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第3話:密出国と助手①

「——という訳で魔術の研究に行かせて下さい」

 お師匠が尋ねてきた翌日、私はすぐに大学のトップである学長と直談判することにした。昨日起きた出来事を全て話し、王立大学を飛び出して研究をしたい旨を伝える。


「うん、今の話でどうして許可できると思った?」

 学長はニッコリと拒否した。ここまでは想定している反応だ。木製の大きな机に肘をついている。

「勿論ご理解に苦しむのは十分に承知しております。ですので、研究支援や研究の許可などは不要です。」

 一度、息を吐いてから吸い、口を開く。ここからが本題。


「私をクビにしてください」 


 学長は目を丸くしてから、いつもどおりの温和な表情を浮かべる。

「……できるわけないよね。君、連合王国の歩く国家機密だよ?」

 ……それも想定内の反応だ。一応、こんなのでも私は王立大学自然科学全般の教授であり、時には国の機密に関わるような、研究にも参加している。(もう殆ど研究内容覚えてないけど)年齢も加味すると、私はまさに連合王国の宝とも言えるだろう。だが私はそういったことに興味がない。というか人をモノ扱いするなや。


「知ってます。だからです。『今のうちに』私をクビにしてください」

 私の真意を悟ったのか、学長は少し神妙な顔つきで私に質問する。

 私の意図はこうだ、『私は何をされようが探しにいくので、もしもの時、学長が私に協力したと疑われないように、拒否してください』というものだ。


 ……回りくどい言い方だというのは自分でもよく分かっている。


「正気かい?……君のためなら情報部だって動くかもしれないぞ?」


 ここで言う情報部とは王国軍情報部、いわゆる情報機関である。彼らはスパイ活動とともに、秘密工作なども行う。噂だと拷問がエグいとかどうとか……私が大学を抜け出したと知ったら、血眼になって探し出すだろう。


「構いません。私はそれなりの覚悟があるつもりです」

「……分からんな、何が君をそこまでさせるのか」

 私だってわからない。ただ、お師匠が誘う方に博打してみたいだけだ。

「取り敢えず、私の一存では許可は出せない、とだけ言っておこう」

「それで結構です。私は研究の意思を示せられればそれで十分ですので」

 学長は私の発言を聞きながら、葉巻に火をつける。一服した後に、しみじみと私に言う。

「……まあ、頑張れ」


 ちなみに、大学の人事権は学長と理事で構成される学長会に存在するため、そもそも学長に「クビにしろ」と言っても権限がないのである。もちろん、そこも想定内、というのは嘘で、後で知った。自信満々で直談判したのが恥ずかしくなってきた。




「——という訳で私は大学をコッソリ脱出する」


「……どういうことですか?」

 今度は自分の研究室に戻り、フローレンスに学長室での経緯を説明した。当然だが、フローレンスは混乱している。

「君は昨日の現場を、見てるよね?」

「……ええ、まあ」

 フローレンスは、昨日の光景が脳裏に浮かんだのか、小さく「ああ、あの時の」と呟いてから、なぜか顔を赤くする。

「えっと、その人が自称魔女で、教授の師匠?で教授はこれからその人を探しに行くってことですか?」

「その通り、なので私は大学を抜け出す」

「???」

「私も状況を理解していないが……お師匠は私の大切な人だ。私は彼女の真意を知りたい。……あらゆる研究をストップさせてまでも」

 魔女とは?魔術とは?お師匠は何がしたいのか?一端の研究者として、その話題に興味が湧かない訳がない。


「……教授にとって、その人は大事な人なんですね」

  フローレンスは少し元気の無さそうな声で私に言う。

「まあね。……そして君に提案がある」

「提案、ですか?」

 彼女は何が言いたいのかわからない、という顔をしている。これじゃあ、まるで昨日のお師匠とやっていることは同じだ。……私はお師匠の悪い癖も引き継いでしまったのかもしれない。……後先考えずに行動するというのもお師匠と同じであることに気づいた。


 『それなら、彼女を連れて私を探しに来たほうが良いかも』という、お師匠の言葉が思い出される。


「私といっしょに、お師匠を探さないか?」


「えっ……」

 面食らった顔をするフローレンス。翡翠色の瞳が大きく開かれる。

「勿論、君の意志は尊重するし、断ったからと言って、君に何か不利益を被ることがないことは保証する」

「やります、やらせてください!」

 食い気味に彼女は答える。

「そうだよな、流石に私の勝手がすぎる……って、え? 良いの?」

「ええ」

 想定していた答えとは違っていた。


「……本当に良いのか?」

「ええ、勿論。……教授が先程から言っていることは理解しかねます。しかし逆にそこが気になります」

「そう?」

 ただ近所のヤバい人魔女を探しに行くだけなのに?

