目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話:密出国と助手②

 フローレンスと協力関係となってから、数日経った。


 私は今、王都:倫敦ロンドンのウォータールー駅に来ている。駅の石造りの門には革命共和国の首都:巴里パリや第二帝国の首都:伯林ベルリンなどの都市の名前が刻印されており、連合王国から他国へ行く際の始発駅であることがわかる。


 最近、飛行機の開発が進み、旅客化が実現するかもしれないと聞いた。そうなると列車よりも速く、数時間のうちに外国へ行くことが可能になるだろう。もしかしたらこの駅がお役御免になる将来があるのかもしれない。


 そんなウォータールー駅のシンボルとなっている大時計の下でフローレンスを待っている。

「すいません、遅くなりました」

 レザートランクを持った彼女が現れる。

「全然待ってないよ……それじゃあ行こうか」

「もう出発するんですか?」

「念の為だよ。……旅には危険がつきものだからね」

「?」

「まあ、君を危険な目に合わせることは絶対ないから安心してくれ」

「……別に教授の手を借りなくとも、自衛できます」

 そっぽを向くフローレンス。余計な一言だったかもしれない。


 切符を購入し、サウサンプトン方面の列車を待つ。ちなみに今回の旅費は全て私が出している。フローレンスから「私にも払わせて下さい」と言われたが断った。元々私が言い出した旅であり、学生のフローレンスの負担にさせたくないというのも理由だが、一番の理由は「お金の使い道に迷ってたから」だ。


 職業柄、企業の研究に参加したりすることがある。その見返りとして結構な金額がもらえる。(勿論合法なお金だ。流石に違法なことに手を出す度胸はない)私はその金の使い道に困っていた。何か大きな物に消費するのには足りない額だが、一人でそれなりの暮らしをするには有り余る金額だ。なのでこういう機会に減らしておきたい。言っておくが、これは金持ちであることをアピールしたいわけではない。断じて、だ。


 二人で最近あったことなど、雑談を交えながら駅のホームで時間を過ごす。


「列車もここ百年で相当な進化を遂げましたが、それを実際に使っている人間は少ないというのは、興味深い倒錯性を持っているとは思いませんか?」

「たしかに」

 ……産業革命による工業の発展で、人々は身分制の移動を固定させられた社会から解放された。それを象徴するのが、鉄道だ。しかし結局私のように家と職場を往復するだけの生活の人が多いのが現実である。確かに地方から都会へ出稼ぎに来る時は鉄道を使う場面を見かけるが、それでも限定的だ。

 そうなると、我々がよく言う「近代化」とは果たして何であったのだろうか?


「教授、列車が来ましたよ」

「……ああ、乗ろうか」

 また考え事をしていたため、一瞬反応に遅れた。……お師匠が姿を見せてから、考え込む癖ができた気がする。気の所為だろうか。


 フローレンスが窓側に座り、私は反対側の席の通路側に座る。まもなくして、列車は動き出す。


 いつもより、フローレンスがソワソワしているように見えた。

「なんだか冒険をしているみたいな気になります」

「気が早いな、王国の国境すら越えていないのに」

「そういうものですよ、旅って」

「そうなのか? そういうものなのか……」

 若者の価値観はわからない。数年しか年が違わないのに。

「……前から少し思っていたのですが、その『若者の価値観はわからないな』みたいな顔をするのはやめてもらますか?教授と少ししか年は違わないのですから」

  しょんぼりした顔を見せるフローレンス。

「……すまない」

 どうやら顔に出ていたようだ。反省。


「……『月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり』」

 ぼそっと、フローレンスが言う。

「教授は、この言葉を知っていますか?」

「いや、知らないな。何かの名言か?」

 途端に笑みをこぼすフローレンス。どういうことだ、訳が分からない。

「東洋の皇国の古典で、旅に関する書物の書き出しらしいです」

「へえ、どういう意味なの?」

「過ぎ去る日や年月は旅人であり、人生もまた旅のようなものである、という意味です。ちなみに、この書き出しは皇国の隣国、中央帝国の古典に由来するらしいです。時代も場所も違えど、旅への思いは共通していることに、とても感動を覚えませんか?」

「それは面白いな。……そういえば他の旅の書物、イブン・バットゥータの『三大陸周遊記』とかマルコポーロの『東方見聞録』を読んだことは?」

「……ないです」

 少しムッとするフローレンス。東洋の書物は読むのに西洋の方は読まないのか、東洋の文化が好きなのだろうか。

「今度読んでみるといいよ、彼らも旅を面白い目線から見ている」



 ニューコメン・カワバタは気づいていなかった。知らぬうちにまた「知識勝負」がされていたことを、最初はフローレンスが有利であったことを。(有利な状況をつくった、と表現するほうが正しいかもしれないが)教授でも東洋の古典は把握していないだろう、という心づもりだったが、それが結果的に裏目に出た。フローレンスは西洋で有名な古典にはあまり手をつけていなかったのだ。

(今回は引き分け……かな)

 フローレンスはそのようなことを心の中で思った。個人的に納得の行かない結果のようだ。




 ——3時間後、列車はサウサンプトンに到着した。

「着きましたね。眼の前のあの船が今回乗船するものですか?」

 サウサンプトン港に訪れると、他の船より目立って大きい船が目についた。

「そう。……思っていたより大きい船でちょっと驚いてる」

「教授らしいです」クスッと笑うフローレンス。

 サウサンプトンは港町として、繁栄した姿を見せている。かのタイタニック号もここに停泊したことがあるそうだ。港には様々な旅客船が発着していて、海に大小さまざまな船が浮かんでいる。今回乗船するのは、三つの赤い煙突が特徴的なクイーン・メイリー号である。全長三〇〇メーター越え、速力は二八.五ノット、わずか五日で王国から合衆国まで行ける代物だ。


——


「わぁ……船の上からはこんな景色が見えるんですね」

「これはすごい……!」

 乗船手続きを終わらせた私達は、展望デッキを訪れていた。

 展望デッキからはサウサンプトンの町並みを一望できる。


 暫く景色を楽しんでいると、ボォッー!っと長い汽笛が三回鳴らされる。

「汽笛には、鳴らす回数によって意味が分かれているらしいですよ。三回長い汽笛は、旅の安全を祈っているらしいです」

「へぇ、それは知らなかったな」


 船は港を離れ始める。これを持って正式に私達は王国から出国したのだ。


 夕日が差す空に、銀髪が靡く。空の色は、彼女の髪と瞳をより一層の美しさを演出している。そこに一枚の絵画として存在しているようだった。


「教授」



「これで私達、『共犯』ですね」

 翡翠色の瞳はじっと、こちらを見つめている。


 わずかに微笑む彼女に、


「……ああ、そうだな」

 私は一匙の罪悪感とともに同意した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?