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8-4 死に染まる笑い声

 帝国歴1041年7月4日20時40分

 円卓帝国劇場 観客席


 20時から始まった落語会は、プログラム演目通りに進行していった。

 16モン大和の通貨単位のそばを、勘定の途中で何時なんじかと聞いて、途中で数字を挟ませることで1モンちょろまかす"時そば"、何が怖いかという話題の時に、まんじゅうが怖いと嘘を吐き、逆に大好物のまんじゅうにありつく"まんじゅうこわい"。

 落語初心者でも分かりやすいストーリーは、アカネさんの軽妙な語り口もあって、帝国の人々にもすっかりウケていた。ただ面白いだけじゃなく、身振り手振りと語り口だけで、大和の昔を"魅せる"技に、皆すっかり感心していた。

 スキル無しでの芸の極み――落語は国境どころか、世界も越えるんだ。

 なんだかそのことに嬉しくなって、隣席のメディと、感想を言い合ったのだけど、

 その後の中入りで、舞台で繰り広げられたのは、


「アニィツインと!?」

「オトォツイン様!?」


 1-Fのクラスメイト、双子の兄弟のダンスショーだった。

 【双子】スキルは完全なる意思疎通、体の同期や五感の共有すら可能とする、Aランクとはとても思えない協力強力スキル。だがそもそもこの劇場では、二人はスキルを使えないはずなのに、


「うわ、授業の時みたいな完全なシンクロ!」

「スキル要らずの完璧さ、私とご主人様の〈オールレンジテレグラ以心電信フ〉を越えてます」


 激しい和風ロックのBGMに合わせて、姿形がそっくりな二人が、蝶のように舞って蜂のようにもまた舞いまくる。

 落語という大和の伝統芸能の舞台ショーで、まさかの帝国学園生徒のパフォーマンス、戸惑いはすぐにおさまり、やがて拍手と声援が飛んで、そして、


「「ありがとうございましたー!」」


 と、アニィもオトォは、顔の汗をライトに輝かせながら、そのまま舞台袖へと返っていった。その途端、三味線と太鼓の出囃子が鳴り始める。

 オリエンタルなミュージックに、ダンスの熱が徐々に冷めていき、そして、20時45分になった途端、


「はいどうも~」


 っと、火焔亭アカネさんが、再び舞台へと戻ってきた。拍手で迎える達、高座ざぶとんに座った彼女は、頭を下げて、拍手と出囃子が終わるタイミングで頭をあげた。

 その額には、鹿の角、もとい、龍の角が、大和人の証のように生えている。


「はい、という訳で最後の噺をさせてもらいます。ええ、まぁ中入りの方なのですが、もともと、ある方に、侍のハラキリショー、もとい、剣術のショーを予定してたんですが、"それがしの剣は見世物では無い"と断られてましてねぇ、困ったところでお昼間に、ストリートで踊ってらっしゃるあの双子さんに出会ったんですよ」


 え、もしかしてそれで今日の舞台に誘ったの?

 そんな緊急登板なノリだったのあの二人?


「ご覧の通りの素晴らしい絶技、ええ、おかげで皆様の頭の中、すっかりからっぽになったと思いますので、どうか最後の大和情緒を味わっていただきたいと思います。それで、最後の演目なんですが、本当は、寿限無という、別の演目をやるつもりでしたが――ちょっとリクエストがありましてね」


 そこでアカネさんは、ふいっと、視線を上にしたかのように見えた。

 ――それが意味することはわからなかったけど

 流れるように言葉を連ねていき、そして、最後の落語、

 "死に神"が始まった。

 ――それから時間が過ぎて


「いいからよぉ、俺についてこい……」


 ざぶとんの上には、死に神がいて、


「つ、ついていくよ、ついていくけどさぁ……」


 欲をかいた男が、不安げにその死に神の後をついていく。

 死に神、という、おどろおどろしいタイトルの演目は、クライマックスへ突入しようとしていた。さっきまで笑い声に満ちていた会場は、しんと静まりかえり、そして、


「うわぁ、なんだいこのろうそくは」


 ざぶとんと、演者しかいない空間に、


「これは全部、人の寿命だ」


 確かに、この世のものじゃない風景をみる。薄暗い場所に、何千何万とずらりと並ぶ、命の灯火を。


(き、聞いてるだけで、背筋がゾクゾクしてきた)


