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8-5 貴族と庶民と――

 帝国歴1041年7月4日23時11分

 平和の守護者本部 第一拘留所エントランス


「――ここが」

「はい、エンペリラ様が、今、いらっしゃる場所です」


 華やかなる円卓帝国でも、人がこれだけ集まれば、当然、犯罪も存在する。

 罪を犯した者達が、大陸の果てにある刑務所へ向かう前、もしくは、一時的に頭を冷やすために、留められておくのがこの平和の守護者本部にある、拘留所だ。

 俺とメディはアンナさんの許可を取り、この場所へと訪れていた。

 あの侍――ヤギュウゲンブさんが――エンリ様とここに向かったと聞いたから。


「ともかく、入ろう」

「はい」


 会えるかどうかはわからないけど、俺はともかく、扉を開く。

 ――すると


「え、……デ、デカヴァイスさん?」


 石造りの四角い、簡素な部屋で、皇帝陛下の専属騎士が、相変わらずのフルアーマー姿で、部屋の椅子をギシギシ重量超過と軋ませながら座っていた。そしてヴァイスさんは、


「――アルテナッシと、メディか」


 そう、言った。


(声が普通の大きさだ!?)


 フルフェイスのカブト越しでもわかる、明らかに今のヴァイスさんは、元気がない。

 ……けどその理由は、簡単に察せられる。


「……皇帝陛下は、あの扉の向こうだ、だが、今は立ち入ることはできない」

「どうしてですか?」

「ユガタと、あのゲンブという男が、皇帝陛下を挟んで向かい合っている」

「――それは」


 ……入学試験の時に、一度だけしか接敵したことはないけど、それでも執事のユガタさんが、どれだけの力の持ち主かは肌で感じている。


「……私達は今、あのヤギュウという男の望むように動くしか無い」

「ヤギュウさんの、望み?」

「――ああ」


 ヴァイスさんは、ヘルメットの中から、こう言った。


「裁判だ」


 ――裁判


「裁判って、あの、弁護士側と検事側に分かれて、有罪か無罪かを決める奴ですか?」

「ああ、その裁判だとも」


 それはなんか……、正直、意外だった。


「自国の姫を殺されかけた上で、公正な判断を仰ごうとされていらっしゃるのですね」

「ああ、むしろ、あのヤギュウという男は、両国にとって最悪の事態を回避しようと動いているように見える」

「最悪な事態?」


 メディの問いかけに、ユガタさんが隣にいないのに、"沈黙"した後にヴァイスさんは、


「戦争だ」


 と、言った。


「せ、戦争」

「……エンリ様の容疑は、今は殺人未遂だ。現在、サクラセイリュウ様は、魔法院の治療施設で治療を受け続けている。助かるかどうかはまだ分からない」


 そういえば、ゲンブさんも殺人未遂容疑だと言っていた。

 ……確かに、大和の国の人達の心情を考えれば、元許嫁だった"帝国のエンリ様"によって殺されたなら、いや、命をとりとめても、殺されかけようとしたのなら、

 それは十分、大和が帝国へ戦争を仕掛ける理由になる。


「そうならないように、裁判で罪を定め、どのようにそれを償うか決めるつもりなのだろう」

「そ、その裁判はいつ?」

「明日だ」

「明日!?」


 そ、そんな急にやるもんだっけ裁判って? 普通、もっと時間をかけるものじゃ。


「ともかくあちら大和側は事態を早急に収めたいらしい、……検事は大和の人間、そして、裁判長は聖女様に頼む流れだ」

「聖女様――セイントセイカ様が!?」

「ああ、第三者の人間に、公正な判決を求めるために」


 そ、そこまで考えて、進めているんだ。検事、裁判長と決まっていて、……あれ? となると、


「弁護士は、帝国側の人間ということになりますでしょうか?」


 俺の疑問を、すっとメディが言葉にしてくれた。


「ああ、だが、弁護士はまだ見つからない」

「え? ……そ、そんなことってありますか?」

「皇帝陛下の弁護をし、それで敗訴したならば、地位や名誉を失なうだけならまだいいが、命まで失いかねないからな」

「い、命まで?」

