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8-17 あんなに一緒だったのに

 ――裁判から一週間後、7月12日の朝


「「ごちそうさまでした」」


 朝食を食べ終えた俺とメディは、相変わらず、この世界には無いはずの習慣、手を合わせての食事への感謝を行っていた。


「やっぱり、メディの作るトマトトタマゴイタメターノトマトと卵炒めたのは美味しいね」

「ありがとうございます、喜んでいただけて嬉しく思います」


 そう、美味しい。

 味わいに不慣れだった俺の舌は、メディの料理のおかげで、食べることの幸せについて目覚め始めていた。目を閉じれば、先週、エンリ様と食べたミソラーメンの味に、また焦がれるくらいには、"食に対しての興味"がうまれてくる。


(WeTubeのショート動画で、料理の動画を見た時は、何も感じなかったけど)


 ……当たり前だけど、"美味しそう興味"と"美味しい体験"は、余りに違いがあるんだなって、改めて思う。

 ともかく、メディの料理に感謝しながら立ち上がり、皿を洗い場へ持って行く。魔法の力で水道も完備なキッチン、けどいきなり水で流さず、使い捨ての紙ペーパータオル的なで皿の汚れをざっと拭き取ってから、水洗い。

 それを終えて、俺が再び椅子に座ったタイミングで、お茶の準備に取りかかりながらメディが尋ねてくる。


「ところで、スキルの方はいかがですか?」

「今朝確認したけど、まだ準備中みたい」


 【逆境裁判】スキルを使い終わって一週間、まだ、新しいお題【○○】は出ていない。

 ただ説明欄のところに、こんな風なメッセージが書かれていて――


 【××】スキル -ランク Lv3

 スキル解説[レベルアップの為の試験を準備中]


「確か前回は、穴埋め問題だったとか」

「うん、……出来れば変なお題宿題は来ないでほしいけどなぁ」


 だけどこれを乗り越えたら、レベルは4になる。今まではなんだかんだで、お題の中に【○餅】とか【ぬ○○】とか、他の文字が混ざっていたけど――今度こそそれが無くなるかもしれない。


(なんとなくだけど、そんな予感はしている)


 ……けれどもし、失敗したらどうなるんだろう?

 心が強くなってないって判断されて、現状維持、もしくは、レベルダウンとかもあるのだろうか。

 そんな不安に包まれて、暗い気持ちになっていると、


「大丈夫です、ご主人様」


 そう言ってメディは、俺の傍に立って、紅茶を入れて、

 そして、ポットを机においてから、俺に対して、

 ――メディはいつも


「私が必ず、傍にいます」


 そう、笑って言ってくれる。


「――ありがとう、メディ」


 ああ、この言葉と、この笑顔で、いつも俺は救われる。

 ――メディが一緒にいる限り

 俺の心は、いつだって暖かい火が灯る、そう、

 この世界異世界で生きていけるって、

 思ったその瞬間、

 ――メディが、目の前から消えた


「……え?」


 突然の消失に驚いたが、次の瞬間、


「――ふぁはっはっは」


 外から――大きなベランダの入り口の外から、


「ふぁーはっはっはっは!」


 休日の朝に全く相応しくない、無駄に威厳があってゴージャスな笑い声が聞こえてきた!?