 とてもさっき、双子が陽気に踊っていた場所だとは思えない。寧ろあの残像名残が、この場所をより一層冷たく引き締めている。

 寒気を覚えるかのように、隣でメディが、ゴクリと生唾を飲んだ。

 ……自業自得で、自分の寿命のろうそくを、死にかけのろうそくにしてしまった男は、死に神に最後のチャンスとばかり、その命の火を長いろうそくへ移し替えろと言われる。

 移す途中でその火が消えれば、男は死ぬ。息を文字通りに殺しながら、男は火をなんとか、長いろうそくへ移そうとする。だが、


「あぁ、消える、消えるよ、消えちまうよぉ」


 死に神がぞっとするような声で、男を恐怖に陥れる。男は、おびえながら、震えながら、それでも懸命に火を移そうとしている。もう全員が固唾をのんで見守っていく。

 俺は、WeTubeでオチまで知っている。

 それでも、実際に生でられてはじめてわかる。

 落語は魂をもっていかれてしまう。スキル無しの言葉の芸だけで、ここまで世界に入り込んでしまう。"異世界転生"が目の前で起きる。そして、


「……ああほら」


 あれだけがんばったのに、必死だったのに、

 無情にも男の灯火は失せて、そして、


「――消え」


 死に神がその事実を、笑って告げようとした、

 その時、


「中止でござるぅぅぅ!」

「えっ!?」

「なっ!?」


 突然、後ろの方から声が聞こえた。振り返ってみればそこにいたのは、


「あ、あれあの人!?」

「壺算詐欺の――忍者さん!?」


 エ、エンリ様にツボツボ詐欺を見抜かれていた、白い忍び装束に身を包んだくノ一だ。その人が、観客席の入り口を、開け放って立っている。当然皆がざわめく中で、


「な、なんだい、どうしたんだいビャッコちゃん!」


 舞台の上のアカネさんが――大声には大声とばかり返すが、


「ともかく客達はさっさと出るでござる! パニックになる前に!」

「いやいや、一番パニックにしてるのはあんただよ! 一体何があったんだい!」


 当然の質問に、白い忍者は、


「言える訳がないでござるよ!」


 信じられないモノを見てきたかのように、

 こう言った。


「第七代皇帝エンペリラ殿が、我等があるじ、サクラセイリュウ様を殺しただなんて!」


 ……え?

 え、え、え、

 エンリ様が!

 大和の姫を!


「殺した!?」


 その言葉に、会場のパニックは、収まらないほどに燃え上がる。


「……あ、これ、 拙者やっちゃったでござるか?」

「やらかしちまってるよこのすっとこどっこい!」


 ――エンリ様が大和の姫を殺した

 そのことで騒然とする客達は、当然のようにビャッコと呼ばれたくノ一の元へ詰め寄っていく。他の客達も、座席の上で混乱し続ける。

 そんな中で俺は――


「メ、メディ!」

「――かしこまりました!」


 名前を呼ぶだけで俺の意図がわかってくれたのか、メディは、俺の背中にとびのってくれた。すぐさま発動する〈オールレンジテレグラ以心電信フ〉、メディの【紫電】で肉体にバフをかけて、人の間をぬって観客席の入り口へ向かう。


「え、お兄ちゃん、いたの!?」

「ああ、あいつアルテナッシ!?」


 知人フィアの声や他人モブの声も置き去りにして、ともかく俺は、会場の外へ飛び出した。そして辺りを見回して――立ち入り禁止という看板が建てられている、階段へと向かう。


(あそこが、VIPルームへと向かう階段!)


 この時俺は、怒られるとかそんな考え方はなくて、ともかく現場へと行きたかった――何も考えずの勢いだけ、それでも、行かなきゃいけないと思って、

 だけど、そのタイミングで、


「――あっ」


 鎖の縄で全身を縛り上げられたエンリ様が、

 白髪の総髪の、侍姿の大和人龍角ありに担ぎ上げられて、降りてきた。


「エンリ様!」


 俺とメディの姿をみたエンリ様は、担がれた状態で暴れるけれど――


「う、うぐ、ふぐうう!」


 その口には布が噛ませられていて、喋る事すら許されていない。完全な拘束状態。だけどその涙ぐんだ目は、確実に俺達に何かを訴えている。

 初老の侍は歩みを止めない。階段を降りれば、そのまま、入り口へと向かっていく。


「あ、あの、お、おサムライ様!」


 背中に乗っていたメディが、俺の背中から降りて、


「エンリ様をどこへ連れて行くのですか!」


 そう必死に問いかけたけど、侍は何も答えない。そのままずんずん進んでいくものだから、


「――待って」


 俺は慌てて、侍の人の前に立ち塞がろうとした、

 ――その瞬間

 斬られた。


「えっ」


 ……体が、袈裟斜め斬りに真っ二つに裂かれて、そのまま、左右に体が落ちて、わ、うわ、


「うわぁぁぁぁ!?」


 そう、大声をあげたけど、


「あ、あれ?」


 斬られて、ない?


「ご、ご主人様!?」


 ……今、俺は、あの初老の侍が腰に下げている刀で、斬られたはずだったのに。

 ――もしかして、殺気でやられた?

 斬られる幻を見せられた?


(――そんな)


 そんなバカなことと思ったけど、体は今も、その残像に怯えている。体中から冷たい汗が噴き出す、ふるふると震える、

 そんな俺に、振り返らないままに、侍は言った。


それがしの名はヤギュウゲンブ、この者は、我が国の姫の殺人未遂の容疑有り」


 そして、侍は、


「然るべき場所で裁く為、然るべき場所で拘留する」


 そう言った後、


「邪魔するならば、斬る」


 去って行った。

 取り残された俺達は、ただ、呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかったけど、やがて、観客席からあふれ出した人達の波に、埋もれるように劇場の外へと流されていった。

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