「"お前の所為で戦争が起きた"、と、恨まれる可能性がある。……その累は家族にも及ぶかもしれない、そう考えれば、下手に弁護など出来ようがない」


 ヴァイスさんの話を聞く限り、状況は最悪で、そしてどうやっても覆せないように思えた。

 ……いやでも、

 けどそれは、


「エンペリラ様が、本当にセイリュウ様を殺そうとしていたかによりますよね?」


 そう、それが前提だ。

 あの白い忍者さんの言うことをそのまま真に受けて、本当にエンリ様がセイリュウ様を殺した前提で考えたけど、そもそも、


「エンリ様は、そんな人殺しをするような人じゃない――」


 そんな思いを口にした途端、


「そんなの当たり前だろうがぁぁぁ!」

「うわ!?」


 ヴァ、ヴァイスさんの大声が、炸裂した。俺とメディは思わず耳を塞ぐ、鼓膜の奥がキンキンする。

 ……だけどその大声は、一度きり、

 ヴァイスさんは、また静かに語り出す。


「……あの方エンリが幼少の頃より、ユガタと共に仕えた身として、セイリュウ様への愛が本物であったことは知っている、殺すはずなどないとも、だが」


 ヴァイスさんは、目を細めて、


「皇帝陛下とて神では無い、私達と同じ、過ちを犯すこともある人間なのだ――その可能性を否定することも、私にはできない」

「ヴァ、ヴァイスさん」

「……なぁ、〔何でも有りのアルテナッシ〕」


 ヴァイスさんはまた、俺のことを、間違った二つ名で呼ぶ。


「私はずっと、庶民やFクラスを、見下すようにして生きてきた。……父と母にそう育てられたこともあるが、それだけじゃ言い訳の出来ない――私の選んだ生き方だ。貴族と庶民の壁が無くなることは即ち、伝統も秩序も放棄するに等しい、帝国そのものが滅びる危険な考え方だと」


 ……ヴァイスさんの言うこともわかる、

 いくらエンリ様が、貴族と庶民が仲良く生きる国を理想にしたって、エンリ様自身が貴族なんだ。

 それは即ち、皇帝じゃなくて、庶民の誰かが治めてもいい国になる。その場合エンリ様は、あらゆる特権を失うことになる。

 ――それがいいか悪いかはまた別問題だ

 貴族にも守るべき家族があることを、俺達は、アンナさんを通じて知っている。


「そんな考え方はやめた方がいいと、エンリ様やユガタに、何度もたしなめられても、私は、やめなかった、やめられなかった。これは差別では無く区別だと、エンリ様と、この帝国を守るために必要なことだと、……だけど」


 ヴァイスさんは、


「今ようやくわかった、エンリ様に必要なのは、貴族でも、ましてや庶民でもない」


 俺の目をまっすぐ見て、


「――友達なのだ」


 そう、言った。


「……今のエンペリラ様が、本当に望んでいることは、私にはわからない、それを聞き出せるのはお前だけだ」

「――ヴァイスさん」

「あの方と、話してくれないか?」


 ……その言葉を聞いて、俺は、自分の拳をぎゅっと握りながら言った。


「そのつもりで、ここに来ました」


 ……そうだ、そうなんだ。

 俺は庶民で、エンリ様は皇帝だけど、今日の朝、エンリ様は友達として俺の家に訪ねてくれた。

 それにあの時――帝国劇場のエントランスで、ゲンブさんに担がれて、喋れない状態のエンリ様は、

 確かに俺に、何かを訴えかけていた。

 それがなんだったのか、聞かなきゃいけない。


「メディはここで、待っていてくれる?」

「かしこまりました、ご主人様」


 メディの言葉を聞いて、俺は歩を進め、扉を開く。

 そこには地下へと繋がる階段があった。ランプが壁に灯るらせん階段を、俺はぐるぐると降りていく。

 ――2回くらい回ったあと、降りたならばそこには

 刀の柄に手をかけたヤギュウさんと、

 ナイフを握って身を低くしているユガタさん、そして、


「……来てくれてありがとうございます」


 鉄格子の向こう側で、とても皇帝には似つかわしくない、粗末な椅子に座った、


「〔何も無しのアルテナッシ〕さん」


 エンペリラ様が、笑っていた。

 だけどその笑顔は、からっぽだった。

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