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8-2 命短し恋せよ少年

 帝国歴1041年7月4日8時3分

 アルとメディの下宿の食卓


「ここがアルさんとメディさんのお部屋なんですね」

「は、はい、皇帝陛下」

「そのような椅子しかご用意できず申し訳ありません」


 突如俺達の下宿に訪れた、円卓帝国第七代皇帝エンペリラ様。食卓の椅子に座り、きょろきょろと辺りを見回すエンリ様に、俺達は恐縮しっぱなしになる。

 ひとしきり部屋を見た後に、机に置いた謎の箱の傍で、俺とメディににこりと笑い、


「どうぞ、お二人もお座りください」


 と、言っていただいた。


「は、はい!」

「お言葉に甘えさせていただきます!」


 慌てて俺達も、対面に座る。するとエンリ様は少し苦笑し、


「どうかそんなかしこまらないでください、前にお会いした時は、友達として話させていただいたじゃないですか」

「それは――分かっているのですが」


 エンリ様の問いかけに、俺は冷や汗をかいて、


「この3ヶ月、エンペリラ様の偉大さを、伝聞でなく直に感じ取った今となっては、あの時の振る舞いがとても無礼に思えまして」


 そう、メディがすっかり本音を言ってくれた。

 ――14歳の少年皇帝

 エンリ様の治世は、その【皇帝】スキルだけに頼ったものじゃない。社会の維持と支援に積極的に関わり、外交問題に頭を巡らし、保守と革新、それぞれの意見をバランス良く取り入れ、独断すべき時はそうし、人に頼るべき時は頼る、とてもじゃないけど、思春期の少年とは思えない活躍を見せる。

 もちろん、エンリ様の体制が盤石じゃないことは、"アンナさんの葬式"の件からもよくわかる。

 けれど結局、聖騎士団パラディンを解体し、平和の守護者ピースメーカーを設立したのも、エンリ様の力と、そして、人徳があったから。


(きっと、エンリ様じゃないと、アンナさんを説得することは出来なかっただろうし)


 それだけ偉大なのを知ったから、この前みたいに友達感覚で、というのはちょっと難しかった。

 だけど、


「……拗ねますよ」

「「え?」」


 エンリ様は、とんでもないことをおっしゃられた。


ヴァイスもユダカ従者達も無し、おしのびで遊びに来たのに、そんな他人行儀、悲しいです、……僕はあの日以来、お二人のことを本当の友達だと思っているのに」

「え、ちょ、ちょっとエンリ様!?」

「そのようにお目々うるうる机を人差し指でいじいじなんて、あざとい真似はおやめください!?」


 いやいや、皇帝陛下がすることじゃないって!


「わ、わかりました、エンペリラ様、俺達は友達です!」

「エンペリラ様?」

「申し訳ありません、エンリ様!」


 俺が慌て、メディが愛称で呼べば、エンリ様はぱぁっと破顔した。


「ありがとうございます!」


 う、え、笑顔が眩しい。……この人心掌握は、天然なのか計算なのか、ともかく底知れなさを感じてしまう。そんなことを考えていると、メディが、


「そ、それでエンリ様は、本日はどのようなご用で」


 そうズバッと聞けば、エンリ様は、


「はい、こちらを渡したくて」


 ポケットからなにやら取り出し、俺達の前に差し出すように置いた。


「――これはチケットですか?」


 メディが言ったとおりであり、そしてそこには、


「火焔亭アカネの落語会?」


 という字に加え、赤い髪をして着物姿、手に扇子をもった女性のイラスト筆書きが、チケットに描かれている。


「はい、今日の夜8時から、帝国劇場で、帝国と大和の友好の為に、落語の催しが開かれるんです。チケットが余ったので、ぜひ、お二人にも来てほしくて」

「そ、そうなんですか」


 ま、まさか異世界で落語会に招待されるとは。前世じゃ、WeTubeで一回か二回くらいしか見たことがない。ただ、


「壺算を知っているアルさんだったら、きっと、楽しめるかなって」


 エンリ様はそう勘違いしている。……ごめんなさい、壺算の知識は、WeTubeの解説動画なんです。


(よく考えたら俺、説明書だけを読んで、実際に体験してないってのが多すぎたよね、前世)