「こ、この声、まさか!」


 俺は慌てて、机の上で湯気立つ紅茶も無視して立ち上がり、慌ててベランダの入り口を開けてベランダへ出て行き、そして、仰ぎ見る。

 ――黄金に輝く、巨大なドラゴンが翼をはためかせていて

 その頭の上に、仁王立ちで立つのは、


「し、森王しんおうエルフリダ様」


 タートリルゾートで出会ったエルフの王様が、性別自在、〔狭間に立つエルフリダ〕様が、今は男の姿で、

 ――メディを無理矢理捕まえた状態で


「なんでメイド姿なんですか!?」


 メディと全く同じ、メイド姿で立っていた。


「え、なになに、あのでっかいリムジンドラゴン!?」

「ああ、あの頭の上にいる薄緑髪とんがり耳ってエルフリダ様!?」

「なんでメイド姿なんだよ!?」


 当然だけどものすごく注目の的、ご近所の声が大騒ぎ、けれど俺はそれを気にするより、いきなり、こんな無茶苦茶を働いたエルフリダ様に叫ぶ。


「な、何をしてるんですか、メディを、さ、さらうなんて!」

「さらってはおらん、カバンの【収納】スキル「〈スルーフォーディメンション入り口は出口ョン〉」で、俺様の傍に招いただけだ」

「それをさらうって言うんです!」


 エルフリダ様のお付きのメイド青年、ヨジゲンカバンさんの姿は今は見えないけど、ともかく、


「お、お離しくださいませエルフリダ様!」


 メディは当然、嫌がってる! いくらエルフリダ様が王様でも、こんなこと許されていい訳が無い!


「ははは! 離せと言われて離すものかよ俺様が! ははは、あ、痛い、痛い痛い! スネを、スネを蹴るのをやめぬか痛い痛い痛い痛ぁい!」


 ……ものすごくメディ、しつこくローキックをかましてる。鞭のようなしなりでスネを蹴りまくってる。


「確かに貴方様は尊きお方、しかし、私のご主人様はアルテナッシ様のみです! 力で私を拐かすなど!」

「痛い痛い王の足が折れる! ここまで的確な打撃を、誰に指南されたのだ!」

「ボンバ・リー様――ともかく、お離しくださいませ!」


 あ、だんだんとエルフリダ様の体勢が崩れ始めた、これ、本当に抜け出せそう?

 そう思っていた俺だけど、エルフリダ様は、額に脂汗をにじませながら、

 こう言った。


「メイドの里から追放されたとは、虚偽!」


 その言葉は、


「実際は逃げ出したのであろう、〔癒やし手のメディクメディ〕!」


 ……その、エルフリダ様の言葉は、


「……え?」


 俺はもちろん、ご近所さん達、そして、

 メディ本人の時を、止めた。


「……な、何を言って」

「ふむ、しらばっくれようてか? それならば、子細を全て俺様からぶちまけても」

「おやめくださいませ!」


 ……え、メ、メディ、

 なんでそんな、震えて、


「わ、解りました、エルフリダ様、このままさらわれます、だからどうか……」

「――そ、そんな、メディ! 何を言って!」

「……お、お許しください、ご主人様、私は」


 メディが、俺から顔をそらす、そして、


「なぁに、アルテナッシ、このメイドは一時借りるだけのことよ、……とは言っても」


 そこでエルフリダ様は――男から女に性別を変えて、メイド姿のままにメディに顔を寄せて、


「女の心変わりは恐ろしいものだからなぁ! わぁーはっはっは!」


 そう堂々と、奪うNTR宣言を、休日の朝に響かせてから、

 黄金の巨大なドラゴンの背にのって、そのまま、飛び去っていった。


「え、なになに、今のどういうこと!?」

「〔何でも有りのアルテナッシ〕のメイド従者がさらわれた!?」

「なんだこの脳みそパーン展開!?」


 周囲が騒ぎ立てる中で、俺は呆然と立ち尽くす。

 だけど、そんな俺に、


「――アルテナッシ様」


 後ろから、声をかける人がいて、振り返ればそこには、


「ヨ、ヨジゲンカバンさん」


 エルフリダ様に仕える青年メイド、メディをエルフリダ様の元へ運んだ【収納】スキルの持ち主、カバンさんが立っていた。

 正直、怒りなんか浮かばない。それよりも、疑問ばかりがあふれ出す。


「なんで、こんな事を?」

「――暴君にして名君、やり方は問題はありますが、これもまた民の為」


 民の為?

 何か目的があって、メディをさらった?


「エルフリダ様は、森の民はもちろん、この大陸に住まう万民の為」


 カバンさんは、美しくも低い声で、美しくも凜々しいまなざしと共に、

 俺に、告げた。


「天下一メイド会で優勝されるつもりなのです」

「天下一メイド会!?」


 言われても全く意味がわからなかった。

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