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8-3 前説

 帝国歴1041年7月4日19時45分

 円卓帝国劇場 観客席


 皇帝が住まう城を中心に、学園や防衛機構に研究所など、国に関わる六つの施設が囲むように存在している円卓帝国。その外側は帝国の民達の住居や、冒険者や観光客相手の商業施設が軒を連ねる。

 円卓帝国劇場は、その外側の一番内側ドーナツの内側に、入り口を中心へと向けてどでんっとでっかく建てられていた。映画館みたいな階段状の席は1000個あって、それらは現在、全てが埋まっている。


「沢山の方がおられますね」

「うん、……劇場入り口近くに、チケットのダフ屋転売ヤーがいたくらいだもんね」

「それだけ人気ということかもしれませんが――転売ヤーは滅ぶざまぁべきですわよね」

「それはそう」


 世界前世だろうが異世界今世だろうが同じこと、転売は、需要と供給に従ってるかにみえて、実際はバランスを崩してるだけのノイズ、……ってしっかり授業でもチョーコ先生が教えてくれた。


「あれ、あの頭は、もしかしてフィア?」

「隣にいるのはアンナ様でいらっしゃいますね」


 10個くらい飛ばしたかなり前よりの席に、フィアとアンナさんは座っていた。声をかけるか迷ったけど、流石にやめておく。感想会は、落語が終わった後にできればいいやと。

 そして俺はフィア達が座るその先、つまり、舞台へと目を移す。

 そこには赤い布で覆われた四角い台の上に、紫色のざぶとんが置かれている。


「あのざぶとんという敷物の上に座る一人芝居、それが落語なのですよね、ご主人様」

「うん」


 大和の落語、大陸の人達にとっては、海の外の異国のエンターティメント、それに対しての期待わくわくは高いのか、皆、一様に笑顔で話し合っている。心地よい喧噪の中、俺は座席においてあったチラシを確認する。


 火焔亭アカネ落語会

 演目

 ・時そば

 ・まんじゅうこわい

 中入り

 ・死に神


 時そばとまんじゅうこわいは有名な前座話、それで、死に神はちょっと難しくて長めの、いわゆる大ネタという奴だったはず。……動画で得た薄っぺらい知識に、もうすぐ、本物の厚い経験が重なると思うと、ちょっと嬉しくなる。

 とはいえもちろん、俺の心の中には、


(【○○○○】をどうしよう)


 というのが、頭の片隅にじっとあるのだけど。


(……まぁ、いつまでって制限時間も無いみたいだし、落語を観てから考えよう。案外、何かヒントがあるかもしれないし)


 と、そう思ったタイミングで、


「はいどもども~!」


 明るく軽快でありながら、力強く弾む声が、喧噪の中ですらはっきりと響いた。

 ただその"たった一つの挨拶"が、会場のざわめきを一瞬で沈めて、視線を舞台へ誘導させる。

 声と共に現れたその姿は、


「あの方が、火焔亭アカネ様?」

「そうみたい」


 チラシでイラストに描かれたとおりのいでたち着物姿をした落語家さんだ。まだ20時になってないけれど出てきた彼女は、座布団に座らずに立ったままに喋り始める。


「帝国の人達、はじめまして。大和の国で、噺家っていうのをやらせてもらってます、火焔亭アカネと申します。本日はどうぞよろしくお願いします」


 ただただ話しているだけなのに、その声も言葉のリズムも、何もかもが気持ちいい。彼女がぺこりと頭を下げた瞬間、自然とわっと拍手が劇場を包む。


「ありがとうございますありがとうございます、まぁ帝国という、私にとっては異国の舞台でありますので、本日の落語はなるべくわかりやすいものをね、揃えさせていただきました。ただそれでも落語っていうのは、人様の頭の想像力を借りる出し物ですからね、ぶっ続けで見続けると疲れてしまいますんで、中入り、という落語とは違う出し物も用意させてもらってます」


 確かにチラシを見ると、"まんじゅうこわい"と"死に神"の間に、中入りって書かれていた。


「この中入りに関しては、ちょっとした驚きの趣向サプライズも入れてますので、よろしくお願いします。……そして、皆様、あちらの方をご覧下さい」


 そう言ってアカネさんは、右手掌をみせながら、後ろ上へと俺達の視線を促した。そこには、天井と一体化したような、窓ガラスのある観覧席がもうけられていた。


「姿こそは拝謁できませんが、あちらのVIP席には、この帝国の皇帝であるエンペリラ様、そして大和の姫であるサクラセイリュウ様がいらっしゃいます。今回の催しも、二人あってこそのもの、どうか、感謝と敬意をこめて、拍手の方をお願いします」


 そう言われた観客達は、さっきと同じように手と手を叩いた――角度的な問題なのか、それとも防犯的な処理なのか、エンリ様とその大和の姫様の姿は、確かに見えない。

 ……誰も見えない空間の中で、二人の間に流れているのが、幸せな時間なのか、それとも真逆の気まずい時間なのか。そんなことを、ちょっと思ってしまっていると、


「さて、それではこのあと、いよいよ開演となります。また、入場の時に説明されていると思いますが、この劇場でのスキルの使用は、エンペリラ様の【皇帝】スキルによって、本人とセイリュウ様、そして警護の方達しか使えません。とはいえスキルの有り無し関係無く、暴れるような真似はやめてくださいね、それでは、また後ほど~」


 と、説明を終えて、舞台袖へと引っ込んでいくアカネさん。またもや自然と起きる拍手。


「楽しみですね、ご主人様」

「あ、うん」

「……エンリ様と、セイリュウ様のことをお考えで?」

「そ、そうだね」


 俺の表情から、何を考えているか察したメディはそう聞いてきて、そして、語り始める。


「あくまで私見でございますが、もし、セイリュウ様がエンリ様を本気で拒否されているのなら、このような催しで、二人で同じ部屋で落語を観覧しようとは思わないかと」

「……そうだね」

「……もちろん、政治的な付き合いがあるから、仕方なく、といった可能性もあるでしょうけど」


 そればかりは、分からない。

 今実際、あの誰にも見えない部屋の中で、どんな言葉が交わされていて、どんなやりとりがされているのか。

 ……だからやっぱり俺は、祈ることしか出来なくて、

 だから、


「プレゼント、受け取ってもらえたらいいんだけどね」


 そう、願いをポツリと呟いた。

 ――皇帝という立場じゃない

 エンリ様本人の想いを込めた、贈り物。


「――ええ」


 それがどれだけ難しいことかは、当然、俺達にもわかっていた。きっと世界はそこまで、甘く作られていないんだと。

 ――だけど現実というものは

 そんな無慈悲を塗りつぶすほど、残酷で凄惨だということを、

 このあと、俺達は知ることになる。

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