帝国歴1041年7月4日20時40分
円卓帝国劇場 観客席
20時から始まった落語会は、
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落語初心者でも分かりやすい
スキル無しでの芸の極み――落語は国境どころか、世界も越えるんだ。
なんだかそのことに嬉しくなって、隣席のメディと、感想を言い合ったのだけど、
その後の中入りで、舞台で繰り広げられたのは、
「アニィツインと!?」
「オトォツイン様!?」
1-Fのクラスメイト、双子の兄弟のダンスショーだった。
【双子】スキルは完全なる意思疎通、体の同期や五感の共有すら可能とする、Aランクとはとても思えない
「うわ、授業の時みたいな完全なシンクロ!」
「スキル要らずの完璧さ、私とご主人様の〈オ
激しい和風ロックのBGMに合わせて、姿形がそっくりな二人が、蝶のように舞って蜂のようにもまた舞いまくる。
落語という大和の伝統芸能の
「「ありがとうございましたー!」」
と、アニィもオトォは、顔の汗をライトに輝かせながら、そのまま舞台袖へと返っていった。その途端、三味線と太鼓の出囃子が鳴り始める。
オリエンタルなミュージックに、ダンスの熱が徐々に冷めていき、そして、20時45分になった途端、
「はいどうも~」
っと、火焔亭アカネさんが、再び舞台へと戻ってきた。拍手で迎える
その額には、鹿の角、もとい、龍の角が、大和人の証のように生えている。
「はい、という訳で最後の噺をさせてもらいます。ええ、まぁ中入りの方なのですが、もともと、ある方に、侍のハラキリショー、もとい、剣術のショーを予定してたんですが、"
え、もしかしてそれで今日の舞台に誘ったの?
そんな緊急登板なノリだったのあの二人?
「ご覧の通りの素晴らしい絶技、ええ、おかげで皆様の頭の中、すっかりからっぽになったと思いますので、どうか最後の大和情緒を味わっていただきたいと思います。それで、最後の演目なんですが、本当は、寿限無という、別の演目をやるつもりでしたが――ちょっとリクエストがありましてね」
そこでアカネさんは、ふいっと、視線を上にしたかのように見えた。
――それが意味することはわからなかったけど
流れるように言葉を連ねていき、そして、最後の落語、
"死に神"が始まった。
――それから時間が過ぎて
「いいからよぉ、俺についてこい……」
ざぶとんの上には、死に神がいて、
「つ、ついていくよ、ついていくけどさぁ……」
欲をかいた男が、不安げにその死に神の後をついていく。
死に神、という、おどろおどろしいタイトルの演目は、クライマックスへ突入しようとしていた。さっきまで笑い声に満ちていた会場は、しんと静まりかえり、そして、
「うわぁ、なんだいこのろうそくは」
ざぶとんと、演者しかいない空間に、
「これは全部、人の寿命だ」
確かに、この世のものじゃない風景をみる。薄暗い場所に、何千何万とずらりと並ぶ、命の灯火を。
(き、聞いてるだけで、背筋がゾクゾクしてきた)
とてもさっき、双子が陽気に踊っていた場所だとは思えない。寧ろあの
寒気を覚えるかのように、隣でメディが、ゴクリと生唾を飲んだ。
……自業自得で、自分の寿命のろうそくを、死にかけのろうそくにしてしまった男は、死に神に最後のチャンスとばかり、その命の火を長いろうそくへ移し替えろと言われる。
移す途中でその火が消えれば、男は死ぬ。息を文字通りに殺しながら、男は火をなんとか、長いろうそくへ移そうとする。だが、
「あぁ、消える、消えるよ、消えちまうよぉ」
死に神がぞっとするような声で、男を恐怖に陥れる。男は、おびえながら、震えながら、それでも懸命に火を移そうとしている。もう全員が固唾をのんで見守っていく。
俺は、WeTubeでオチまで知っている。
それでも、実際に生で
