


「な、何が、一体、どうして!」


 そう問いかけるけど、アンナさんの父親は、

 何故こうなったかを語る前に、


「……剣は握れなくなったけど、大丈夫」


 左手で――何も握らない、そのからっぽな手で、


「君を抱ける手が、まだ残っているから」


 アンナさんを、抱きしめ返した。

 ……アンナさんは、腕の中で、


「ああっ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 子供のように泣きじゃくった。そんなアンナさんを、母親も泣きながら抱きしめる。三人、抱きしめ合う。

 フィアも、そして頭の上のドラゴンも、よ゛がっだぁ゛~、と涙を流す。

 ――俺は、涙こそ零れなかったけど

 心の底からその光景を、祝福していた。

 確かにその時、俺のからっぽの心は、暖かい物で満たされていた。

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