 それでなんか分かった気になっていたことを思い出すと、ちょっと落ち込む。……仕事でいっぱいいっぱいで、せめて画面の中に経験を求めていたことが、どれだけ滑稽だったかを今更に自覚する。

 ……うん、だからこそ、


「……ありがとうございます、嬉しいです」


 前世で出来なかったことを、今世でやる。素晴らしい機会をくれたエンリ様に、俺はひたすらに感謝する。


「あ、ありがとうございます、私はラクゴは初めてですが、とても楽しみです」

「えっと、エンリ様もその姿ヘーカの休日で、俺達と見る感じですか?」


 メディの感謝に続き、友達として誘いに来たのだから、そういうことかな? と思ったことを俺は聞いた。

 するとエンリ様、「申し訳ありません」と、断った後に、


「僕は大和国側に、来賓として招かれているので、いわゆるVIP席から観覧することになります」

「あ、そうなんですね」

「――となると一緒に観る相手は」


 メディが推理した通りだったか、そこでエンリ様は、

 "なんとも言えない複雑そうな表情"を浮かべて、


「大和国の姫、セイリュウさんとです」


 と、言った。

 ――サクラセイリュウ

 エンペリラ様の、元許嫁。9歳エンリ12歳サクラで出会った二人は、年の差も国の立場も関係無く、とても仲睦まじく、大和国で一緒に過ごしたらしい。

 幼いながらもエンリ様は、本気でサクラ様との結婚を望んでいたし、サクラ様もそのことを約束してくれていた、と。

 だけどある日、一方的に婚約は解消された。

 ……それがサクラ様の意思か、政治的な判断か、それはエンリ様にもわからない、ただ、


「この箱の中身は」


 エンリ様はまだ、


「サクラさん、じゃなかった、セイリュウさんへのプレゼントです」


 サクラ様が好きだと、あの日、聞いた。


「……未練がましいですよね、贈り物なんて」

「そ、そんなことは」

「わかってます、この執着恋心は、一国を背負う者として致命的なキズだとは、だけど」


 そう言って、エンリ様は目を細める。


「それでも、好きなんです」


 その時の表情だけは、

 皇帝としてのものじゃない、年相応の、恋する少年のものだった。

 ……少しばかりの沈黙が流れてから、メディが尋ねる。


贈り物プレゼントは、どういったものですか」

「――花です」


 エンリ様は、


「大和の国に一本だけ咲く、特別な花、姫になるものしか、見ることが出来ない花、誰にも見せたことのないものを、特別にって――ふたりだけのないしょだよって言って、見せてくれた花です」


 そう言った。


「それを、ガラス細工の工房で、花の置物として作りました」

「え、……エ、エンリ様が手ずから作ったのですか?」

「はい、もちろん! あの花は僕とサクラさん、じゃなかった、セイリュウさんとだけの秘密ですから、人に頼んで作ってもらう訳にはいきません」


 ――一国を治める者の手作り

 ……それが意味することは、きっと、


「……とても大切な、特別な思い出なのですね」


 メディが言ったとおりのことだと、俺は感じていた。


「はい!」


 そう元気よく返事して、エンリ様は笑顔で立ち上がり、その、箱を抱える。


「落語も、セイリュウさんが好きだったから、今日一緒に、見れるのがとても楽しみです」

「――エンリ様」

「それじゃ、失礼します、ありがとうございました」


 そう言ってエンリ様は、立ち上がろうとする俺達を手で制して、そのまま足早に――だけど笑顔を忘れずに、部屋を出て行った。

 俺達は、テーブルの上のチケットを見る。


「恋することが、キズか」

「確かに、噂で聞いたことがあります」


 メディ、


「皇帝陛下は婚約破棄された相手を諦めきれない、執着者ストーカーであると」

「しゅ、執着者ストーカー……」


 その噂は、国にとってけしてよいものじゃないのは確かだった。

 実際のところは、わからない。

 本気で大和の姫、サクラセイリュウは、エンリ様を心の底から拒否しているかもしれない。

 ……だけど、人の色恋なんて、外からあれこれ言うものじゃない。

 どうか、幸せな結末ハッピーエンドにたどり着くように祈ることしかできない。

 それに俺達には、


「……それでさ、メディ」


 また、問題があって、


【○○○○】マルマルマルマルはどうしよっか」

「ああ、そうでした!?」


 人の心配をする余裕がないことを、俺達は改めて思い出すのだった。

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