落語は魂をもっていかれてしまう。スキル無しの言葉の芸だけで、ここまで世界に入り込んでしまう。"異世界転生"が目の前で起きる。そして、
「……ああほら」
あれだけがんばったのに、必死だったのに、
無情にも男の灯火は失せて、そして、
「――消え」
死に神がその事実を、笑って告げようとした、
その時、
「中止でござるぅぅぅ!」
「えっ!?」
「なっ!?」
突然、後ろの方から声が聞こえた。振り返ってみればそこにいたのは、
「あ、あれあの人!?」
「壺算詐欺の――忍者さん!?」
エ、エンリ様にツボツボ詐欺を見抜かれていた、白い忍び装束に身を包んだくノ一だ。その人が、観客席の入り口を、開け放って立っている。当然皆がざわめく中で、
「な、なんだい、どうしたんだいビャッコちゃん!」
舞台の上のアカネさんが――大声には大声とばかり返すが、
「ともかく客達はさっさと出るでござる! パニックになる前に!」
「いやいや、一番パニックにしてるのはあんただよ! 一体何があったんだい!」
当然の質問に、白い忍者は、
「言える訳がないでござるよ!」
信じられないモノを見てきたかのように、
こう言った。
「第七代皇帝エンペリラ殿が、我等が
……え?
え、え、え、
エンリ様が!
大和の姫を!
「殺した!?」
その
「……あ、これ、 拙者やっちゃったでござるか?」
「やらかしちまってるよこのすっとこどっこい!」
――エンリ様が大和の姫を殺した
そのことで騒然とする客達は、当然のようにビャッコと呼ばれたくノ一の元へ詰め寄っていく。他の客達も、座席の上で混乱し続ける。
そんな中で俺は――
「メ、メディ!」
「――かしこまりました!」
名前を呼ぶだけで俺の意図がわかってくれたのか、メディは、俺の背中にとびのってくれた。すぐさま発動する〈オ
「え、お兄ちゃん、いたの!?」
「ああ、あいつアルテナッシ!?」
(あそこが、VIPルームへと向かう階段!)
この時俺は、怒られるとかそんな考え方はなくて、ともかく現場へと行きたかった――何も考えずの勢いだけ、それでも、行かなきゃいけないと思って、
だけど、そのタイミングで、
「――あっ」
鎖の縄で全身を縛り上げられたエンリ様が、
白髪の総髪の、侍姿の
「エンリ様!」
俺とメディの姿をみたエンリ様は、担がれた状態で暴れるけれど――
「う、うぐ、ふぐうう!」
その口には布が噛ませられていて、喋る事すら許されていない。完全な拘束状態。だけどその涙ぐんだ目は、確実に俺達に何かを訴えている。
初老の侍は歩みを止めない。階段を降りれば、そのまま、入り口へと向かっていく。
「あ、あの、お、おサムライ様!」
背中に乗っていたメディが、俺の背中から降りて、
「エンリ様をどこへ連れて行くのですか!」
そう必死に問いかけたけど、侍は何も答えない。そのままずんずん進んでいくものだから、
「――待って」
俺は慌てて、侍の人の前に立ち塞がろうとした、
――その瞬間
斬られた。
「えっ」
……体が、
「うわぁぁぁぁ!?」
そう、大声をあげたけど、
「あ、あれ?」
斬られて、ない?
「ご、ご主人様!?」
……今、俺は、あの初老の侍が腰に下げている刀で、斬られたはずだったのに。
――もしかして、殺気でやられた?
斬られる幻を見せられた?
(――そんな)
そんなバカなことと思ったけど、体は今も、その残像に怯えている。体中から冷たい汗が噴き出す、ふるふると震える、
そんな俺に、振り返らないままに、侍は言った。
「
そして、侍は、
「然るべき場所で裁く為、然るべき場所で拘留する」
そう言った後、
「邪魔するならば、斬る」
去って行った。
取り残された俺達は、ただ、呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかったけど、やがて、観客席からあふれ出した人達の波に、埋もれるように劇場の外へと流されていった。