「教授、貴方が周囲から呼ばれている言葉を知っていますか?」

「いや、知らないな」

 え、私とんでもない渾名つけられてる?

「天才中の天才、神が与えた天賦の才、天才なのに抜けてる天才、一緒に研究したくない教授ランキング三年連続一位、研究クラッシャー、空気読めない教授、天才すぎて気味が悪い教授……などたくさんあります」

「分かった、降参だ。その程度でやめてくれ私が泣く」

フローレンスはコホン、と咳払いしてから続ける。

「とにかく、教授は【自然科学】という分野では天才です。尊敬に値すると思います」

「? ……ありがとう?」

「そんな人が【魔女】だの【魔術】だの言っているんですよ?気になるに決まっているじゃないですか!」

「しかし、その理由だけで連れて行くのはなあ……」

「……教授が先に誘ったんですよね?」

「はい、仰る通りです」

 正論なので何も言い返せない。

「私は、魔女とやらが気になりますし、何より気になります。それだけでは不服ですか?」

 ……どうやら私はフローレンスのことを勘違いしていたようだ。彼女は王立大学の生徒で私の教え子であるが、その一方で立派な研究者だ。ともに探求したい謎を前にして、黙っていられる研究者がいるだろうか?

「わかった。……これからよろしく」

「よろしくお願いします」


——


「さて、感動的なシーンはこのくらいにしておいて、本題に入ろう」

「……さっきまでの空気はぶち壊しですか」

「まあね。私にああいうシリアスは似合わない」

「そうですか……」

「あ、あと敬語と『教授』呼びは不要だよ。もう私は権威もクソもないただの一般人なのだから」

 元々敬語は少し嫌いだ。フローレンスの敬語はあくまでも、世間体を気にして言及していなかったに過ぎない。

「わかりまし——どうやら敬語に慣れてしまったみたいです。暫くは敬語も『教授』呼びもそのままにしてますね」


 この時、フローレンス・オガタはこのように考えていた。

(いきなりタメ口???無理に決まってるでしょ!?……それに教授のことを、ニュ……ニューコメンさんだなんて……)

 そういった動揺が、彼女の言葉の端から伺えるが、察知能力がナマケモノ以下のニューコメン・カワバタは一切気づいていなかった。


「そう? わかった」

「それより、あの女性を探す目星はついているのですか?」

 フローレンスは私に質問する。そしてそれは非常に重要な質問だ。

 答えは勿論……

「ない。どこから探せばいいんだろう」

「いや、どうするんですか?」

「ヒントはこの本にあるって言っていたので、それを使おうと思う。最初からヒントに頼るのは癪だが、約5.0×10⁹平方キロメートルあるこの星で一人の人間を探すのは難しいからね。しょうがない」

 机の上に昨日貰った本を出す。表紙には何も書いてない。金細工で所々装飾されているだけだ。

「本ですか……随分と丁寧なヒントですね」

 わかる。こういうのって大体、紙一枚とかじゃないだろうか。

 一ページ目を見てみる。

『私は今、合衆国にいます』


 …………


 なんでこの人は自分から「探しに来い」と言っておいて、自分の居場所を晒すのだろうか。アホなのだろうか。……そういえば、アホだった。

「もうこれ答えじゃないですか?」

「一応、合衆国も広いので……とりあえず合衆国に行く方向で固めるか……」

 合衆国、元々は連合王国の植民地であったが、百数十年前の独立戦争により独立を果たした。自由主義と資本主義経済が合衆国の発展に寄与し、「先の十五年戦争」では債務国から債権国へと変わり、ここ最近は経済大国として存在感を示している。


 ……なぜお師匠が合衆国にいるのか、目的は分からないけども。

 一ページ目はこの文言だけだったので、次のページを開く。今度は見開きページにでかでかと書いてあった。

『私を探すときの注意点! 

その一、私は君たちが一つ以上の【魔術】を見つけたときにしか現れない。

その二、私を捕まえるには【魔術とは何か】【魔女とは誰か】この二つの回答を用意すること。これらを守って私を見つけて下さい。じゃないと逃げます。不正解でも逃げます』

「条件もつくのですか、面倒くさいですね」

「まあ、お師匠だから……取り敢えず今日はここまで把握しておこう」

 合衆国にいること、見つけるときのルール、この二つを把握しただけで今日は終わった。

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